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楽歩

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22.沈黙の夜に、国は動く

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 今後について話し合う会議の沈黙を破ったのは、お祖父様だった。


「――隷属の腕輪。おそらくは、宝物庫にあったものだろう」

 低く落ちる声は、重苦しい天井に鈍く反響した。言葉の一つひとつが場に沈み込み、室内がさらに静まり返る。


「本来、外に出すことすら禁じられている“禁忌の品”だ。宝物庫には古代の遺物も保管されていると聞く。鍵を持つのは国王ただ一人……私でさえ、中を覗いたことはない」



 再び、沈黙。その重さを噛みしめるように、誰も口を開かなかった。

 やがて、ラザフォードが眉をひそめた。


「つまり、国王が関与しているのは、疑いようもないということですな」

「ええ」

 エミリアが静かに頷いた。


「王太子も、“父上から譲り受けた”と……確かに、そう言っていました」

 お祖父様は深く息を吐き、こめかみに手を当てた。


「最初から、条約を受け入れる気などなかったのかもしれん。ルシアーナを“妃”という名の人質にしようと考えたのだろう。……なんと愚かな」

 怒りよりも、深い失望が滲む声だった。暖炉の炎が爆ぜ、重い沈黙に小さな音を落とす。



「今すぐ抗議文を送ります!」

 勢いよく立ち上がったのはマルセルだ。


「もちろん送るとも。ただ、認めはすまい」

 お祖父様は冷ややかに言った。


「最悪、王太子を切り捨てるつもりかもしれん」

「王太子は一人息子ですよ!」
 
 マルセルの声が震える。


「自分がいちばん可愛いのだ。あの王は」



 私は、静かに口を開いた。


「あちらがその気なら、遠慮することはないわね」

 全員の視線が私に集まる。冷ややかな光を帯びた声が、自然と口をついて出た。


「では、計画していたことを今夜、決行するわ。大義名分を与えてくれたのは、あちらの方なのだから」

「承知しました」

 ユリウスが頷き、机の上の布を払う。



 広げられたのは、王都ドレイスブルグの地図だった。

 街路や塔、運河までもが細密に描かれ、中央には王宮を象徴する金の印。その周囲に、五つの赤い点が光を反射していた。



「魔方陣を出現させるのは、この五ヶ所でよろしいでしょうか」


 ユリウスが指で印をなぞる。

 私は地図に身を乗り出し、慎重に視線を走らせた。



「南門の外れ、市場の路地裏。西の教会前、北塔の影、旧劇場跡……いいわ、すべて人が集まりやすい場所。印の位置も完璧ね」

「万が一、王都の結界が干渉しても、この五点を結べば転移の術式は保たれます」


 ユリウスの声は冷静だったが、手の指先がわずかに震えていた。この計画の重みと、それに伴う危険を理解しているのだ。



「私は王都の中心、噴水の広場から語りかけるわ」

 地図の中央、金の印の上に指を置く。



「おそらく全域に声が届くはず。アンヌ、それで問題ないかしら?」

「はい」

 アンヌの返事は短く、それでも確信に満ちていた。夜はまだ先、けれど、決行の時はすぐそこに迫っていた。



 *****




 夜の王都は不気味なほど静かだった。街そのものが、私たちの行動を予見して息を潜めているかのように。


「アンヌ、準備はいい?」

「はい。作動させます」


 アンヌは両手を胸の前で重ね、静かに瞼を閉じる。その瞬間、空気の密度が変わった。

 見えない膜が張られたように、音が遠のき、世界が彼女の魔力に支配されていく。

 淡く青白い光が、彼女の足もとから広がり始めた。

 指先から零れた光が宙に舞い、緻密な紋章を描いていく。風のない夜なのに、アンヌの髪がゆるやかに浮かび、淡い粒子がその周囲を包み込んだ。


「――繋がりました」

 アンヌの声が、響く。

 

「よくやったわ」

 私は頷き、静かに一歩を踏み出す。夜空を震わせるように、声を放った。

『国を憂いし、女神の子らに声が届く。――我が名はルシアーナ・アイゼンベルク、女神の使徒。この国に未来はない。私を信じ、ヴァルデニア王国へ来てほしい。女神の名にかけて、皆を守ることを誓おう』

声は光となって王都を満たし、闇を震わせる。

沈黙。

息づかいひとつ響かない夜。

私は震える指を握りしめながら問う。



「……アンヌ、どう?」

 アンヌが目を閉じたまま、答えた。


「魔方陣の周囲に……人の気配が、集まり始めました」


 その報告に、息を呑む。心臓が、痛いほどに脈打つ。最初の一人。その一歩が、すべてを変える。

 永遠のような静止。時さえも息を潜める。

 アンヌが眉を寄せ、集中を深めた。



「……反応が、強くなっています」

 無意識に拳を握りしめる。誰か。一人でいい。

 その瞬間、光がはじけた。



「あ……!」

 アンヌの瞳が大きく開かれる。



「一人、入りました!」

 胸の奥で、何かがほどけていく。大きく息を吐き、静かに目を閉じた。

 ほんの小さな始まり。

 けれど確かに“国を動かす”第一歩だった。




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