悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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辺境の冬は早い。


収穫祭が終わると、オルレアン領は瞬く間に銀世界に包まれた。


「……寒いですわ」


領主館の執務室。私は毛布にくるまりながら、震える手でペンを走らせていた。


「暖炉の薪が足りません。予算削減のために間伐材を使っていますが、火力が弱すぎます」


「すまない。備蓄していた薪は、昨夜の吹雪で孤立した村へ優先的に回してしまった」


向かいの席で、ジルベール様もまた、白い息を吐きながら書類仕事をしている。


彼は寒さに強いのか、比較的薄着だが、それでも鼻の頭は赤い。


「仕方ありませんね。人命優先(リスクマネジメント)は正しい判断です。……ああ、どこかに高カロリーで、かつ不要な燃やすものはないでしょうか」


私がボヤいた、その時だった。


ドンドンドン!


乱暴なノックの音が響き、セバスチャンが入ってきた。


「だ、旦那様! リーリン様! 大変でございます!」


「どうした? またボルスが脱獄でもしたか?」


「いえ、違います! 王都からの使者が……王家の紋章が入った馬車が到着しました!」


「王家?」


私とジルベール様は顔を見合わせた。


「……嫌な予感しかしませんね」


「俺もだ」


私たちは防寒具を重ね着し、玄関ホールへと向かった。





玄関には、雪まみれになった豪奢な馬車が停まっていた。


そこから降りてきたのは、王城で見かけたことのある文官だった。


彼は極寒の辺境に似つかわしくない薄手の礼服を着ており、ガチガチと歯を鳴らして震えている。


「ひぃぃ……さ、寒い……! なんだこの未開の地は……!」


文官は私たちを見つけると、傲慢な態度で鼻を鳴らした。


「お、おほん! リーリン・アークライト! ジェラルド殿下より、直々の書状を預かってきた! ありがたく拝受せよ!」


彼は懐から、封蝋された分厚い手紙を取り出し、私に突きつけた。


「……ご苦労様です。郵送費の無駄遣いですね」


私は冷ややかに言いながら、手紙を受け取った。


ズシリと重い。


紙質は最高級の羊皮紙。封蝋には金粉が混ぜられている。


「中でお読みになりますか? ここじゃ寒いですし」


「ふん、当然だ! さっさと温かい茶と菓子を用意しろ!」


文官は我が物顔で屋敷に入ろうとした。


しかし。


「お断りします」


私は扉を閉めかけた。


「は?」


「部外者の立ち入りは、セキュリティ上お断りしております。特に、アポイントメントのない訪問者は」


「なっ……! 私は王家の使者だぞ!?」


「ここは辺境伯領です。王家の威光も、凍てつく吹雪の前では無力ですわ。……用件が手紙を渡すことだけなら、お帰りください。馬車の馬が凍死しますよ?」


「き、き、貴様ぁぁぁ……!」


文官は顔を真っ赤(寒さで青いが)にして喚いたが、後ろに控えていたジルベール様が「……帰れ」と低音で威嚇すると、「ひぃっ! 野蛮人め!」と叫んで馬車に逃げ込んだ。


馬車は吹雪の中、逃げるように去っていった。


「……早かったな」


ジルベール様が呆れている。


「時間の無駄(タイムロス)は最小限に抑えられました。さて、部屋に戻りましょう」


執務室に戻った私たちは、改めて暖炉の前に座った。


火は消えかかっており、部屋は冷蔵庫のように冷え切っている。


「で、何が書いてあるんだ?」


ジルベール様が怪訝な顔で手紙を見る。


私はペーパーナイフで封を切った。


中から出てきたのは、何枚にも渡る長文の手紙だった。香水の匂いがプンプンして、鼻が曲がりそうだ。


「……読み上げますね」


私は無感情な声で朗読を始めた。


『拝啓 哀れなリーリンへ。


辺境での貧しい暮らしに、毎晩枕を濡らしていることだろう。


君がいなくなってから、城は少し静かになりすぎた。私の隣に君がいない違和感に、私も心を痛めている(トマスがうるさいからだ)。


そこで、君に慈悲深い提案をしよう。


今すぐ王都へ戻り、私の足元で涙ながらに謝罪をするならば、再び側室として迎えてやらなくもない。


君の得意な計算能力は、私の資産管理のために使うことを許可する。光栄に思うがいい。


なお、戻る際は、君が不当に持ち出した慰謝料(五千万金貨)を「謝罪金」として持参すること。それが復縁の条件だ。


愛を込めて。ジェラルド』


読み終えた瞬間。


ピキッ。


部屋の温度が、さらに五度くらい下がった気がした。


「…………殺す」


ジルベール様から、どす黒いオーラが噴出している。


「あのアホ王子……! どのツラ下げてこんな……! 側室だと? 資産管理だと? お前をなんだと思っていやがる!」


彼は激怒のあまり、近くにあった花瓶を握り潰しそうになっている。


「リーリン! こんな紙切れ、今すぐ破り捨てろ! いや、俺が王都に行って叩き返してやる!」


「落ち着いてください、閣下」


私は冷静だった。


怒りなど湧いてこない。ただただ、「呆れ」と「憐れみ」があるだけだ。


「わざわざ王都に行く交通費がもったいないです。それに、破り捨てるなんてもったいない」


「は? もったいない?」


「ええ。ご覧ください、この紙の厚さを」


私は手紙を指先で弾いた。


「最高級の羊皮紙です。油分を多く含み、密度も高い。そして何より……乾燥しています」


私は立ち上がり、消えかかった暖炉に近づいた。


そして、躊躇なく手紙をくべた。


「ちょっ……!?」


ジルベール様が目を見開く。


「いい着火剤になりますわ」


ボッ!


私がマッチを投げ入れると、ジェラルド様の愛(笑)の言葉が綴られた紙は、瞬く間にオレンジ色の炎に包まれた。


香水の成分が含まれているせいか、青白い炎を上げて勢いよく燃え上がる。


「おお……! すごい火力!」


私は手を叩いて喜んだ。


「見てください閣下! さすが王室御用達の紙です! 間伐材が一気に燃え上がりましたよ!」


「……お前なぁ」


「『愛』は燃えませんでしたが、物理的にはよく燃えますね。これで部屋も暖まります」


私は暖炉の前で手をかざし、ほっと息をついた。


「あー、あったかい。ジェラルド様、初めて私の役に立ちましたわ」


パチパチと爆ぜる音。


それはまるで、王子のプライドが崩壊していく音のようだった。


ジルベール様は、燃え盛る手紙と、暖かそうにしている私を交互に見て、ふっと肩の力を抜いた。


「……ははっ」


彼は乾いた笑い声を漏らした。


「傑作だ。王子のラブレターで暖を取る女なんて、世界中探してもお前くらいだぞ」


「ラブレターではありません。請求書兼降伏勧告書です。……もっとも、私にとってはただの燃料ですが」


「そうだな。……俺が怒るのも馬鹿らしくなった」


ジルベール様は私の隣に座り込み、一緒に炎を眺めた。


「だが、返事くらいは書かなくていいのか? 無視したら、またうるさい使者が来るぞ」


「そうですね。受取拒否の意思表示は必要です」


私は少し考え、ニヤリと笑った。


「では、こうしましょう。燃え残りの灰を集めて、封筒に入れて送り返すのです」


「灰を?」


「ええ。一筆添えて。『貴殿の提案は、熱意(物理)に変換させていただきました。つきましては、産業廃棄物処理料を請求します』と」


「クククッ……! ひでぇ!」


ジルベール様が腹を抱えて笑い出した。


「最高だ、リーリン! それなら俺も協力しよう。俺の魔力で、この部屋の煤(すす)も集めてやろうか?」


「いいですね。増量サービス(エクストラチャージ)です」


私たちは炎の前で、悪い顔をして笑い合った。


部屋は十分に暖まっていた。


薪の暖かさと、共犯者としての心地よい連帯感で。


だが、私たちは知らなかった。


この「灰の返信」が王都に届いた時、ジェラルド王子が逆上し、さらなる強硬手段――『国軍による強制連行』などという暴挙に出る引き金になることを。


まあ、その時のための迎撃予算も、すでに計上済みではあるのだが。
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