どうして身代わりとして、私が新たな婚約者候補に?

夏乃みのり

文字の大きさ
4 / 28

4

しおりを挟む
 翌朝、私は天蓋付きの豪華すぎるベッドの中で目を覚ました。
 あまりの寝心地の良さに、「ここは天国か、あるいは揚げパンの中か」と寝ぼけたことを考えてしまった。

 しかし、現実は非情である。
 枕元には、昨夜の残骸である空のバスケットが寂しく置かれていた。

「……夢じゃ、なかったのね」

 鏡を見れば、寝癖で爆発した頭の男爵令嬢がそこにいた。
 昨夜の騒動が嘘のように静かな朝だが、私の心臓は朝食への期待と将来への不安でバクバクといっている。

 そこへ、遠慮のないノックの音が響いた。

「失礼するわよ! 起きてるかしら、揚げパン……じゃなくて、ナジャ様!」

 返事をする間もなく扉が勢いよく開き、一人の女性が風のように入ってきた。
 昨夜、婚約を破棄されたばかりの公爵令嬢、ユーフェミア様だ。

 彼女はなぜか、昨日までのひらひらしたドレスではなく、動きやすそうな細身の乗馬服のような格好をしていた。
 そしてその手には、ずっしりと重そうな鉄の塊が握られている。

「ご、ごきげんよう、ユーフェミア様。……その手に持っていらっしゃる不穏なものは何ですか?」

「これ? これは特注の鉄アレイよ。昨夜、殿下から解放された瞬間に、自分の中に眠る『筋肉への渇望』に気づいたの!」

 ユーフェミア様は、私の目の前でぐっと拳を握り、見事な上腕二頭筋を披露しようとした。
 残念ながら服の上からはよく分からなかったが、彼女の瞳はかつてないほど輝いている。

「ナジャ様、本当にありがとう! あなたがあの場に現れて、美味しそうにパンを食べてくれたおかげで、私は自由になれたわ!」

 彼女は鉄アレイを床に置くと(ドンッという物凄い音がした)、私の両手をがっしりと掴んだ。

「……痛っ、ユーフェミア様、力が、力が強いです!」

「あら、ごめんなさい。これでもセーブしているつもりなのだけど。いい、ナジャ様。あなたには今日から、私の後任として頑張ってもらわなきゃ困るわ」

 ユーフェミア様は、私の手を握ったままぶんぶんと上下に振った。
 握手というより、もはやプロレスの試合開始前の儀式のようだ。

「あの、私、殿下に拉致されただけで……。正式な婚約者になったわけでは……」

「アリステア様が一度言い出したら、テコでも動かないわよ。あの方はね、見た目は麗しいけれど、中身は筋金入りの変人なんですもの。普通の令嬢じゃ三日ももたないわ」

 元婚約者の言葉には、重みがある。

「変人……やっぱりそうですよね。だって、揚げパン食べてる女を指差して『婚約者だ』なんて、正気の沙汰じゃありません」

「そう! あの方は合理主義が行き過ぎて、情緒というものが欠落しているの。でも、ナジャ様。あなたなら大丈夫よ」

 ユーフェミア様は、なぜか自信満々に頷いた。

「どうしてですか?」

「だって、あなた、今この状況で『朝食は何が出るのかしら』って考えてるでしょ?」

「……どうしてバレたんですか」

「顔に書いてあるわ。その図太さ……失礼、その純粋な生命力こそが、あの捻くれ王子に対抗できる唯一の武器よ」

 ユーフェミア様は私の肩をパシパシと叩いた。
 公爵令嬢とは思えない豪快さだ。

「さあ、いつまでも寝癖をつけていないで。今日はこれから、アリステア様と一緒に朝食を摂る予定になっているわよ」

「殿下と、朝食……。毒見とか必要ですかね?」

「あはは! 面白い冗談ね! ……あ、でも、あの人は自分の嫌いな野菜をこっそり君の皿に移してくるかもしれないから、そこだけは気をつけて」

 それは毒よりもタチが悪いかもしれない。

「私はこれから領地へ発つわ。最強の肉体を手に入れたら、また遊びに来るわね。ナジャ様、死なない程度に頑張って!」

 ユーフェミア様は再び鉄アレイを軽々と持ち上げると、嵐のように去っていった。
 
 後に残されたのは、圧倒された私と、少しだけ歪んだ私の手首。
 
 そして、お腹の虫が「ぐぅ」と盛大に鳴り響いた。
 
 嵐の前の静けさは終わりだ。
 私は意を決して、戦場……もとい、王宮の食堂へと向かう準備を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

処理中です...