六華 snow crystal 6

なごみ

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夜景の見えるレストランで

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**潤一**


今夜は食事だけにしておいたほうが良さそうだ。


美穂先生の大胆な告白に、少し怖じ気付いている自分に驚く。


数年前なら考えられない心境だ。


彼女は遊びに向いてない。


一途で、真面目で、昔の彩矢みたいだ。



「なにか食べたいものはあるかい?  ホテルのディナーでいいのかな?」


車窓から流れる景色を見つめていた美穂先生に話しかけた。


「私はなんでもかまいませんけど、でも、あまり高級なところは慣れてなくて、、」


「別に緊張するようなところじゃないよ。普通に食べてれば大丈夫だ」


「テーブルマナーとか、ヘマをしそうでちょっと心配です」 


確かに、あんなボロいアパートに住んでいるくらいだから、ホテルディナーなんかを食べる余裕はないだろうな。


「自信を持って食べてりゃいいんだよ。昼の弁当のときみたいに」


「はぁ……」


貧しい家の出なのかも知れないけれど、一緒に弁当を食べていても、行儀は悪くなかった。


俺よりはよほど品性がありそうだ。


いつもの駅前にあるホテルの駐車場に車を入れた。




レストランは日曜日なだけあって客が多く、予約が取れたのはラッキーだった。


夜景が見えるテーブル席に案内をされた。


「こんな安っぽい服装で、なんだか場違いですね」


彼女はつまらないことを気にしすぎる。


女は見栄っ張りだから、そんなものかも知れない。


「大丈夫だよ。君は美人だから、何を着てもステキに見える」


彼女は照れたのか、化粧っ気のない頰を染めた。


「……そんなこと言われたの初めてです。褒めるのがお上手なんですね。先生のようなおしゃれな方に言っていただけて嬉しいです」


「ハハハッ、これは俺のセンスじゃないよ。ファッションとか、そういうことには疎いんだ。まるで興味がない。でも、女には大事なことだな。あまりにもダサいのは俺だって連れて歩きたくない」


安物でもそれなりにオシャレに見えるのは、帽子やマフラーなど、小物をうまく組み合わせているからかも知れない。


自分にはどんな色のどんなデザインの服が似合うかが、わかっているのだろう。


俺の今日のスタイルは、ジェニファーが選んだものだけれど、光沢のある洒落たシャツなどは慣れなくて、どうもしっくりこない。


服装に無頓着な俺とは、一緒に出かけるのが恥ずかしいとジェニファーに言われた。


仕事が忙しすぎて、服など探しまわっている余裕のない俺にとって、少しくらい気に食わなくても、あてがわれたものを着ているのはラクだった。


「美穂先生には兄弟はいないのかい?」


「はい、ひとりっ子です。あ、あの、美穂先生って呼ぶのやめてもらえませんか?  お医者様に先生って呼ばれるのって、なんか……」


「そうだな、プライベートのときは美穂先生より、美穂ちゃんのほうがいいかもしれないな。ただ、美穂先生は、、………美穂先生は俺の初恋の相手だったんだ」


「えっ?」


スープを口に運んでいた美穂先生の手が止まった。


「高ニのときの担任の名前が美穂だったんだよ」


「そうでしたか。ちょっとびっくりしました。でも、先生に憧れるってよくありますよね」


「憧れるって程度の話じゃないんだな、俺の場合は」


不様な失恋話を語るのは、あまり気持ちのいいことではなかったが、今はもう辛くも悲しくもない。


懐かしい青春の1ページと言えるだろう。




「エゾアワビと貝類のコトリアードでございます」


痩せ型の若いボーイが、慣れた手つきでスープ皿を下げ、メインの一皿をおいた。



ボーイが去ると、待ちきれないように美穂先生が言った。


「よかったら初恋の話、聞かせていただけませんか」


この話は花連にも彩矢にも話したことはなかった。


隠していたわけではない。あまりにも古い過去のことで、忘れていたからだ。


「まぁ、今だから懐かしい思い出だけどな。当時は殺してやりたいくらい憎かった」


「ええっ、なにかあったんですか?  先生と生徒の関係ではなかったということですか?」



ーーそうだな。



先生と生徒の関係でなくなったのは、いつからだったろう。



当時から俺は、感情をうまく誤魔化すことなどできない人間だった。


美穂先生はもちろんのこと、クラスでも職員室でも俺が本気で美穂先生に熱を上げていたことはバレバレだった。


同じく美穂先生に憧れを持っていた同じクラスの男子は、俺よりずっと現実的だった。


奴らは特に大人びた人間でもなかったはずだが、生徒と先生という立場をちゃんとわきまえていた。


俺だけがそれを理解していなかった。


昔から俺にはなぜか根拠のない自信というものがあった。


努力次第で出来ないことなど一つもない。


単純にそう思い込んでいた。


クラスの男どもが次々と同じ年頃の女子と付き合いはじめて、いい関係になっていくのを羨ましく思ったりはした。


年下の可愛い下級生に告られたこともあったけれど、俺の心は100%美穂先生で占められていた。


難関大学用の難しい問題集に取り組み、わからないところを休み時間や放課後、美穂先生に教えてもらった。




「松田くん、勉強熱心なのは嬉しいけど、私には他にもしなければいけないことが沢山あるの」


職員室で困り果てている美穂先生を、同情する先生もいれば、面白がってクスクス笑っている先生もいたが、そんなことは俺にはへっちゃらだった。


少しでも美穂先生のそばに居たかった。


俺だけを見つめて、俺のことだけを考えて欲しかった。


困った顔で、恨めしそうに俺を見つめる美穂先生に見とれていたら、英語教師の米山《よねやま》がしびれを切らしたかのように怒鳴りつけた。


「松田、おまえいいかげんにしろ。美穂先生は無料の家庭教師ではないんだぞ。僕たちはどんなに帰りが遅くなっても残業もつかないんだ。少しは遠慮しろ!」


この学校で一番嫌いな米山は、美穂先生の気を引こうとして、いつも俺を悪者に仕立てた。



米山が美穂先生に気があることも、すでに周知の事実だった。


奴は幼少期から十年ほど父親の仕事の関係で、オレゴン州に住んでいたらしい。


だからネイティブに話せることは当たり前なのに、やたらそのことに重きをおいた授業ばかりしていた。


人の発音を貶しては、見下すことを楽しみに生きている最低の男だ。


俺は筆記では常に上位の成績であったにもかかわらず、態度が悪いからなのだろう。いつも低い評価をつけられていた。


こいつがイライラしているのは、美穂先生を晩飯にでも誘うつもりだろう。


「米山!  おまえのようなクソ野郎とアフターファイブを過ごすより、残業のほうがまだマシだ。もう絶対に誘うな。わかったか、このタコ!!」


「な、なんだと、、お、おまえ、言葉をつつしめ!!」


米山の元々白い顔から血の気が引いて、さらに青白くなった。


こんな瓢箪みたいなヒョロヒョロした男など、屁とも思わない。


「松田くん!!  なんてこと言うの。謝りなさい。もう、あなたは本当に、、」


いつもは毅然としている美穂先生が、オタオタしているので、気分がよくなかった。



そうだよ、美穂先生。



あんな男の一体どこがよかったんだよ。





**

「ずいぶん破天荒というか、ヤンチャな高校生だったんですね。でも、なんとなく目に浮かびます。フフフッ、悠ちゃんはパパと似てないんですね。とっても優等生のお利口さんですよ」



ホテルのディナーは、慣れてないと言っていた美穂先生だったけれど、肉の切り方もフォークを口に運ぶしぐさも品がよく、一つ一つの所作が美しかった。



「そうだな、悠李は俺とは全く違うな」



「それで? 結局どうなったんですか?」



「惨憺たる結果さ。今じゃ、いい経験だったと思えるけどな」



「嫌じゃなかったら、続き聞かせていただけませんか?」



美穂先生とでは、子供のこと以外に共通の話題もないし、暇つぶしの余興ぐらいの気持ちで話を続けた。






秋も一層深まると、美穂先生の通勤はバイクから電車に変わった。



放課後、部活の自主練を終えたあと、自宅とは反対方向の電車に乗って、仕事帰りの美穂先生の後をつけたことがある。



ストーカーってやつだな。



それで先生が暮らしているアパートをつきとめた。





二学期の期末テストが終わり、雪がチラチラ降りはじめた11月の中頃、帰らずに美穂先生を待ち伏せしていたことがあった。



美穂先生、今日は遅いな。



テストの採点でもしているのかもしれない。



「腹減った~~!! そろそろ帰ろうぜ」



放課後一階の踊り場で、一緒にふざけあっていた同じ部活のメンバーが帰り支度を始めた。



「あ、悪りぃ、俺、教室に忘れ物してきた。先に行っててくれ!」



「おう、じゃあな!」



うるさい部活のメンバーが帰ってくれてちょうど良かった。



偶然を装って、地下鉄駅まで美穂先生と歩けたらなぁ、などと考えていた。



午後七時も過ぎた頃、やっと美穂先生が裏門から出て来たと思ったら、米山が一緒だった。



見つからないように離れて尾行したけれど、二人は通りに出ると、タクシーを拾って行ってしまった。



二人で一体どこへ行ったのだろう。



良くない妄想と嫉妬にかられて地下鉄に乗り、先生のアパートに直行した。



予想では多分、どこかで食事でもしているのだと思う。



だけど、もしかしたら二人で美穂先生のアパートに来ているのかもしれない。



もし、そうだとしたら、、



アパートの玄関フードを開け、出入り口に設置されている郵便受けで部屋番号を確認すると、居ても立っても居られない気持ちで階段を駆け登った。



205号室の前に立ち、ひとつ深呼吸をしてブザーを押した。



美穂先生とイチャついている米山を想像しただけで悶絶しそうになり、ドアを蹴破りたい衝動に駆られた。



ーーなんの応答もなかった。



やはり、どこかで食事でもしているのだろう。



とても帰る気分にはなれず、ドアの前に座り込む。



同じ階に住むアパートの住人が帰って来て、怪訝な目で見られたが気にしなかった。



制服の上にジャケットを羽織ってはいたが、外とあまり変わらない気温の廊下は寒かった。



そこで二時間も待っていただろうか。



階段を上る音が聞こえて、コンビニの袋を下げた美穂先生が見えた。



どんな言い訳を言うべきか、考えておかなかったことに気づく。



開き直って立ち上がり、目が点になっている美穂先生に満面の笑みを浮かべた。



「松田くん!  あなた何してるの?  今、何時だと思ってるの?」



「怒るなよ。寒い中、二時間も待ってたんだぜ」



「誰もそんなこと頼んでないわよ。何故こんなところにいるの?  早く家へ帰りなさい!」



「なんだよ、冷たいな。米山とのデートは楽しかったか?」



美穂先生は俺の率直な質問に、少し顔をこわばらせた。



「あなたに関係ないでしょう。デートなんかじゃないわ。同僚と食事くらい、どこの先生だってするものでしょ。とにかく早く帰って!」



美穂先生は俺に怯えているようだった。



これ以上しつこくしたら、本当に嫌われると思い、仕方なく帰ることに決めた。



別にアパートに入れてもらおうなどと思って待っていたわけではない。



米山と一緒にここへ来るかどうかを確認したかっただけだ。



「わかったよ、帰るよ。先生が心配だっただけだよ。じゃあ」



スクールバッグを肩にかけ、階段を降りた。



「松田くん、待って!  ちょっと待ちなさい」



美穂先生は何か思い出したかのように、俺を呼び止めた。



「なに?」



「なにって、なにか相談があって来たのでしょう?  二時間も待ってたって、一体どうしたの?  なにがあったの?」



さっきまでの殺気立っていた様子とは変わり、心配げに俺を見つめた。



そうだ、そうだな。



俺は悩みがあって来た。



そういうことにすればいい。



それは誰にも言えない深刻な悩みだ。



「どうしたの?  また誰かからイジメられた?」



一ヶ月ほど前の、バレー部員からの暴行事件を思い出したのだろう。



「……… 」



俺は物憂げに先生から目をそらし、暗い顔をしてうつむいた。



「ごめんなさい。理由も聞かないで叱ったりして。とにかく話を聞かせて」



先生は俺の腕をつかんで引き止めた。




うひょう~~!!




こうして俺は運良く、先生のアパートにご招待された。




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