六華 snow crystal 7

なごみ

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憂鬱な同居人

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「大人しく言うことを聞くのよ。美穂さんは優しすぎるから、いいように利用されないか心配だわ」


わたしに押しつけて気が咎めたのか、お母様が同情したような目を向けた。


「大丈夫。茉理、この人なら上手くやっていける自信ある」


お母様の機嫌などお構いなしに遠慮なく言ってのける。
 


「どこまでも可愛くない子ね。美穂さん、掃除はもういいわ。潤一のマンションにも寄らなきゃいけないんでしょ。わたしのことはもういいわよ。お料理も自分でするから」



「はい、わかりました」


磨いた五徳をガステーブルに戻し、キッチンで手を洗った。


「あ、それから潤一にこれを持って行って頂戴。フキと油揚げの炒め物を作ったの。裏庭で採れたフキなのよ。とっても美味しいから」


「はい」


茉理さんがウゲッと顔をしかめて、タッパーに詰められたそのお惣菜を見ていた。


受け取ったお惣菜を布製のトートバッグに入れ、茉理さんと玄関へ向かった。


「じゃあ、今日はこれで失礼します。また金曜日に伺いますので」


「お疲れ様。じゃあ、悪いけどこの子のことお願いね。茉理! ちゃんと言うことを聞くのよ。わかったわね!」



「はい、はーい! それでは、さようなら~」


不愉快極まりない顔をして見送るお母様に、おどけた様子で茉理さんが手を振った。




「あー  やっと地獄から解放された~~」


玄関を出るなり、茉理さんがふぅ~っと息を吐いた。


「本当にひどいのよ。おトイレの掃除が終わったら  次は玄関を磨けって。まるでシンデレラに出てくる継母《ままはは》よ。あんな怖い人はじめて会ったわ」


青みがかったグレーのショートヘアに、黒のライダージャケット。


細身で彫りの深い顔立ちの茉理さんによく似合っていた。


潤一さんの好みかどうかは知らないけれど、堂々としていて、なんてステキな女の子なんだろう。


「美穂さんのおうちはどこなんですか?」



「あ、ちょっと遠くて、、真駒内《まこまない》です」


「えーーーっ!!  真駒内!  遠すぎでしょ!」

  
「は、はい。すみません……」


思わず謝ってしまったけれど、何故わたしが謝らねばいけないのか。



ーーこういう悪いクセは早く治さなきゃ。


「あ、あの、わたし、琴似のほうでもう一軒仕事が残ってるのですが、どこで待ち合わせしたらいいでしょうか?」


乗り換えの便利な大通り駅のあたりで待っていて欲しいけれど。


「もう一軒って先生のところでしょ?  わたしも行く! 手伝ってあげるわよ。お掃除すればいいの?」

 

潤一さんのマンションに居座るつもりか。


「い、いえ、そういうわけには、、利用様の家に知らない人を勝手に入れるわけにはいきませんから」


先生のマンションにはわたしの荷物もあるし、バレそうな気がする。


「知らない人じゃないわ。先生はわたしの主治医よ。わたしを実家に匿ってくれたのも先生なんだから。だけど、まんまと嵌められたわ。あんな鬼ババの家に連れていくなんて」


先生とこの娘《こ》はどんな関係なのだろう。何故マンションではなく、お母様の家に連れて行ったのだろう。


「で、でも、社の決まりですから。知ってる方でも無断で入れるわけにはいきません」


本当に家事代行サービスの職員のように振る舞った。


「わたしが行くとまずいことでもあるの?」


オドオドと答えるわたしに、不信感でも覚えたのだろうか。ジッと見据えて食いさがる茉理さんにタジタジとなる。


「なにかトラブルが起きたとき、責任が取れませんから」


押しの弱いわたしだけれど、至極まっとうな事を言ってると思う。茉理さんの言い分は筋違いだ。


いくら主治医だからって。



「  ……ねぇ、先生が一緒に暮らしてる女性って、あなたなんでしょ?」


「えっ!  ち、違います!!  」



「じゃあ、なんていうサービス業者なの?  私服だし、ネームタグも下げてないじゃない。今どきそんな業者ってある?」


「それは、、」


思いもよらない反論に言葉が詰まる。



「別に誤魔化すことないと思うけどなぁ。あのオバサンは少しも疑ってないみたいだけどね。わたしはすぐに分かっちゃったわ」


私服で身分を証明するネームタグもないとなれば、疑われても仕方がないような気がした。


しかも、フレアースカートをはいていたわたしは、確かに代行業者らしからぬ格好だった。


この勘の鋭い娘《こ》には、嘘を重ねるだけ追い込まれる気がした。


言葉も態度も自信のないわたしに対抗できる相手じゃない。


「…でも、わたしの家ではありませんから、勝手な判断であなたを入れるわけにはいかないでしょう?」


嘘をつくのは諦めて、常識的な説得を試みた。


「そうよ、あなたの家じゃないんだから、判断は先生に任せるべきよ。先生に出て行けって言われたら、わたしは大人しく出て行くから」


「……… 」


お母様にでさえ、対等に張り合えるこの娘に、わたしが勝てるはずもなかった。

 
自信たっぷりに言う茉理さんに怖じ気づく。


潤一さんはなんて言うのだろう。


出て行けと言われるのはむしろ、わたしのほうかも知れない。






仕方なく茉理さんと地下鉄に乗り、マンションのある琴似駅で降りた。


バレた今となっては、もう下手な演技をすることもないのだ。


気楽といえば気楽なのかも知れない。


三人での暮らしが一体どんなものになるのか、まったく想像もできないけれど。


一週間の我慢でいいなら、なんとかなるような気もする。


そうよ、一週間なんてすぐだもの。


あの真駒内のボロ屋敷に二人で暮らすより、まだ楽しいかも知れない。





マンションへ一緒に帰り、夕食の準備をする。


一人分増えたからといってさほど手間が増えるわけではないけれど、お料理する楽しさは半減した。


三人で一緒に食べることを思うと、尚一層気が重くなる。


自分がここに居ていいのかどうかも分からない。


悲しい気持ちでアボカドを切っていたら、茉理さんがキッチンへやって来た。


「なにかお手伝いすることありますか?」


見た目は奇抜だけれど、ちゃんと気遣いが出来る子なのだ。


「…いえ、、大丈夫ですよ。休んでいてください」


「はーい! やっぱり美穂さんは優しい。あのオバサンとは大違いだ~~」


本当は料理を教えてあげるほうが親切なのだ。だけど、キッチンに二人も立つと邪魔でやりにくい。


教えてあげるというのは、とても骨の折れることだ。


潤一さんのお母様は確かに言葉はキツいけれど、面倒見のよい優しさを持った人だと思う。


ああいう裏表のない人のほうが、わたしは安心できて怖くない。


茉理さんは上機嫌でソファに寝転ぶと、リモコンをつかんでテレビの電源を入れた。


「あー 極楽、極楽~~!!」


やはり高校生だけあって無邪気で可愛らしい。


なんといっても彼女は美人で素直だし、明るくて自信に満ち溢れている。


潤一さんが好きになっても不思議はない。


まだあどけなさが残る17才の女子高生。


生まれも育ちもいいのだろう。


わたしは完全に負けている。


……とても敵わない。







冷凍庫にあった牛肉の細切れを使ってハヤシライスを作った。カロリーを気にする潤一さんのために、マッシュルームとしめじを入れる。ついでにトロトロのオムレツも添えて、オムハヤシライスにした。


これなら高校生の茉理さんも喜んでくれるかな。


あとはアボカドやキュウリにトマト、鶏肉などを角切りにしたコブサラダ。


「夕飯できましたけど、茉理さん、先に食べますか?」


「うん、食べる!  とってもいい匂いがする~」


時刻はもう六時半。


先生は今夜も八時を過ぎなければ帰らないだろう。




「うわーっ!  メッチャ美味しい!! ずっと病院食だったでしょう。やっと美味しいものが食べられると思ったら、昨日のオバサンのメニューなんだったと思う?  アジの干物にワカメの酢の物。あとは大根と油揚げのお味噌汁よ。泣けるでしょ?」


昨夜の夕食を思い浮かべたかのように、ゲンナリしてみせた。


「わたしは和食が好きなので、特にひどいとは思いませんが、、」


お母様から頂いたフキの炒め物はとても美味しいものだった。


「あ~  良かった。こっちに引っ越してきて」


そんな話をしていたら、玄関の鍵がまわる音がした。




いつものように迎えにでる。


「おかえりなさい。あ、あの、、」


「ただいま。腹へったー。いい匂いがするな。今日はなんだ?」


いつものようにニコニコと上機嫌の潤一さんだけど。


「ハヤシライスですが、あの、、」


茉理さんのことを知ったら、どんな反応を示すのだろう。


「美穂、明日は晩飯作らなくていいぞ。たまには食べに連れてってやるよ。毎日作るのは大変だろう」


「そんなことはないですが、今日はお客様が見えて、、」


靴を脱いでリビングへ向かう、潤一さんの後を追いながら、早口で話しかけたけれど。



「お客様?  誰だよそれ?」


先生がそう言ってリビングのドアを開けると、


「はーい、茉理でーす!!」


茉理さんが待ち構えていたように、大きな声を出して挨拶をした。



「ま、茉理! なんでお前がいるんだよ!!」











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