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息子の健太
しおりを挟むこんな家に住んでいただろうか?
数ヶ月しかたっていないのに、どんな家に住んでいたのか思い出せない。
車椅子で夫がリビングの隣の和室へ運んでくれた。
ベッドに母がいないことだけはすぐに気づいた。
「あ、あ~、う、う」
唯一動かせる左手でベッドを指差し、母はどこに行ったのかと聞いた。
「そうだ、今日からここで寝るんだ。ヘルパーが週に3回来てくれるからな」
貴之が質問とは違う返事をする。
私の質問にちゃんと耳をかたむけて欲しい。
左手なので遅いけれど、一応字だって書けるのだ。
なのにみんな面倒くさがって、自分の言いたいことだけを言う。
車椅子からベッドへ移され、ダウンコートと服を脱がされた。
パジャマを着せられ、ベッドへ寝かされた。
トイレで排泄ができないことが最大の悩みだ。
ホームヘルパーは週に3回しか来てくれないと言っていた。
では、来ない日のオムツは一体だれが替えてくれるのか?
身振り手振りで、ベッドを座位にしてもらい、配膳時に使うテーブルを用意してもらった。
手振りで紙と鉛筆を用意してもらう。
左手で時間をかけながら、家族に伝えたいことを書く。
母はどこの施設へ行ったのか?
ヘルパーの来ない日は誰がみてくれるのか?
日菜はどこの大学に行くのか?
健太は変わりなく元気なのか?
見えるところに時計とカレンダーを掛けて欲しい。
テレビとリモコンを用意してください。
筆談より、iPadを使って話が出来るようになりたい。
取りあえず、気づいたことを書き出した。
夫の貴之はこれから出勤をするようで、書いたメモに一応、目を通したが、
「急いでるから後でな」
と言って慌てて出て行った。
座位のままで疲れたので、ベッドを元にさげて欲しいのに誰もいない。
誰かが帰ってくるまで、ずっと座位のままで過ごさなければいけないのか。
メモを慌てて書く必要などなかったではないか。
病院にいた時は不満だらけだったけれど、こうして退院してみると、やっぱり人の多い病院のほうが何かと便利だった。
誰もいないはずなのに、二階から物音が聞こえた。
えっ、、誰がいるの?
階段をドシドシと降りてくる音がして、リビングのドアが開けられた。
誰かが冷蔵庫のドアを開けて何かを取り出している。
ーー誰?
と聞いてみたくても声が出せない。
リビングのテレビがつけられて、ドシッとソファに腰を降ろす音まで聞こえた。
持っていた鉛筆でテーブルを叩いた。
コンコンコン、コンコンコン!
「なんだよ、うっせーなぁ!」
と言う声が聞こえて、スェットの上下を着た健太が姿をあらわした。
学校はどうしたのか?
もしかしてずっと行っていないのか?
無精髭を生やした健太は以前よりも太っていて、まだ中2だというのにずいぶん老けてみえた。
「あ、あ~」
言葉にできないことのもどかしさを感じながら、左手で学校はどうしたのかと書きなぐった。
健太はメモを見ようともせずに、またリビングに戻ってソファに座った。
しつこく鉛筆でテーブルを叩く。
カンカンカン、カンカンカン!!
「うるせー!! ババァ、いいかげんにしろ!」
そう言って、リビングと和室を隔てる引き戸をピシャリと閉めた。
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