祝・婚約破棄! 喜んだ悪役令嬢の末路は…?

夏乃みのり

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パーティー会場を颯爽と後にしたサーシャは、シュヴァルツ公爵家の紋章が刻まれた豪奢な馬車に乗り込むと、大きく息を吸い込んだ。

「はぁー…!自由の空気は美味しいですわね!」

まるで鳥かごから解き放たれた小鳥のように、その表情は晴れやかそのものだ。
窓の外を流れる王都の夜景も、いつもよりずっときらきらと輝いて見える。

(フフン、フフフーン♪)

鼻歌まで飛び出す始末である。
あの断罪劇で流すはずだった涙など、一滴たりとも持ち合わせていなかった。

やがて馬車が、壮麗なシュヴァルツ公爵邸の門をくぐる。
玄関では、連絡を受けていたのであろう、執事をはじめとした使用人たちがずらりと並んでサーシャの帰りを待っていた。

「お、お嬢様…お帰りなさいませ」

年老いた執事のセバスチャンが、心配そうな顔でサーシャを迎える。
彼の後ろに控えるメイドたちも、どう声をかけていいのか分からず、オロオロするばかりだ。

無理もない。
王太子殿下との婚約を破棄された令嬢が、こんなにも晴れやかな顔で帰ってくるなど、誰も予想していなかったのだから。

「ええ、ただいま戻りましたわ、セバスチャン! ご覧なさい、わたくし、今最高の気分よ!」

サーシャがにこやかにそう言うと、使用人たちの困惑はさらに深まった。

「は、はあ…」

「それより、お父様は書斎かしら? ご報告したいことが山ほどありますの!」

「は、はい。旦那様は書斎にてお待ちでございますが…お嬢様、その…」

セバスチャンの気遣いを遮るように、サーシャはぱたぱたと威勢よく廊下を進んでいく。
目指すは、この家の主、ルドヴィーク・フォン・シュヴァルツ公爵の待つ書斎だ。

重厚な扉をノックもそこそこに開けると、そこには苦虫を噛み潰したような顔をした父が、腕を組んで立っていた。

「サーシャ! 一体どういうことだ! パーティー会場から使いが来て、お前がエドワード殿下から婚約を破棄されたと聞いたぞ!」

雷のような叱責が飛んでくる。
しかし、サーシャは全くひるまなかった。

「ええ、お父様! その通りですわ! ついに、ついにやりましたのよ!」

「なっ…!?」

娘の返答に、ルドヴィーク公爵は絶句した。
まるで、試験に合格したと報告するかのような、誇らしげな笑顔。
彼は自分の娘が何を言っているのか、理解ができなかった。

「お前は…自分が何を言っているか分かっているのか!? シュヴァルツ家の名誉に泥を塗ったのだぞ!」

「名誉ですって? お父様、本気で仰って?」

サーシャは心底不思議そうに首を傾げた。

「あのような、女の涙に絆されて公の場で婚約者を断罪するような、空っぽな王子の妃になることのどこに名誉があるというのです? むしろ、あんな男と縁が切れたことこそ、我がシュヴァルツ家の名誉だと、わたくしは思いますけれど」

「むっ…そ、それは…」

痛いところを突かれ、ルドヴィークは言葉に詰まる。
確かに、エドワード王子の資質には、彼自身も常々疑問を抱いていた。

サーシャは畳みかけるように、父の机に歩み寄った。

「お父様、わたくしにはやりたいことがあるのですわ」

「やりたいこと、だと?」

「ええ。まず、手始めに、今まで妃教育のせいで我慢していた王都のレストランを、片っ端から制覇いたします!」

「……は?」

「次いで、宮廷のシェフが作るような、見た目ばかりで味のしない堅苦しい料理ではなく、もっと自由で、心が躍るような食を探求いたしますわ! 辺境のジビエ料理や、港町の漁師飯などもよろしいですわね!」

「……サーシャ、お前は少し頭が混乱しているのではないか?」

あまりに予想の斜め上をいく娘の宣言に、ルドヴィークは本気で心配になってきた。
しかし、サーシャの瞳は冗談を言っているようには見えない。むしろ、真剣そのものだ。

「そして、ここからが本題ですわ」

サーシャは、どこからともなく数枚の羊皮紙を取り出し、机の上に広げた。
そこには、びっしりと細かい文字や数字が書き込まれている。

「お父様。わたくし、かねてより興味があった我が家の領地経営に、本格的に関わらせていただきたいのです」

「……なんだと?」

ルドヴィークは、羊皮紙に目を落とし、そして瞠目した。
そこに書かれていたのは、シュヴァルツ公爵領が抱える問題点と、その具体的な改善案だった。

「北部の小麦農地ですが、ここ数年の冷害による収穫高の低下は看過できません。より寒さに強い品種へ転換すべきです。初期投資はこれだけかかりますが、5年後にはこれだけの収益改善が見込めますわ」

「まて、この数字は…」

「南の港町は、隣国との交易で潤っていますが、商業組合の既得権益が新規参入を阻害しています。税制に少し手を入れるだけで、市場は活性化し、全体の税収はむしろ増加するはずです」

「サーシャ、お前、いつの間にこんなことを…」

ルドヴィークは驚きを隠せない。
妃教育に明け暮れていると思っていた娘が、いつの間にこれほど深く、正確に領地の状況を把握していたというのか。

「妃教育の時間は、退屈でしたもの。こっそり経済学や経営学の本を読んでおりましたわ。わたくし、数字を眺めている方が、刺繍をするよりずっと好きですの」

サーシャはいたずらっぽく笑った。

その顔を見て、ルドヴィークはすべてを理解した。
目の前の娘は、自分が思っているような、ただの我儘な令嬢ではなかった。
鋭い知性と、燃えるような情熱を、分厚い猫の皮の下に隠し持っていたのだ。

「……ふっ」

ルドヴィークの口から、乾いた笑いが漏れた。

「ふはは…ははははは! そうか、そういうことか! 我が娘ながら、あっぱれだ!」

公爵は、腹を抱えて高らかに笑った。
それは、久しぶりに聞く、心からの笑い声だった。

「良いだろう! 好きにやってみろ、サーシャ! あの腑抜けた王子に嫁がせるには、お前はあまりに惜しい逸材だと、ずっと思っていたところだ!」

「まあ、お父様!」

「これからは、お前がシュヴァルツ家の頭脳となれ! 王家への資金援助も、少し考え直さねばならんな。お前が自由に使える金は、この父がいくらでも用意してやろう!」

「本当ですの!? ありがとうございます、お父様!」

父と娘は、まるで悪巧みをする共犯者のように、ニヤリと笑い合った。

「では、早速ですが、わたくしの輝かしい門出を祝して、今夜は祝杯をあげませんと! 最高級のシャトー・シュヴァルツと、仔羊の香草焼きをお願いできますかしら?」

「はっはっは! すぐに用意させよう! セバスチャン!」

こうして、悪役令嬢サーシャの、自由で美食に満ちた第二の人生は、高らかな祝杯と共に幕を開けたのだった。
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