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ダイヤモンドの粉末入りワックスで磨き上げられた廊下は、もはや「滑る光の池」と化していた。
執事のセバス(特注サングラス着用)が、壁を伝いながら慎重に歩を進める。
「閣下……。メイド・キラリ殿の『磨き』により、本日も屋敷内の光度は前日比三倍を記録しております。視神経の限界を訴える使用人が後を絶ちません」
リュカオンは、深く、深くため息をついた。
彼は現在、光を遮断するために目隠しに近い黒い布を巻いて執務に当たっている。
「……あいつを中に入れておくと、いつかこの屋敷が物理的に発光して消滅しかねん。セバス、あの女を外へ出せ」
「外、でございますか?」
「庭だ。庭園の雑草むしりでもさせておけ。太陽の下なら、多少発光しようが周囲に馴染むだろう」
「承知いたしました。……ただ、彼女のことですので、タダでは済まないかと」
「構わん。これ以上、廊下で自分の顔と対面したくないんだ」
こうして、キラリはノワール公爵邸の広大な庭園へと送り出されることになった。
ところが、庭園に降り立ったキラリは、絶望するどころか、両手を広げて青空を仰いだ。
「まあ! なんて素晴らしいライティングかしら! 太陽の光こそ、わたくしという宝石を輝かせるための最強のスポットライトですわ!」
彼女の手には、金メッキを施した特製の草むしり用鎌(カマ)が握られている。
「さて、リュカオン様。この荒れ果てた庭を、わたくしの手でエメラルド・パレスに変えて差し上げますわ!」
「……期待はしていない。日が暮れるまで、一歩も中に入るなよ」
リュカオンはそう言い残し、二階のテラスから監視することにした。
少なくとも、庭ならサングラス越しに見ていれば平和だろうと考えたのだ。
だが、キラリの「草むしり」は、常人の想像を遥かに超えていた。
「あら、この雑草。よく見ると茎のしなりが素晴らしいですわ。そこのリリィさん……ではなくて、ただのユリの茎も、わたくしの手にかかればプラチナのワイヤー同然!」
キラリは雑草を引き抜くそばから、それらを複雑に編み込み始めた。
さらに、ポケットから取り出した予備のラインストーンや、昨日廊下から回収したダイヤモンドの粒を、草の節々に器用に接着していく。
「ただ抜くだけなんて、野蛮なことは致しません。すべての植物は、わたくしを飾るためのパーツになれて光栄だと思わなくてはいけませんわ!」
数時間後。
様子を見に来たリュカオンは、自分の目を疑った。
庭園の一部が、緑色をした「巨大なオブジェの森」に変わっていたからだ。
「……キラリ。貴様、一体何をやったんだ。雑草をむしれと言ったはずだぞ」
「あら、リュカオン様! 見てくださいませ。これがわたくし考案の『ボタニカル・ダイヤモンド・アート』ですわ!」
キラリの周囲には、雑草で作られた巨大なクジャクや、蔦(つた)を編んで宝石を散りばめた噴水のような彫刻が並んでいた。
「雑草が……光っている……?」
「当然ですわ。わたくしが触れたものは、すべて光り輝く宿命なのです。おまけに、この彫刻の角度は、午後三時の日光をリュカオン様の寝室にピンポイントで反射するように設計してありますの!」
「……嫌がらせか?」
「いいえ、愛ですわ! お昼寝中もわたくしの輝きを感じてほしいという、純粋な愛ですわ!」
キラリは誇らしげに胸を張り、手元で完成させたばかりの「何か」を掲げた。
「ところで、リュカオン様。貴方のその重苦しい黒髪、素敵ですけれど……少しばかりアクセントが足りませんわね」
「アクセントだと?」
「ええ。わたくしの手で、貴方を『森の王』にして差し上げますわ!」
キラリは跳躍した。
令嬢とは思えない身のこなしでリュカオンの懐に飛び込むと、彼の頭に、雑草と宝石を編み込んで作った巨大な「冠」を無理やり叩き込んだ。
「……っ、貴様、何を……!」
「動かないで! 今、この蔦を首元でリボン結びにしますから……はい、出来上がりですわ!」
リュカオンが恐る恐る近くの池に自分の姿を映すと、そこには、頭から大量の草と、ギラギラ光るダイヤモンドの粒を生やした、なんともシュールな公爵の姿があった。
「…………」
「まあ、素敵! リュカオン様、その無愛想な顔に、雑草のワイルドさと宝石の高貴さが絶妙にマッチしておりますわ! これこそ、わたくしの最新作『雑草令嬢の冠』ですわね!」
リュカオンは冠を脱ごうとした。
しかし、キラリが施した特殊な編み込み(物理的な強度)により、簡単には外れない。
「キラリ……。貴様、今すぐこれを外せ。公務があるんだぞ」
「いいえ、ダメですわ! わたくしが作ったものを拒否するなんて、輝きに対する冒涜(ぼうとく)ですわよ!」
「このままで会議に出ろというのか! 『森の精霊』だと思われるだろうが!」
「それでよろしいではありませんか。環境問題に熱心な公爵、という新しいイメージ戦略ですわ!」
キラリの高笑いが、太陽の下でいっそう輝きを増す。
リュカオンは頭の上の重み(物理的な重さと精神的な屈辱)に耐えながら、空を仰いだ。
「……セバス、戻れ。やはり、この女を外に出したのが間違いだった」
「閣下、お似合いでございますよ。特に、その耳元のスギナが……」
「セバス、貴様もサングラスを割られたいのか?」
不機嫌極まりないリュカオンの隣で、キラリはさらに新しい「草のドレス」の構想を練り始めていた。
氷の公爵が、草まみれの宝石王に変えられる。
ノワール公爵邸の秩序は、キラリのポジティブな暴走によって、根底からひっくり返されようとしていた。
「さて、リュカオン様! 次は庭中の花を、わたくしの髪飾りに加工して差し上げますわね! オーッホッホッホッホ!」
逃げ場のない青空の下、リュカオンの受難はまだまだ続くのであった。
執事のセバス(特注サングラス着用)が、壁を伝いながら慎重に歩を進める。
「閣下……。メイド・キラリ殿の『磨き』により、本日も屋敷内の光度は前日比三倍を記録しております。視神経の限界を訴える使用人が後を絶ちません」
リュカオンは、深く、深くため息をついた。
彼は現在、光を遮断するために目隠しに近い黒い布を巻いて執務に当たっている。
「……あいつを中に入れておくと、いつかこの屋敷が物理的に発光して消滅しかねん。セバス、あの女を外へ出せ」
「外、でございますか?」
「庭だ。庭園の雑草むしりでもさせておけ。太陽の下なら、多少発光しようが周囲に馴染むだろう」
「承知いたしました。……ただ、彼女のことですので、タダでは済まないかと」
「構わん。これ以上、廊下で自分の顔と対面したくないんだ」
こうして、キラリはノワール公爵邸の広大な庭園へと送り出されることになった。
ところが、庭園に降り立ったキラリは、絶望するどころか、両手を広げて青空を仰いだ。
「まあ! なんて素晴らしいライティングかしら! 太陽の光こそ、わたくしという宝石を輝かせるための最強のスポットライトですわ!」
彼女の手には、金メッキを施した特製の草むしり用鎌(カマ)が握られている。
「さて、リュカオン様。この荒れ果てた庭を、わたくしの手でエメラルド・パレスに変えて差し上げますわ!」
「……期待はしていない。日が暮れるまで、一歩も中に入るなよ」
リュカオンはそう言い残し、二階のテラスから監視することにした。
少なくとも、庭ならサングラス越しに見ていれば平和だろうと考えたのだ。
だが、キラリの「草むしり」は、常人の想像を遥かに超えていた。
「あら、この雑草。よく見ると茎のしなりが素晴らしいですわ。そこのリリィさん……ではなくて、ただのユリの茎も、わたくしの手にかかればプラチナのワイヤー同然!」
キラリは雑草を引き抜くそばから、それらを複雑に編み込み始めた。
さらに、ポケットから取り出した予備のラインストーンや、昨日廊下から回収したダイヤモンドの粒を、草の節々に器用に接着していく。
「ただ抜くだけなんて、野蛮なことは致しません。すべての植物は、わたくしを飾るためのパーツになれて光栄だと思わなくてはいけませんわ!」
数時間後。
様子を見に来たリュカオンは、自分の目を疑った。
庭園の一部が、緑色をした「巨大なオブジェの森」に変わっていたからだ。
「……キラリ。貴様、一体何をやったんだ。雑草をむしれと言ったはずだぞ」
「あら、リュカオン様! 見てくださいませ。これがわたくし考案の『ボタニカル・ダイヤモンド・アート』ですわ!」
キラリの周囲には、雑草で作られた巨大なクジャクや、蔦(つた)を編んで宝石を散りばめた噴水のような彫刻が並んでいた。
「雑草が……光っている……?」
「当然ですわ。わたくしが触れたものは、すべて光り輝く宿命なのです。おまけに、この彫刻の角度は、午後三時の日光をリュカオン様の寝室にピンポイントで反射するように設計してありますの!」
「……嫌がらせか?」
「いいえ、愛ですわ! お昼寝中もわたくしの輝きを感じてほしいという、純粋な愛ですわ!」
キラリは誇らしげに胸を張り、手元で完成させたばかりの「何か」を掲げた。
「ところで、リュカオン様。貴方のその重苦しい黒髪、素敵ですけれど……少しばかりアクセントが足りませんわね」
「アクセントだと?」
「ええ。わたくしの手で、貴方を『森の王』にして差し上げますわ!」
キラリは跳躍した。
令嬢とは思えない身のこなしでリュカオンの懐に飛び込むと、彼の頭に、雑草と宝石を編み込んで作った巨大な「冠」を無理やり叩き込んだ。
「……っ、貴様、何を……!」
「動かないで! 今、この蔦を首元でリボン結びにしますから……はい、出来上がりですわ!」
リュカオンが恐る恐る近くの池に自分の姿を映すと、そこには、頭から大量の草と、ギラギラ光るダイヤモンドの粒を生やした、なんともシュールな公爵の姿があった。
「…………」
「まあ、素敵! リュカオン様、その無愛想な顔に、雑草のワイルドさと宝石の高貴さが絶妙にマッチしておりますわ! これこそ、わたくしの最新作『雑草令嬢の冠』ですわね!」
リュカオンは冠を脱ごうとした。
しかし、キラリが施した特殊な編み込み(物理的な強度)により、簡単には外れない。
「キラリ……。貴様、今すぐこれを外せ。公務があるんだぞ」
「いいえ、ダメですわ! わたくしが作ったものを拒否するなんて、輝きに対する冒涜(ぼうとく)ですわよ!」
「このままで会議に出ろというのか! 『森の精霊』だと思われるだろうが!」
「それでよろしいではありませんか。環境問題に熱心な公爵、という新しいイメージ戦略ですわ!」
キラリの高笑いが、太陽の下でいっそう輝きを増す。
リュカオンは頭の上の重み(物理的な重さと精神的な屈辱)に耐えながら、空を仰いだ。
「……セバス、戻れ。やはり、この女を外に出したのが間違いだった」
「閣下、お似合いでございますよ。特に、その耳元のスギナが……」
「セバス、貴様もサングラスを割られたいのか?」
不機嫌極まりないリュカオンの隣で、キラリはさらに新しい「草のドレス」の構想を練り始めていた。
氷の公爵が、草まみれの宝石王に変えられる。
ノワール公爵邸の秩序は、キラリのポジティブな暴走によって、根底からひっくり返されようとしていた。
「さて、リュカオン様! 次は庭中の花を、わたくしの髪飾りに加工して差し上げますわね! オーッホッホッホッホ!」
逃げ場のない青空の下、リュカオンの受難はまだまだ続くのであった。
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