婚約破棄、万歳!あとは推しを愛でるだけの簡単なお仕事です

夏乃みのり

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「皆様、ご唱和くださいませ! 『筋肉は裏切らない! 脂肪は甘え! 美しさは背筋に宿る!』はいっ!」

「「「筋肉は裏切らない! 脂肪は甘え! 美しさは背筋に宿るっ!!」」」

王都にあるアステリア公爵邸の広大な庭園。
そこでは今、かつてないほど「騒がしく、かつ男臭い」お茶会が開催されていた。

主催者は、私の愛弟子となったリリアン様。
参加者は、王都の名だたる門閥貴族の令嬢たち……だったはずなのだが。

「……パチ、パチパチ。……ハンス、見てちょうだい。あちらの侯爵令嬢、スクワットのフォームが三ミリほど深くなりましたわね。大腿四頭筋への負荷が最適化されていますわ」

私はテラス席から、特製プロテイン・ラテを片手に算盤を弾いていた。

目の前で繰り広げられているのは、優雅なアフタヌーンティーではない。
テーブルに並んでいるのは、色とりどりのマカロンではなく、色とりどりの「高タンパク・低糖質ゼリー」。
そして令嬢たちは、扇を置いたその手で五キロのダンベルを握りしめていた。

「お師匠様! 見てくださいまし! わたくし、最近、夜の寝る前の一時間、腹筋運動をしないと脳が『非効率だ』と叫んで眠れませんの!」

リリアン様が、ドレスの袖をこれ見よがしに捲り上げながら駆け寄ってきた。
彼女の二の腕には、以前の「折れそうな細さ」は微塵もない。
そこには、しなやかでありながら鋼のような密度を感じさせる、美しい筋肉のラインが刻まれていた。

「素晴らしいわ、リリアン様。パチリ。……習慣化(ルーチン)こそが、筋肉への最大の敬意ですわ。……ところで、あちらの令嬢たちは?」

「ええ、皆様最初は『まあ、はしたないわ』なんておっしゃっていましたけれど。……わたくしが『これを続ければ、コルセットなしでウエストが五センチ絞れますわよ』と申し上げたら、目の色を変えてダンベルを奪い合い始めましたわ」

「……パチパチ。……美容という名の投資効率。女性の執念を計算に入れれば、この『マッスルお茶会』の普及率は来月には三〇〇パーセントを超えるでしょうね」

私が満足げに頷いていると、庭園の入り口から、妙に「控えめな」足音が聞こえてきた。

現れたのは、セドリック殿下だった。
しかし、以前のような派手なマントも、傲慢な表情もない。
彼はなぜか、王宮の庭師が着るような簡素な服に身を包み、手には……なんと、じょうろを持っていた。

「……セドリック殿下? パチリ。……今日は不法侵入ではなく、労働の続きをされに来たのかしら?」

「…………ジェリカ」

殿下は私を見て、一瞬だけ視線を泳がせた。
だが、すぐに意を決したように、ぎこちない動作で姿勢を正した。
……驚いたことに、彼の肩は内側に入っておらず、胸がしっかりと張られている。

「……僕は、……父上に頼んで、王宮の庭園掃除をさせてもらっているんだ。……君たちに言われた通り、僕には『軸』がなかった。……だから、まずは自分の体で土を触り、自分の筋肉で水を運ぶことから始めようと思って……」

「まあ、殿下! 大臀筋(だいでんきん)に力が入った、良い立ち姿ですわ!」

リリアン様が嬉しそうに殿下の肩を叩いた。
バシンッ、と重い音が響き、殿下は少しよろけたが、それでも倒れなかった。

「……リリアン。君は……本当に強くなったな。……今の君を見ると、僕がどれだけ君を甘やかして、ダメにしようとしていたかが分かるよ」

「……殿下」

「僕は、まだ君の隣に立つ資格はない。……でも、いつか……一〇〇キロの丸太を担げるようになったら、もう一度……挨拶に行ってもいいかな?」

「パチリ。……一〇〇キロ。……殿下、現在のあなたの推定出力から計算すると、あと三十二年はかかりますわね。……でも、投資する価値はゼロではないかもしれませんわ」

私は算盤をチャッ、と鳴らして微笑んだ。
セドリック殿下は、照れくさそうに笑うと、再びじょうろを握り直して去っていった。
その後ろ姿は、以前よりずっと大きく見えた。

「……ふぅ。……お嬢様、何だか毒気が抜けましたね」

ハンスが感心したように呟く。
そこへ、公務を終えたキース様がやってきた。
彼は、庭で令嬢たちが叫びながら筋トレに励んでいる異様な光景を見て、一瞬だけ固まった。

「……アステリア公嬢。……これは、一体何の訓練だ?」

「訓練ではありませんわ、キース様。……『幸福の総量を増やすための、肉体的投資』ですわ。……それより、キース様」

私は立ち上がり、キース様の腕をそっと取った。
仕事終わりの、適度な疲労を帯びた筋肉の感触。

「……パチリ。……心拍数、安定。……今日も、私の『心の平穏』という名の黒字を、ありがとうございます」

「…………」

キース様は、呆れたように、しかし愛おしそうに私の手の上に自分の手を重ねた。

「……君のその計算高い愛に、私はいつまで経っても慣れそうにないな」

「慣れる必要はありませんわ。……常に『最新の数値』を更新し続けるのが、私の愛の形(スタイル)ですから」

王都に響く、算盤の音と筋肉の叫び。
婚約破棄から始まった私の物語は、もはや誰も予想できない「最強に効率的で幸福な」方向へと突き進んでいた。
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