祝・婚約破棄! 喜んだ悪役令嬢の末路は…?

夏乃みのり

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
王宮の、リリアナに与えられた豪華な私室。
しかし、今の彼女にとって、そこは美しい鳥かごではなく、逃げ場のない牢獄のように感じられた。

(あの女…! あの女、とうとう辺境伯領へ…!)

サーシャが、リアム・アシュフォード辺境伯からの正式な招待を受け、王都を旅立った。
その報せは、リリアナの心を、嫉妬と焦りの毒で、じわじわと蝕んでいた。

(このままでは、本当に、あのサーシャが辺境伯夫人になってしまう…!)

そうなれば、どうなる?
公爵令嬢というだけでも厄介だったのに、今度は、北の広大な領地と強力な軍事力を持つ、辺境伯の権威まで手に入れることになる。
そうなれば、自分とエドワード王子の立場など、まるで風の前の塵芥だ。

エドワードは、最近、自分に目もくれず、日に日に悪化する国政の問題にかかりきりになっている。
侍女たちは、自分を遠巻きにし、その目には隠しきれない軽蔑の色が浮かんでいる。
味方は、どこにもいない。
このままでは、自分は忘れ去られ、捨てられる。

(そんなの、絶対に嫌…!)

追い詰められたリリアナの頭に、一つの、あまりにも浅はかで、しかし、彼女にとっては一発逆転の妙案に思える計画が、閃いた。

「…そうよ。わたくしが、サーシャよりも、もっと可哀想な悲劇のヒロインになればいいのよ…!」

彼女は、信頼できる(と思い込んでいる)、気の弱い侍女のマリーを呼びつけた。

「マリー。あなた、わたくしに忠誠を誓えるわね?」

「は、はい、リリアナ様…」

リリアナは、その侍女の手に、小さな小瓶を握らせた。
中には、紫色の、どろりとした液体が入っている。

「これは、市場で手に入れた、毒薬よ」

「ひっ…!」

「もちろん、本気で飲むわけではないわ。いいこと、あなたは協力するのよ。これは、私たちが、あの悪女サーシャから、この王宮を守るための、唯一の方法なのだから…!」

リリアナは、そう嘯いた。
侍女は、恐怖に顔を青くしたが、未来の王妃に逆らうことなど、できるはずもなかった。

数日後、王宮の中庭で、ささやかな宮廷音楽会が催された。
追い詰められた王家の財政を反映してか、以前のような華やかさはない、こぢんまりとした集まりだ。

リリアナは、その日、わざと血の気のない、青白い顔色の化粧を施し、誰の目にも弱々しく映るように、儚げな雰囲気を漂わせていた。

演奏の合間、侍女たちが、冷たい果物や飲み物を盆に乗せて、招待客たちに振る舞う。
リリアナは、差し出された皿の上から、一粒の、瑞々しい葡萄を指でつまんだ。
そして、エドワードや、周りの貴族たちに、それとなく見えるように、その葡萄を、ゆっくりと、自分の口へと運んだ。

その、直後だった。

「うっ…!」

リリアナは、突然、華奢な喉元を押さえて、苦しげな声を漏らした。
その美しい顔は、みるみるうちに苦痛に歪み、その場に、ふらりと崩れ落ちそうになる。

「リリアナ!?」

一番近くにいたエドワードが、慌てて彼女の体を抱きとめた。

「どうしたんだ、しっかりしろ!」

「くる…しい…エドワード、様…!」

リリアナは、ぜえぜえと喘ぎながら、エドワードの腕の中で、か細い声で囁いた。

「きっと…サーシャ様が…わたくしを、妬んで…! わたくしが、辺境伯領へ同行しなかったことを…根に持って…遠くから、刺客を…!」

その、支離滅裂ながらも、悲劇性を帯びた言葉に、周囲の貴族たちは「まさか!」「そんな馬鹿な!」と騒然となる。

そこへ、計画通り、侍女のマリーが、甲高い悲鳴を上げた。

「大変です! 皆様! リリアナ様のお皿のそばに、このようなものが!」

彼女が震える手で掲げたのは、あの、紫色の液体が入った、小さな毒の小瓶だった。
場は、一瞬にして、大混乱に陥った。

しかし。
その、完璧なはずだった茶番を、いとも簡単に見破る、冷静な声があった。

「王子殿下、少々、お待ちください」

声を上げたのは、王家に長年仕える、白髪の王宮侍医だった。
彼は、騒ぎを制するように、ゆっくりとリリアナの元へ近づくと、まず、例の小瓶を手に取った。

「失礼」

侍医は、小瓶の蓋を開け、その匂いを慎重に嗅ぐと、眉をひそめた。

「ふむ…これは、トリカブトの毒ですな。それも、かなり純度の低い、粗悪品だ。市場の闇市などで、ネズミ駆除用として売られている類いのものです。とても、人間を殺せるほどの毒性はありません。せいぜい、腹痛を起こすのが関の山でしょう」

その言葉に、リリアナの顔から、さっと血の気が引いた。

侍医は、構わず、今度は、エドワードの腕の中で苦しんでいる(ふりをしている)リリアナの顔を覗き込んだ。

「それに、リリアナ様」

彼は、リリアナの瞼を指で持ち上げ、その瞳孔を確認すると、静かに、しかし、はっきりと告げた。

「もし、仮に、あなたが本当に、このトリカブトの毒を、少しでも摂取したのであれば、今頃は、激しい嘔吐と、全身の痙攣で、とても、今のように、美しくお話などできる状態ではございませんぞ」

しん、と、場が静まり返る。
侍医の、冷静で、医学的根拠に基づいた指摘。
それは、リリアナの稚拙な芝居を、無慈悲に、白日の下に晒した。

「どういう、ことだ…?」「まさか、今の、全部…狂言…?」「王太子妃候補が、そのようなことを…?」

貴族たちの囁き声が、疑惑の刃となって、リリアナに突き刺さる。

エドワードも、ようやく、この茶番の馬鹿馬鹿しさに気づいた。
彼の、リリアナを見る目が、みるみるうちに、冷たい疑念と、燃えるような怒りへと変わっていく。

追い詰められたのは、侍女のマリーだった。
周囲からの非難の視線と、エドワードの怒りのオーラに耐えきれなくなった彼女は、ついに、その場に泣き崩れた。

「うわぁぁぁぁん! も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」

彼女は、すべてを白状した。

「こ、この毒の小瓶は、わたくしが、リリアナ様のご命令で、お皿のそばに置いたのでございます! 毒など、盛られてはおりません! すべて、すべて、リリアナ様がお考えになられた、お芝居なのでございますぅぅぅ!」

前代未聞の醜聞だった。
未来の国母たるべき王太子妃候補が。
公衆の面前で、政敵を陥れるためだけに、自作自演の、毒殺未遂騒ぎを起こした。
その罪は、あまりにも、重い。

「ち、違う…わたくしじゃ…マリーが、勝手に…」

リリアナは、力なくそう呟くが、もう、誰も、彼女の言葉を信じる者はいなかった。
サーシャに一矢報いるための一発逆転の策。
それは、サーシャに傷一つ負わせることなく、自分自身の社会的生命と、信用と、未来のすべてを、完璧に破壊するだけの、どこまでも滑稽で、惨めな、自爆劇に終わったのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます

よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」  婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。 「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」 「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」  両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。  お姉様からは用が済んだからと捨てられます。 「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」 「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」  ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。  唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。  ここから私の人生が大きく変わっていきます。

妹のために愛の無い結婚をすることになりました

バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」 愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。 婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。 私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。 落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。 思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!

みかぼう。
恋愛
地方を救おうとして『反逆者』に仕立て上げられ、断頭台で散ったエリアナ・ヴァルドレイン。 彼女の失敗は、有能すぎるがゆえに「独りで背負いすぎたこと」だった。 ループから始まった二周目。 彼女はこれまで周囲との間に引いていた「線」を、踏み越えることを決意した。 「お父様、私に『線を引け』と教えた貴方に、処刑台から見た真実をお話しします」 「殿下、私が貴方の『目』となります。王国に張り巡らされた謀略の糸を、共に断ち切りましょう」 淑女の仮面を脱ぎ捨て、父と王太子を「共闘者」へと変貌させる政争の道。 未来知識という『目』を使い、一歩ずつ確実に、破滅への先手を取っていく。 これは、独りで戦い、独りで死んだ令嬢が、信頼と連帯によって王国の未来を塗り替える――緻密かつ大胆なリベンジ政争劇。 「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ」 (※カクヨムにも掲載中です。)

婚約者と王の座を捨てて、真実の愛を選んだ僕の結果

もふっとしたクリームパン
恋愛
タイトル通り、婚約者と王位を捨てた元第一王子様が過去と今を語る話です。ざまぁされる側のお話なので、明るい話ではありません。*書きたいとこだけ書いた小説なので、世界観などの設定はふんわりしてます。*文章の追加や修正を適時行います。*カクヨム様にも投稿しています。*本編十四話(幕間四話)+登場人物紹介+オマケ(四話:ざまぁする側の話)、で完結。

偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子オレンに婚約破棄された侯爵令嬢ライアー・ユースティティア。 だが、それは彼女にとって「不幸の始まり」ではなかった。 国政を放棄し、重税と私欲に溺れる暴君ロネ国王。 その無責任さを補っていた宰相リシュリュー公爵が投獄されたことで、 国は静かに、しかし確実に崩壊へ向かい始める。 そんな中、変身魔法を使えるライアーは、 国王の身代わり――偽王として玉座に座ることを強要されてしまう。 「王太子妃には向いていなかったけれど……  どうやら、国王にも向いていなかったみたいですわね」 有能な宰相とともに国を立て直し、 理不尽な税を廃し、民の暮らしを取り戻した彼女は、 やがて本物の国王と王太子を“偽者”として流刑に処す。 そして最後に選んだのは、 王として君臨し続けることではなく―― 偽王のまま退位し、名もなき人生を生きることだった。 これは、 婚約破棄から始まり、 偽王としてざまぁを成し遂げ、 それでも「王にならなかった」令嬢の物語。 玉座よりも遠く、 裁きよりも静かな場所で、 彼女はようやく“自分の人生”を歩き始める。

婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ
恋愛
「婚約破棄? ……そうですか。では、私の役目は終わりですね」 王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、 国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢 マルグリット・フォン・ルーヴェン。 感情を表に出さず、 功績を誇らず、 ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは―― 偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。 だが、マルグリットは嘆かない。 怒りもしない。 復讐すら、望まない。 彼女が選んだのは、 すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。 彼女がいなくなっても、領地は回る。 判断は滞らず、人々は困らない。 それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。 一方で、 彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、 「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。 ――必要とされない価値。 ――前に出ない強さ。 ――名前を呼ばれない完成。 これは、 騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、 最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。 ざまぁは静かに、 恋は後半に、 そして物語は、凛と終わる。 アルファポリス女子読者向け 「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

処理中です...