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3.生まれた時からの運命
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昼下がりの教室には、にぎやかな声が広がっていた。窓辺で談笑するグループ、ノートを開いて復習する生徒たち。
「そういえば、ダリウスが帰ってくるのは、来月だったかしら」
カタリナに問いかける。
ダリウス――カタリナの婚約者で、去年の夏から1年間隣国に留学している。その名前が出ると、カタリナの表情が、ほんの少し輝きを増した。
「おお、ダリウスが帰ってくるのは23日後だ」
不意に現れたレオナードが、得意げに宣言する。彼の登場に、カタリナが少し驚いて振り返った。
「23日後……レオナード、あなた、なんでそんなに詳しいの?」
問いかけるカタリナに、レオナードが、笑って答える。
「俺はダリウスの友人だぞ。カタリナの世話を頼まれているくらいだ。ダリウスの帰りを今か今かと待っているし、まあ、カタリナは俺の手に余るから、帰ってくるのを指折り数えて待っているってとこだな」
「ちょっと、あなた、誰が手に余るですって? ……でも、ダリウスが、本当にそんな頼みごとをしたの?」
「ああ、変な虫がつかないように見張っててくれってさ。愛されているな、お前」
レオナードの茶化すような言葉に、カタリナの頬がわずかに赤く染まる。
カタリナとダリウスは、生まれた時から家同士が決めた婚約者だった。それでも二人は、周囲が羨むほど仲が良い。まるで心から惹かれあった恋人のように――。
「おい、レオナード。先生が資料取りに来いって呼んでいるぞ」
「そうか、今行く」
レオナードは呼び声に応じ、教室から出て行った。
残されたカタリナは、まるで自分の感情が露わになってしまったかのように、顔を真っ赤にして俯く。そんな彼女の様子に、私は思わず微笑みをこぼした。
ふふ、可愛い。
「カタリナ、ダリウスが帰ってくるのが楽しみね」
冗談めかして軽く声をかけると、カタリナは慌てたように手を振った。
「べ、別に。手紙のやり取りもしているし、普通よ」
そう言いながら、彼女の視線はどこか落ち着かない。
手紙を何度も繰り返し読んでいることは、私も知っている。彼女の行動が、彼女自身の感情を何よりも物語っていた。
午後の日差しが教室に差し込み、柔らかな光が床や机を包み込む。けれど、私の心はなぜかその明るさから遠いところにいる気がした。
「……幼いころからの婚約者。カタリナたちと私たち。何が違ったのかしら。わからないわ」
その言葉は、独り言のように零れ落ちた。
カタリナとダリウスの関係を羨んでいるわけではなかった。むしろ、幸せそうな二人の姿に、心が温かくなることさえある。それなのに――。
心の奥底で、問いかけてしまう。
何が違ったのか、と。
同じように幼少期を過ごし、同じように期待を背負い、未来の家族としての関係を築いてきたはずなのに。どこで道が分かれてしまったのか、その答えが見つからない。
思い返せば、私は常に自分の願いに蓋をし、我慢をしてきた。誰にも言えない思いを押し隠し、それでもセオドアと支え合っていく家族としての未来を願ってきた。
しかし、今目の前に広がる未来に、幸せな景色は何一つ見えない。
心の中に広がる虚無感。それをどうすることもできなかった。
「リディア……」
隣に座ったカタリナがそっと体を寄せてきた。彼女の温もりが確かに伝わる。柔らかな手が私の手に触れ、穏やかな空気が心に流れ込んだ。
「私には、あなたが悪くないことだけはわかるわ」
その静かな声に、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。
「……ありがとう」
気づけば、目頭がじんわりと熱くなる。
「泣かないで、リディア。あの心配性なレオナードが、慌てるから」
カタリナは優しく微笑んで、私の手をさらに包み込む。その言葉に私は思わず、かすかな笑みを浮かべた。
「レオナードが心配性? 慌てているところを見たことがないわ」
「そうなの? ふふ、私にはそう見えるわ」
彼女の柔らかな笑い声に、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じる。カタリナの手が、背中にそっと触れ、安心感をもたらしてくれる。
そんなとき、用事を済ませたレオナードが教室に戻ってきた。
扉が開く音とともに、彼の落ち着いた声が響く。
「なんだ、暗いなこの空気。ダリウスの話題は終わったのか?」
彼は私の方に歩み寄ると、何も言わずに、ハンカチを私の眼もとに押し当てた。
優しい香りが鼻をくすぐる。レオナードは椅子に腰を下ろしながら、私が泣いていることなどなかったかのように、そのまま話し始める。
「そういえば、ダリウスがこの前の手紙で、カタリナのことを書いていたぞ。知りたいか?」
「私のこと? 言いたいのなら聞いてあげてもいいですけど」
「そんな程度じゃ言えないな。お願いされないとな」
「本当に、意地が悪いわね」
カタリナは私の背中を撫でながら、くすくすと笑う。その柔らかな手の感触が、いつの間にか張り詰めていた私の心を和らげてくれる。
一方で、レオナードは何も聞かないし、言わない。おそらく、何かを察しているのだろう。
ハンカチから漂う香りが、言葉以上の慰めを伝えてくれる。
『心配性なレオナードが、慌てる』
思慮深いレオナードが?
今だって、何も慌てていないのに、と不思議に思う。彼はいつも冷静で、取り乱すことなんてない。
それでも――その中に、優しさがあるのだと、私は知っている。
「そういえば、ダリウスが帰ってくるのは、来月だったかしら」
カタリナに問いかける。
ダリウス――カタリナの婚約者で、去年の夏から1年間隣国に留学している。その名前が出ると、カタリナの表情が、ほんの少し輝きを増した。
「おお、ダリウスが帰ってくるのは23日後だ」
不意に現れたレオナードが、得意げに宣言する。彼の登場に、カタリナが少し驚いて振り返った。
「23日後……レオナード、あなた、なんでそんなに詳しいの?」
問いかけるカタリナに、レオナードが、笑って答える。
「俺はダリウスの友人だぞ。カタリナの世話を頼まれているくらいだ。ダリウスの帰りを今か今かと待っているし、まあ、カタリナは俺の手に余るから、帰ってくるのを指折り数えて待っているってとこだな」
「ちょっと、あなた、誰が手に余るですって? ……でも、ダリウスが、本当にそんな頼みごとをしたの?」
「ああ、変な虫がつかないように見張っててくれってさ。愛されているな、お前」
レオナードの茶化すような言葉に、カタリナの頬がわずかに赤く染まる。
カタリナとダリウスは、生まれた時から家同士が決めた婚約者だった。それでも二人は、周囲が羨むほど仲が良い。まるで心から惹かれあった恋人のように――。
「おい、レオナード。先生が資料取りに来いって呼んでいるぞ」
「そうか、今行く」
レオナードは呼び声に応じ、教室から出て行った。
残されたカタリナは、まるで自分の感情が露わになってしまったかのように、顔を真っ赤にして俯く。そんな彼女の様子に、私は思わず微笑みをこぼした。
ふふ、可愛い。
「カタリナ、ダリウスが帰ってくるのが楽しみね」
冗談めかして軽く声をかけると、カタリナは慌てたように手を振った。
「べ、別に。手紙のやり取りもしているし、普通よ」
そう言いながら、彼女の視線はどこか落ち着かない。
手紙を何度も繰り返し読んでいることは、私も知っている。彼女の行動が、彼女自身の感情を何よりも物語っていた。
午後の日差しが教室に差し込み、柔らかな光が床や机を包み込む。けれど、私の心はなぜかその明るさから遠いところにいる気がした。
「……幼いころからの婚約者。カタリナたちと私たち。何が違ったのかしら。わからないわ」
その言葉は、独り言のように零れ落ちた。
カタリナとダリウスの関係を羨んでいるわけではなかった。むしろ、幸せそうな二人の姿に、心が温かくなることさえある。それなのに――。
心の奥底で、問いかけてしまう。
何が違ったのか、と。
同じように幼少期を過ごし、同じように期待を背負い、未来の家族としての関係を築いてきたはずなのに。どこで道が分かれてしまったのか、その答えが見つからない。
思い返せば、私は常に自分の願いに蓋をし、我慢をしてきた。誰にも言えない思いを押し隠し、それでもセオドアと支え合っていく家族としての未来を願ってきた。
しかし、今目の前に広がる未来に、幸せな景色は何一つ見えない。
心の中に広がる虚無感。それをどうすることもできなかった。
「リディア……」
隣に座ったカタリナがそっと体を寄せてきた。彼女の温もりが確かに伝わる。柔らかな手が私の手に触れ、穏やかな空気が心に流れ込んだ。
「私には、あなたが悪くないことだけはわかるわ」
その静かな声に、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。
「……ありがとう」
気づけば、目頭がじんわりと熱くなる。
「泣かないで、リディア。あの心配性なレオナードが、慌てるから」
カタリナは優しく微笑んで、私の手をさらに包み込む。その言葉に私は思わず、かすかな笑みを浮かべた。
「レオナードが心配性? 慌てているところを見たことがないわ」
「そうなの? ふふ、私にはそう見えるわ」
彼女の柔らかな笑い声に、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じる。カタリナの手が、背中にそっと触れ、安心感をもたらしてくれる。
そんなとき、用事を済ませたレオナードが教室に戻ってきた。
扉が開く音とともに、彼の落ち着いた声が響く。
「なんだ、暗いなこの空気。ダリウスの話題は終わったのか?」
彼は私の方に歩み寄ると、何も言わずに、ハンカチを私の眼もとに押し当てた。
優しい香りが鼻をくすぐる。レオナードは椅子に腰を下ろしながら、私が泣いていることなどなかったかのように、そのまま話し始める。
「そういえば、ダリウスがこの前の手紙で、カタリナのことを書いていたぞ。知りたいか?」
「私のこと? 言いたいのなら聞いてあげてもいいですけど」
「そんな程度じゃ言えないな。お願いされないとな」
「本当に、意地が悪いわね」
カタリナは私の背中を撫でながら、くすくすと笑う。その柔らかな手の感触が、いつの間にか張り詰めていた私の心を和らげてくれる。
一方で、レオナードは何も聞かないし、言わない。おそらく、何かを察しているのだろう。
ハンカチから漂う香りが、言葉以上の慰めを伝えてくれる。
『心配性なレオナードが、慌てる』
思慮深いレオナードが?
今だって、何も慌てていないのに、と不思議に思う。彼はいつも冷静で、取り乱すことなんてない。
それでも――その中に、優しさがあるのだと、私は知っている。
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