いつだって見られている

なごみ

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住み慣れた土地を離れて

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今朝、貴之が会社に辞表を出すと言った。


反対など出来るわけもないけれど、これからどうやって生きて行くのだろう。


半身不随の妻を抱えて……。


最近はいつもパソコンで不動産情報を調べている。


こんな田舎町にはとても住めないと言う。


どこへ引っ越すのだろう。


健太は拘置所から出されて、今は少年鑑別所に移されたとのことだ。


精神鑑定を受け、家庭環境などを調べてから、家庭裁判所の審査のあと、少年院へ入ることになるだろうと貴之は言っている。


面会に連れて行ってと頼んでも、余計なことを言うからダメだという。


失語で話せないことを知っているくせに。


たとえ声を出せなくても、許してくれなくても一目会って謝りたいのだ。


健太だってこんなひどい母へ罵声ぐらい浴びせたいだろう。


健太に思う存分罵られたい。 


それで少しでも気がおさまるのならそうされたい。この母にはほかに出来ることなど、ひとつもないのだから。


出来ることなら代わってあげたいけれど、健太自身が選んで決めたことだと貴之が言った。


なんと、残酷な選択をさせてしまったのだろう。






引っ越し先が決まった。


北区の北海道大学のそばだと貴之が言った。


今度の職場に近いのだという。よくあの年ですぐに就職先が見つかったものだと思う。


私が犯人で名前が世間に知れ渡っていたとしたら、夫の新しい仕事も見つからなかったのかもしれない。


やはり少年法で守られている健太が犯人でいてくれることで、この家は随分と助けられているのだろう。


今住んでいるこの家は、まだ築10年だけれど、こんな札幌の外れでは中々買い手など見つからないだろう。


しかも殺人犯が住んでいた家なのだから、なおさらだ。


こんな辺鄙な場所でも、マイホームを手に入れた時の感動は忘れない。


あの頃は子供たちもまだ小さくて、夢と希望に満ちていた。


毎年きれいにガーデニングしていた小さな庭。


今は手入れをする人もなく、草が生えて荒れていた。


ホームセンターで色々な花の苗を選び、花壇に植え付けることが好きだった。


それは母の介護が始まってからも、毎年欠かさずにやっていたことだ。


今思えばガーデニングが、介護のストレスを和らげてくれる唯一の慰めだったと思う。


たったの10年で、こんなにも人生が一変してしまうとは。


朝早く引っ越し屋が荷物を運び出して、先に転居先へ向かった。


貴之に車椅子ごとワンボックスの後部座席に乗せられた。


引っ越しの手伝いなど何も出来るわけもなく、私の持ち物などは貴之の独断でほとんど捨てられたのかもしれない。


もう、物への執着などはない。命にさえも執着などはしていないのだから。


あの世に持っていけるものだって、ろくでもないものばかりで、生まれて来たこと自体が悔やまれる。


玄関前に植えられたオリーブの木がサワサワと揺れていた。


ーー涙があふれて止まらなくなる。


もう二度と見ることのない幸せだった我が家に別れを告げた。














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