【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩

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38.家族が揃う夜

「レオナール様、ただいま戻りました」

「お父様、ただいま」
「ただいま」


 扉が完全に閉まるよりも早く、ラルとリズは一直線に駆け出し、レオナール様の胸元へと飛び込む。

 ぎゅっと抱きつく腕には、ためらいがない。久しぶりに会えたという喜びが、言葉より先に身体を動かしてしまったのだろう。

 長旅の疲れなど感じさせないほど、その表情は生き生きとしていた。

 その様子を、レオナール様は少し目を細めて見下ろしている。大きな手が、二人の背に自然と添えられた。

 レオナール様が、こちらを見て微笑んでいる。


 ――私、飛び込みませんよ。


「寂しかったよ、三人とも。二週間が、二ヶ月……いや、二年くらいの長さだったよ」

 二年はさすがに言い過ぎだけれど、冗談めいていながら、どこか本気のようにも感じる。

 


「お父様、お土産です」


 部屋について、先に言い出したのは、ラルだった。荷物の中から一つの箱を取りだし、両手で大切そうに包むようにして差し出した。

 箱の中身は、一つのペン。領地の雑貨店で見つけたものだ。華美な装飾はなく、金や宝石も使われていないが、軸は滑らかで、持てば自然と指に馴染みそうな形をしている。

 店員にしっかり話を聞いて購入した物だった。

 
 店先で何本も手に取っては戻し、決めたペンの書き心地を確かめていた姿が思い出される。


 レオナール様は受け取ると、軽く重さを確かめるように指先で転がし、穏やかに笑った。



「これは、仕事がはかどりそうだ。いいものを選んでくれて嬉しいよ」


 ラルは、褒められたのが嬉しいのだろう。誇らしげに微笑んだ。


 その様子を見ていたリズが一歩前へ出る。小さな手でお土産をぎゅっと握り、頬をうっすら赤らめながら、もじもじと視線を泳がせている。



「お父さま、これ」

「おお、リズもあるのかい? 嬉しいな。ええと……リボン?」


 レオナール様の手のひらに載ったのは、やわらかな色合いの女性用のリボンだった。光を受けてほのかに艶めく布地。


「髪につけて?」

 あまりにも真顔で言うものだから、一瞬、レオナール様が固まる。

 ラルと私は同時に息を詰めた。笑ってはいけないと思えば思うほど、口元が緩んでしまう。

 二人で必死に笑いをこらえる様子に、リズは少し首を傾げたまま、きょとんとしている。



「き、綺麗な色だね」

 一瞬の間のあと、レオナール様は咳払いをするようにしてそう言った。戸惑いは隠しきれていないが、声は優しい。


「はい。お母さまの髪の色と一緒」


 ――あら。

 その言葉に、思わず目を瞬かせる。改めて見ると、確かに淡いピンク。私の髪の色によく似た色合いだ。

 まあ。私の色を選んだのね。ふふ、かわいい。


「おお、そうだね、アイラの色だ! リズが選んだアイラの色。これはぜひとも付けなくてはいけないね」


 大げさなくらい朗らかに言って、レオナール様はリボンを掲げる。その仕草に、リズの表情がぱっと明るくなった。


「はい! お仕事、頑張ってください」

 ふふ。ラルが「仕事がはかどりそうだ」と言われたのを、リズはちゃんと覚えていたのね。


 仕事場に、ピンクのリボン。ふふふ、可笑しいわ。



 ――いえ、待って。

 ここで笑っていられない。私の色よ? 

 もし誰かに、私が贈って無理やり付けさせている、などと思われたら? それは困るわ。冗談でも御免よ。



「仕事? ああ、仕事場につけて行くといいんだね。ラルのペン、クラリスが選んだアイラの色のリボン。仕事を頑張れそうだよ。ありがとう、二人とも」


 レオナール様は実に楽しげにそう言った。ペンとリボンを交互に見比べ、そのどちらも大切そうに手に収めている。


「「はい!」」


 二人の声が見事に重なり、部屋に明るく響いた。その様子に、レオナール様は小さく笑い、私はもつられて小さく笑う。


 でも……ああ、仕事場に……。

 

 リズはこんなにも嬉しそうに、レオナール様の顔を見上げている。その瞳には、期待と誇らしさがいっぱいに詰まっていた。

 ……今は、良いことにしましょう。


 あとでちゃんと、娘からの贈り物だと周りに説明してくれるよう、お願いしておかなければ。私の名誉のためにも。



 その後は、リズとラルの思い出話が止まらなかった。


 最初に口火を切ったのはラルだった。

 子馬だと聞いていたが、思ったよりも背が高くて、地面がずいぶん遠く感じたことを一生懸命話す。

 手綱を握る手に力が入りすぎて、終いには指が痛くなったことまで、身振りを交えて語る。

 それに対してリズは、風を切って走ってすごかったと笑う。ふふ、乗れるまで時間がかかったのにね。

  

 エルドリックとエレナと四人で、地図もないまま、小さな森の奥まで入り込んでしまったこと。見慣れない花や、足元を素早く横切った小動物に、皆で一斉に足を止めたこと。

 まあ、そんなことをしてたのね。護衛はこっそりついて行っていたでしょう。けれど、知らなかったわ……。

「ちゃんと皆で戻ってきたんだよ」とラルが言えば、リズも「怪我しなかった」と胸を張る。
 

 あのペンやリボンを選んだ話も出た。人の多い町の通りで、初めて見る品々に目を奪われたこと。

 甘い匂いの菓子屋の前から離れられなくなったこと。店主に話しかけられて、言葉に詰まったこと。

 どれにするか迷って、何度も店を行き来したこと。

 選ぶのが、思った以上に難しかったこと。

 次から次へと溢れ出す言葉に、レオナール様は時折声を立てて笑い、時折目を細めて相槌を打つ。


 こうして語られる思い出の一つ一つを聞くと、二人が少しだけ大人なったように感じるわ。


 結局、話は晩餐の支度が整ったと知らせが来るまで、途切れることなく続いた。


 久しぶりに家族が揃った夜は、満ち足りていた。静かで、温かくて、賑やかな夜だった。


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