悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「……本気か?」


朝食の席で、ジルベール様が渋い顔をしてコーヒーカップ(縁が欠けている)を見つめていた。


「本気です」


私はナイフとフォークをカチャカチャと動かし、ゴムのように固いステーキを一口サイズに切り分けながら答えた。


「昨晩の帳簿精査で判明した事実は以下の通りです。第一に、金庫の中身は空っぽ。第二に、主な収入源だった魔石の輸出は、仲介業者に法外な手数料を取られて利益が出ていない。第三に、領民は貧困にあえぎ、税を納める余力がない」


「……耳が痛い」


「そこで、短期的な資金調達(キャッシュフロー)の改善が必要です。手っ取り早いのは、付加価値の高い商品を売り出し、外貨を獲得すること」


私はステーキを口に運び、あまりの固さに眉をひそめながら咀嚼した。顎の筋肉が鍛えられそうだ。


「しかし、この領地にはこれといった特産品が見当たりません。……今のところは」


「雪と氷、あとは魔獣くらいしかないからな」


「ええ。ですから、商品を開発するまでの間、繋ぎの資金源が必要です。そこで……」


私はナプキンで口を拭い、ビシッと彼を指差した。


「『氷の閣下』ブランドの販売です」


「だから、どういうことだ」


「王都のご婦人方の間では、今『野獣系男子』ブームが到来しています。傷のある強面、無口、でも実は優しい……このギャップ萌え需要は計り知れません」


私は懐から一枚の紙を取り出した。


「企画書です。『辺境伯と行く! ドキドキ魔獣討伐ツアー(保険付き)』および『閣下のブロマイド写真集~雪解けの微笑み~』」


「ブッ……!」


ジルベール様がコーヒーを吹き出した。


「却下だ! なんだその恥ずかしい企画は! 俺は見世物じゃないぞ!」


「あら、借金を返すためにはプライドなど犬に食わせるべきですわ。それに、これはただの見世物ではありません。領地の安全性をアピールし、観光客を誘致するための高度なPR戦略です」


「観光客など来るか! ここは魔境だぞ!」


「魔境だからこそ、『非日常』を求める富裕層に刺さるのです。……まあ、写真集は冗談として(本当は本気だけど)、まずは領内視察に行きますよ。売れるモノがないか、この目で確かめないと」


私は席を立った。


「準備をしてください。あ、その黒いマントは脱いでくださいね。威圧感がありすぎて、領民が失神しますから」


「……他に着る服がないんだが」


「チッ。……経費で買います(メモメモ)」





私たちは馬に乗り、領都のメインストリートへと繰り出した。


「……酷い有様だな」


ジルベール様が呟く。


通りは閑散とし、シャッターが下りた店が目立つ。歩いている人々は痩せこけ、私たち(というかジルベール様)を見ると、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「ほら見ろ。俺が歩けば人が逃げる。広告塔どころか、営業妨害だ」


「それは閣下が、常に『今から殺しに行きます』みたいな顔をしているからです。口角を上げてください。リフトアップです」


「こうか?」


ジルベール様がぎこちなく頬を引きつらせた。


その瞬間、近くにいた子供が「ひぃぃっ! 食べられるぅぅ!」と泣き叫んで逃げ出した。


「……笑顔が凶器になるとは、ある意味才能ですね」


私はため息をついた。


「まあいいです。それより、市場調査です」


私は一軒の八百屋の軒先で馬を止めた。店主の爺さんが、震えながら出てくる。


「へ、辺境伯様……! お、お許しを! 上納金はもう少し待ってくだせぇ……!」


「いえ、取り立てではありません。商品を見せていただきたいだけです」


私が割って入ると、爺さんはキョトンとした。


「商品……といっても、こんな萎びた芋しかありませんが……」


籠の中には、泥だらけの小さな芋が転がっている。


「他には? この土地ならではのものはありませんか?」


「へぇ……『氷柱(つらら)大根』とかいう、やたらと固くて辛い野菜なら、裏の畑に雑草みたいに生えてますが……あんなもん、家畜も食いませんよ」


「見せてください」


案内された畑には、確かに青白い大根のようなものが無数に生えていた。


私は一本引き抜き、ナイフで薄くスライスして口に入れた。


カリッ。


「……!」


強烈な辛味が舌を刺す。しかし、その後に爽やかな甘みと清涼感が抜けていく。


「辛い……けど、旨味があるわ」


私は目を輝かせた。


「これ、薬味として最高ですよ! 脂っこい肉料理に添えれば、口の中がさっぱりします。王都の美食家たちが好みそうな『刺激的な味』です!」


「本当ですか? ただの厄介な雑草だと思ってましたが……」


「名前を変えましょう。『スノー・ラディッシュ』……いいえ、もっと高級感のある『クリスタル・ジンジャー』にしましょう。これなら倍の値段で売れます」


私は魔導計算機を取り出し、高速で計算を始めた。


「原価はほぼゼロ。加工して瓶詰めにすれば、輸送コストも抑えられる。試算では……利益率八〇%!」


チャリーン!


私の脳内でレジスターの音が鳴り響く。


「爺さん、この畑の大根、全部買い取ります。それと、村の人を集めて加工工場を作ってください。賃金は払います」


「え、えええっ!? 全部!? 金貨なんて見たこともねぇのに!?」


爺さんが腰を抜かす。


ジルベール様が呆れたように口を開いた。


「おい、リーリン。そんな辛い草が本当に売れるのか?」


「売るんです。売れるように『見せる』のが、私の仕事です」


私はニヤリと笑った。


「そこで閣下の出番ですよ」


「……嫌な予感がする」


「この『クリスタル・ジンジャー』を持って、一枚絵を描かせます。キャッチコピーは『俺の身体(筋肉)を作ったのは、この刺激だ』。……どうです?」


「絶対に嫌だ!!」


ジルベール様が顔を真っ赤にして拒否する。


「それに、加工場を作る金がどこにある。金庫は空だと言っただろう」


「ふふふ。ご安心を。初期投資の資金源は、すでに確保してあります」


「あ?」


私は懐から、昨日回収した『シルバーウルフの素材』の売却証明書を取り出した。


「今朝一番で、行商人に売りさばいてきました。かなりの高値がつきましたよ」


「……いつの間に」


「それと、もう一つ」


私は通りの向こうを指差した。


そこには、立派な身なりをした太った男が、従者を連れて歩いているのが見えた。


この貧しい村には不釣り合いな、脂ぎった男だ。


「あれは?」


「領地の管理を任せていた代官、ボルスです」


ジルベール様の目が険しくなる。


「ボルスか……。あいつは『領地は赤字続きで、私の私財を切り崩して運営しています』と泣きついてきていたが」


「嘘ですね」


私は即答した。


「彼の着ている服、最高級のシルクです。指輪の宝石だけで、この村の年間予算を超えています。……帳簿の『使途不明金』の行き先は、間違いなくあそこです」


私の目が、獲物を狙う狩人のように細められた。


「特産品が見つかったところで、次は『害虫駆除』の時間ですわ。……閣下、剣の腕は鈍っていませんね?」


「……愚問だ」


ジルベール様が、この日初めて、獰猛で嬉しそうな笑みを浮かべた。


「害虫駆除なら、俺の専門分野だ」


「では、参りましょう。溜め込んだ税金、利子をつけて吐き出させに!」


私たちは馬首を返し、太った代官の方へと進み始めた。


これが、オルレアン領「財政再建計画」の、記念すべき第一歩となるのだった。
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