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楽歩

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21.甘い夢のつづき

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「あらアンヌ、ご機嫌ね」

 朝の光が差し込み、サロンの白い壁を柔らかく照らしていた。その中で、アンヌは鼻歌まじりにティーポットを傾けていた。

 ポットを傾ける仕草はいつもより軽やかで、カップの縁から立つ湯気も踊っているようだった。

 いつも以上にリボンの結び目がきっちり整い、頬にはうっすらと紅が差している。なにより、口元が、ずっとにこにこしている。


「分かりますか? ルシアーナ様。実は昨日、とってもいい夢を見たのです!」

「まあ、どんな夢だったの?」

「お仕事がうまくいって、エミリア様に褒められるんです。それで、ご褒美に、ミエルネ店のお菓子を食べ放題!」


 ぱっと、アンヌが両手を胸の前で広げた。夢の中のテーブルいっぱいに並んだスイーツを、そのまま抱え込もうとしているかのよう。

 彼女の瞳には喜びが溢れ、その輝きに思わずこちらまで頬がゆるむ。



「ふふ、想像しただけで甘い香りがしてきそうね」

「でも……夢って覚めちゃうんですよね。ああ、現実じゃないんだって気づいた瞬間、悲しくなってしまいました。しかも、まだ一口も食べてなかったのに……」

 カップを両手で包むアンヌの肩がしゅんと落ちる。湯気が揺れて、彼女の沈んだ表情をぼんやり霞ませていた。


「素敵すぎる夢って、目覚めたときの現実が少し残酷に感じるものよね」

 そう言いながら、そっとアンヌの顔をのぞき込む。さっきまで弾んでいた笑顔が、ほんのわずか影を落としている。



「じゃあ、エミリアに褒められたら、私がミエルネ店のお菓子をご褒美にあげるわ。もちろん、食べ切れないくらい」

「えっ、本当ですか? 約束ですよ、ルシアーナ様!」


 アンヌが勢いよく身を乗り出す。頬はぱっと明るく色づき、笑顔が弾むように咲いた。


 だが、しばらく嬉しげに目を輝かせていたアンヌは、ふいに動きを止めた。眉が寄り、視線が宙に迷う。思い出したように、遠慮がちな声で尋ねた。


「ルシアーナ様は……何か夢を見ましたか?」

「ええ、いい夢を見たわ。ユリウスのおかげね」

 意味ありげに微笑む。



「でも、秘密」

「ええー、ずるいです! 私は教えたのに!」

 アンヌが頬をぷくりとふくらませる。その拗ねた仕草があまりにも可愛らしくて、つい吹き出した。


 その瞬間――

 こん、こん、と軽やかなノックが響く。



「あら、ずいぶん楽しそうね、二人とも」

 扉の向こうから現れたのは、両腕いっぱいに書類を抱えたエミリアだった。


「見つかったの? 解除の方法」

「ええ。腕輪の破壊には、これが一番効率的だと思います。ただ……精神にどう影響するかが問題で」


 エミリアの声は落ち着いているが、瞳の奥にはわずかな迷いが宿っていた。

 アンヌが書類を覗き込むように首をかしげる。



「そうですね。時間はかかりますが、精神への負荷を避けるなら、先にこちらの方法がいいかもしれません」

「そうなのよね。けれど、それだとかなり時間がかかるわ。この二つを重ねがけできれば理想なんだけど……文様が複雑になりすぎるの。私には少し無理かも。アンヌ、いける?」

 空気がぴんと張る。

 アンヌとエミリアの視線が正面から交わり、短い沈黙が落ちた。

 アンヌは呼吸を整え、そっと言う。



「紙を貸してください」

 エミリアが二枚の紙を差し出す。

 アンヌはそれらを重ね、透かすようにじっと見つめた。朝光に照らされた横顔は真剣そのもので、朗らかさは完全に影を潜めていた。



「……だいぶ複雑な文様になりますね。少し、時間をもらえますか?」

 指先が文様をなぞり、視線が紙の上をせわしなく行き来する。

 息をも忘れるような集中。サロンの空気までも、アンヌの緊張に引き寄せられるように静まり返る。

 そして――



「……いけます」

 ぱっと顔を上げたアンヌの瞳に、確かな光が宿っていた。


「ルシアーナ様、腕を貸していただいてよろしいですか? ――絶対、成功させます」

 その真っすぐな声に、静かに頷く。


「信じているわ、アンヌ」


 アンヌは魔具を手に取り、慎重に腕輪の上へ魔方陣を描いていく。

 一筆ごとに光がきらりと生まれ、線は呼吸するように脈を打つ。複雑な文様が重なり合うたび、淡い光が室内を満たし、空気が震える。


 世界の音が遠のいた。

 ただ光だけが支配するような感覚。

 ――そして。

 閃光が弾けた。

 鈍い音を立てて、腕輪がぱらりと床へ落ちる。



「……成功、です」

 かすれた声が静けさの中に落ちた。アンヌはすぐに駆け寄り、膝をついて私をのぞき込む。

「ご気分はいかがですか?」

 手袋越しの指先がそっと手首に触れる。



「何の問題もないわ。さすがね、アンヌ」

 そう告げた瞬間、アンヌの瞳がぱあっと輝いた。



「本当によかった……!」

 張りつめていた肩の力がほどけ、安堵と喜びが同時に広がっていく。

 エミリアが満足げに頷きながら一歩前へ出た。



「アンヌ、よくやったわ。さすが、私の愛弟子ね」

 その言葉は、エミリアをよく知る者ならば驚くほど珍しい――本物の称賛。

 アンヌは目を瞬かせ、信じられないというように固まった。


 頬が一気に赤くなり、指先がもじもじと動いた。そして、手袋の上から自分の手をきゅっと握りしめた。



「そ、そんな……まだまだです、エミリア様……!」

 言葉とは裏腹に、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。



「ふふ、アンヌ。さっきの約束どおり、早速お菓子の注文をしなくちゃね」

「お菓子? あっ――正夢⁉︎」


 アンヌの弾む声が、サロンいっぱいに広がる。

 朝の光がカップの縁できらめき、張り詰めていた空気が一気にやわらいだ。

 甘い笑い声が、朝の静けさに染み込むように広がっていく。



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