婚約破棄、万歳!あとは推しを愛でるだけの簡単なお仕事です

夏乃みのり

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「……却下です。こんな、厚手の生地で全身を覆い隠すなど、国家資源の隠匿罪に等しいわ」

王宮の仕立ての間。
私は、王室御用達の老仕立て屋が提示した「近衛騎士団・新制服案」を、迷わず突き返した。
パチリ、と算盤を一回鳴らす。私の目は、デザイン画の「非効率さ」をミリ単位で捉えていた。

「じ、ジェリカ様……。しかし、これが伝統ある近衛の正装でございます。重厚感こそが威厳を生むのでして……」

「仕立て屋さん。伝統で外敵が倒せますか? 重厚感で筋肉が育ちますか? 答えは否(ノー)ですわ」

私は立ち上がり、自ら筆を取ってデザイン画に修正を書き込み始めた。

「いいですか。現在の制服は、腕を上げた際に広背筋(こうはいきん)の動きを阻害しています。これは戦闘力の二〇パーセント低下を意味します。……パチパチ。さらに、この厚すぎる袖口! これでは、騎士が剣を握った際に浮き出る前腕(ぜんわん)の血管が全く見えませんわ!」

「け、血管……? それが制服に関係あるのですか?」

「大ありです! 敵に対する威嚇(いかく)、及び国民に対する『安心感という名のビジュアルサービス』ですわ。……よし、袖は五センチ短縮。肩周りは伸縮性の高い魔導繊維を採用。そして胸元は、呼吸に合わせて大胸筋の厚みが強調されるよう、立体裁断を導入します!」

「もはや、それは戦闘服というより……露出狂の服では……」

仕立て屋が震える声で呟いたが、私は無視した。
そこへ、本日の「検体(モデル)」として呼び出されたキース様が、怪訝な顔で部屋に入ってきた。

「……呼ばれて来てみれば、何だこの騒ぎは。アステリア公嬢、制服を新調するのは構わないが、あまり奇抜なのは困るぞ」

「キース様! ちょうど良いところに。……さあ、脱いでください」

「…………は?」

「言葉の通りですわ。正確な数値を測定しなければ、私の計算式が完成しません。……さあ、早く! 一秒遅れるごとに、私の仕事効率が金貨三枚分低下しますわよ!」

キース様は「君というやつは……」と額を押さえながらも、慣れた手つきで上着を脱いだ。
露わになる、鍛え抜かれた上半身。
窓から差し込む午後の光が、彼の筋肉の陰影をドラマチックに描き出す。

(……っ! パチリ。……完璧。今日の僧帽筋(そうぼうきん)の張り、まさに芸術の域ですわ!)

「……おい、公嬢。測るなら早くしてくれ。仕立て屋が、泣きそうな顔でこっちを見ているぞ」

「失礼いたしました。……では、失礼して」

私はメジャーを手に、キース様の背後に回った。
首の付け根から、肩幅、そして腕の付け根へ。
メジャーを当てるたびに、指先が彼の熱を帯びた肌に触れる。

「……っ」

キース様の体が、微かに震えた。

「……キース様、動かないで。広背筋に余計な力が入ると、数値がズレますわ」

「……無理を言うな。……君が、そんなに……近くにいたら……」

「え? 何かおっしゃいましたか?」

私は彼の脇の下からメジャーを通し、胸囲を測るために正面に回り込んだ。
必然的に、私の顔は彼の胸板のすぐ近くに来る。
ドクン、ドクン、と。
規則正しく、しかし力強い心音。
そして、良質なタンパク質とストイックな生活が作り上げた、清潔な香りが鼻をくすぐる。

(……あ、あり得ませんわ。パチパチ……。キース様の胸囲、前回の測定より三センチ増……? この短期間でこれほどのバルクアップ……。私の計算を上回る成長率ですわね……!)

「……公嬢。……もういいだろう」

キース様が、私の手首をガシッと掴んだ。
その手は驚くほど熱く、力強い。

「……数値は取れたはずだ。これ以上は、私の理性が……パチリ、では済まなくなる」

「……キース様?」

見上げると、キース様の顔は耳の裏まで真っ赤に染まっていた。
その瞳には、いつもの冷静さはなく、獲物を狙うような、あるいは切実な願いを込めたような、熱い光が宿っている。

「……私は、君の『計算』の材料になりたいわけじゃない」

「……ええ、分かっておりますわ。あなたは私の『統括対象』であり、この国の……」

「……そうじゃない!」

キース様は、私の言葉を遮るように、掴んだ手を自分の胸元へと引き寄せた。

「……一人の男として、君の隣にいたいと言っているんだ。……ジェリカ。君の算盤に、私の『感情』は入っていないのか?」

一瞬、部屋の中の時間が止まった。
仕立て屋はいつの間にか気を利かせて(あるいは恐怖で)退散しており、室内には私たち二人だけ。

私は、自分の手がキース様の鼓動をダイレクトに感じていることに気づき、顔から火が出るほどの熱さを感じた。

「……キ、キース様の『感情』……。パチパチ……。……計算、中ですわ」

「…………」

「……まだ、変数が多すぎて……。でも、……パチリ。……一つだけ、確定している数値がありますわ」

私は、空いた方の手で、自分の激しく高鳴る胸を抑えた。

「私の心拍数、現在、平熱時の三〇〇パーセント。……これは、筋肉への愛着だけでは説明のつかない、異常な数値ですわね。……キース様」

キース様は、一瞬驚いたように目を見開き、やがて、これ以上なく優しく、そして雄々しい笑みを浮かべた。

「……なら、その異常事態を、生涯かけて解析してみる気はないか?」

「……パチリ。……検討、させていただきますわ。……ただし、新制服の試着が終わってからですわよ!」

「……ははっ、君らしいな」

キース様は私の手を離すと、豪快に笑い、再びメジャーを握る私に身を預けた。

新制服のデザイン。
それは、騎士たちの筋肉を誇示するだけでなく、私とキース様の距離を「計算外」の近さまで引き寄せる、最高に効率的な仕事(デート)となったのだった。
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