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半身不随になって
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トラックと衝突して、激痛で気を失ったことまでは覚えている。
目覚めるときも激痛によってであった。
ピコピコとなる電子音とバタバタと走りまわる音が聞こえる。
頭が割れそうに痛い。
本当に割れているのではないのだろうか。
息も苦しく、鼻から喉の奥にまで押し込まれた管を何とかして欲しい。
管を抜こうにも、手足を全く動かすことができない。この管が入っているせいで、声を出すこともできないのだった。
苦、苦しい。誰か、誰か助けて!
左手だけがかろうじて少し動かせたけれど、なにかで縛られていていた。
もしかしてここが地獄か?
これほどの激痛と息も満足にできない苦しみ。
数人いる看護師がバタバタと忙しそうに歩き回っているのはいいが、さっきから死にそうなくらい苦しんでいることに、まったく気づいてくれない。
手も足も動かせず、声も出せずに、この苦しみの中で横たわっていなければならないのか。
身動きのできない寝たきりの患者は、3時間ごとにオムツを調べ、褥瘡予防のための体位交換をしているようだ。
身体中が痛くてたまらないのに、ここの看護師たちの乱暴なあつかいに辟易する。
丸太でも転がすように持ち上げたり、向きをかえたりするので、その度に激痛が走る。
「大島さん、ちょっとオムツ見ますね~」
オムツのマジックテープをビリリと剥がす。
「うわっ、してる、大量! 」
おもむろに嫌な顔をして、顔を背けた。
お便はさっきから出ていたのに、見てみないふりをして替えてくれなかったではないか。
早く死にたいのだから経管栄養などしてくれなくて結構だ。
こんな状態で生かされた方がよほど迷惑だというのに。
体位交換をする時にだけ、縛られている左手の紐をほどいてくれる。四肢のうち、唯一動かせるのは左手だけだった。
看護師がオムツを替えている隙を狙って、鼻から差し込まれているチューブをひっこぬいた。
抜く際に鼻の粘膜を傷つけたようで、鋭い痛みが走った。
それでも、悩まされていたこの異物を取り除けた爽快感のほうがマシだった。
「うわっ、何してんの! ちょっとぉ、やだ~ 抜かれちゃったよ~」
濡れタオルでお尻を拭いていた看護師が目を丸くした。
「チッ、なにやってんだよ、ババァ」
若い男性看護師も小声で舌を鳴らした。
「はぁ~ もう、澤村先生にめっちゃ怒られるから」
オムツを交換し終えた看護師が、うんざりした様子で固定電話を持ちあげた。
「あ、もしもし、ICUです。あの~ すみません、大島清美さん、挿管を抜管しちゃいました 。え? あ、そうです。はい、、はい、わかりました」
「とりあえず、マスクで酸素5リッターいけだってさ。大島さん、こんなことしたらダメでしょ! もっと、もっと、きつ~く縛るからね!」
左手が緩みのないように、きつくベッドサイドの柵に縛られた。
ICUで地獄の日々を一週間ほど過ごしたのち、一般病棟に移された。
体の痛みはかなり軽減されたような気もするが、まったく痛みを感じない下半身のほうが問題だ。
完全に麻痺したこの下半身では、車椅子生活になることを余儀なくされる。
言葉もうまく話せず、いまだにご飯さえ食べられず、鼻から入れられたカテーテルから薬と経管栄養を投入されている。
そもそも、なぜ、自分はこんなことになったのか?
交通事故にあったのだ。
それはなんとなく覚えている。
どこへ行こうとして、運転していたのかは思い出せない。
昨日の夜、仕事帰りに夫の貴之と娘の日菜が見舞いに来てくれた。
二人とも無言でスチールの椅子に腰をおろしたままだった。
「お母さんって、この先どうなるの?」
日菜が沈んだようすでポツリと呟いた。
「いずれは退院するだろう。いつまでも病院には置いてくれないからな」
「退院って、それじゃあ、家でみるって
こと? 誰がオムツ替えたりするのよ?」
「昼間はヘルパーさんにでも来てもらっ
て、 夜はみんなで協力してやるしかないだろ」
「私、絶対に無理だからね。高校卒業したら、家を出て行くんだから」
日菜は進学も就職もどうでもいい、とにかく家から出て、この母から逃れられたらそれでいいという感じだ。
誰の世話にもなりたくない。
早く死なせて欲しい。
早く死なせて……早く。
そうだ!
思い出した。
ーー私は死のうとしていたのだ。
目覚めるときも激痛によってであった。
ピコピコとなる電子音とバタバタと走りまわる音が聞こえる。
頭が割れそうに痛い。
本当に割れているのではないのだろうか。
息も苦しく、鼻から喉の奥にまで押し込まれた管を何とかして欲しい。
管を抜こうにも、手足を全く動かすことができない。この管が入っているせいで、声を出すこともできないのだった。
苦、苦しい。誰か、誰か助けて!
左手だけがかろうじて少し動かせたけれど、なにかで縛られていていた。
もしかしてここが地獄か?
これほどの激痛と息も満足にできない苦しみ。
数人いる看護師がバタバタと忙しそうに歩き回っているのはいいが、さっきから死にそうなくらい苦しんでいることに、まったく気づいてくれない。
手も足も動かせず、声も出せずに、この苦しみの中で横たわっていなければならないのか。
身動きのできない寝たきりの患者は、3時間ごとにオムツを調べ、褥瘡予防のための体位交換をしているようだ。
身体中が痛くてたまらないのに、ここの看護師たちの乱暴なあつかいに辟易する。
丸太でも転がすように持ち上げたり、向きをかえたりするので、その度に激痛が走る。
「大島さん、ちょっとオムツ見ますね~」
オムツのマジックテープをビリリと剥がす。
「うわっ、してる、大量! 」
おもむろに嫌な顔をして、顔を背けた。
お便はさっきから出ていたのに、見てみないふりをして替えてくれなかったではないか。
早く死にたいのだから経管栄養などしてくれなくて結構だ。
こんな状態で生かされた方がよほど迷惑だというのに。
体位交換をする時にだけ、縛られている左手の紐をほどいてくれる。四肢のうち、唯一動かせるのは左手だけだった。
看護師がオムツを替えている隙を狙って、鼻から差し込まれているチューブをひっこぬいた。
抜く際に鼻の粘膜を傷つけたようで、鋭い痛みが走った。
それでも、悩まされていたこの異物を取り除けた爽快感のほうがマシだった。
「うわっ、何してんの! ちょっとぉ、やだ~ 抜かれちゃったよ~」
濡れタオルでお尻を拭いていた看護師が目を丸くした。
「チッ、なにやってんだよ、ババァ」
若い男性看護師も小声で舌を鳴らした。
「はぁ~ もう、澤村先生にめっちゃ怒られるから」
オムツを交換し終えた看護師が、うんざりした様子で固定電話を持ちあげた。
「あ、もしもし、ICUです。あの~ すみません、大島清美さん、挿管を抜管しちゃいました 。え? あ、そうです。はい、、はい、わかりました」
「とりあえず、マスクで酸素5リッターいけだってさ。大島さん、こんなことしたらダメでしょ! もっと、もっと、きつ~く縛るからね!」
左手が緩みのないように、きつくベッドサイドの柵に縛られた。
ICUで地獄の日々を一週間ほど過ごしたのち、一般病棟に移された。
体の痛みはかなり軽減されたような気もするが、まったく痛みを感じない下半身のほうが問題だ。
完全に麻痺したこの下半身では、車椅子生活になることを余儀なくされる。
言葉もうまく話せず、いまだにご飯さえ食べられず、鼻から入れられたカテーテルから薬と経管栄養を投入されている。
そもそも、なぜ、自分はこんなことになったのか?
交通事故にあったのだ。
それはなんとなく覚えている。
どこへ行こうとして、運転していたのかは思い出せない。
昨日の夜、仕事帰りに夫の貴之と娘の日菜が見舞いに来てくれた。
二人とも無言でスチールの椅子に腰をおろしたままだった。
「お母さんって、この先どうなるの?」
日菜が沈んだようすでポツリと呟いた。
「いずれは退院するだろう。いつまでも病院には置いてくれないからな」
「退院って、それじゃあ、家でみるって
こと? 誰がオムツ替えたりするのよ?」
「昼間はヘルパーさんにでも来てもらっ
て、 夜はみんなで協力してやるしかないだろ」
「私、絶対に無理だからね。高校卒業したら、家を出て行くんだから」
日菜は進学も就職もどうでもいい、とにかく家から出て、この母から逃れられたらそれでいいという感じだ。
誰の世話にもなりたくない。
早く死なせて欲しい。
早く死なせて……早く。
そうだ!
思い出した。
ーー私は死のうとしていたのだ。
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