【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩

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10.失ったのは、時間だけじゃない

 ***ララの日記***


 入学してから、攻略対象のみなさまとは全員ちゃんと顔見知りになったわ。運命の歯車がカチリと動く音が聞こえたくらい。

 そう、これぞヒロインである私の第一歩! 完璧すぎて、もはや怖いほどだわ。

 本命はもちろん王太子殿下。

 殿下の顔を一目見た瞬間、運命を感じたわ。きっと殿下もそうだったはず。だって私よ?


 でもこの世界、油断なんてできない。

 恋愛イベントって時々バグるじゃない?


 だから他の攻略対象のみなさまの好感度も、ちゃーんと底上げしておかなくちゃいけないのよ。これはヒロインの義務! 


 ……なのにお兄様ったら、本当に邪魔ばかり。


「はしたない」「評判が悪い」とか、もう失礼にもほどがあるわ。

 私が誰だと思ってるの?

 悪役令嬢じゃないのよ? 正真正銘ヒロインなのよ?



 本来こういう世界では妹に甘々が基本設定のはずでしょう? なんで悪役令息をしてくるのかしら。予定外すぎるわ。

 私は、四人分の悪役令嬢たち相手に立ち向かうので手一杯なのよ。そこに新たな壁なんて混ぜこまないでほしいの。混乱するから。



 そしてティアナ。

 わざわざお兄様に密告なんて、ご苦労さま。

「皆さまには婚約者がいらっしゃいますのよ?」

 って、言ってたけれど、そんなの知ってるに決まってるじゃない。むしろそれが試練なのよ? 近づかなきゃ攻略なんてできないんだから、余計な横槍はお断り。

 親友? 仲間?

 ……それ、恋愛ゲーム的に必要?

 私は甘い恋がしたいの。友情イベントなんて、時間が余ったらで十分よ。泣き虫なモブが、私のルートを邪魔しないでほしいわ。




 ――明日も、私の“恋愛計画”が順調に進みますように。

 いつか王太子殿下の隣で微笑む、きらきらと眩しい未来のために。





 *****


 sideアイラ




 ……最悪だわ。

 最初の1行目を読んだときから、指先がずっと冷たい。

 入学して一ヶ月、婚約者のいる男性たちと次々に“仲良くなって”いく様子が、妙に嬉しそうに綴られている。ページをめくるごとに胃が痛む。

 お兄様とティアナへの不満、陰口、愚痴――それだけで1冊が終わった。



 “モブ”、……脇役ってことよね。

 悪役令嬢? ヒロイン?

 この国では聞いたこともない言葉なのに、意味だけは、はっきり分かる。前、日記を読んだときもそうだった。

 知らないはずの概念を正確に理解している自分が、正直怖い。


 お医者様が言っていたわね。記憶を失っても、身体が覚えている日常動作や、知識は残るのだと。

 ――なるほど。意識は変わっても、知識の層は共有されているというわけね。

 でも、それなら不思議なのよ。

 学院で学ぶことを楽しみにしていた歴史学も薬草学も、私の中にはほとんど残っていない。



 “ララ”、あなた、まさか……勉強していなかったんじゃないでしょうね?

 ページに視線を落とすたび、直視したくない事実ばかりが増えていった。

 婚約者のいる男性、しかも四人に近づくなんて。レオナール様から妻の話を聞いたとき嫌な予感はしていたけれど、まさか、全員に婚約者がいるとは。

 そうよね、身分を考えれば当然のこと。

 

 この日記にはまだ登場していないけれど、いずれ婚約者の皆様が出てくるに違いない。

 恨まれている可能性? 大いにある。

 いえ、絶対そうよ。

 ふ……ふふふ。目覚めたら修道院なんて未来、十分ありえたわね。




 さらに、ティアナをかばうお兄様と、口をきかなくなるまで拗れているなんて。

 お兄様がティアナをかばうのは当然でしょう?

 ああ……お父様とお母様と同じように、私のせいで心労をかけていたに違いない。

 今のお兄様の髪が薄くなっていたら原因、私だわ。絶対。

 そして、ティアナ。

 泣かせてしまったのね。

 歪んだ泣き顔を想像するだけで胸が痛い。小さい頃から泣き虫で、すぐに頬を濡らしていたわ。私の言葉と態度に、どれほど傷ついたかと思うと……。



 学院に入ったら、一緒に王都のパティスリーへ行こうって約束していた。

 まだ見ぬケーキの話で盛り上がったりして。

 季節限定のタルトを半分こして、紅茶はシェアしようって――あの時間は本当に楽しみだったのに。

 学院のパーティーでは、おそろいのアクセサリーを付けるつもりだった。

 どんなドレスが似合うか、鏡の前で何度も相談して。

 お昼ご飯は毎日一緒に食べて、勉強が嫌いなティアナのために、私がノートをまとめてあげる予定だった。

 失ったのは、時間だけじゃない。




 ……とにかく。


 謝罪しなくてはいけない相手が、想像以上に多いという事実だけは、しっかり理解した。

 ぱさり、と日記を閉じる。



 そのまま暖炉へ投げ込むと、紙が炎に呑まれ、ぱちぱちと小さく弾けた。燃え落ちていく記憶にない過去を眺めながら、胸の奥まで空気が届くようにゆっくり息を吸い、そして、吐く。


「あと、1冊、読もうかしら……いいえ、もう、寝ましょう」

 限界だわ。

 立ち上がり、ベッドへ向かう。



 同じ顔で眠る二人。寝息すらぴたりと揃っていて、思わず頬がゆるむ。

 そっとベッドに潜り込み、二人を腕に抱き寄せる。

 温かい。

「……明日も、長くなりそうね」

 大きく息を吐き、まぶたを閉じた。


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