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2.女神の使徒
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「なっ――!」
「アイゼンベルク公爵令嬢! 神殿で女神アウレリア様に一生お仕えできるなど、これ以上ない名誉ではありませんか!」
「その通りです! 婚約が解消され、さらに国家の機密を知るあなたは狙われる恐れがある。そのあなたを保護しようとなさる陛下のお心を、なぜ理解なさらぬのです!」
サラ様の養父である宰相を筆頭に、重臣たちが一斉に声を荒げた。
「では、その“名誉”とやらは、あなた方にお譲りいたしますわ。どうぞ、私の代わりに神殿でお仕えなさって」
一瞬、空気が止まる。
次いで、甲高い声が室内を裂いた。
「ルシアーナ様! もし、あなたから機密が漏れれば、国家の存亡にも関わります。私は、そんなこと見逃せません!」
「あら。お祖父様は大公ですわ。邸は古城、領地の警備は王宮に準じて厳重ですし、私とて王族に近い者として、機密を漏らさないと一筆書きますけれど……それでは駄目なのかしら?」
サラ様の顔が一瞬こわばる。けれど、怯みはしない。
「っ! 神殿で仕えることを拒むなど、女神アウレリア様がお許しになるはずがありません!」
「お許しになりますわ」
「な、なるわけないわ!!」
サラ様の声が裏返る。彼女の焦りが、はっきりと広間に響いた。
この国が崇める女神アウレリア様――光と豊穣の女神。人々の心に根づいた信仰は深く、私もその信徒の一人だ。
宰相が声を張り上げ、間を埋めるように言葉を続ける。
「国に危機が訪れしとき、“女神の使徒”が現れると伝わっているのです! あなたが機密をもらし、その危機の芽を生む可能性を否定できるのですか!」
「そうです! 私は女神の使徒として、あなたはこれから神殿に赴き、女神に一生仕えるべきだと判断します!」
ふふ、なんと高らかに。
まるで、女神のの代弁者にでもなったつもりなのね。
「判断される筋合いはございませんわ」
私は静かに言葉を置いた。空気が凍る。
「また、神殿に行かないと言っているだけで、仕えないとは申し上げておりません。私は、死を迎えてもなお、女神に仕えます。なぜなら――」
ベールの奥で、ゆっくりと笑む。
「私もまた、女神の使徒ですもの」
「……は?」
重臣たちの間にざわめきが走り、波紋のように広がっていく。
「何を言っているの……? 使徒が二人だなんて!」
サラ様の顔に、あからさまな嫌悪が浮かぶ。
「アイゼンベルク公爵令嬢! 今の発言、本気ですか? 証拠はあるのですか!」
宰相の声が震えた。――当然だ。伝承の全てを知る者は限られている。
天啓を授かり、奇跡をもたらす女神の使徒は、時代ごとに“必ず二人”現れる。
伝承で語られる異世界より来た黒髪の使徒。しかし、実際はもう一人いた。この国に生まれ、異世界の女神の使徒が来る前から存在していた使徒が。
物語の主人公として、目立つ方だけが口伝えに伝わってきたのだろう。
けれど、真実は密やかに受け継がれてきた。
「ええ、証拠ならありますわ。女神の使徒にのみ刻まれる紋章。この身に、確かに宿っております」
「そんな馬鹿な!」
国王が顔を紅潮させ、怒鳴り声を上げる。
「そんな報告は上がってきておらん! 着替えや風呂を手伝うメイドが気付かぬはずがない!」
そうでしょうね。湯浴みの折にベールを外すのは、髪と顔を洗うときだけ。侍女アンヌの前で、ただ一度きり。
「令嬢としては、あまり褒められた行為ではございませんが……ご覧に入れましょう」
そう言って、私はそっとベールへと指をかけた。重く張りつめた空気の中、布が静かに滑り落ちる。
そして――私は舌を出した。
「なっ――! 舌に紋章がある! だ、だが、それが本物だとどう証明するのですか!」
宰相の声が震える。
証明、ですって? 私は小さく肩をすくめ、唇に笑みを浮かべた。舌に紋章を偽造するなど、不可能だと分かるでしょうに。まったく、面倒なこと。
「できますわよ。あちらの花瓶をご覧くださいませ。『つぼみは一斉に花開き、花々は互いに競い合うように咲き誇る。崇高なる存在に捧げるため』」
視線が花瓶に集まった瞬間――。
つぼみだった花々が、ぱちぱちと音を立てるように一斉に開き、鮮やかな色を放った。
「ご存じの通り、紋章が刻まれた部位には、特別な力が宿ると伝えられていますの」
私は指先でそっと唇を拭うようにして、周囲を見渡した。
「私の場合は、言葉に力が宿るのです。ふふ……危うい力でしょう? だからこそ、権力者が欲してしまうほどに。ねえ、陛下?」
国王陛下の顔色がみるみる青ざめていく。
「なぜ、それを今まで黙っていた! なぜベールで隠していたのだ!」
「危うい力と申し上げましたわ。監禁されるのは御免ですもの。それに――」
私は軽く首を傾げ、微笑んだ。
「ご覧くださいませ。私、美しい顔をしていますでしょう? この顔をむやみに晒して、セドリック様に本気で惚れられたら、迷惑ですもの」
赤く顔を染めたセドリック様が、呆然と私を見つめていた。これまで、ベールをつけていることでどれほどの噂が流れたことか。
「大きなあざがあるらしい」「そばかすだらけだ」「人に見せられぬほど醜い」
ふふ、貴重な経験でしたわ。
陛下は忌々しげに顔を歪めた。
「とにかく……二人の女神の使徒は、共に力を合わせ国に安寧をもたらすと伝わっておる。婚約解消は一旦保留とし、再び決定が下るまで、ルシアーナは王宮にて待機せよ」
二人とも妃にするつもりかしら? 冗談じゃない。
「陛下! それはあんまりです!」
サラ様も声を張り上げた。
「わ、私の紋章は耳たぶの裏にございます! 悪しき声や思いが聞こえるのです! ルシアーナ様は、私を貶めようと何度も……っ! 私には聞こえたのです!」
あらあら。見事な芝居ぶり。
「そうです。そのような状況で共に力を合わせるなど、サラ様にどれほどの心労がかかるか……。ここはやはり、アイゼンベルク公爵令嬢には神殿で心を改めて――」
宰相の言葉を、私はぴしゃりと断ち切った。
「皆様、勝手なことをおっしゃらないでいただけます? 婚約はすでに解消されました。そして私は領地へ戻ります。これは、譲れません」
「――王命だぞ」
陛下の声が低く響く。だが、私は一歩も引かず、真っ直ぐにその視線を受け止めた。
「アイゼンベルク公爵令嬢! 神殿で女神アウレリア様に一生お仕えできるなど、これ以上ない名誉ではありませんか!」
「その通りです! 婚約が解消され、さらに国家の機密を知るあなたは狙われる恐れがある。そのあなたを保護しようとなさる陛下のお心を、なぜ理解なさらぬのです!」
サラ様の養父である宰相を筆頭に、重臣たちが一斉に声を荒げた。
「では、その“名誉”とやらは、あなた方にお譲りいたしますわ。どうぞ、私の代わりに神殿でお仕えなさって」
一瞬、空気が止まる。
次いで、甲高い声が室内を裂いた。
「ルシアーナ様! もし、あなたから機密が漏れれば、国家の存亡にも関わります。私は、そんなこと見逃せません!」
「あら。お祖父様は大公ですわ。邸は古城、領地の警備は王宮に準じて厳重ですし、私とて王族に近い者として、機密を漏らさないと一筆書きますけれど……それでは駄目なのかしら?」
サラ様の顔が一瞬こわばる。けれど、怯みはしない。
「っ! 神殿で仕えることを拒むなど、女神アウレリア様がお許しになるはずがありません!」
「お許しになりますわ」
「な、なるわけないわ!!」
サラ様の声が裏返る。彼女の焦りが、はっきりと広間に響いた。
この国が崇める女神アウレリア様――光と豊穣の女神。人々の心に根づいた信仰は深く、私もその信徒の一人だ。
宰相が声を張り上げ、間を埋めるように言葉を続ける。
「国に危機が訪れしとき、“女神の使徒”が現れると伝わっているのです! あなたが機密をもらし、その危機の芽を生む可能性を否定できるのですか!」
「そうです! 私は女神の使徒として、あなたはこれから神殿に赴き、女神に一生仕えるべきだと判断します!」
ふふ、なんと高らかに。
まるで、女神のの代弁者にでもなったつもりなのね。
「判断される筋合いはございませんわ」
私は静かに言葉を置いた。空気が凍る。
「また、神殿に行かないと言っているだけで、仕えないとは申し上げておりません。私は、死を迎えてもなお、女神に仕えます。なぜなら――」
ベールの奥で、ゆっくりと笑む。
「私もまた、女神の使徒ですもの」
「……は?」
重臣たちの間にざわめきが走り、波紋のように広がっていく。
「何を言っているの……? 使徒が二人だなんて!」
サラ様の顔に、あからさまな嫌悪が浮かぶ。
「アイゼンベルク公爵令嬢! 今の発言、本気ですか? 証拠はあるのですか!」
宰相の声が震えた。――当然だ。伝承の全てを知る者は限られている。
天啓を授かり、奇跡をもたらす女神の使徒は、時代ごとに“必ず二人”現れる。
伝承で語られる異世界より来た黒髪の使徒。しかし、実際はもう一人いた。この国に生まれ、異世界の女神の使徒が来る前から存在していた使徒が。
物語の主人公として、目立つ方だけが口伝えに伝わってきたのだろう。
けれど、真実は密やかに受け継がれてきた。
「ええ、証拠ならありますわ。女神の使徒にのみ刻まれる紋章。この身に、確かに宿っております」
「そんな馬鹿な!」
国王が顔を紅潮させ、怒鳴り声を上げる。
「そんな報告は上がってきておらん! 着替えや風呂を手伝うメイドが気付かぬはずがない!」
そうでしょうね。湯浴みの折にベールを外すのは、髪と顔を洗うときだけ。侍女アンヌの前で、ただ一度きり。
「令嬢としては、あまり褒められた行為ではございませんが……ご覧に入れましょう」
そう言って、私はそっとベールへと指をかけた。重く張りつめた空気の中、布が静かに滑り落ちる。
そして――私は舌を出した。
「なっ――! 舌に紋章がある! だ、だが、それが本物だとどう証明するのですか!」
宰相の声が震える。
証明、ですって? 私は小さく肩をすくめ、唇に笑みを浮かべた。舌に紋章を偽造するなど、不可能だと分かるでしょうに。まったく、面倒なこと。
「できますわよ。あちらの花瓶をご覧くださいませ。『つぼみは一斉に花開き、花々は互いに競い合うように咲き誇る。崇高なる存在に捧げるため』」
視線が花瓶に集まった瞬間――。
つぼみだった花々が、ぱちぱちと音を立てるように一斉に開き、鮮やかな色を放った。
「ご存じの通り、紋章が刻まれた部位には、特別な力が宿ると伝えられていますの」
私は指先でそっと唇を拭うようにして、周囲を見渡した。
「私の場合は、言葉に力が宿るのです。ふふ……危うい力でしょう? だからこそ、権力者が欲してしまうほどに。ねえ、陛下?」
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「なぜ、それを今まで黙っていた! なぜベールで隠していたのだ!」
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私は軽く首を傾げ、微笑んだ。
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赤く顔を染めたセドリック様が、呆然と私を見つめていた。これまで、ベールをつけていることでどれほどの噂が流れたことか。
「大きなあざがあるらしい」「そばかすだらけだ」「人に見せられぬほど醜い」
ふふ、貴重な経験でしたわ。
陛下は忌々しげに顔を歪めた。
「とにかく……二人の女神の使徒は、共に力を合わせ国に安寧をもたらすと伝わっておる。婚約解消は一旦保留とし、再び決定が下るまで、ルシアーナは王宮にて待機せよ」
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「陛下! それはあんまりです!」
サラ様も声を張り上げた。
「わ、私の紋章は耳たぶの裏にございます! 悪しき声や思いが聞こえるのです! ルシアーナ様は、私を貶めようと何度も……っ! 私には聞こえたのです!」
あらあら。見事な芝居ぶり。
「そうです。そのような状況で共に力を合わせるなど、サラ様にどれほどの心労がかかるか……。ここはやはり、アイゼンベルク公爵令嬢には神殿で心を改めて――」
宰相の言葉を、私はぴしゃりと断ち切った。
「皆様、勝手なことをおっしゃらないでいただけます? 婚約はすでに解消されました。そして私は領地へ戻ります。これは、譲れません」
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