六華 snow crystal 4

なごみ

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潤一への未練

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**彩矢**


突然、潤一さんから明日帰国するとの連絡が入る。


理由を聞いても、そっちに行ってから話すと言う。


どういうこと?


研修先でトラブルでも起こしたのかも知れない。気が短いところがあるし、人のご機嫌を取るなどといった、器用さを持ち合わせているわけでもないから。


だけど、一時帰国だというのだから、そういう理由とは違うのかな。こっちの大学の方にに用があるようにも考えられる。


とにかく、私にはあまり関係のない用事なのだろうと思う。


琴似のマンションには夜8時過ぎに着くと言ったので、仕事帰り夕食を実家ですませた後、母に車で送ってもらった。


マンションに潤一さんが使っていた車はあるのだけれど、実家には駐車するスペースがないので、あまり使う機会がないのだ。


母が作った夕食の残りをもらって来たので、潤一さんが帰宅後に何か食べると言っても安心だ。


玄関の床が少し汚れていたので、” ゲキ落ちくん ” と言う、白いキュープ型のスポンジに水を含ませて拭く。


このスポンジは強くこすらなくても、不思議なほど汚れが綺麗に落ちるので、いつも感動する。


ついでにおトイレも掃除して、リビングに戻った。





「あーっ、雪花、ダメッ!」


カプラを積み上げて遊んでいた悠李が叫ぶと同時に、ガラガラと積み木が崩れる音がした。


せっかく積み上げたものを台無しにされて、悠李が泣きそうな顔をしている。


雪花はすぐに悠李の遊びの邪魔をする。


「雪花ちゃん、めっ!  ダメでしょう、そんなことしたら。お兄ちゃんにごめんなさいをしなさい」


叱られた雪花は面白くない顔をして、ジッと前を見据える。


「雪花ちゃん、ごめんなさいは?」


「ゆうり、めっ!」


逆ギレした雪花は、散らばっていたカプラをつかんで悠李に投げつけた。


それは悠李の腕に当たった。


悠李も負けずに床におすわりしていた雪花を押し倒した。


「うぎゃぁーーーー!!」


後頭部をゴン!と打ちつけた雪花の凄まじい泣き声が響きわたる。


はぁ、とため息がもれる。


また少なくとも三十分は泣きやまないはずだ。


雪花は顔は私に似ているけれど、性格は潤一さんそのものだ。プライドが高く、自分が悪いなどとは決して思わない。


「うぇーん、ゆうり、わるい! ゆうり、バカーッ!」


泣きわめく雪花を抱っこして、寝室へ向かう。







もう8時を過ぎていた。眠いから機嫌も悪かったのだろう。


「そっか、雪花ちゃんは眠かったんだね。もうネンネしようね。悠李ももう寝よう」


「やだ、悠李パパが帰ってくるの待ってる」


不機嫌な顔をした悠李はまたカプラを積み上げ始めた。


少しも可愛がられているようには思えないのに……。


悠李にとって潤一はどんな存在なのだろう。


もしここに佐野さんがいて、どちらかの父親を選ぶとしたら、悠李はどっちにするのだろう。


いくら楽しく遊んでくれても、やはり佐野さんは悠李にとって、ただの親切なおじさんでしかないのだろう。


厳しくても一緒に暮らして来た潤一は身内であり、大切な父親なのかも知れない。


眠かった雪花はさほど長泣きもせず、早く寝ついた。


リビングへ戻ると、悠李はカプラで立派なタワーを積み上げていた。


悠李はものを覚えるのも早いし、親バカなのかも知れないけれど、将来がちょっと楽しみになっている。


この四月からは二人とも、実家近くの保育園に入れることになり、一ヶ月も過ぎて、園にもだいぶ慣れて来た。


朝、ふたりを保育所に連れていった後は、母がお迎えをしてくれる。


保育園は給食も出るし、幼稚園のように保護者会や参観、行事などが少ない分、働くお母さんにとってはやはり楽だ。


だけど、教育の面ではどうなのだろう。


幼稚園のあと、習い事などを沢山させているお母さんの話などを聞くと、不安と焦りを感じる。


実家の母に習い事の送り迎えまで頼むというのも気がひける。


離婚などしないで、潤一さんが帰ってきたら仕事は辞めて、子育てに専念した方が良いかも知れない。


子供は大きくなるにつれて、どんどんお金がかかってくる。夫が家に居てくれないだの、家族サービスがないなどと、不満を言っている場合ではなくなる。


子供を優先して考えるべきなのかも……。







そんなことを考えていたら、玄関のチャイムが鳴った。


「あ、パパだ!  パパ帰って来た」


悠李はすぐに反応して、玄関へかけて行った。


そんなに喜んで迎えても、つっけんどんな応対しかしてもらえないのに。


冷たくあしらわれて、がっかりする悠李を思い浮かべ、胸が痛くなる。


悠李がロックを解除してドアをあけた。


「パパ、おかえり!」


「おっ、悠李~、大きくなったな」


いつになく優しい言葉をかけてくれて少し安心をする。


「おかえりなさい」


特に見た目は8ヶ月前と変わったようには感じられない。


「ただいま。雪花はもう寝たのか?」


「ええ、今寝たばかりなの」


スーツケースを玄関へおいたまま、潤一は悠李を抱きあげた。





「背は伸びたけど、痩せてるな。ちゃんと食わせてもらってるのか?」


悠李を抱き上げたまま、潤一はリビングへ入って行った。


潤一のスーツケースの車輪を拭いて、引っ張っていく。


悠李をだっこするなんて珍しいこともあるものだ。


「悠李と雪花にお土産を買ってきたぞ」


そう言って潤一はスーツケースを開けて、機関銃を取り出した。


「わーっ、すごい!  やったー!」


銃を手にして悠李は私に銃口を向けた。


「バーン!」


こういうオモチャを子供に与えるって、どうなんだろうと思う。


雪花には着せ替えのお人形。


子供と長い間離れていたことが寂しいかったのだろうか。いつになく父親らしいことをする潤一に不自然な違和感をおぼえる。


「晩ご飯は食べたの?」


「いや、なんでもいいから、なんか食わせてくれよ」


悠李を下におろして、ジャケットを脱いだ。


母の作ったおかずがあって良かった。


冷蔵庫から金目鯛の煮付けを出して温め、しらすとオクラのおかか和え、マカロニサラダなどを出す。


洗面所で手を洗ってきた潤一は、テーブルに並べたおかずに笑顔を見せた。


「お、うまそうだな。作ったのか?」


「……母が作ったのをもらって来たの」


「だろうな。おまえに煮魚なんて作れるわけがないからな。それと雪花の朝飯、あれ、なんとかならないのか?  毎朝同じものだろう。魚くらい食べさせろよ」


母の作った金目鯛を食べながら口を尖らせる。


「今は働いてるのよ。忙しい朝に嫌いなお魚なんて食べさせてる余裕ないわよ」


「ふだん食わせてないから嫌いになるんだろ。悠李だって栄養失調でガリガリじゃないか」


「栄養失調なんかじゃないわよ。ちゃんと標準体重の範囲だわ」


悠李は自分の体型のことを言われて、悲しげな顔をした。


「……悠李、お魚食べられるよ」


「とにかく、あんな朝飯なんか食べさせてたら、病気になるだろう。和食にしろよ、和食はいいな、うん、うまい! 悠李、明日は遊園地に連れて行ってやるよ。パパは一週間休みをもらってきたからな」


「えーっ、本当?」


遊園地に?  一体どういう風の吹きまわしだろう……。そんなこと、一度だってしてくれたことはないのに。


「本当?  パパ、明日遊園地に行くの?」


「うん、行く。だから、もう寝ろ。寝坊したらおいてくぞ!」


「うん、わかった。わ~、遊園地だって、ママもお寝坊しないでね。わーい、遊園地、遊園地!」


悠李は小躍りをしながら喜んでいる。








悠李は興奮してしまって、すぐには寝てくれなかった。30分も絵本を読んで、やっとウトウトし始めた。


リビングに戻ると潤一はソファに横になってテレビを見ていた。


「本当に遊園地に行くの?」


未だに信じられない。でも、嘘だったら許さない。悠李をあんなに喜ばせたのだから。


「行くよ。嘘なんかつくわけないだろ」


「仕事のことで帰って来たんでしょう?  大学には行かなくてもいいの?」


「来週、行くよ。じゃあ、風呂にでも入って寝るかな。飛行機の中で寝れなかったから疲れた」


そう言って立ちあがり、バスルームへ行ってしまった。


……なにか、おかしい。







悠李と雪花と三人で川の字になって寝ていたら、お風呂からあがった潤一が入ってきた。


雪花の隣に横になって寝顔を見つめる。


「雪花、髪が伸びたな。一段と可愛くなったなぁ」


そう言って愛おしげに、ほっぺにキスをしては頬ずりをする。


こんな風に四人並んで寝たことなど、一度もなかった。


初めて私たちは家族なんだと実感して、胸が熱くなる。


なんとなく泣きたい気持ちになって、潤一さんに背を向けた。


「彩矢、こっちに来いよ」


そう言って腕をつかまれた。


まだ夫婦なのだから別に思いがけないことではない。拒絶するほど嫌いでもないし、というか、まだ好きなような気がする。


私は一体、誰を愛しているのだろう。


こんなにいいかげんな女だったなんて。


私が佐野さんを愛するのは、寂しさから来るものなのだろうか。


” 俺、待つよ。彩矢ちゃんが本当に松田先生と別れる気持ちがあるんだったら 、何年だって待ってる ”


クリスマスの日、佐野さんはそう言って私を強く抱きしめた。


あの時はとても幸せに感じたけれど。



「彩矢……」


久々の荒々しい抱擁に気持ちが高ぶり、思わす背中に腕をまわした。




ーー私はまだ、潤一さんを愛している。
























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