六華 snow crystal 6

なごみ

文字の大きさ
36 / 39

ためらう気持ち

しおりを挟む


「そういえば、まだ聞いてませんでした。担任の美穂先生とはどうなったんですか?」


俺の腕を枕にしていた美穂が、思い出したように呟いた。


「ああ、美穂は米山と別れて再婚してたよ。長いこと付き合ってフラれた医者の卵ってのがいただろう?  その医者と再婚してた」


「米山先生とはどうして別れたんですか?」


「あの二人は別れるしかなかったんだよ。美穂には今、中学二年になる息子がいるんだ。名前は柊《しゅう》って言うんだけどな、そいつ俺にそっくりなんだ」


「えっ、どういうことですか? それって、まさか、、」


信じがたいのも無理はない。


俺だって、あれほど顔が似ていなかったら信じなかったかも知れない。



「そのまさかだったんだよ」


「そんなことって、、信じられない!」


美穂は大きな目を見開いて、感動とも取れそうな驚きぶりだった。


他人のこんな話は、ドラマでも見ているようで楽しいだろうな。


「そうだよ、俺の子だったんだ。驚いただろう? 米山はストーカーだったから、俺と美穂の関係に気づいたんだ。だから美穂はそれをバラされないために米山と結婚したんだよ」


「そうだったんですか。じゃあ、好きでもない米山先生に脅迫されて結婚したんですね。美穂先生、可哀想でしたね」


切羽詰まって米山と結婚せざるを得なかった美穂は、確かに可哀想ではあった。


だけど、やはり被害者は騙された米山のほうだろう。


せっかく美穂と結婚できたのに、産まれたのが俺の子だったなんてな。


相当のショックだっただろう。


似たような経験をしているから、米山の気持ちはよくわかる。



「可哀想なのは米山のほうだよ。美穂は俺の子を産むために米山を利用したんだ。そうでもしないと俺が諦めるわけないし、誰の子か言えないような子供を産むってのも、教師としての立場がないからな」



「息子さんには会われたんですか?」


「ああ、会ったよ。もちろん向こうは俺が父親だなんてことは知らない。まだ十四歳の少年だからな。母親が教え子と関係して自分が産まれたなんて事実はショックだろう」


柊はいつか自分の生い立ちを知ることになるのだろうか。


ある程度、歳をとってから聞いたとしても、ショックを受けるだろうな。


なにも知らないまま、静かに幸せに暮らして欲しい。


「そうだったんですか。見てみたいな。先生にそっくりな息子さん」


俺にそっくりな息子はもう一人いたけれど……。



航太と花蓮のことはまだ、美穂には話したくなかった。




「柊は中々の好青年だったよ。顔は俺に似ていたけど、性格は美穂のほうに似たんだな。すごくいい育ち方をしているのが一目でわかった。再婚した父親とも仲が良さそうだったし、あいつは運のいい奴だ」


同じ名前の美穂とこんな話で盛り上がるとはな。


運命っていうのは不思議なものだな。


「いいお話ですね。あの時フラれて苦しんだ甲斐がありましたね」


「ハハハッ、そうだな、俺にとっては不様な失恋だったけど、美穂先生の選択は間違ってなかったな。あの頃の俺には理解できなかっただろうけど」


今思えば本当にどこまでも救いようのないガキだった。


あんな危険を犯して教え子と一線を越えた美穂の大胆さに、今さらながら驚く。


「……ジェニファーさんとの間にできたお子さんには、もう会わないんですか?」


さりげなく聞いた美穂だったけれど。


今一番気になることはそれだろうな。



「会いたくても、やっぱりロスは遠すぎる。ジェニファーは俺よりいい男を見つけるだろう。未練がましくうろついて、あいつの人生を邪魔したくもないしな」


「まだ好きなんですね。……ジェニファーさんのことが」


「そりゃ、好きに決まってるだろ。だけど、もう諦めた。あいつに俺は必要ないからな」


正直すぎただろうか。


こんな時、他の男ならなんて言うのかな。


寂しげに虚ろな目をしている美穂は、愛されているという実感がないのだろう。


自分のようなものは、愛される価値がないと思っているのかも知れない。


俺自身、本当に美穂を心から愛しているのかと聞かれると、なんとも心許ない気分になる。


そんな迷いが美穂に見抜かれているのか。


美穂は可愛らしく、美人には違いないけれど、ジェニファーとは比べものにならない。


美穂ぐらいの美人は、街を少し歩いていれば見つけられそうなレベルだ。


しかも情緒に問題がある自信のない美穂には、華というものがない。


美穂を救ってやりたい反面、結婚するのが本当にこの女でいいのかという迷い……。




「美穂、今週の土曜日は空けておいてくれ。子供たちと面会する予定になってるんだ。悠李と雪花も美穂がいてくれたら喜ぶだろう」


彩矢からの電話を思い出して、話題を変えた。


「えーっ、悠ちゃんと雪花ちゃんが!!  困ります、わたし、、二人に合わせる顔なんてありません!」


子ども相手なのに美穂はひどく狼狽した。


「だから、美穂は気にし過ぎなんだよ。悠李も雪花もそんなことはとっくに忘れてるよ。楽しければそれでいいのが子供だろ」


「無理です! 平川さんだって許してくれませんよ。大切な子を無断で連れ出したわたしに子どもを会わせるなんて、許すはずありません!」


まぁ、確かに彩矢はいい気分とはいえないだろうな。


美穂がこのマンションにいるということは、伏せておいたほうがいいな。


「わかったよ。じゃあ、彩矢に聞いてみるよ。あいつも美穂のことは少しも怒ってなかったんだ。だから、大丈夫だと思うけどな」


美穂は何も言わずにうつむいて、曇った顔をしていた。


「そんな顔するなよ。彩矢から承諾を取れば問題ないだろう」


なんでもはじめが肝心だ。悠李と雪花がこのマンションに来て、楽しいと思えることが大事だ。


俺が子どもの相手を何時間もしてられるわけはないからな。


それはベテランの美穂に任せたほうがいい。



「それと来週から西区の病院へ移るから、忙しくなる。必要なものがあったら明日、真駒内の家まで取りに行ってやるよ」


「大丈夫ですよ。私は失業中で暇ですから、電車に乗って取りに行ってきます」


どこまでも都合のいい女でいる美穂に呆れる。


「重い荷物を持って電車を乗り継ぐのは大変だろう。そうだ、失業中ならついでに車の運転免許も取っておけ。車がないと買い物なんかも困るからな」


「 今までないのが当たり前の生活だったので、それほど不便には思いません。車を運転するほうが怖いですよ。私、運動神経がよくないので、きっと事故を起こします。人を跳ねたりしたら大変ですから」


何故こうも、悪い予想しかしないのか。


「免許は取れるときにとっておけ。仕事が始まったら取りに行っている暇はないからな。金のことなら心配するな。それくらい出してやるよ。あと、この家の生活費とバイト代もな」


「はぁ……… 。そんなにして頂かなくて大丈夫ですよ。お掃除やお料理くらいしかできないのに。教習所に行くお金くらいならありますから」




親切にされることに慣れてないんだな、美穂は。


自分が必要とされることじゃないと、安心できないのだろう。


つくづく不幸を背負って生まれたような女に思えてくる。


可哀想な反面、その貧乏くささが美穂を惨めな安っぽい女に仕立てている。


「遠慮なんかするな。美穂が居てくれると嬉しいんだよ。仕事から帰って、誰もいないのは寂しいからな」


「本当ですか?  本当に私がいると嬉しいですか? 家事をしてもらいたいだけじゃないんですか?」


藁にもすがるような目で俺をみた。


「当たり前だろ。美穂が好きだから連れてきたんじゃないか。家事をしてもらいたいだけじゃないよ」


家事代行サービスなんかより、若くて可愛い美穂が居てくれるほうがいいに決まってる。


だけど、その後のことまで考えると、ちょっと早まったかな? という気持ちも否めない。


俺に美穂のこれからを守ってやることが出来るのか………。


さすがの俺も、何度も結婚で失敗をしたくない。


なので、再婚相手は慎重に決めたいのが本音だ。


一緒に暮らしてみて、美穂が俺との結婚に向かないタイプだった場合、どうすればいいのだろう。



「あ、あの、、すごく……すごく嬉しいです。私のことを、そんな風に言ってくれる人なんか一人もいませんから」


俺の胸に顔をうずめていた美穂が、潤んだ目で見上げた。


「そんな風に自分を卑下するのはもう止めろ! そんな考え方をしていても、いい事なんかひとつも起こらないぞ。自分を見放しているような奴は、人からも運からも見放されるんだ」


惨めったらしいことばかり言う美穂にイライラして怒鳴った。


「……私は生まれたときから運に見放されているんです。先生にはわかりません」


目に涙をためて言った美穂に、なんの反論もできずに口をつぐんだ。


美穂にしても好きでそんな思考になったのではないだろう。


だけど、このマイナス思考はなんとかならないものかな。


「泣くなよ、美穂。おまえにはもっと幸せになってもらいたいんだよ。人を幸せにすることばっかり考えるな」


「私は今より幸せなことなんて知りませんから。今が最高に幸せだから、、だから、未来が怖いんです」


美穂の暗い過去など、何一つ知らない俺には、なにもいう資格などないのだろう。


しかも俺は、今よりもっと幸せにしてやると、将来を約束してやることができなかった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

処理中です...