婚約破棄された悪役令嬢の黒字計画!

夏乃みのり

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ウォルトン領の経営戦略会議(という名の、私のワンマンショー)から、十日が過ぎた。
領地は、今、活気に満ちている。
いや、正確には「活気」というより「狂騒」に近い。

「『塩の道』、第一次整備完了! 荷馬車一台が、ようやく通れるようになりました!」
「『干し芋』第二次出荷(ロット)! 荷積み完了! 出発します!」
「『荒くれポテト』、増産要請が隣国(ガリア)の商人から来てます! 生産が追いつきません!」

領主の館(作戦本部)に、怒号のような報告が飛び交う。
『塩の道』が開通したことで、我々の『干し芋』と『岩塩』は、飢える隣国(ガリア)で、こちらの想定価格の、さらに倍で売れた。
莫大な利益(キャッシュ)が、今、この領地に流れ込み始めている。

「(ニヤリ)…いい流れだわ」

私は、帳簿の上で、利益の数字が踊るのを、満足げに眺めていた。
領民たちは、初めて手にするまともな報酬(賃金)に、目を白黒させながらも、その顔には生気が戻っている。
諦めの色はない。
今はただ、私の次の指示を待つ「兵士」のようだ。

「イアナ嬢」

部屋の隅。
ルーク・アイゼンが、忌々しげに羊皮紙を叩いた。
彼は、私の『監視役』のはずだが、いつの間にか、領地の『財務監査役 兼 経営コンサルタント』のような立ち位置になっていた。
もちろん、給料はゼロだ。

「何かしら、アイゼン様。わたくしの完璧な経営に、何か文句でも?」

「…『荒くれポテト』の利益率が、異常だ」
彼は、私のネーミングセンスを、いまだに認めない。

「『干し芋』の、実に七倍の利益を生んでいる」
「この『芋クズ(規格外品)』が、主力商品(干し芋)の利益を、上回ろうとしている」
「(ボソリ)…計算が、狂う…」

「ふふん。だから言ったでしょう?」
「『SNS映え』は、最強の戦略(マーケティング)だと」

「(ため息)…その意味不明な単語は、やめたまえ」
「それより、隣国から、追加の取引条件が来ている」
「彼ら、岩塩とポテトの対価として、王都では手に入らない『高級ハチミツ』と『精製された砂糖』を提示してきた」

「まあ!」
私は、思わず声を上げた。
ハチミツと砂糖!
それこそ、王都の貴婦人たちを狙い撃ちにする、高級菓子の材料(リソース)だ!

「いいわ! すぐに、その取引(ディール)を成立させて!」

「(チッ)…人使いが荒い」
ルークは、そう悪態をつきながらも、すぐに返答の書状を書き始めた。
(この男、意外と、この『経営ゲーム』を楽しんでいるんじゃないかしら)

私が、そんなことを考えていた、その時だった。

「あの…イアナ様」

(……げ)

作戦本部の入り口に、この場に、最も似つかわしくない人物が、おずおずと立っていた。
桜色のドレスを、この泥だらけの領地でも律儀に着こなした、ミリアその人だった。

「……ミリア様」

私は、帳簿から顔を上げる。

「まだ、いらっしゃったのですか」
「てっきり、あの『穀物』と一緒にお帰りになったものと」

あの日。
私の『不法投棄』発言にショックを受けたミリアは、荷馬車と共に、一旦は村の入り口まで去った。
だが。

「(わたくし、帰りません!)」

彼女は、なぜか、穀物の荷馬車だけを王都に送り返し、自分と侍女だけは、この領地に残るという、暴挙(ストライキ)を敢行したのだ。
理由は「イアナ様が、わたくしの善意を理解してくださるまで」だそうだ。
迷惑千万である。

「はい…」
ミリアは、俯いて、か細い声で答える。
「イアナ様、毎日、お忙しそうで…」

「ええ、多忙ですわ」
私は、冷たく言い放つ。
「王都のサロンでお茶を飲んでいる時間とは、違いますので」

「うっ…」
ミリアが、小さく怯む。

「わ、わたくし、この十日間、ずっと考えておりました」
「なぜ、イアナ様が、わたくしの支援を、拒絶なさったのか…」

(まだ、わかっていなかったの!?)

「そして、わかったのです!」

「(ビクッ)…な、何がよ」

ミリアは、パッと顔を上げた。
その瞳は、なぜか、新たな使命感に燃えている。

「イアナ様は、わたくしに『遠慮』なさっていたのですね!」

「…………は?」

ルークが、書状を書いていた手を、ピタリと止めた。
その、能面のような顔が、明らかに「コイツは何を言っているんだ」と、歪んでいる。

「わたくしが、アルベルト殿下の『新しい婚約者(候補)』だから…」
「わたくしからの施しは、受け取れないと…!」
「そうだったのですね!?」

「……」
(ダメだわ。脳の構造が、違いすぎる)
(この解釈(アプローチ)は、わたくしの計算(シミュレーション)には、一切なかったわ)

「ですから!」
ミリアは、私の返事も待たず、勢いよく続けた。

「わたくし、もう、遠慮なさらないで済むように、お手伝いをいたします!」

「結構ですわ」
私は、即答した。

「そ、そんな…!」

「わたくしどもの作業(オペレーション)は、高度にマニュアル化されています」
「素人(あなた)が一人入ると、全体の生産性(パフォーマンス)が著しく低下しますの」

「そ、素人だなんて!」
ミリアが、ついに声を荒らげた。

「わたくしだって、王宮で、お菓子作りくらい、習っておりました!」

「ほう。お菓子作り」

「はい! クッキーも、マドレーヌも、得意ですの!」
「イアナ様が、必死になって作っていらっしゃる、あの…『あら』…『あらくれ』?」

「『荒くれポテトのロイヤルチップス』よ」
私は、訂正する。

「それくらい、わたくしにも作れますわ!」
「ちょうど、厨房で、アンナさんが、何か新しいお菓子を作ろうとして、困っていらっしゃいました!」
「わたくしが、お手伝いします!」

「(……は?)」

(アンナが? 新しいお菓子?)
(まさか、さっき届いた、あの『ハチミツ』と『砂糖』を…!)

嫌な予感が、背筋を走った。
私が、ルークとの交渉(ディール)に夢中になっている間に!

「ミリア様! お待ちなさい!」

私は、帳簿を放り出し、厨房(土間)へと走った。
ルークも、何かを察したのか、無言で私の後を追う。

そして。
私たちが、厨房にたどり着いた時。
そこには、すでに、手遅れの光景が広がっていた。

「……あ」

アンナが、腰を抜かしたように、その場にへたり込んでいた。
そして、ミリアが、火にかけられた大鍋の前で、目を白黒させている。

「い、イアナ様…あの…」

大鍋からは、異臭がしていた。
甘いハチミツの香りではない。
何かが、焦げ付いた、絶望的な匂い。
黒い煙が、もうもうと立ち上っている。

「ち、違うのです! わたくし、アンナさんに『火の番』を頼まれて…」
「でも、甘い香りがしたので、もっと美味しくなるかと思って…」
「さっき届いた、あの、白い『お砂糖』の袋を、全部…」

ミリアが、足元に転がった、空の麻袋を指差す。
それは、隣国から届いたばかりの、貴重な『精製糖』の袋だった。

「ぜんぶ…」
私の声が、震えた。

鍋の中身は、もはや、原型を留めていなかった。
隣国(ガリア)から届いたばかりの『高級ハチミツ』と、同じく『精製糖』。
次の『SNS映え』戦略の、中核を担うはずだった、貴重な資源(アセット)。
それが、すべて。

(((真っ黒な、炭(カーボン)になっていた)))

「ひっ…」
ミリアが、私の表情を見て、怯えたように後ずさる。

「だ、だって…火が、強すぎたみたいで…」
「わたくし、悪くありませんわ…!」

私は、怒りを通り越して、頭が真っ白になった。
この、たった一つの鍋(の失敗)で、どれだけの損失が出たか。
私は、計算するのも恐ろしかった。

その時。
私の後ろで、ずっと黙っていたルークが、静かに、それはもう静かに、口を開いた。

「…イアナ嬢」

「…」

「試算しました」
「この『ハチミツ』と『砂糖』」
「ウォルトン領の『干し芋』、約三ヶ月分(の利益)に、相当します」

「…………」
(三ヶ月分)

(わたくしたちが、この十日間、寝る間も惜しんで、泥にまみれて稼いだ、あの利益(カネ)が)

(((この女の『善意(お手伝い)』で、一瞬で、消し飛んだ)))

私は、ゆっくりと、ゆっくりと、ミリアに向き直った。
顔が、引きつるのが分かる。
でも、私は、笑っていた。
侯爵令嬢として、完璧な、悪役令嬢(ビジネスマン)の笑みを。

「…ミリア様」

「は、はいぃっ!」
ミリアの肩が、跳ね上がる。

「もう、結構ですわ」

「え…?」

「あなた様の『お手伝い』は、もう、充分に、いただきました」

私は、アンナに、冷酷なまでに穏やかな声で、命じた。

「アンナ」

「は、はい…!」

「ミリア様を、わたくしの私室(一番、見晴らしの良い部屋)へ、お連れして」

「へ?」

「そして、ミリア様が『退屈』なさらないよう、一日中、そばにいて差し上げなさい」
「お茶でも、刺繍でも、お望みのものを、すべて差し上げて」

「い、イアナ様…?」

私は、ミリアに向かって、にっこりと、それはもう、聖母のように微笑んでみせた。

「ミリア様は、お客様ですもの」
「(笑顔で)ミリア様は、もう、そこに『座っているだけ』で、いいんですよ」

「あ、ありがとう、ございます…?」
ミリアは、状況が飲み込めていないのか、戸惑いながらも、アンナに連れられて厨房を出て行った。

パタン、と扉が閉まる。

残されたのは、私と、ルークと、三ヶ月分の利益の『残骸』だけだった。

「……(怒)」

私は、無言で、壁に拳を叩きつけた。
ゴッ、という鈍い音が響く。

「…(ため息)」
ルークが、今世紀最大とも思える、深いため息をついた。
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