六華 snow crystal 7

なごみ

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茉理との今後

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「美穂………」


涙ぐんで、哀しげに俺から目をそらした美穂をみて、すべてを悟った気がした。


もう勝負はついたってことだ。


ここでジタバタするのはみっともない。


「……そうか、出て行くんだな」


うつむいている美穂に力なくつぶやく。


「…お世話になりました。本当にありがとう」


美穂は震える声でささやくと、深々と頭を下げた。


優柔不断な美穂が自分で決めたのだ。


もう、なにも言うことはないだろう。



「世話になったのは俺のほうだろ。まぁ、確かにあいつのほうがおまえには合ってるな。俺よりずっと真面目そうだ」



「………… 」


うつむいている美穂は肩を震わせて泣いていた。

    

未練たらしい気持ちがないわけではないが、意外なほど冷静な自分に驚く。



ひと昔前なら、あの若造を殴り倒して、美穂に対しても散々な悪態をついていたに違いない。



俺も少しは大人になったのか?



俺は美穂の一体なにを愛していたのかな?



なんとなく、保護責任者から解任されたかのように、肩の荷が下りた気がした。


俺以外、美穂を幸せにできる人間など、存在しないと思い込んでいたから。


誘拐事件などを起こし、失業させてしまったことにも責任を感じていた。


美穂は従順で、家事能力に優れていたけれど、あまりにメンタルが脆すぎた。


花蓮も彩矢も似たようなタイプだった。


俺にはそんなメンヘラ人間の気持ちなど、理解できるわけもなく、また同じように寂しい思いをさせてしまうだけだ。


そのことが、結婚を躊躇わせていた一番の理由だったかも知れない。
  


美穂は俺のそんな迷いに不安を感じていたのだろう。


愛されようと健気に尽くす美穂は、いじらしくて可愛かったけれど。


頼りなく儚《はかな》げで、薄幸だった美穂を幸せにしてやりたいと思った。


別に俺じゃなくても良かったわけだ。


あいつが幸せになれるなら、これでいいじゃないか。


まるで娘を嫁に出す父親のような心境だ。



「美穂、いい相手を見つけてよかったな。じゃあな、幸せになれ」



出入り口の扉を開け、エントランスホールを抜ける。


オートロックの自動ドアを解除すると、背後から「先生!!」と呼ぶ声がした。



振り向くと、美穂ではなくて茉理だった。


「なんだよ、おまえは早く家に帰れ!」


さすがにこんなときは放っておいてもらいたい。


「帰るよ、帰るけど、、ごめん。茉理のせいでこんなことになっちゃって………」


茉理は心底反省しているみたいな情けない顔で俺を見つめた。


フラれた俺を慰めに来たってわけだな。


「おまえに同情なんてされたくないよ。美穂が幸せになれるならそれでいい。あいつは悪い男ではなさそうだ」


不器用なくらい真面目で実直に見えた。


運に見放されていた美穂にも、やっとツキがまわって来たんだろ。

  
「茉理、美穂さんは先生を選ぶと思ってた。今だってきっと先生のことが好きだよ。なのにそんなに簡単に諦めちゃっていいの?」


「美穂が選んだんだ。それでいいだろう。俺よりあいつの方が美穂を幸せにできる」


「でも、、美穂さんが好きなんでしょう。あきらめるの早すぎだよ」


ガラにもなく茉理は目に涙を浮かべていた。


「あの男がろくでなしなら渡さないけどな。俺は美穂の幸せを邪魔したくはない。大体おまえは人の心配をしている場合か?  なんで高校を中退なんてしたんだよ。まったく、、」


今は美穂よりこいつのほうがよほど心配だ。


「……茉理は逞《たくま》しいから大丈夫だもん」


大丈夫といいながら茉理は暗い顔をしてうつむいた。


どいつもこいつも毒親の餌食にされて、困ったものだ。  


家事代行のほかに、夜のサービスをしてもいいから雇って欲しいと言ってたな。


もしかして、俺が断ったら違う客を見つけなければいけなくなるのか?



「遅いから家まで送るよ。車の鍵を取ってくるからここで待ってろ」



自宅へ戻ると、食洗機と洗濯機のまわる音がしていて、リビングもキッチンもすっきりと見違えるように片づいていた。


美穂がいた時間は、たかだか二十分くらいなものだったはずだけれど。


あいつは魔法使いか?


まぁ、ちゃんとゴミを捨てて、洗濯物を洗濯機に放り込めば、散乱していたものは無くなって当たり前だけれど。


床はルンバも忙しく動きまわって仕事をしていた。


美穂が言っていたように、この家には代行サービスなどいらないような気もする。


ましてや料理もできない茉理など、なんの役にも立たない。


だけど………


玄関のシューズクローゼットの上に、茉理と美穂が置いていったスペアキーが二つ並んであった。


車の鍵と、そのスペアキーをひとつ掴んで家を出た。



 
 エレベーターで一階に降りると、茉理はエントランスのロビーにボンヤリ突っ立っていた。


「茉理、行くぞ」


「あ、ごめんなさい。かえって面倒かけちゃったね。アハハ」


「おまえは初めからそのつもりだろう!」


まったく、こいつは美穂とは全然違うな。


図々しいと思いながらも、わかりやすくてサッパリしているところが自分に似ている。


似た者同士なだけに、手の内がみえみえで鼻につく。


茉理のマンションへは一度だけ送って行ったことがあった。大通駅のそばで利便性の高いレディースマンションだったけれど。


今はそこのマンションを引き払い、母親の勤め先に近いススキノに引っ越したのだという。


高校を中退しなきゃいけなくなるくらいだから、家賃に金をかけられるわけもない。

 



ナビに茉理の新しい住所を入力して、琴似からススキノ方面へと向かった。


夜の八時も過ぎて、帰宅時の混雑もすでに解消され、走行はスムーズだ。


美穂は今頃どうしているだろう。


新しい男ができた途端、女というのは手のひらを返したように冷たくなるものだ。


いつまでも未練たらしく思っている男とは違う。


まさか教習所にそんな出会いがあったとはな。


あんな奥手な女に浮気をされるとは思ってもみなかった。


美穂にとっては浮気ではなく、本気だったのだろう。


「ねぇ、いま美穂さんのこと考えてるでしょ?」


助手席の茉理がそう言って、俺の顔を覗き込んだ。


「だからなんだって言うんだよ。考えて悪いか? さっき別れたばかりなんだぞ」


「だから諦めるの早いって言ったでしょ。茉理の忠告を無視するからよ」


「別れたことを悔やんでる訳じゃないよ。クーラーつけてるのになんで窓あけてんだよ」


いつのまにか助手席側の窓が開いていた。


「だって夜風のほうが気持ちいいんだもん」


奇抜だった茉理のブルーグレイのショートヘアは、黒へと変わっていた。以前よりも少し伸びて、外から吹き込む風にサラサラと揺れている。


夜風に吹かれ、十七歳の女子高生とドライブしていることが不思議に思える。


こいつとこんな風に関わるのも何かの縁なのか。


札幌中心部に近づくにつれ、ビルやネオンの灯りで明るさが増してきた。


この速さだと、あと五分もしたら目的地に到着するだろうな。


茉理とこのまま別れてしまうのが、なんとなく名残惜しい気がした。






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