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11話
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セシリー嬢の嫌がらせは、日に日にエスカレートしていった。
そしてついに、彼らはカフェの店内で騒ぎを起こすという、最も愚かな手段に打って出た。
その日、店が一番混み合う午後のティータイム。
金で雇われたのであろう、見るからに柄の悪い男が、大声で怒鳴り始めた。
「おい! このケーキに虫が入ってんじゃねえか! どうなってんだ、ゴルァ!」
男はテーブルを叩き、他の客たちの注目を集めようとする。店内に、緊張が走った。
しかし、私は慌てない。すべて、グレイソンが張り巡らせた情報網によって、筒抜けだったのだから。
私が合図を送ると、ウェイターに扮していた店の用心棒が、男の背後にすっと立つ。
そして、偶然にもその近くの席でお茶をしていた、あの黒髪の騎士――カイルが、静かに立ち上がった。
「おや、それは大変ですね。よろしければ、その虫とやらを拝見しても?」
カイルが穏やかに声をかけると、男はぎくりとして顔を引きつらせた。
「な、なんだてめえは!」
「見ての通り、ただのお客ですよ。ですが、これほど素晴らしいお店の評判を、偽りで貶める行為は看過できませんね」
カイルの目が、鋭く光る。
男は、カイルのただならぬ気配に怯み、咄嗟にナイフを抜いて暴れようとした。
「うおおおっ!」
しかし、その腕は、用心棒によって背後からがっちりと掴まれ、ナイフはカイルの剣の柄でいとも簡単に弾き飛ばされた。
あっという間の出来事だった。
「さて、少しお話を聞かせてもらいましょうか」
私は騒ぎの中心へと歩みを進め、捕らえられた男の前に立つ。
「誰に頼まれて、こんなことをしたのかしら?」
「し、知らねえ! 俺はただ、虫が入ってたから文句を言っただけだ!」
「嘘をおっしゃい。あなたのその手、昨日もこの店の壁に泥を塗っていませんでしたこと?」
私の指摘に、男は顔面蒼白になる。
私は追い打ちをかけるように、にっこりと微笑んだ。
「あなたを操っている黒幕の名前を言えば、今回のことは不問にしてさしあげますわ。言わなければ……王都警備隊に突き出すまでよ」
男はしばらく抵抗していたが、やがて観念したのか、小さな声で名前を吐いた。
それは、セシリー嬢と懇意にしている、とある伯爵の名前だった。
「……やはり、そう」
私はその名前を聞いても、驚かなかった。セシリー嬢本人の名前が出てこないのも、想定通り。彼女は自分の手を汚さず、誰かを間に挟むだろうと思っていたから。
「わかったわ。あなたを解放してあげる。ただし、雇い主にはこう伝えなさい。『次は無い』、と」
男は這う這うの体で逃げていった。
私は向き直り、心配そうにこちらを見ていた客たちに向かって、優雅にお辞儀をした。
「皆様、お騒がせいたしました。お詫びに、本日の皆様のお代は、すべてわたくしが持たせていただきますわ」
私の言葉に、客席からは大きな拍手が沸き起こった。
悪評を流そうとした嫌がらせは、逆にカフェの信頼性と、私の危機管理能力の高さを知らしめる結果となった。
「見事な手腕でした、ミリアーナ様」
カイルが、感心したように言った。
「あなたのおかげよ、騎士様。また、助けられてしまったわね」
私の言葉に、彼は少しだけ笑みを浮かべた。
この一件で、私たちの間には、また一つ、奇妙な絆が生まれたような気がした。
そしてついに、彼らはカフェの店内で騒ぎを起こすという、最も愚かな手段に打って出た。
その日、店が一番混み合う午後のティータイム。
金で雇われたのであろう、見るからに柄の悪い男が、大声で怒鳴り始めた。
「おい! このケーキに虫が入ってんじゃねえか! どうなってんだ、ゴルァ!」
男はテーブルを叩き、他の客たちの注目を集めようとする。店内に、緊張が走った。
しかし、私は慌てない。すべて、グレイソンが張り巡らせた情報網によって、筒抜けだったのだから。
私が合図を送ると、ウェイターに扮していた店の用心棒が、男の背後にすっと立つ。
そして、偶然にもその近くの席でお茶をしていた、あの黒髪の騎士――カイルが、静かに立ち上がった。
「おや、それは大変ですね。よろしければ、その虫とやらを拝見しても?」
カイルが穏やかに声をかけると、男はぎくりとして顔を引きつらせた。
「な、なんだてめえは!」
「見ての通り、ただのお客ですよ。ですが、これほど素晴らしいお店の評判を、偽りで貶める行為は看過できませんね」
カイルの目が、鋭く光る。
男は、カイルのただならぬ気配に怯み、咄嗟にナイフを抜いて暴れようとした。
「うおおおっ!」
しかし、その腕は、用心棒によって背後からがっちりと掴まれ、ナイフはカイルの剣の柄でいとも簡単に弾き飛ばされた。
あっという間の出来事だった。
「さて、少しお話を聞かせてもらいましょうか」
私は騒ぎの中心へと歩みを進め、捕らえられた男の前に立つ。
「誰に頼まれて、こんなことをしたのかしら?」
「し、知らねえ! 俺はただ、虫が入ってたから文句を言っただけだ!」
「嘘をおっしゃい。あなたのその手、昨日もこの店の壁に泥を塗っていませんでしたこと?」
私の指摘に、男は顔面蒼白になる。
私は追い打ちをかけるように、にっこりと微笑んだ。
「あなたを操っている黒幕の名前を言えば、今回のことは不問にしてさしあげますわ。言わなければ……王都警備隊に突き出すまでよ」
男はしばらく抵抗していたが、やがて観念したのか、小さな声で名前を吐いた。
それは、セシリー嬢と懇意にしている、とある伯爵の名前だった。
「……やはり、そう」
私はその名前を聞いても、驚かなかった。セシリー嬢本人の名前が出てこないのも、想定通り。彼女は自分の手を汚さず、誰かを間に挟むだろうと思っていたから。
「わかったわ。あなたを解放してあげる。ただし、雇い主にはこう伝えなさい。『次は無い』、と」
男は這う這うの体で逃げていった。
私は向き直り、心配そうにこちらを見ていた客たちに向かって、優雅にお辞儀をした。
「皆様、お騒がせいたしました。お詫びに、本日の皆様のお代は、すべてわたくしが持たせていただきますわ」
私の言葉に、客席からは大きな拍手が沸き起こった。
悪評を流そうとした嫌がらせは、逆にカフェの信頼性と、私の危機管理能力の高さを知らしめる結果となった。
「見事な手腕でした、ミリアーナ様」
カイルが、感心したように言った。
「あなたのおかげよ、騎士様。また、助けられてしまったわね」
私の言葉に、彼は少しだけ笑みを浮かべた。
この一件で、私たちの間には、また一つ、奇妙な絆が生まれたような気がした。
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