悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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一方、その頃。王都の王城にて。


ジェラルド第二王子と、その新しい婚約者(仮)ミナは、優雅なティータイムを過ごしていた。


「ああ、ミナ。今日の君も愛らしい。その新しいドレス、とてもよく似合っているよ」


「うふふ、ありがとうございますぅ、ジェラルド様ぁ。これ、王都で一番流行っているお店の新作なんですぅ」


ミナはフリルたっぷりのピンク色のドレスを身に纏い、甘ったるい声でクネクネしている。


テーブルには、高級菓子店から取り寄せたケーキタワーと、希少な茶葉を使った紅茶。


部屋の隅には、先日買い込んだ宝石や靴の箱が山積みになっていた。


「リーリンがいなくなってから、本当に空気が美味しいな。あの陰気な女、いつも『予算が』だの『無駄遣い』だのと、私の耳元で小言ばかり言っていたからな」


ジェラルドはケーキを口に運びながら、忌々しそうに言った。


「本当ですぅ。あんなケチで口うるさい女、ジェラルド様にはふさわしくありませんわぁ。私みたいに、ジェラルド様のしたいことを何でも応援してあげるのが、愛ですものね?」


「その通りだ! 君こそが私の真実の愛だ!」


二人は見つめ合い、自分たちの世界に浸っていた。


そこへ、執務室の扉が控えめにノックされた。


「失礼いたします、殿下。王宮財務官のトマスでございます」


入ってきたのは、初老の財務官だった。彼は青ざめた顔で、分厚い書類を抱えている。


「なんだ、トマスか。今、愛を語らっているところだ。後にしろ」


「そ、そうも参りませんので……。緊急の案件でございます」


トマスは震える手で、一枚の紙をテーブルに置いた。


それは、今月の『王族経費請求書』だった。


「なんだこれは。サインすればいいのか?」


ジェラルドは面倒くさそうに羽ペンを取ろうとした。


しかし、トマスが悲痛な声で叫んだ。


「サインではありません! 『支払い不能』の通知でございます!」


「……は?」


ジェラルドの手が止まる。


「支払い不能? 何を言っている。私は王子だぞ? 金など無限にあるだろう」


「ございません!!」


トマスが叫んだ。


「今月……いえ、今年度の殿下の割り当て予算は、すでに底をついております! それどころか、向こう三年分の予算を前借りしても足りません!」


「な、なんだと……?」


ジェラルドは目を白黒させた。


「馬鹿な。先月までは、いくら使っても文句など言われなかったぞ。なぜ急に金がなくなるんだ!」


「それは……これまでは、リーリン様がご自身の個人資産で補填されていたからです」


「……は?」


「殿下の夜会服、交際費、ミナ様への贈り物、馬車の維持費、etc……これらは全て、リーリン様が『公爵家からの寄付』という形で処理されておりました。王家の財布からは一銭も出ていなかったのです!」


「な、な、な……」


ジェラルドは口をパクパクさせた。


「そ、そんなはずはない! あの女は『無駄遣いをするな』と口うるさく……」


「ええ。口ではそう仰りつつ、裏では殿下のメンツを潰さないよう、黙って支払ってくれていたのです。……まさに、内助の功でございました」


トマスは遠い目をした。


「ですが、リーリン様がいなくなった今、全ての請求が正規のルートで回ってきております。その額、実に月額金貨二千枚。対して、殿下の予算は金貨三百枚です」


「に、二千……!?」


ジェラルドが椅子から転げ落ちそうになる。


ミナがキョトンとした顔で口を挟んだ。


「えぇー? よく分かんないですけどぉ、お金がないなら刷ればいいじゃないですかぁ」


「……ミナ様。貨幣経済というものを根本から勉強し直してください」


トマスが冷ややかな視線を送る。


「とにかく! このままでは、今注文しているドレスも、来週の夜会の費用も、全てキャンセルせざるを得ません! さらに、各店舗から『ツケが払われていない』と督促状が山のように届いております!」


トマスは督促状の束をドサリとテーブルにぶちまけた。


『未払い通知』『至急お支払いください』『法的措置を検討中』


不穏な文字が踊る。


「そ、そんな……ドレスがキャンセルぅ? 嫌ですぅ! 来週の夜会でみんなに見せびらかすつもりだったのにぃ!」


ミナが泣き喚く。


「ジェラルド様ぁ、なんとかしてくださいよぉ! 王子様なんでしょう!?」


「う、うるさい! 今考えている!」


ジェラルドは頭を抱えた。


リーリンがいなくなれば、自由に金が使えると思っていた。


彼女が邪魔をしていたのだと思っていた。


だが現実は違った。彼女が防波堤となり、金銭管理という面倒な仕事を全て引き受けてくれていたのだ。


「くそっ……! あの女、なぜ黙って払っていたんだ! 恩着せがましい!」


「恩着せがましいどころか、誰にも言わずに処理していたのを『美徳』と言うのです。それを殿下は……あのような形で婚約破棄などなさるから……」


トマスがため息交じりに呟く。


「うるさい! お前は黙ってろ!」


ジェラルドは八つ当たりした。


「……そうだ。父上(国王)に頼めばいい。父上なら、可愛い息子の頼みを聞いてくれるはずだ」


「陛下からは『自業自得だ。一銭たりとも援助はせん。むしろ、リーリン嬢への慰謝料をどう工面するか考えろ』との伝言を預かっております」


「ちちうえぇぇぇ!!」


ジェラルドは絶叫した。


五千万金貨の慰謝料。すっかり忘れていた(現実逃避していた)が、あれもまだ未払いなのだ。


「ど、どうすればいいんだ……。このままでは、私は破産だ……!」


「あのぉ、ジェラルド様ぁ」


ミナがおずおずと声をかけた。


「それならぁ、リーリン様に手紙を書けばいいんじゃないですかぁ?」


「手紙?」


「はい。『戻ってきて謝れば、許してあげてもいい』って。あの女、どうせジェラルド様のことが好きだったんでしょ? お金を出してたのも、気を引きたかったからに決まってますぅ」


ミナは能天気な笑顔で言った。


「だからぁ、優しく『戻っておいで』って言えば、尻尾振って戻ってきますよぉ。で、またお金を出させればいいんです」


「……それだ!」


ジェラルドはポンと手を打った。


「さすがミナ! 天才か!」


「えへへぇ、私って賢いですかぁ?」


「ああ! リーリンごとき、私の命令一つでどうにでもなる。あいつは辺境なんて田舎で泣き暮らしているに違いない。『寂しいだろう? 王都に戻してやる』と言えば、喜んで資産を持って駆けつけるはずだ!」


ジェラルドの顔に生気が戻る。


トマスは「……こいつら、ポジティブすぎるだろ」と呆れ返って天井を仰いだが、もう何も言う気力はなかった。


「よし、トマス! すぐに手紙を書くぞ! 最高級の便箋とペンを用意しろ!」


「はあ……」


「文面はそうだな……『愛するリーリンへ』……いや、これだと媚びているみたいだな。『拝啓、愚かなる元婚約者へ』……いや、これだと角が立つか」


ジェラルドはブツブツと悩み始めた。


「『大至急、金を持って集合』でいいんじゃないですかぁ?」


「それだと直接的すぎる! もっとこう、王族としての威厳を保ちつつ、相手に『私が悪うございました』と思わせるような……」


こうして、数時間の推敲の末、一通の手紙が完成した。


内容は、要約すると以下の通りである。


『辺境の暮らしは辛いだろう。特別に、王都へ戻るチャンスをやる。今すぐ戻ってきて、私に土下座して謝罪すれば、側室(財布係)として置いてやらなくもない。ただし、手土産(金)を忘れるな』


「完璧だ……!」


ジェラルドは自画自賛した。


「これを読めば、リーリンは感涙して飛んでくるぞ!」


「そうですねぇ! やっぱりジェラルド様は素敵ですぅ!」


二人はキャッキャと盛り上がっている。


トマスは無言で手紙を受け取り、「……これ、火に油を注ぐだけでは?」と思ったが、自分の保身のために黙って発送手続きに入った。


この手紙が、辺境にいるリーリンの元に届くのは数日後。


そして、それが文字通り「燃料(焚き火の)」になることを、バカ王子たちはまだ知らない。
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