六華 snow crystal 6

なごみ

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ためらう気持ち

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「そういえば、まだ聞いてませんでした。担任の美穂先生とはどうなったんですか?」


俺の腕を枕にしていた美穂が、思い出したように呟いた。


「ああ、美穂は米山と別れて再婚してたよ。長いこと付き合ってフラれた医者の卵ってのがいただろう?  その医者と再婚してた」


「米山先生とはどうして別れたんですか?」


「あの二人は別れるしかなかったんだよ。美穂には今、中学二年になる息子がいるんだ。名前は柊《しゅう》って言うんだけどな、そいつ俺にそっくりなんだ」


「えっ、どういうことですか? それって、まさか、、」


信じがたいのも無理はない。


俺だって、あれほど顔が似ていなかったら信じなかったかも知れない。



「そのまさかだったんだよ」


「そんなことって、、信じられない!」


美穂は大きな目を見開いて、感動とも取れそうな驚きぶりだった。


他人のこんな話は、ドラマでも見ているようで楽しいだろうな。


「そうだよ、俺の子だったんだ。驚いただろう? 米山はストーカーだったから、俺と美穂の関係に気づいたんだ。だから美穂はそれをバラされないために米山と結婚したんだよ」


「そうだったんですか。じゃあ、好きでもない米山先生に脅迫されて結婚したんですね。美穂先生、可哀想でしたね」


切羽詰まって米山と結婚せざるを得なかった美穂は、確かに可哀想ではあった。


だけど、やはり被害者は騙された米山のほうだろう。


せっかく美穂と結婚できたのに、産まれたのが俺の子だったなんてな。


相当のショックだっただろう。


似たような経験をしているから、米山の気持ちはよくわかる。



「可哀想なのは米山のほうだよ。美穂は俺の子を産むために米山を利用したんだ。そうでもしないと俺が諦めるわけないし、誰の子か言えないような子供を産むってのも、教師としての立場がないからな」



「息子さんには会われたんですか?」


「ああ、会ったよ。もちろん向こうは俺が父親だなんてことは知らない。まだ十四歳の少年だからな。母親が教え子と関係して自分が産まれたなんて事実はショックだろう」


柊はいつか自分の生い立ちを知ることになるのだろうか。


ある程度、歳をとってから聞いたとしても、ショックを受けるだろうな。


なにも知らないまま、静かに幸せに暮らして欲しい。


「そうだったんですか。見てみたいな。先生にそっくりな息子さん」


俺にそっくりな息子はもう一人いたけれど……。



航太と花蓮のことはまだ、美穂には話したくなかった。




「柊は中々の好青年だったよ。顔は俺に似ていたけど、性格は美穂のほうに似たんだな。すごくいい育ち方をしているのが一目でわかった。再婚した父親とも仲が良さそうだったし、あいつは運のいい奴だ」


同じ名前の美穂とこんな話で盛り上がるとはな。


運命っていうのは不思議なものだな。


「いいお話ですね。あの時フラれて苦しんだ甲斐がありましたね」


「ハハハッ、そうだな、俺にとっては不様な失恋だったけど、美穂先生の選択は間違ってなかったな。あの頃の俺には理解できなかっただろうけど」


今思えば本当にどこまでも救いようのないガキだった。


あんな危険を犯して教え子と一線を越えた美穂の大胆さに、今さらながら驚く。


「……ジェニファーさんとの間にできたお子さんには、もう会わないんですか?」


さりげなく聞いた美穂だったけれど。


今一番気になることはそれだろうな。



「会いたくても、やっぱりロスは遠すぎる。ジェニファーは俺よりいい男を見つけるだろう。未練がましくうろついて、あいつの人生を邪魔したくもないしな」


「まだ好きなんですね。……ジェニファーさんのことが」


「そりゃ、好きに決まってるだろ。だけど、もう諦めた。あいつに俺は必要ないからな」


正直すぎただろうか。


こんな時、他の男ならなんて言うのかな。


寂しげに虚ろな目をしている美穂は、愛されているという実感がないのだろう。


自分のようなものは、愛される価値がないと思っているのかも知れない。


俺自身、本当に美穂を心から愛しているのかと聞かれると、なんとも心許ない気分になる。


そんな迷いが美穂に見抜かれているのか。


美穂は可愛らしく、美人には違いないけれど、ジェニファーとは比べものにならない。


美穂ぐらいの美人は、街を少し歩いていれば見つけられそうなレベルだ。


しかも情緒に問題がある自信のない美穂には、華というものがない。


美穂を救ってやりたい反面、結婚するのが本当にこの女でいいのかという迷い……。




「美穂、今週の土曜日は空けておいてくれ。子供たちと面会する予定になってるんだ。悠李と雪花も美穂がいてくれたら喜ぶだろう」


彩矢からの電話を思い出して、話題を変えた。


「えーっ、悠ちゃんと雪花ちゃんが!!  困ります、わたし、、二人に合わせる顔なんてありません!」


子ども相手なのに美穂はひどく狼狽した。


「だから、美穂は気にし過ぎなんだよ。悠李も雪花もそんなことはとっくに忘れてるよ。楽しければそれでいいのが子供だろ」


「無理です! 平川さんだって許してくれませんよ。大切な子を無断で連れ出したわたしに子どもを会わせるなんて、許すはずありません!」


まぁ、確かに彩矢はいい気分とはいえないだろうな。


美穂がこのマンションにいるということは、伏せておいたほうがいいな。


「わかったよ。じゃあ、彩矢に聞いてみるよ。あいつも美穂のことは少しも怒ってなかったんだ。だから、大丈夫だと思うけどな」


美穂は何も言わずにうつむいて、曇った顔をしていた。


「そんな顔するなよ。彩矢から承諾を取れば問題ないだろう」


なんでもはじめが肝心だ。悠李と雪花がこのマンションに来て、楽しいと思えることが大事だ。


俺が子どもの相手を何時間もしてられるわけはないからな。


それはベテランの美穂に任せたほうがいい。



「それと来週から西区の病院へ移るから、忙しくなる。必要なものがあったら明日、真駒内の家まで取りに行ってやるよ」


「大丈夫ですよ。私は失業中で暇ですから、電車に乗って取りに行ってきます」


どこまでも都合のいい女でいる美穂に呆れる。


「重い荷物を持って電車を乗り継ぐのは大変だろう。そうだ、失業中ならついでに車の運転免許も取っておけ。車がないと買い物なんかも困るからな」


「 今までないのが当たり前の生活だったので、それほど不便には思いません。車を運転するほうが怖いですよ。私、運動神経がよくないので、きっと事故を起こします。人を跳ねたりしたら大変ですから」


何故こうも、悪い予想しかしないのか。


「免許は取れるときにとっておけ。仕事が始まったら取りに行っている暇はないからな。金のことなら心配するな。それくらい出してやるよ。あと、この家の生活費とバイト代もな」


「はぁ……… 。そんなにして頂かなくて大丈夫ですよ。お掃除やお料理くらいしかできないのに。教習所に行くお金くらいならありますから」




親切にされることに慣れてないんだな、美穂は。


自分が必要とされることじゃないと、安心できないのだろう。


つくづく不幸を背負って生まれたような女に思えてくる。


可哀想な反面、その貧乏くささが美穂を惨めな安っぽい女に仕立てている。


「遠慮なんかするな。美穂が居てくれると嬉しいんだよ。仕事から帰って、誰もいないのは寂しいからな」


「本当ですか?  本当に私がいると嬉しいですか? 家事をしてもらいたいだけじゃないんですか?」


藁にもすがるような目で俺をみた。


「当たり前だろ。美穂が好きだから連れてきたんじゃないか。家事をしてもらいたいだけじゃないよ」


家事代行サービスなんかより、若くて可愛い美穂が居てくれるほうがいいに決まってる。


だけど、その後のことまで考えると、ちょっと早まったかな? という気持ちも否めない。


俺に美穂のこれからを守ってやることが出来るのか………。


さすがの俺も、何度も結婚で失敗をしたくない。


なので、再婚相手は慎重に決めたいのが本音だ。


一緒に暮らしてみて、美穂が俺との結婚に向かないタイプだった場合、どうすればいいのだろう。



「あ、あの、、すごく……すごく嬉しいです。私のことを、そんな風に言ってくれる人なんか一人もいませんから」


俺の胸に顔をうずめていた美穂が、潤んだ目で見上げた。


「そんな風に自分を卑下するのはもう止めろ! そんな考え方をしていても、いい事なんかひとつも起こらないぞ。自分を見放しているような奴は、人からも運からも見放されるんだ」


惨めったらしいことばかり言う美穂にイライラして怒鳴った。


「……私は生まれたときから運に見放されているんです。先生にはわかりません」


目に涙をためて言った美穂に、なんの反論もできずに口をつぐんだ。


美穂にしても好きでそんな思考になったのではないだろう。


だけど、このマイナス思考はなんとかならないものかな。


「泣くなよ、美穂。おまえにはもっと幸せになってもらいたいんだよ。人を幸せにすることばっかり考えるな」


「私は今より幸せなことなんて知りませんから。今が最高に幸せだから、、だから、未来が怖いんです」


美穂の暗い過去など、何一つ知らない俺には、なにもいう資格などないのだろう。


しかも俺は、今よりもっと幸せにしてやると、将来を約束してやることができなかった。







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