祝・婚約破棄! 喜んだ悪役令嬢の末路は…?

夏乃みのり

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リアムと市場で過ごした、あの夕暮れの一件以来。
サーシャの世界は、まるで魔法にかけられたかのように、きらきらと色鮮やかに輝いて見えた。

自分の恋心をはっきりと自覚してからというもの、領地の経営書類に並ぶ数字の羅列さえ、まるで愛の詩の一節のように思えてくるのだから重症だ。
侍女のアンナは、そんな主人の変化を微笑ましく見守り、時折、思い出しては頬を染めるサーシャに、わざと気づかないふりをしていた。

リアムが北の領地へ帰ってから、二週間ほどが過ぎたある日のこと。
シュヴァルツ公爵邸の玄関が、またしてもにわかに騒がしくなった。

「お嬢様、アシュフォード辺境伯様より、お届けものでございます」

もはや恒例行事となった執事セバスチャンの報告も、以前のようなパニックはなく、どこか落ち着いたものだ。
使用人たちも「さて、今日は何かしら」と、少しばかり期待を込めた眼差しで玄関ホールに集まってくる。

(今度は、何かしら…? まさか、また何か動物が一頭…?)

少しの期待と、少しの不安を胸に、サーシャがホールへ向かうと、そこには大きさの違う、いくつかの木箱が置かれていた。
猪や鹿の時のような、巨大でワイルドな木箱ではない。
もっと、ずっと丁寧に作られた、上品な木箱だった。

「これを開けてみて」

サーシャが指示すると、使用人が一番大きな箱の蓋を、慎重にこじ開けた。
中から現れたのは、もみ殻に丁寧に包まれた、一つの素焼きの鉢植えだった。

「まあ…!」

サーシャは、思わず感嘆の声を漏らす。
鉢に植えられていたのは、厳しい冬の寒さの中でも、雪を割って咲くという、可憐で、しかし凛とした力強さを感じさせる、数輪の白い花だった。

「『雪割草』…辺境の厳しい自然の中でしか咲かないと、本で読んだことがありますわ…」

それは、今までのような「食材」ではない。
明らかに、サーシャのことを想って選ばれたであろう、ささやかで、美しい贈り物だった。

アンナが、隣でそっと囁く。

「お嬢様、なんだか、今までの贈り物とは少し趣が違いますわね…」

「ええ…とても…」

サーシャは、そっとその花弁に触れる。
冷たい雪の下で、春を待ちわびる花の姿に、あの無骨な男の、不器用な優しさが重なって見えた。

他の箱も、次々と開けられていく。
一つの箱からは、黄金色に輝く液体が満たされた、美しいガラス瓶が現れた。
添えられたカードには『幻の白樺蜜』とだけ、書かれている。

そして、一番小さな箱から出てきたのは、手のひらにちょこんと乗るくらいの、素朴で温かみのある、木彫りの熊だった。
少し首を傾げたその表情は、どこか愛嬌があって、見る者の心を和ませる。

サーシャは、その小さな熊を、そっと胸に抱きしめた。
顔が熱い。心臓が、きゅうっと甘く締め付けられるようだ。
これらの贈り物が、リアムが自分のためを思って、一生懸命に選んでくれたのだということが、痛いほど伝わってきたから。

その日の午後、サーシャは早速、届けられたばかりの白樺蜜を、温かい紅茶に入れて味わってみることにした。
黄金色の蜜が、紅茶の中でゆらりと溶けていく。
立ち上る湯気からは、花の香りとも、森の香りともつかない、清らかで甘い匂いがした。

そっと、一口。
その瞬間、サーシャの紫の瞳が、驚きに見開かれた。

(なんて…なんて、優しい甘さなのでしょう…!)

濃厚で、華やかな花の香りが口いっぱいに広がる。
しかし、後味は驚くほどすっきりとしていて、少しも舌に残らない。
それは、今まで味わったどんなハチミツとも違う、気品と力強さを兼ね備えた、極上の味だった。

(まるで、あの人みたいだわ…)

無骨で、力強いけれど、その奥に隠されている、本当の優しさ。
不器用だけれど、どこまでもまっすぐな、その心根。
そんな、リアムという人間そのものが、この一滴に溶け込んでいるような気がした。

その夜のディナーの席で、父のルドヴィーク公爵が、ニヤニヤしながら娘に話しかけた。

「サーシャ、辺境伯からの貢物は見たぞ。ふん、猪や鹿だけでなく、ああいう可愛らしい花や人形も贈れるようになったとはな。あの男、ようやく令嬢への口説き方というものを、どこかで学んできたらしい」

「お父様! からかわないでくださいまし!」

サーシャは、ぷいっと頬を膨らませる。
しかし、その顔は、父の言葉を否定するには、あまりにも嬉しそうに綻んでいた。

(伝えたい…)

食事をしながらも、サーシャの心は決まっていた。
この、胸がいっぱいになるほどの、温かい気持ち。
幻のハチミツが、どれほど美味しかったか。
彼の領地に咲く花が、どれほど美しかったか。
そして、何よりも、その贈り物が、どれほど嬉しかったか。

(手紙では、だめだわ。この気持ちは、ちゃんとお会いして、わたくしの口から、直接お伝えしなくては…!)

翌朝。
サーシャは、鏡の前で自分の姿を入念にチェックすると、決意の表情で侍女のアンナを呼んだ。

「アンナ、準備をしてちょうだい」

「はい、お嬢様。本日のご予定は?」

サーシャは、一度、深呼吸をすると、はっきりと告げた。

「アシュフォード辺境伯様の、王都のお屋敷へ伺いますわ」

その言葉を聞いた瞬間、アンナの顔が、ぱあっと輝いた。

「まあ、お嬢様! ええ、ええ、ぜひそうすべきですわ! かしこまりました! わたくしの持てる技術のすべてを懸けて、お嬢様を今日、王都で一番の淑女に仕立て上げてご覧にいれます!」

今まで、いつも受け身だった。
婚約破棄を言い渡されて、自由になった。
リアムと出会い、彼からのアプローチを、ただ待っていた。
でも、もう違う。

リアムに会いたい。
その、純粋で、まっすぐな気持ちに突き動かされて。
サーシャは、恋のために、自分から動くことを決めたのだ。

少しの不安と、それを遥かに上回る大きな期待を胸に。
悪役令嬢と呼ばれた少女の、初めての挑戦が、今、始まろうとしていた。
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