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2.一面に広がる星空
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夜、押し付けられた課題を終えた。気分転換に、ベランダへと足を踏み出すと、夜の空気が冷たく肌を包む。
その冷たさに少しだけ身を縮めるけれど、心地良い解放感が胸に広がった。
無数の星々がきらめいている。その光景をただぼんやりと眺めていると、過去の思い出がゆっくりと浮かんできた。
父の話では、セオドアとは、幼い頃は、会うたびに「好き」と言い合う位、仲が良かったそうだ。
「亡くなった母も微笑ましいお前たちを見るのが好きだった」と、お酒に酔うと話す。
さすがに、物心ついていない頃の事のことは、覚えていないが、庭で一緒に遊んだり、馬車で遠出をしたりした日々。笑い声に包まれたその思い出は、今でも鮮やかだ。
幼い頃。セオドアの邸の中で、一番のお気に入りは中庭だった。
風がやわらかく吹き抜ける庭では、初夏の花々が色鮮やかに咲き誇っていた。
緑の芝生が陽光を反射し、空には雲一つない青が広がっている。その一角に置かれた白いベンチは、陽射しを受けて輝くようだった。
その日も、私とセオドアはそのベンチに腰掛け、何気ないおしゃべりをしていた。
セオドアが何かを思い出したように立ち上がり、そばの木陰に置いていた小さなカバンを手に取った。
振り返ると、顔を輝かせながら私に向かって駆け寄ってきて絵本を差し出した。
「昨日、母上に買ってもらった絵本を一緒に見よう!」
表紙には金色の髪を持つ王子と姫が描かれていて、背景には無数の星々が瞬いている。陽の光を受けたその絵本は、まるで星空が本物のように輝いて見えた。
「どんなお話なの?」
そう尋ねると、セオドアは得意げに言った。
「冒険する王子様とお姫様の話だよ!」
私たちは隣同士に座り直し、絵本を広げた。
風に揺れる草木、遠くから聞こえる小鳥のさえずり、どこかで咲いたジャスミンのほのかな香り――すべてがそのひと時をやさしく包み込んでいた。
ページをめくるたびに、鮮やかで美しい絵が現れる。
王子と姫が広大な野原を駆け抜け、星明かりの下で夢を語り合うシーンには、心を奪われずにはいられなかった。王子の姿は、セオドアと重なった。
ー星空の約束ー
絵本は、二つの国の王子と姫の物語だった。
『ある広大な王国と隣国の美しい王国に、1人の王子と1人の姫がいました。二人はそれぞれ、自分の国の繁栄を守るために育てられ、周囲から期待を背負っていました。幼い頃に偶然出会った二人は、星空の下で「冒険をしよう」と誓い合います。
成長した二人は再会し、幼い日の約束を胸に、星空を目指す冒険の旅に出ることを決意します。その旅の中で、彼らは、国の繁栄と幸せを共に考えます。王子と姫はのちに愛し合って結婚し、それぞれの国もまた幸せになりました』
責任に縛られた二人が、幼い頃に交わした「自由な冒険をする」という誓いを胸に、成長後に再会し冒険へと旅立つ話。彼らは互いの強さと優しさを知り、最後には国々をつなぐ方法を見つけ、愛を育む――そんな美しくも希望に満ちた物語だ。
読み終えた後、セオドアがぽつりとつぶやいた。
「王子様とお姫様、素敵だね」
「そうね。王子様、セオドアに似ているね」
無邪気な気持ちでそう言うと、彼は少し得意げな顔をした。
金色の髪とブルーの瞳――絵本の王子様は、セオドアそっくりだった。
だがセオドアの次の言葉に胸を大きく傷つけられるとは、思いもしなかった。
「やっぱりそう思う? でも、リディアは、金の髪でもグリーンの瞳でもない……そうか、お姫様じゃないんだね。王子様はお姫様と結婚するものなのに……」
「……お姫様じゃなきゃ、セオドアは私と結婚しないの?」
心に広がる悲しみを隠せなかった。
私はお姫様じゃない。黒い髪に黒い瞳、絵本の中の美しい姫とは違う。
「うーん、よくわかんない。でも、このお姫様の髪はふわふわだし、ピンクがよく似合うね。やっぱり似てないや。お姫様に似ていなくてもリディアと結婚しなきゃいけないのか、お父様に聞いてみるね」
結婚しなきゃいけない……あまりに無邪気で残酷な言い方に、私は言葉を失った。
そして後日、彼が悲し気に言った一言にも衝撃を受けた。
「お父様に聞いたら、お前が結婚するのはリディアしかいないと怒られた。残念だな」
私は、なぜ金髪でグリーンの瞳を持っていないのと泣いて母を困らせた。
大人になった今、その絵本は、大人たちの思惑の一環だったのだと思えてならない。
私たち二人はそれぞれ、家の繁栄を守るために育てられ、周囲の期待を一身に背負っている。
それは、まるで絵本の中の王子と姫のようだ――ただし、私たちの間には、誓いも約束もない。
セオドアの母がなぜこの本を与えたのか、私は時々考える。
物語の根底にあるのは、責任を持ちながらも大人になるまでは学生の範囲内で自由を楽しむ。同じ時を過ごし、相手と尊重し合う関係を作るということだ。そして、結婚したら家を守っていくのだと。
きっと政略結婚する子供たちに、大切なことを教えたかったのだろう。
だが、セオドアには、物語の思惑は響かなかったのだろう。美しい絵の記憶。理想のお姫様と王子のような自分。理想的な外見だけを求めて、その本当の意味を見落としてしまった。
「残念だな」――それが、何よりも悲しかった。
のちに、絵本のお姫様のように、金色でふわふわの髪、グリーンの瞳を持つエマを見つけた彼は、恋に落ちた。
再び夜空を見上げると。星々は相変わらず美しかったが、私には悲しく光っているように見える気がした。
私は、私の王子様が、金髪でブルーの瞳でなくてもいいわ。
輝く未来を誓い、2人の未来のために共に考える。互いの強さと優しさで支え合える。そんな、王子様と恋をし、愛をはぐくみたい。
…なんてね。
その冷たさに少しだけ身を縮めるけれど、心地良い解放感が胸に広がった。
無数の星々がきらめいている。その光景をただぼんやりと眺めていると、過去の思い出がゆっくりと浮かんできた。
父の話では、セオドアとは、幼い頃は、会うたびに「好き」と言い合う位、仲が良かったそうだ。
「亡くなった母も微笑ましいお前たちを見るのが好きだった」と、お酒に酔うと話す。
さすがに、物心ついていない頃の事のことは、覚えていないが、庭で一緒に遊んだり、馬車で遠出をしたりした日々。笑い声に包まれたその思い出は、今でも鮮やかだ。
幼い頃。セオドアの邸の中で、一番のお気に入りは中庭だった。
風がやわらかく吹き抜ける庭では、初夏の花々が色鮮やかに咲き誇っていた。
緑の芝生が陽光を反射し、空には雲一つない青が広がっている。その一角に置かれた白いベンチは、陽射しを受けて輝くようだった。
その日も、私とセオドアはそのベンチに腰掛け、何気ないおしゃべりをしていた。
セオドアが何かを思い出したように立ち上がり、そばの木陰に置いていた小さなカバンを手に取った。
振り返ると、顔を輝かせながら私に向かって駆け寄ってきて絵本を差し出した。
「昨日、母上に買ってもらった絵本を一緒に見よう!」
表紙には金色の髪を持つ王子と姫が描かれていて、背景には無数の星々が瞬いている。陽の光を受けたその絵本は、まるで星空が本物のように輝いて見えた。
「どんなお話なの?」
そう尋ねると、セオドアは得意げに言った。
「冒険する王子様とお姫様の話だよ!」
私たちは隣同士に座り直し、絵本を広げた。
風に揺れる草木、遠くから聞こえる小鳥のさえずり、どこかで咲いたジャスミンのほのかな香り――すべてがそのひと時をやさしく包み込んでいた。
ページをめくるたびに、鮮やかで美しい絵が現れる。
王子と姫が広大な野原を駆け抜け、星明かりの下で夢を語り合うシーンには、心を奪われずにはいられなかった。王子の姿は、セオドアと重なった。
ー星空の約束ー
絵本は、二つの国の王子と姫の物語だった。
『ある広大な王国と隣国の美しい王国に、1人の王子と1人の姫がいました。二人はそれぞれ、自分の国の繁栄を守るために育てられ、周囲から期待を背負っていました。幼い頃に偶然出会った二人は、星空の下で「冒険をしよう」と誓い合います。
成長した二人は再会し、幼い日の約束を胸に、星空を目指す冒険の旅に出ることを決意します。その旅の中で、彼らは、国の繁栄と幸せを共に考えます。王子と姫はのちに愛し合って結婚し、それぞれの国もまた幸せになりました』
責任に縛られた二人が、幼い頃に交わした「自由な冒険をする」という誓いを胸に、成長後に再会し冒険へと旅立つ話。彼らは互いの強さと優しさを知り、最後には国々をつなぐ方法を見つけ、愛を育む――そんな美しくも希望に満ちた物語だ。
読み終えた後、セオドアがぽつりとつぶやいた。
「王子様とお姫様、素敵だね」
「そうね。王子様、セオドアに似ているね」
無邪気な気持ちでそう言うと、彼は少し得意げな顔をした。
金色の髪とブルーの瞳――絵本の王子様は、セオドアそっくりだった。
だがセオドアの次の言葉に胸を大きく傷つけられるとは、思いもしなかった。
「やっぱりそう思う? でも、リディアは、金の髪でもグリーンの瞳でもない……そうか、お姫様じゃないんだね。王子様はお姫様と結婚するものなのに……」
「……お姫様じゃなきゃ、セオドアは私と結婚しないの?」
心に広がる悲しみを隠せなかった。
私はお姫様じゃない。黒い髪に黒い瞳、絵本の中の美しい姫とは違う。
「うーん、よくわかんない。でも、このお姫様の髪はふわふわだし、ピンクがよく似合うね。やっぱり似てないや。お姫様に似ていなくてもリディアと結婚しなきゃいけないのか、お父様に聞いてみるね」
結婚しなきゃいけない……あまりに無邪気で残酷な言い方に、私は言葉を失った。
そして後日、彼が悲し気に言った一言にも衝撃を受けた。
「お父様に聞いたら、お前が結婚するのはリディアしかいないと怒られた。残念だな」
私は、なぜ金髪でグリーンの瞳を持っていないのと泣いて母を困らせた。
大人になった今、その絵本は、大人たちの思惑の一環だったのだと思えてならない。
私たち二人はそれぞれ、家の繁栄を守るために育てられ、周囲の期待を一身に背負っている。
それは、まるで絵本の中の王子と姫のようだ――ただし、私たちの間には、誓いも約束もない。
セオドアの母がなぜこの本を与えたのか、私は時々考える。
物語の根底にあるのは、責任を持ちながらも大人になるまでは学生の範囲内で自由を楽しむ。同じ時を過ごし、相手と尊重し合う関係を作るということだ。そして、結婚したら家を守っていくのだと。
きっと政略結婚する子供たちに、大切なことを教えたかったのだろう。
だが、セオドアには、物語の思惑は響かなかったのだろう。美しい絵の記憶。理想のお姫様と王子のような自分。理想的な外見だけを求めて、その本当の意味を見落としてしまった。
「残念だな」――それが、何よりも悲しかった。
のちに、絵本のお姫様のように、金色でふわふわの髪、グリーンの瞳を持つエマを見つけた彼は、恋に落ちた。
再び夜空を見上げると。星々は相変わらず美しかったが、私には悲しく光っているように見える気がした。
私は、私の王子様が、金髪でブルーの瞳でなくてもいいわ。
輝く未来を誓い、2人の未来のために共に考える。互いの強さと優しさで支え合える。そんな、王子様と恋をし、愛をはぐくみたい。
…なんてね。
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