12 / 41
憂鬱な同居人
しおりを挟む「大人しく言うことを聞くのよ。美穂さんは優しすぎるから、いいように利用されないか心配だわ」
わたしに押しつけて気が咎めたのか、お母様が同情したような目を向けた。
「大丈夫。茉理、この人なら上手くやっていける自信ある」
お母様の機嫌などお構いなしに遠慮なく言ってのける。
「どこまでも可愛くない子ね。美穂さん、掃除はもういいわ。潤一のマンションにも寄らなきゃいけないんでしょ。わたしのことはもういいわよ。お料理も自分でするから」
「はい、わかりました」
磨いた五徳をガステーブルに戻し、キッチンで手を洗った。
「あ、それから潤一にこれを持って行って頂戴。フキと油揚げの炒め物を作ったの。裏庭で採れたフキなのよ。とっても美味しいから」
「はい」
茉理さんがウゲッと顔をしかめて、タッパーに詰められたそのお惣菜を見ていた。
受け取ったお惣菜を布製のトートバッグに入れ、茉理さんと玄関へ向かった。
「じゃあ、今日はこれで失礼します。また金曜日に伺いますので」
「お疲れ様。じゃあ、悪いけどこの子のことお願いね。茉理! ちゃんと言うことを聞くのよ。わかったわね!」
「はい、はーい! それでは、さようなら~」
不愉快極まりない顔をして見送るお母様に、おどけた様子で茉理さんが手を振った。
「あー やっと地獄から解放された~~」
玄関を出るなり、茉理さんがふぅ~っと息を吐いた。
「本当にひどいのよ。おトイレの掃除が終わったら 次は玄関を磨けって。まるでシンデレラに出てくる継母《ままはは》よ。あんな怖い人はじめて会ったわ」
青みがかったグレーのショートヘアに、黒のライダージャケット。
細身で彫りの深い顔立ちの茉理さんによく似合っていた。
潤一さんの好みかどうかは知らないけれど、堂々としていて、なんてステキな女の子なんだろう。
「美穂さんのおうちはどこなんですか?」
「あ、ちょっと遠くて、、真駒内《まこまない》です」
「えーーーっ!! 真駒内! 遠すぎでしょ!」
「は、はい。すみません……」
思わず謝ってしまったけれど、何故わたしが謝らねばいけないのか。
ーーこういう悪いクセは早く治さなきゃ。
「あ、あの、わたし、琴似のほうでもう一軒仕事が残ってるのですが、どこで待ち合わせしたらいいでしょうか?」
乗り換えの便利な大通り駅のあたりで待っていて欲しいけれど。
「もう一軒って先生のところでしょ? わたしも行く! 手伝ってあげるわよ。お掃除すればいいの?」
潤一さんのマンションに居座るつもりか。
「い、いえ、そういうわけには、、利用様の家に知らない人を勝手に入れるわけにはいきませんから」
先生のマンションにはわたしの荷物もあるし、バレそうな気がする。
「知らない人じゃないわ。先生はわたしの主治医よ。わたしを実家に匿ってくれたのも先生なんだから。だけど、まんまと嵌められたわ。あんな鬼ババの家に連れていくなんて」
先生とこの娘《こ》はどんな関係なのだろう。何故マンションではなく、お母様の家に連れて行ったのだろう。
「で、でも、社の決まりですから。知ってる方でも無断で入れるわけにはいきません」
本当に家事代行サービスの職員のように振る舞った。
「わたしが行くとまずいことでもあるの?」
オドオドと答えるわたしに、不信感でも覚えたのだろうか。ジッと見据えて食いさがる茉理さんにタジタジとなる。
「なにかトラブルが起きたとき、責任が取れませんから」
押しの弱いわたしだけれど、至極まっとうな事を言ってると思う。茉理さんの言い分は筋違いだ。
いくら主治医だからって。
「 ……ねぇ、先生が一緒に暮らしてる女性って、あなたなんでしょ?」
「えっ! ち、違います!! 」
「じゃあ、なんていうサービス業者なの? 私服だし、ネームタグも下げてないじゃない。今どきそんな業者ってある?」
「それは、、」
思いもよらない反論に言葉が詰まる。
「別に誤魔化すことないと思うけどなぁ。あのオバサンは少しも疑ってないみたいだけどね。わたしはすぐに分かっちゃったわ」
私服で身分を証明するネームタグもないとなれば、疑われても仕方がないような気がした。
しかも、フレアースカートをはいていたわたしは、確かに代行業者らしからぬ格好だった。
この勘の鋭い娘《こ》には、嘘を重ねるだけ追い込まれる気がした。
言葉も態度も自信のないわたしに対抗できる相手じゃない。
「…でも、わたしの家ではありませんから、勝手な判断であなたを入れるわけにはいかないでしょう?」
嘘をつくのは諦めて、常識的な説得を試みた。
「そうよ、あなたの家じゃないんだから、判断は先生に任せるべきよ。先生に出て行けって言われたら、わたしは大人しく出て行くから」
「……… 」
お母様にでさえ、対等に張り合えるこの娘に、わたしが勝てるはずもなかった。
自信たっぷりに言う茉理さんに怖じ気づく。
潤一さんはなんて言うのだろう。
出て行けと言われるのはむしろ、わたしのほうかも知れない。
仕方なく茉理さんと地下鉄に乗り、マンションのある琴似駅で降りた。
バレた今となっては、もう下手な演技をすることもないのだ。
気楽といえば気楽なのかも知れない。
三人での暮らしが一体どんなものになるのか、まったく想像もできないけれど。
一週間の我慢でいいなら、なんとかなるような気もする。
そうよ、一週間なんてすぐだもの。
あの真駒内のボロ屋敷に二人で暮らすより、まだ楽しいかも知れない。
マンションへ一緒に帰り、夕食の準備をする。
一人分増えたからといってさほど手間が増えるわけではないけれど、お料理する楽しさは半減した。
三人で一緒に食べることを思うと、尚一層気が重くなる。
自分がここに居ていいのかどうかも分からない。
悲しい気持ちでアボカドを切っていたら、茉理さんがキッチンへやって来た。
「なにかお手伝いすることありますか?」
見た目は奇抜だけれど、ちゃんと気遣いが出来る子なのだ。
「…いえ、、大丈夫ですよ。休んでいてください」
「はーい! やっぱり美穂さんは優しい。あのオバサンとは大違いだ~~」
本当は料理を教えてあげるほうが親切なのだ。だけど、キッチンに二人も立つと邪魔でやりにくい。
教えてあげるというのは、とても骨の折れることだ。
潤一さんのお母様は確かに言葉はキツいけれど、面倒見のよい優しさを持った人だと思う。
ああいう裏表のない人のほうが、わたしは安心できて怖くない。
茉理さんは上機嫌でソファに寝転ぶと、リモコンをつかんでテレビの電源を入れた。
「あー 極楽、極楽~~!!」
やはり高校生だけあって無邪気で可愛らしい。
なんといっても彼女は美人で素直だし、明るくて自信に満ち溢れている。
潤一さんが好きになっても不思議はない。
まだあどけなさが残る17才の女子高生。
生まれも育ちもいいのだろう。
わたしは完全に負けている。
……とても敵わない。
冷凍庫にあった牛肉の細切れを使ってハヤシライスを作った。カロリーを気にする潤一さんのために、マッシュルームとしめじを入れる。ついでにトロトロのオムレツも添えて、オムハヤシライスにした。
これなら高校生の茉理さんも喜んでくれるかな。
あとはアボカドやキュウリにトマト、鶏肉などを角切りにしたコブサラダ。
「夕飯できましたけど、茉理さん、先に食べますか?」
「うん、食べる! とってもいい匂いがする~」
時刻はもう六時半。
先生は今夜も八時を過ぎなければ帰らないだろう。
「うわーっ! メッチャ美味しい!! ずっと病院食だったでしょう。やっと美味しいものが食べられると思ったら、昨日のオバサンのメニューなんだったと思う? アジの干物にワカメの酢の物。あとは大根と油揚げのお味噌汁よ。泣けるでしょ?」
昨夜の夕食を思い浮かべたかのように、ゲンナリしてみせた。
「わたしは和食が好きなので、特にひどいとは思いませんが、、」
お母様から頂いたフキの炒め物はとても美味しいものだった。
「あ~ 良かった。こっちに引っ越してきて」
そんな話をしていたら、玄関の鍵がまわる音がした。
いつものように迎えにでる。
「おかえりなさい。あ、あの、、」
「ただいま。腹へったー。いい匂いがするな。今日はなんだ?」
いつものようにニコニコと上機嫌の潤一さんだけど。
「ハヤシライスですが、あの、、」
茉理さんのことを知ったら、どんな反応を示すのだろう。
「美穂、明日は晩飯作らなくていいぞ。たまには食べに連れてってやるよ。毎日作るのは大変だろう」
「そんなことはないですが、今日はお客様が見えて、、」
靴を脱いでリビングへ向かう、潤一さんの後を追いながら、早口で話しかけたけれど。
「お客様? 誰だよそれ?」
先生がそう言ってリビングのドアを開けると、
「はーい、茉理でーす!!」
茉理さんが待ち構えていたように、大きな声を出して挨拶をした。
「ま、茉理! なんでお前がいるんだよ!!」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる