婚約破棄された悪役令嬢の黒字計画!

夏乃みのり

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「……え?」

ミリアの、天使のような笑顔が、音を立てて固まった。
彼女は、私が何を言ったのか、理解できないという顔をしている。
それもそうだろう。
彼女の人生において「善意の支援」を、これほど無慈悲に、真正面から「不要だ」と断られた経験など、一度もなかったはずだ。

「い、イアナ様…? 今、なんと…」

「『不要』だ、と申し上げました」

私は、一歩も引かず、繰り返した。
完璧な淑女の笑みを貼り付けたまま、しかし、その声は、凍てつく氷のように冷たく。

「お気持ちは、大変ありがたく頂戴いたします」
「ですが、その『ご支援』、わたくしどもには受け取ることができませんの」

「な…なぜですの!?」

ミリアの声が、裏返る。
彼女の潤んだ瞳が、信じられないという色に染まった。

「こ、こんなに沢山の穀物を…! 王都から、皆様のために、運んできたのですよ!?」

「ええ。そのお手間には、感謝いたしますわ」

「で、でしたら、なぜ!」

「ミリア様」
私は、彼女の(ある意味、純粋な)目を、まっすぐに見据えた。

「わたくしども、今、非常に『多忙』でして」

「た、多忙…?」

「はい。ご覧の通り」
私は、広場の干し網と、作業に励む領民たちを(あえて)大げさに示してみせる。

「わたくしどもは今、この領地の特産品である『干し芋』と『岩塩』の、第一次出荷作業に追われておりますの」
「領地の備蓄倉庫は、すべて、その『商品』で満杯(フル)でございます」

「ほ、干し芋…?」
ミリアは、まるで汚いものでも見るかのように、干し網に並べられた黄金色の芋を眺めた。

「そんな…お芋、ばかり…」

「ええ、お芋ですわ」
私は、笑みを深める。

「この『お芋』で、わたくしどもは、隣国と大規模な『取引』を成功させるところですの」
「ですから」

私は、荷馬車に積まれた穀物の山を、顎でしゃくってみせる。

「その、管理が非常に難しく、湿気ればすぐにカビの生える『穀物』を、今、このタイミングで受け入れる『場所』も『人手』も、一切ございませんのよ」

「カビ…!?」
ミリアが、ショックを受けたように後ずさる。

「わ、わたくしが、そんな、カビの生えるようなものを、持ってくるとでも!?」

「いいえ、ミリア様。あなたは『善意』でお持ちになったのでしょう」
私は、冷静に事実を告げる。

「ですが、現実問題として、穀物は管理できなければ『毒』になります」
「わたくしは、経営者として、領民を『疫病のリスク』に晒すわけにはまいりませんの」
「お分かりいただけましたら、その『貴重な穀物』は、それらを本当に必要としている、別の場所へお運びくださいまし」

完璧な論理だ。
経営判断として、非の打ち所がない。
悪意のかけらもない、ただ、事実を述べただけだ。

だが。

「……ひどい」

ミリアの肩が、小刻みに震え始めた。
彼女の青い瞳から、ついに、大粒の涙が、ぽろり、ぽろりとこぼれ落ちる。

「ひどいですわ、イアナ様!」

「……」
(始まったわ…)

「わたくしが、どんな思いで、ここまで来たと思っていらっしゃるの!?」
「イアナ様が、お心を病んで、お芋ばかり掘っていらっしゃると聞いて…!」
「アルベルト殿下と、夜も眠らず、ご心配申し上げておりましたのに!」

(知ったことではないわね)
(こっちは、あんたたちが寝ている間も、干し芋の生産計画を立てているのよ)

「それなのに…!」
ミリアは、涙ながらに私を指差す。

「わたくしの『善意』を…! 皆様への『愛』を…!」
「『不要』だなんて! 『毒』になる、だなんて!」

「……」
私は、黙って彼女の独白を聞いている。
周囲の領民たちが、ざわざわと動揺し始めているのが、肌で分かった。
目の前の「穀物」という現物と、涙ながらに訴える「美しい令嬢」。
そして、それを冷たく拒絶する「悪役令嬢(私)」。
構図としては、最悪だ。

「そんな…そんな、お芋なんかで、商売がうまくいくはずがありませんわ!」
ミリアが、ついに言ってはいけないことを口にした。

「すぐに、お腹が空いて、皆様、後悔なさいますわ!」
「わたくしは、ただ、皆様に、お腹いっぱいになっていただきたかっただけなのに…!」

「ミリア様」

「ううっ…ひどい…イアナ様の、意地悪!」

(……ダメだわ、これ)
私は、交渉を諦めた。
理屈が通じない。
この手合いは、自分が「悲劇のヒロイン」であり「善意の被害者」であることから、一歩も動かないのだ。

私が、どうやってこの「天然の災害」を追い払おうかと思案していた、その時。
ずっと黙って状況を見ていた、ルーク・アイゼンが、私の隣に立った。

彼は、泣きじゃくるミリアを一瞥(いちべつ)すると、低い、感情のない声で、私にだけ聞こえるように尋ねた。

「イアナ嬢」

「…何ですの」
私は、ミリアから視線を外さずに答える。

「あの女は」
ルークの視線は、ミリアに固定されている。
「あなたの『干し芋』の出荷計画を知った上で、わざと、このタイミングで『穀物(不良在庫)』を押し付けに来たのですか」

「……」

「もしそうなら、見事な『営業妨害(ビジネス・アタック)』だ」
「あなたの計画を破綻させ、王家が領地を没収する『大義名分』を与える。アルベルト王子の差し金か」

ルークの分析は、冷徹で、正確だ。
もし、ミリアに「悪意」があったのなら、彼の言う通りだろう。

だが。

「……いいえ」
私は、ふぅ、と小さく息を吐いた。

「違うわ、アイゼン様」
「もし、あれが『悪意』や『嫌がらせ』なら、わたくし、百万倍マシだったわ」

「…どういう意味です」
ルークが、怪訝な顔で私を見る。

私は、泣きじゃくるミリアを、顎でしゃくった。

「あれはね」
「『本物』よ」

「本物?」

「『純度百パーセントの、天然(ナチュラルボーン)』」
私は、心の底から、うんざりして告げた。

「彼女は、本気で、わたくしを『可哀想』だと思い」
「本気で、この領民を『救ってあげよう』と思っている」
「そして、本気で、自分の持ってきた『売れ残りの穀物』が、最高の『支援』だと信じて疑っていないのよ」

「……」
ルークの、氷のような瞳が、わずかに揺らいだ。
彼が、ミリアの行動を「計算された悪意」として分析(インプット)しようとしていた、その前提が、根底から崩されたからだ。

「悪意なら、論破できる」
私は、続ける。

「悪意なら、契約書(ルール)で縛れる」
「でも、『善意』は、タチが悪いのよ。特に、彼女のような『無自覚な善意』は、こちらの理屈が一切通じない」
「悪意より、よっぽど厄介な『災害』だわ」

私は、この領地に来てから、初めて、心の底からの疲労を覚えた。
ジャガイモの品種改良や、塩の道の開拓より、この「天然ヒロイン」の相手をする方が、よほどリソースを食う。

「……」

ルークは、私の横顔と、泣き崩れるミリアを、何度か見比べた。
そして、彼の「数字は裏切らない」という世界に、また一つ、計算できない「不確定要素」が加わった。

彼は、小さく、本当に小さく、ため息を漏らした。

「(……なるほど)」
「(…苦労しているんだな、君は)」

彼が、私に(ビジネスパートナーとして)わずかな同情を寄せた、その瞬間だった。

「うう…わかりましたわ…!」
ミリアが、ついに泣きながら立ち上がった。
その顔は、悲劇のヒロイン、そのものだ。

「わたくしは、もう、お邪魔なのですね…!」
「イアナ様が、そうまでして、わたくしの善意を拒絶なさるのなら…!」
「もう、何も申しません…!」

彼女は、侍女に支えられながら、ふらふらと馬車に戻っていく。
荷馬車の御者たちは、どうしていいか分からず、立ち往生している。

「ミリア様!」
私は、その背中に、最後の一撃を浴びせた。

「その穀物! 必ず、お持ち帰りくださいましね!」
「わたくしどもの倉庫の前に、一袋でも置いていったら『不法投棄』として、王都に請求書を送りますから!」

「ひっ…!」
ミリアは、肩を震わせると、今度こそ、馬車に逃げ込むように乗り込んだ。

やがて、ミリアの乗った華美な馬車と、山積みの穀物を積んだ荷馬車の一団は、来た時と同じように、騒々しく王都の方角へと帰っていった。

「……時間の、無駄だったわ」

私は、頭痛をこらえるように、こめかみを押さえた。
領民たちは、あっけに取られて、その場に立ち尽くしている。

「アイゼン様」
私は、隣に立つ男を見上げた。

「今の騒動で、どれだけの作業(タスク)が遅延(ロス)したか、計算(アセスメント)してくれる?」

「…言われなくても」
ルークは、手元の羊皮紙に、何かを素早く書き込み始めた。
「今夜の残業は、確定ですな」

「最悪よ」
私は、吐き捨てた。
だが、あの「災害」が去った今、私の頭は、再び「干し芋」のことでいっぱいになっていた。
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