【完結】恋は、終わったのです

楽歩

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12.似合っていないドレス sideエマ

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 sideエマ

 学院の1年目。1年生のうちは慣れるようにと、縁のある者たちで固められクラス分けが行われる。セオとリディアも同じクラスだったらしい。



 一方、お父様に縁のある家なんて、10歳まで市井にいた私にとってはほとんど他人のようなものでしかなかった。


 話も合わないし、何も楽しくない1年だった。




 でも、2年目からは違った。


 学力別に分けられたクラス――そのおかげで自分と同じレベルの人たちに囲まれ、話が合う友人もできた。それに……セオとも出会えた。


 彼の婚約者が特進クラスだったことを知った時、正直耳を疑ったものだ。

 普通、婚約者たるもの未来の夫となる者にレベルを合わせるのが当たり前ではないの?

 私は心の底から呆れた。リディアのことは、生意気な女、としか思えなかったわ。

 こんなに素敵な婚約者がいるのに……。


 私には、母が平民のせいか碌な縁談がこないというのに。

 妻を亡くした者、金持ち貴族の老人、しがない商家の息子。馬鹿にしているのかしら。

 だから、学院にいる間に素敵な婚約者を見つけなければならない。



 でも、セオをはじめ、素敵な令息には、もれなく婚約者がいるのだから、本当に嫌になってしまう。

 もう、みんな決めるのが早すぎるのよ。



 お母様にそんな愚痴を言うと、呆れた顔でこう言った。



「いい男には、女がいるものよ。それが理由で諦める必要はないわ」



 さすが、お母様ね。説得力があるわ。



 そういうことならば、と、私は決めた。


 婚約者は、セオがいい。だって、彼は、昔読んだ絵本の王子様にそっくりなのだもの。


 お姫様のような私には、王子様のようなセオがよく似合うわ。





 *****




「よくやったエマ。伯爵令息、いや公爵令息を手中に収めるとは」


 お父様の低い声が、テーブル越しに響いた。


「ふふふ、お母様の演技のおかげですわ」


 私は紅茶を口に運びながら微笑んだ。窓から差し込む夕陽がカップの縁を照らし、琥珀色の紅茶が揺れる。




「まあ、あんなの演技のうちに入らないわ」



 お母様が軽く笑いながらグラスを揺らす。赤ワインが光を反射し、お母様の紅い唇と真紅のドレスをさらに際立たせていた。


 お母様は元劇団員の花形女優だった。


 ステージ上で見る者すべてを虜にしたその美貌と演技力は、今も健在だ。


 平民だったお母様に惚れたお父様は、正妻を持ちながらも母を手放すことができなかった。


 その結果、私は生まれた。


 お父様は正妻と別れずにいたため、私たちは市井の外れに邸を構え、二人で暮らしていた。いえ、三人ね。ほとんどお父様は、そこに住んでいるも同然だった。



 正妻が亡くなり、ようやく私たちは、この男爵家に迎えられた。



 だが、それと同時に正妻の息子であるお兄様は家を出ていった。王宮勤めで、補佐官として官舎に住む彼は、男爵家の跡を継ぐ日までここに戻る気はないようだ。


 まあ、いいわ。親子3人の暮らしに満足だもの。



「モンクレア伯爵令息は、どう見てもエマに気があるのに、のらりくらりとして、もどかしかったが……」

 お父様の言葉に、私は肩をすくめて見せる。



「ええ、でもやっと、私との結婚のために動いてくださる意思を固めたようですわ」


 確信があった。セオの瞳に宿る情熱を、この私が見逃すはずがない。



「エマには、私のように愛人として暮らしてほしくないのです、旦那様」

 お母様はそう言いながら、しなやかにお父様の肩にもたれかかった。お母様の声には、かつての苦労を思い出した痛みと、私への愛情が滲んでいた。



「いくら愛があるとはいえ、肩身が狭く、辛い日々でしたわ」


 お母様の言葉が刺のようにお父様の心に刺さっていること。それが、娘の私には分かった。



「お、おお、そうであったな。苦労を掛けた……同じように正妻が死ぬまで待つなんて、エマには酷な話だ。私とて同じ轍は踏みたくない」



 お父様の顔には、彼自身が背負ってきた葛藤の色が浮かんでいた。




「モンクレア伯爵令息は、エマとの仲を反対することで、燃え上がったようでしたわ。障害がある方が諦めきれませんもの。手に入れたいものが、手に入りそうであれば簡単に諦められない……。ふふ」


 お母様は小さく笑った。



「でも、念には念を入れて我が男爵家が不利にならないように、モンクレア伯爵令息には一筆書いてもらわなくてはいけませんわ」

「お母様……上手くいかないかもってこと?」


 私は眉を寄せて尋ねる。




「念のためよ。あなたも、万が一モンクレア伯爵令息がだめだった時のために、他の候補も見つけておくのですよ」

 お母様のその冷静な言葉に、私は溜め息をついた。



「えー! セオがいいのに。そこまでしなくてはいけないの」

「お母様はね、いろんな男と女を見てきたの。燃えるような恋をしても裏切る男なんてたくさんいるのよ」


 お母様は遠くを見るように目を細めた。その横顔には、お母様の経験が刻み込まれているようだった。



「おいおい、娘になんてことを……」

 お父様が苦笑する。



「あなたも、私をすぐ正妻にしてくれるって言ったのに、10年も待たせたじゃないの!」


 お母様の怒りが爆発し、お父様が慌ててなだめ始めた。

 その光景に、私は呆れたように立ち上がる。


「部屋に戻りますわ」


 二人のやり取りを背に、静かに扉を閉めた。


 *****




「ふふ、セオが私を手放すわけがないのに」



 一人きりになった部屋で、私は思わず微笑んだ。


 窓の外には月明かりが淡く差し込み、部屋全体がぼんやりとした光に包まれている。

 けれど、少しずつ心の奥底では冷たい現実が私の意識を引きずり込んでいた。


 …お母様の言うことにも一理ある。


 もし、お父様が亡くなりでもしたら――考えたくもない未来が頭をよぎる。きっとその時、お兄様は、真っ先に私とお母様を追い出すだろう。


 お兄様の冷たい視線が、脳裏によぎる。お兄様は、私がどんなに可愛らしく微笑んでみせても、まるで私が、そこに存在していないような態度を取る。


 かわいがる様子なんて微塵もなく、ただ冷たく突き放すような目。


 お兄様のあの目が、いずれ私の居場所を奪う。



「セオには悪いけど、第二、第三の手は考えておいた方がいいかしら……」


 つぶやいた声は部屋に溶け、淡い月光に吸い込まれる。



 それにしても――。



 ふと、私は思い出してしまった。今日の出来事を。




「ふふ、思い出すだけで笑いが止まらないわ」



 全く似合っていないドレスに身を包んだリディアの姿が、頭に鮮明に浮かぶ。


 あのドレスは、私のような可憐の者にこそ似合うのに。例え贈られたとしてもよく着たわね。



 でも、そうよね。セオからの贈り物なんて、久しぶりだったのでしょう?


 贈りがいがないからと、セオはリディアではなく、私に贈り物をしてくれているのだから。



「ドレスをもらって喜んできたに違いないわ。もらった時、どんな顔をしていたのかしら?」


 鏡の前でくるりと回ったであろう姿を想像し、笑いをこらえる。いつもはしないであろう髪型もしていた……ふふふ。

 侯爵令嬢――その肩書さえ私の物だったらこんなに苦労しなくていいのに。



 どれほど可憐なドレスも、リディアがそれをまとった瞬間に輝きを失う。ドレスが可哀想ね。



 みじめで滑稽だわ。


「あー、可笑しい」


 私は再び、笑い声を漏らした。





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