祝・婚約破棄! 喜んだ悪役令嬢の末路は…?

夏乃みのり

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湖畔での、夢のようなプロポーズの翌日。
アシュフォード城は、朝から、どこか浮き足立ったような、喜ばしい空気に包まれていた。
使用人たちは皆、すれ違うたびに、サーシャとリアムに、意味ありげな、そして、温かい微笑みを向けてくる。
サーシャは、その度に、頬を染めながらも、胸いっぱいの幸福を感じていた。

彼女は、早速、父であるルドヴィーク公爵へ、事の次第を知らせるための手紙を認めた。
『愛するお父様へ。わたくし、リアム様から、正式に求婚されました』
その一文を書いただけでも、胸が熱くなり、涙が滲んでくる。
自分の言葉で、自分の幸せを、一番に、父へ伝えたかった。

その手紙が、速馬によって王都のシュヴァルツ公爵邸へ届けられたのは、数日後のことだった。
書斎で、分厚い報告書に目を通していたルドヴィークは、娘からの手紙を受け取ると、その場で封を切った。
そして、その短い文面に目を通した瞬間。

「ぐっ…ふ、ふはは…! がーっはっはっはっは!」

静かだった書斎に、地響きのような、豪快な笑い声が響き渡った。

「でかしたぞ、我が娘よ! あの無骨者を、よくぞ、ここまで骨抜きにしたものだ!」

彼は、娘の幸せな報告に、手放しで喜びの声を上げた。
そして、即座に、執事のセバスチャンを呼びつける。

「セバスチャン! すぐに旅の支度をさせろ! 行き先は、北のアシュフォード領だ!」

「旦那様、自ら、でございますか!?」

「当たり前だ! 我が娘の、人生で最も輝かしい瞬間を、この目で見届けずして、何が父親か! 最高の祝いの酒も、樽ごと持っていくぞ!」

こうして、シュヴァルツ公爵一行は、王都の喧騒を後にして、遥か北の地へと、向かうことになったのである。

それから、さらに数日後。
アシュフォード城の城門の前で、サーシャとリアムは、緊張した面持ちで、その到着を待っていた。
やがて、地平線の向こうから、シュヴァルツ家の気高き獅子の紋章を掲げた、壮麗な馬車の一団が姿を現す。

馬車が停まり、中から現れた父の姿を見て、サーシャは思わず駆け寄った。

「お父様!」

「おお、サーシャか! 息災であったか!」

ルドヴィークは、娘の体を、そのたくましい腕で、力強く抱きしめた。
そして、その顔をまじまじと見つめると、満足げに頷く。

「ふむ。王都にいた頃より、ずっと、良い顔をしておるわ。ここの水は、よほど、お前の肌に合うと見える」

その言葉に、サーシャは、嬉しそうに微笑んだ。
ルドヴィークは、娘の隣に立つリアムへと、その鋭い視線を移した。

城の、一番、陽当たりの良い応接室。
シュヴァルツ公爵ルドヴィークと、アシュフォード辺境伯リアムが、両家の当主として、初めて、公式に向かい合っていた。
サーシャも、その隣で、固唾をのんで二人を見守る。
部屋には、ぴりり、とした、心地よい緊張感が漂っていた。

先に、口を開いたのは、ルドヴィークだった。

「さて、辺境伯殿。単刀直入にお伺いしよう」

その声は、いつもの豪快さの奥に、娘を思う父としての、真剣な響きを帯びていた。

「貴殿は、我が、シュヴァルツ家の至宝である、この娘サーシャを、生涯をかけて、幸せにする覚悟が、本当におありかな?」

リアムは、その、射抜くような視線から、一瞬たりとも目を逸らさなかった。
彼は、深く、そして、はっきりと頷く。

「はい。その覚悟は、とうの昔に、できております」

「よろしい」

ルドヴィークは、満足げに頷くと、不敵な笑みを浮かべた。

「だが、これだけは、覚えておくがいい。もし、万が一にも、我が娘の、その美しい瞳から、悲しみの涙を、たった一滴でも、流させてみろ。その時は…」

彼は、わざと、言葉を切る。

「この俺が、自ら、愛用の槍を担いで、この北の果てまで、猪でも、熊でもなく、貴殿自身を、狩りに来るからのう!」

それは、冗談めかした響きの中に、しかし、疑いようもなく、娘を溺愛する父親の、真剣な、真剣な、覚悟が込められた、愛情たっぷりの脅し文句だった。

リアムは、その言葉を、真正面から、受け止めた。
彼は、立ち上がると、ルドヴィークの前に進み出て、深く、恭しく、頭を垂れた。

「お言葉、肝に銘じます。ご安心ください、公爵閣下」

そして、顔を上げると、隣に座るサーシャを、この上なく、愛おしそうな、優しい眼差しで見つめた。

「俺の、この生涯のすべてをかけて、彼女を、世界で一番、笑顔にしてみせます。彼女が、これから涙を流すことがあるとすれば、それは、幸せすぎて、こぼれ落ちる涙だけだと、この場で、固く、お約束いたします」

その、どこまでも実直で、誠実な誓いの言葉。
ルドヴィークは、すべてを、悟った。
ああ、この男なら、大丈夫だ。
この、無骨で、不器用で、しかし、誰よりも誠実なこの男ならば、安心して、自分の最愛の宝物を、任せることができる、と。

「…ふん。口だけは、達者なことだ」

ルドヴィークは、そう憎まれ口を叩きながらも、その目元は、優しく、和んでいた。

「よかろう! この、ルドヴィーク・フォン・シュヴァルツが、認める! 我が娘サーシャと、アシュフォード辺境伯リアム殿との婚約を、本日、この場において、正式に、承認する!」

その言葉に、サーシャの瞳から、一筋の、熱い涙がこぼれ落ちた。

その夜は、二人の婚約を祝う、盛大な祝宴が、アシュフォード城で開かれた。
テーブルには、辺境名物の巨大な熊の丸焼き、新鮮な川魚の香草パイ、山の幸をふんだんに使った煮込み料理が、これでもかと並ぶ。
そして、シュヴァルツ公爵が持参した、王都でも滅多にお目にかかれない、最高級のワインの樽が、次々と開けられていった。

最初は、どこか緊張していた両家の人々も、美味しい料理と、極上の酒が進むにつれて、すっかり打ち解け、城の広間は、温かい笑い声と、祝福の言葉で、満ち溢れていた。

その輪の中心で、父と、そして、未来の夫が、互いの肩を組み、豪快に酒を酌み交わしている。
その、夢のような光景を、サーシャは、胸いっぱいの幸福感と共に、ただ、ただ、見つめていた。
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