婚約破棄された悪役令嬢の黒字計画!

夏乃みのり

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あの「天然の災害(ミリア)」が去った夜。
領主の館は、静けさとは程遠い、慌ただしい熱気に包まれていた。
ミリアの来訪によって遅延した作業を取り戻すため、領民も、私も、アンナも、全員が残業(という名の徹夜作業)に突入していた。

「ハンス! 出荷用の樽(たる)の数は足りているの!?」
「『干し芋』の最終乾燥チェック、手を抜かないで!」
「『荒くれポテト』用の芋クズ、きちんと分別しておきなさいよ!」

私は、館の広間で、生産ラインの最終チェックと、出荷リストの作成に追われていた。
アドレナリンが出ているのか、疲れは感じない。
むしろ、あの邪魔な「善意」を排除したことで、思考は冴え渡っていた。

「……」

部屋の隅。
ルーク・アイゼンも、当然のように残業していた。
彼は、ミリアの妨害による「遅延時間(ロス)」と「追加人件費(コスト)」を、忌々しげに計算し直し、私の計画書を修正している。
その集中力は、凄まじいものがあった。

「…アイゼン様」

私が声をかけると、ルークは、羊皮紙から目を離さずに「何ですか」とだけ応じた。

「明日の『干し芋』の第一次出荷、目処が立ったわ」

「…そうでしょうな。あなたの、あの無茶な檄(げき)を聞いていれば」
彼は、皮肉とも感心ともつかない声で言う。

「それで? 満足ですか」
「ようやく、あなたの『黒字化計画』の、最初の一歩が踏み出せる」

「満足?」
私は、フン、と鼻を鳴らした。

「何言ってるの。こんなの、まだ『準備運動』にもなっていないわ」

「…ほう」
ルークが、初めて顔を上げた。
その銀縁の眼鏡の奥の瞳が、私を見ている。

「『干し芋』で得られる利益など、たかが知れている」
「あれは、あくまで『初期投資』を回収するための、応急処置よ」

私は、広げていた白地図の上に、新たな羊皮紙を重ねた。
そこには、私がこの数日、寝る間を惜しんで書き殴った「第二次事業計画書」が記されている。

「…まだ、何か」
ルークが、怪訝な顔をする。

「見てなさい」
私は、ドン、と地図を叩いた。

「『干し芋』で得た最初の資金(キャッシュ)は、すべて『塩の道』の整備に再投資します」
「今の、人がすれ違うのがやっとの獣道じゃない。本格的な『交易路』として、石畳を敷き、馬車が双方向で通行できるようにするのよ」

「…無謀だ」
ルークが、即座に切り捨てる。

「そのコストを計算したのですか。領民の労働力(リソース)だけでは、何年かかるか」

「計算したわよ!」
私は、別の羊皮紙を突きつける。
そこには、恐ろしいほどの桁(けた)の数字が並んでいた。

「だから! この道が完成するまでの『繋ぎ』として、第二、第三の矢を放つのよ!」

「第二の矢?」

「これよ!」
私は、アンナが先ほど持ってきた「試作品」の皿を、ルークの目の前に置いた。

「…また、それですか」
ルークが、眉間に深いシワを寄せた。

「『荒くれポテトのロイヤルチップス』…」
彼は、その忌まわしい名前を、呪文のように呟く。

「ネーミングは、もういいでしょう!」
私は、構わず熱弁を振るう。

「『干し芋』と一緒に、この『試作品(サンプル)』を隣国の商人に渡すの」
「食糧難の隣国では、まず『干し芋』が売れる。でも、彼ら(商人)が本当に求めているのは『儲け話』よ」
「この『チップス』の、衝撃的な美味さと、『岩塩』の希少性! 彼らが、これに飛びつかないわけがない!」

「…」
ルークは、黙って私の顔を見ている。

「そして、第三の矢!」
私は、地図の「岩塩」が採れた場所を指差す。

「この『岩塩』よ!」
「ただの塩じゃないわ。ほのかに甘みがある、奇跡の鉱物!」
「これを、王都に、あえて『逆輸入』するの!」

「王都に?」

「そう! 『隣国ガリアの王族が、密かに愛用する、奇跡の岩塩』としてね!」
「もちろん、わたくしのお得意の『SNS映え』戦略よ!」

「…(ため息)。その、意味不明な戦略は、本当にやめた方がいい」
ルークが、こめかみを押さえた。

「『王家の涙』とか、素敵な名前を付けて、小さな革袋に詰めるの!」
「『辺境の地で、追放された令嬢が、流した涙が結晶になった』…なんていう物語(ストーリー)も、貴婦人たちは大好きよ!」

「…君のネーミングセンスは、本当に、事業計画における最大のリスク要因だな」
ルークが、心の底からうんざりした声で言った。

「うるさいわね! 名前なんて、後でどうにでもなるのよ!」
私は、構わず続ける。
思考が、熱を帯びて止まらない。

「道が整備され、芋と塩の販路が安定したら、次は『麻』よ!」
「この領地の痩せた土地でも育つ、あの麻!」
「今の、ゴワゴワした低品質なものじゃない。品種改良と、織り方の技術革新で、王都のシルクにも負けない、最高級の『ウォルトン・リネン』を作り出すの!」

「…リネン」

「そう! 軽くて、丈夫で、夏は涼しい!」
「デザインも、王都の流行(トレンド)とは一線を画す、シンプルで機能的なものにするわ!」

「ジャガイモ、塩、麻…」
ルークは、私の突拍子もない計画を、冷静に分析しようと努めている。

「それだけじゃないわ!」
私は、地図の、まだ何も書かれていない空白地帯を指差す。
「ここには、薬草が自生しているはず!」
「土壌を改良すれば、王都では手に入らない、高品質な薬草園だって作れる!」
「それから、あの寂れた港! あそこを整備すれば、海路だって…!」

「待て」
ルークが、私の言葉を遮った。

「イアナ嬢。少し、冷静になりなさい」
「君の計画は、あまりにも…壮大すぎる」
「まるで、この領地を、一つの『独立国家』でも作るかのようだ」

彼の指摘に、私は、ハッとした。
熱に浮かされたように語っていた私の口が、ぴたりと止まる。

「……」

「…独立国家?」
私は、小さく呟いた。

「そうね…」
私は、窓の外を見た。
そこでは、領民たちが、疲れ切った顔で、しかし、黙々と干し芋を運んでいる。
私がここに来る前は、ただ、死んだ魚のような目をしていた、彼らが。

「…そうかもしれないわね」

「…」

「わたくし、別に、王都に喧嘩を売りたいわけじゃないのよ」
私は、ぽつり、と本音を漏らした。
この、嫌味なエリート眼鏡に、なぜか。

「ただ…」

「…ただ?」

「…あんな、王都のくだらないゴシップや、誰かの『善意(という名の自己満足)』で、簡単に生活が脅かされるような場所は、もう、うんざりなのよ」
「ミリア様が持ってきた、あの穀物(不良在庫)」
「あれが『悪意』なら、まだ戦えた」
「でも、彼女は『善意』だった。だから、わたくしは、冷酷な『悪役令嬢』になるしかなかった」

ルークは、何も言わずに、私を見ている。

「わたくしは、この領地を」
「そんな、不確定なものに左右されない、強い場所にしたい」
「領民たちが、自分の力で稼いで、ちゃんと食べて、冬を越せて…」
「できれば、笑って暮らせるような場所に」

「…」

「そのために、わたくしは、経営者(ビジネスマン)として、数字(カネ)を稼ぐのよ」
「アルベルト王子を見返すため? 違うわ」
「わたくしが、わたくしの『領地』を、守るためよ」

私は、そこまで一気に言うと、自分が熱くなりすぎていたことに気づき、慌てて咳払いをした。

「…ま、まあ! あくまで、これは『事業計画(プラン)』よ! 慈善事業(ボランティア)じゃないわ!」
「すべては、利益(プロフィット)のため!」

私は、照れ隠しのように、再び地図に目を落とした。
長い、沈黙が落ちる。

ルークは、しばらく、私の顔と、私が書き殴った計画書を、交互に見つめていた。
そして、ふぅ、と。
あの、ミリアが来た時とは違う、何かを納得したような、深いため息をついた。

窓の外が、わずかに白み始めていた。
徹夜だった。

「…イアナ嬢」
ルークが、静かに口を開く。

「な、何よ」

彼は、私の「第二次事業計画書」を、その長い指で、とん、と叩いた。

「…無謀な箇所が、三十四箇所」
「コスト計算が、楽観的すぎる箇所が、五十二箇所」

「なっ…!」
(一晩で、そこまで分析したの!?)

「だが」

彼は、続ける。

「…その『リスク』を差し引いても、根幹にある『戦略(ロジック)』は、筋が通っている」

彼は、私から視線を外し、窓の外の、白み始めた空を見つめた。

「…悪くない。計画だ」

「……!」

私は、耳を疑った。
この、超絶嫌味なエリート眼鏡が、私の計画を「悪くない」と、今、確かに言った。

「で、でしょう!?」
私は、疲労も忘れ、勢いよく身を乗り出した。
「やっと、わかった!? あなた、初めてまともなこと言ったわね!」

「(心の声)やっと私の計画書(この壮大なロマン)を理解する人が現れたわ!」
(計算も早そうだし、これは、いい『駒(計算機)』を手に入れたかもしれない!)

私の、そんな打算に満ちた興奮(喜び)を、ルークは知らない。
彼は、私の熱に浮かされたような顔を、銀縁の眼鏡の奥から、じっと見つめていた。

「…(ため息)」

彼は、今夜、三度目のため息をついた。
それは、呆れでも、感心でもない、何か、別の感情を含んだ、複雑な息だった。

「…君は」

「え?」

「本当に、面白いな」

「は? 何がよ」
私は、意味が分からず、首を傾げる。

「それより! そこまで言うなら、この『三十四箇所のリスク』と『五十二箇所の楽観的すぎるコスト』!」
「今すぐ、再計算するのを手伝いなさいよ! あなた、暇でしょう!」

「…私は『監視役』だ。君の『部下』ではない」

「いいから、やるのよ! 3ヶ月で黒字化するためには、あなたのその『計算能力(スペック)』も、利用させてもらうわ!」

「…(ため息)」

ルークは、四度目のため息をつくと、諦めたように、羊皮紙とインク壺を、自分の前へと引き寄せた。
彼の「監視」が、また一つ、その役割を変えようとしていた。
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