悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

文字の大きさ
8 / 28

8

しおりを挟む
「……なあ、リーリン」


領主館の応接室にて。


ジルベール様が、テーブルの上に積まれた印刷物を指差して、呻くように言った。


「これを、本当に世に出すのか? まだ間に合う。燃やさないか?」


「却下します」


私は即答し、印刷物――特製ポスターを一枚手に取った。


そこには、夕日をバックに、小瓶を抱いて聖母(聖父?)のように微笑むジルベール様の姿が描かれている。


キャッチコピーは金文字で『野獣の休息――その辛さは、愛の味』。


「素晴らしい出来栄えです。このポスター、王都の印刷ギルドに特急料金を払って刷らせた甲斐がありました。紙質も最高級のコート紙です」


「俺には、自分の公開処刑宣告書に見えるのだが」


「気のせいです。これは『ブランド戦略』です」


私はポスターを丁寧に積み直した。


「いいですか、閣下。商品は『モノ』だけでは売れません。『物語(ストーリー)』を売るのです。辺境の恐ろしい魔王が、唯一心を許した味……それがこのクリスタル・ジンジャー。どうです、買いたくなりませんか?」


「ならん。絶対に買わん」


「まあ、閣下はターゲット層(カモ)ではありませんから」


私はふふんと鼻を鳴らした。


その時、セバスチャンが扉をノックして入ってきた。


「旦那様、奥様。お客様がお見えです。王都の大手商会、『ゴールドマン商会』の支店長、ガストン氏です」


「通して」


私の目が、キラーンと光った。


「さあ、商談の時間ですよ、閣下。座っていてください。一言も喋らなくて結構です。ただ、そこに存在して『圧』を放っていていただければ」


「……置物扱いか」


ジルベール様が不服そうにソファに深く座り込む。


現れたのは、小太りで揉み手をした、いかにも「商人」といった風体の男だった。


「ヒッ……!」


部屋に入るなり、ガストン氏はジルベール様を見て小さく悲鳴を上げた。


無理もない。今のジルベール様は、ポスターの件で不機嫌MAX。その殺気は、半径五メートル以内の小動物を気絶させるレベルだ。


「よ、よよ、ようこそお呼び出しいただき……あ、いや、お招きいただき……」


「ようこそ、ガストン支店長。リーリン・アークライトです」


私は立ち上がり、営業用スマイル全開で手を差し出した。


「ア、アークライト公爵令嬢!? な、なぜこのような辺境に……いえ、失礼しました。ええと、お話とは?」


ガストン氏は冷や汗を拭きながら、ソファの端にちょこんと座った。


「単刀直入に申し上げます。我が領の特産品、『クリスタル・ジンジャー』の独占販売契約を結んでいただきたいのです」


私はテーブルの上に、試作品の小瓶をドンと置いた。


「……はあ。これですか?」


ガストン氏は小瓶を手に取り、怪訝な顔をした。


「見たところ、ただの酢漬けのようですが……。失礼ながら、王都では珍しくもありませんな」


「中身をご覧ください。これはただの生姜ではありません。辺境の極寒の地で鍛えられた、特別な品種です」


ガストン氏は蓋を開け、匂いを嗅ぎ、恐る恐る一口食べた。


「……むっ!?」


目が大きく見開かれる。


「か、辛い! なんだこの刺激は! ……しかし、後味が……」


「爽やかでしょう? 血行促進、疲労回復、冷え性改善。そして何より……」


私は声を潜めた。


「『美容』に効果絶大です」


「び、美容、ですか?」


「ええ。肌のターンオーバーを促進し、内側から発光するような美肌を作る……という『噂』を、これから流す予定です」


「噂、ですか……」


ガストン氏は商人の顔になり、そろばんを弾くように指を動かした。


「しかし、それだけでは弱い。王都の淑女たちは目が肥えています。ただ『肌にいい』だけでは飛びつきませんよ」


さすがは大手の支店長。手強い。


だが、ここまでは想定内だ。


「おっしゃる通りです。ですから、最強の『広告塔』をご用意しました」


私はバサッ! と例のポスターをテーブルに広げた。


「なっ……!?」


ガストン氏が絶句した。


ポスターの中の優しい微笑み。


そして、目の前のソファで般若のような顔をして座っている実物。


ガストン氏はポスターと実物を交互に見て、混乱のあまり目を回しかけた。


「こ、こ、これは……辺境伯閣下……ですか? いや、しかし、この慈愛に満ちた表情はまるで聖画のようで……」


「これこそが、クリスタル・ジンジャーの効果です!」


私はハッタリをかました。


「あのご覧ください、あの閣下の肌艶を! この過酷な環境下で、シミ一つない陶器のような肌! これぞ、毎日ジンジャーを食べているおかげなのです!」


「な、なんだってー!?」


ガストン氏が叫ぶ。


嘘である。ジルベール様の肌が綺麗なのは、単に魔力が高くて代謝が良いからだ。ジンジャー関係ない。


しかし、ジルベール様は「……」と沈黙を守っている(呆れて声が出ないだけ)。


これを「肯定」と受け取ったガストン氏は、身を乗り出した。


「す、すごい……! あの『氷の閣下』が、こんなに穏やかな顔になるなんて……! このポスター、インパクトは絶大です! ギャップ萌えというやつですね!?」


「その通りです。このポスターを商品のオマケとして付けます。初回限定版には、さらに『閣下の直筆サイン入り』を用意しましょう」


「売れる……! これは売れますぞぉぉぉ!」


ガストン氏の目に「¥」マークが灯った。


「奥様! いや、リーリン様! ぜひ我が商会にお任せください! 王都の全店舗で展開させていただきます!」


「ありがとうございます。では、契約条件の詰めに入りましょうか」


私はニッコリと笑い、魔導計算機を取り出した。


「卸値は売価の七掛け……と言いたいところですが、ブランド料込みで八掛けでお願いします」


「は、八掛け!? そ、それは少々強気すぎでは……」


ガストン氏が難色を示す。


私はチラリとジルベール様を見た。


「あら、不満ですか? ……閣下、ガストン氏が『高すぎる』と仰っていますが?」


「……あ?」


ジルベール様が、不機嫌そうに低く唸った。


ただ「あ?」と言っただけだ。


しかし、その声には「俺の女の提示した額にケチをつけるのか、この肉団子野郎」という(勝手な解釈による)殺気が込められていた。


「ヒィッ!!」


ガストン氏が震え上がる。


「め、滅相もございません!! 八掛け! 喜んで八掛けで契約させていただきますぅぅぅ!」


「ありがとうございます。契約成立ですね」


私は素早く契約書を作成し、サインをさせた。


「では、初回納品は来週。お支払いは現金一括でお願いしますね」


ガストン氏は、逃げるように帰っていった。


手には契約書を、背中には大量の冷や汗をかいて。





「……悪徳商法だ」


ガストン氏が去った後、ジルベール様がポツリと言った。


「人聞きの悪い。Win-Winの関係ですよ」


私は契約書を満足げに眺めた。


「商会は話題性のある商品を手に入れ、私たちは安定した販路と現金を手に入れた。誰も損をしていません」


「俺の肖像権と名誉以外はな」


「些細な犠牲(コスト)です」


私は笑い飛ばした。


その日の夜。


私は自室ではなく、ジルベール様の執務室にいた。


「……まだ終わらないのか?」


ジルベール様が、書類仕事の手を止めて私を見た。


私は彼のデスクの向かい側(本来は客が座る場所)を陣取り、帳簿と格闘していた。


「いえ、もう少しです。今日の契約で入る予定の収益を、次の設備投資にどう割り振るかシミュレーションしていまして」


「……お前、本当に楽しそうだな」


不意に言われて、私は顔を上げた。


「楽しい?」


「ああ。ここに来た当初より、生き生きしている。……金勘定をしている時のお前は、目が輝いている」


ジルベール様が、頬杖をついて私を見つめている。


その瞳は、ポスターの作り笑顔ではなく、自然な穏やかさを湛えていた。


「……性分ですので」


私は少し照れくさくなって、視線を逸らした。


「数字は裏切りませんから。努力すればした分だけ、結果として返ってくる。それが心地よいのです」


「そうか」


ジルベール様は目を細めた。


「俺は、剣を振ることしか能がないと思っていた。領地が疲弊していくのを見ても、どうすればいいか分からなかった」


彼はペンを置き、自分の大きな手を見つめる。


「だが、お前が来てから……屋敷が明るくなった。使用人たちが笑うようになった。飯がうまくなった」


そして、彼は私を真っ直ぐに見た。


「俺にとっても、お前は『女神』なのかもしれんな」


ドキン。


心臓が大きく跳ねた。


(……やめてよ、そういう台詞は)


計算が狂う。


「女神」なんてガラじゃない。私はただの守銭奴で、自分の利益のために動いているだけなのに。


「……買い被りです、閣下。私は自分の老後資金のために働いているだけです」


「それでもだ。……ありがとう、リーリン」


彼はそう言って、また書類に目を落とした。


私は何も言えなくなり、黙って電卓を叩く作業に戻った。


タタタタ……。


静かな部屋に、ペンの走る音と、電卓の音だけが響く。


不思議だった。


いつもなら「一秒でも早く終わらせて寝たい」と思う事務作業が、今はなぜか、終わらせたくないような、心地よい時間に感じられた。


(……まあ、悪くない職場環境ね)


私は小さく笑みをこぼし、次のページの計算に移った。


こうして、『クリスタル・ジンジャー』は王都へと出荷されていった。


それがまさか、王都で私の想像を超える「大ブーム」を巻き起こし、あの元婚約者(バカ王子)たちの耳に入ることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~

しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。 隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。 「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。 悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。 だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。 「承知いたしました。では――契約を終了いたします」 その一言が、すべての始まりだった。 公爵家による融資、貿易、軍需支援。 王国を支えていたすべてが、静かに停止する。 財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。 王都は混乱に包まれていく。 やがて明らかになる義妹の嘘。 そして王太子の責任。 すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは―― 完全な破滅だった。 一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。 これは、 婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、 王国崩壊と地獄のざまぁの物語。 ――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...