祝・婚約破棄! 喜んだ悪役令嬢の末路は…?

夏乃みのり

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リアムと名乗る男と再会を約束してから、サーシャの日課には新たな項目が加わっていた。
それは、『満腹亭』か『鉄板の騎士亭』のどちらかで、昼食をとること。

「お嬢様、最近、本当によく通われていますね、あのお店」

領地の経営改革案をまとめる書類の束から顔を上げずに、侍女のアンナが不思議そうに尋ねる。

「ええ、もちろん。あそこのカツレツとステーキは絶品ですもの。それに…」

サーシャは、ペンを置いてふうと息をつくと、窓の外に目をやった。

「それに?」

「…少しだけ、待っている方が、いるような、いないような…そんな気がするだけですわ」

自分でも気づかないうちに、期待している心の内をほんの少しだけ漏らしてしまい、サーシャは慌てて頬に集まる熱を扇子で隠した。
アンナは、そんな主人の珍しく乙女らしい姿を、微笑ましそうに見守っていた。

そして、その日は突然訪れた。

いつものように『満腹亭』で日替わりの生姜焼き定食を堪能していると、店の扉がぎいと音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、見慣れた黒髪の大男、リアムその人だった。

彼は店内を見渡し、すぐにサーシャの姿を見つけると、まっすぐにこちらへ歩いてくる。

「いたか」

その短い言葉と、久しぶりに聞く低い声に、サーシャの心臓がとくんと跳ねた。

「リアム! …お待ち、しておりましたわ」

つい、心の声がそのまま口から滑り出てしまった。
しまった、と思ったがもう遅い。

リアムは、その言葉に少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐにその厳つい口元が、ほんのわずかに緩んだのが見えた。

「そうか。ならば話が早い」

彼は、サーシャの向かいの席に腰を下ろすこともなく、立ったまま用件を告げた。

「約束通り、今夜、美味い店に連れて行く。日が暮れたら、シュヴァルツ公爵邸の門の前で待っている。準備しておけ」

それはお誘いというより、ほとんど決定事項の通達に近い。
しかし、その強引さが、なぜかサーシャには心地よく感じられた。

「…承知いたしましたわ。楽しみにしております」

サーシャが頷くと、リアムは「ああ」と短く応え、注文もせずにそのまま店を出て行ってしまった。
嵐のように現れ、嵐のように去っていく男。
後に残されたサーシャは、熱くなった頬を隠すように、定食の味噌汁をすするのだった。

その夜。
サーシャは、アンナに手伝ってもらい、いつもより少しだけ念入りにお洒落をした。
派手すぎず、しかし上質だと分かる、落ち着いた紫紺色のドレス。
髪もきつく巻かず、緩やかにウェーブさせて流している。

約束通り、屋敷の門の前で待っていると、時間ぴったりにリアムが馬に乗って現れた。
彼は、ドレスアップしたサーシャの姿を一瞥すると、「…悪くない」とだけ呟いた。
それが、彼なりの最上級の褒め言葉なのだろうと、サーシャには分かった。

連れてこられたのは、王都でも指折りの高級レストラン『青獅子のグリル』。
熟成肉のグリル料理を専門とする、まさに肉好きのための聖地のような店だった。

「まあ…素晴らしいですわ」

通されたテーブルで、最高級のフィレ肉のステーキに舌鼓を打ちながら、サーシャは幸せのため息をついた。
リアムの選ぶ店に、間違いはなかった。
二人は、昼間の喧騒が嘘のように、静かで落ち着いた雰囲気の中、穏やかに食事と会話を楽しんでいた。

そう、あの二人組が現れるまでは。

「まあ、エドワード様! あちらにいらっしゃるのは…」

聞き覚えのある、猫なで声。
サーシャが声のした方へ顔を向けると、そこには、気まずそうな顔をしたエドワード王子と、彼の腕にこれみよがしに絡みつくリリアナの姿があった。

(…最悪ですわ)

美味しい食事の時間が、不快なものに塗り替えられていくのを感じる。
エドワードは、楽しそうに食事をするサーシャと、その向かいに座る屈強な男――リアムの姿を見て、明らかに動揺していた。

自分と別れた女が、落ち込んでいるどころか、自分よりもずっと身分の高い辺境伯と親しげにしている。
その事実が、彼の小さな自尊心をひどく傷つけた。

そして、嫉妬の炎を最も激しく燃やしたのは、リリアナだった。
最近、エドワードとの関係がぎくしゃくしていることもあり、優雅に食事を楽しむサーシャの姿が、憎らしくてたまらない。

彼女は、エドワードの制止を振り切り、わざとらしく二人のテーブルへと近づいてきた。

「あら、サーシャ様ではございませんこと。それに、アシュフォード辺境伯様までご一緒とは」

ねっとりとした声で、リリアナは嫌味を口にする。

「殿下との婚約を破棄されて、もう新しい殿方を見つけられたのですね。ふふっ、お早いですこと」

その言葉に、サーシャはカトラリーを静かに置いた。

「リリアナさん。あなたに関係のないことですわ。それから、わたくしの食事の時間を、あなたの不快な声で邪魔しないでいただけます?」

冷たく言い放つサーシャ。
しかし、リリアナは怯まなかった。
その時、それまで黙って肉を食べていたリアムが、静かに顔を上げた。

「そちらの御仁は、エドワード王子殿下とお見受けする」

低い、地を這うような声だった。

「だとしたら、そちらの女性は未来の妃殿下、ということで間違いないか?」

リアムの視線は、エドワードに向けられていた。
その有無を言わせぬ迫力に、エドワードはたじろぎながらも頷く。

「さ、左様だが…」

「ならば、申し上げたい」

リアムの視線が、リリアナを射抜く。
それは、戦場で敵を睨む者の、鋭い眼光だった。

「未来の国母たるお方が、他人の食事の席において、これほどまでに無礼で、品性の欠片もない口をきくものなのか? アシュフォード辺境伯として、この国の未来が甚だ憂慮されるな」

王族相手にも、一切臆することのない堂々たる物言い。
そのあまりの迫力に、リリアナは顔を真っ青にして、かたかたと震えだした。

「へ、辺境伯…! 失礼した。リリアナ、行くぞ!」

エドワードは、完全に気圧されていた。
これ以上ここにいては、自分たちの分が悪くなるだけだと悟り、リリアनाの腕を引いて、そそくさと自分たちの席へと逃げるように去っていった。

嵐のような一団が去り、テーブルには再び静寂が戻る。
リアムは、何事もなかったかのように、ステーキを切り分け始めた。

「…すまなかったな。不愉快な思いをさせた」

「いいえ」

サーシャは、ゆっくりと首を横に振った。

「リアム、ありがとう存じます。…その、庇ってくださって、少し…いえ、とても嬉しかったですわ」

素直な感謝の言葉を口にすると、リアムは少し照れたように、ふいと視線を逸らした。

「…当然のことをしたまでだ」

彼は、ぶっきらぼうにそう言うと、サーシャの皿を顎でしゃくった。

「それより、肉が冷める。食え」

その言葉は無骨だったが、その奥にある不器用な優しさが、サーシャの心にじんわりと沁みわたっていく。
最悪の鉢合わせは、しかし、確実に二人の心の距離を縮めるきっかけとなったのだった。
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