六華 snow crystal 5

なごみ

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第1章

もう、離さないで

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**有紀**


「美冬のお誕生日はホテルでしようかと思うの。有紀ちゃんのご家族にもご挨拶がしたいし、どうかしら?」


お座りして積み木で遊んでいる美冬の相手をしながら、お母様は言われた。


「あ、あの、、うちの両親には修二さんのこと、まだ言えてないんです。ごめんなさい。どんな風に伝えていいのかわからなくて………」


「そ、そうね、本当のことを言うのは辛いわね。嘘をつくわけにもいかないし、難しいことだわ」


お母様が申し訳なさそうにに動揺してうつむいた。


「いずれは言わなければいけない事ですし、今の修二さんなら喜んで受け入れてくれると思います。美冬のお誕生日をみんなでお祝いしたいですし。今日か、明日にでも実家の両親に話してみます」


ホテルでのお祝いなら、両家の顔合わせにもなって好都合だと思った。過去にどんなことがあったとしても、今の修二さんなら、両親からも十分に好感を持たれると思う。


16日なら大丈夫と修二さんは言っていたけれど、ちゃんと帰って来てくれるまでは、なんとなく不安だった。


佐々木知佳さんという女性のことも気になる。本当に単なるご近所付き合いだけの関係なのだろうか。


だけど、修二さんが言っていた女性は、公園で見かけた女性とほぼ一致していた。


ヨガのインストラクターをしていると言っていたけれど、確かにそんな感じがする人だった。



散歩の時間はいつも決まっているのだろうか。


会いに行ってみようか……。






美冬にフードのついたコートを着せて、ベビーカーに乗せた。つたい歩きはよくするけれど、また歩けない。


11月の中旬ともなれば、いつ雪が降ってもおかしくない。


ベビーカーを押しながら、寒々とした誰もいない公園を歩きまわる。


寒風が白茶けたカサカサの落ち葉を舞い上げた。


大人しくベビーカーに座っている美冬を覗きこむと、ほっぺが赤くなっていた。


「美冬、大丈夫? 寒くない?」


ベビーカーの前にかがんで、美冬のマフラーを口元まで引き上げた。


「葉っぱ!」


大きな声で美冬が足元の落ち葉を指差した。


「そうだね、葉っぱだね、みんな枯れちゃったね」


赤と黄色に染まったきれいな枯葉を、拾って美冬に渡す。


落ち葉をつまんだ小さな手。


大発見でもしたかのように、ジッと枯葉を見つめる大きな瞳。


本当になんて可愛らしいんだろう。



「葉っぱ、葉っぱ!」


ママも見て!  と言うかのように、美冬が枯葉を差しむけた。


「きれいな葉っぱだね~  美冬は本当におしゃべりが上手ね。もうすぐあんよだって出来るようになるよ」


落ち葉をつまんでいる美冬の手が冷たくなっていた。


「そろそろ帰ろうか。風邪を引いちゃったら大変ね。もうすぐ美冬のお誕生日だもんね」


ルパンが来るのをもう少しだけ待ちたかったけれど。


風が強い晩秋の公園は思いのほか寒かった。


「今日はわんちゃんのお散歩遅いね。ルパンに会いたかったな」


独りごとを言いながら、ベビーカーを押して公園を出た。


谷家が近くに見えてきた辺りで、向こうから二匹のワンちゃんを連れて歩いてくる女性が見えた。



ーー知佳さんだわ!



公園だったら話しかけやすかったのに。


簡単な挨拶くらいなら出来ると思う。


だけど、さすがに初対面の人に、その後どうやって話をつなげばいいのか迷い、怖じ気ついた。


二本のリードを握った知佳さんと、二匹のわんちゃんが私と美冬のそばを通り過ぎた。


「ルパン!!」



焦ってなんの考えもないままに、思わずルパンの名前を呼んでいた。


「えっ?」


知佳さんが立ち止まり、驚いて振り向いた。


「あ、あの、ごめんなさい。知っている人のわんちゃんに似ていたものだから、つい……」


ど、どうしよう。


このあとはどうすればいいのだろう。


ドギマギしながら考える。


「ルパンを知ってるんですか?」


知佳さんは少し訝しげに私を見つめた。


「あら、やっぱりルパンだったの。あんまりよく似てたから、思わず呼んじゃったんですけど。うふふっ!」


私はなんでも笑って誤魔化すのがクセになっている。


「谷さんとはお知り合いですか?」


知佳さんの目にはまだ警戒心が宿っているように見えた。


「え、ええ、谷家の皆さんとは仲良くさせていただいてます。おば様がとってもいい方で大好きなものですから」


「そうでしたか。私はその方の息子さんからルパンを預かってるんですよ」


少し安心したように知佳さんは笑みをうかべた。


「修二さんでしょう?  今、釧路へ行ってるそうですね? おば様から聞いたんですけど」


「……そ、そうみたいね」


知佳さんは顔をこわばらせたまま目をそらせた。


嘘をつくのは得意ではないらしい。


「こっちのわんちゃんはなんて言うんですか?」


「雪です。あ、あの、ごめんなさい、ちょっと急いでいるものですから」


ルパンと雪が繋がれたリードを引っ張って、逃げるように知佳さんは慌てて駆けていった。


一応、話の辻褄は合ってはいたけれど……。


修二さんが釧路に行っているとを言ったら、急に顔色が変わった。


二人の間にはなにかがある。


だけど、一体なに?


二人はどんな関係なの?



スッキリとしない気分で散歩から帰り、美冬に離乳食を食べさせた。


午後、離乳食を食べ終えると美冬は少し昼寝をしてくれる。いつもご機嫌で昼寝はするし、手のかからない子ねとよく言われる。


子供のときに手のかからない子は、大きくなってから手がかかるのだとも……。


本当かな?


お母様が美冬を見ていてくれると言うので、二階へあがり、ベッドに横になった。


慌てて立ち去った知佳さんの動揺した顔が目に浮かんだ。


釧路に行っていると言ったことに、なぜ知佳さんは驚いたのだろう。


そんなことをアレコレと考えて、モヤモヤした気分で午後を過ごしていたら、修二さんから久々の電話。


『あ、有紀ちゃん。今晩やっと帰れることになったよ。これから列車に乗るから、家に着くのは多分、夜の8時を過ぎると思うけど』


「本当?  じゃあ、今日は実家には帰らないで、ここで待ってる。気をつけて帰ってきてね!」


『うん、じゃあ、あとで、』







電話で予告していたより、少し遅く九時を少し過ぎた頃、修二さんが帰ってきた。


一週間ぶりの修二さんの姿に、なんとも言えない懐かしさと恥ずかしさで、思わずうつむいた。


「ただいま、有紀。遅くなって本当にごめん」


「ううん、お仕事なんですもの仕方ないわ。お疲れ様でした。夕ご飯食べるでしょう?  お母様からたくさんお料理を教えてもらったのよ。とっても上手になったんだから」


「そうか、それは楽しみだな。着替えて手を洗ってくるよ」


新婚夫婦のような会話が嬉しいのと、照れくさいのとで、修二さんの顔をまともに見られなかった。


洗面所へ向かった修二さんの後ろ姿を見つめた。


修二さん、本当になんてステキなんだろう。


あまりに嬉しくて涙があふれ、慌ててセーターの袖でぬぐった。







「寝顔がとっても可愛いね」


遅い夕ご飯を食べ終えた修二さんが、ぐっすりと眠っている美冬を愛おしげに見つめた。


「起きてるときのほうがもっともっと可愛いわよ」


「ハハハッ、有紀ちゃんはいいお母さんだな。美冬は幸せな子だ」


「お母様が美冬のお誕生日にホテルのレストランを予約してくださったの。修二さん、大丈夫?」


「16日だろう。夜なら大丈夫だよ。日中は申し訳ないんだけど、ほとんど家にはいられないんだ」


「お仕事なんですもの、仕方がないわ。でも、作家って家でお仕事するのかと思ってたわ」


責めたわけではなくて、ただ思ったとおりのことを言ったのだけど、修二さんはちょっと表情を曇らせた。


「色々と調べたりすることが多くてね。家だと資料が少ないものだから」


「そうなんだ、あ、それから修二さんの住んでいるアパート見たいんだけど」


「うん、いいよ。今月いっぱいの契約だから、荷物は片づけてしまってガランとしているけどね。じゃあ、忘れないうちに鍵を渡しておくよ。見たいときに行ったらいい」


修二さんはそう言って、キーケースからひとつキーをはずしてくれた。


アパートの荷物は、早々と片づけてしまったのね。


証拠隠滅の可能性がある。


疑いたくはないけれど。


修二さんは浴槽の排水口なんかも、ちゃんとお掃除しただろうか?


ポニーテールしていた、知佳さんの長い髪があったりしたらどうしよう。


怖いけれど、でも確認せずにはいられない。


「ねえ、このお部屋ステキでしょう。お母様が用意してくださったの。まるでスィートルームみたいだわ。こんなにして頂いて、申し訳なくって」


「有紀にはどんなことをしたって、し足りないよ。本当に感謝している」


修二さんにジッと見つめられて、思わず緊張する。


「有紀……」


抱きしめられて優しくキスされた。


サテンのベッドカバーが掛けられたベッドに押し倒される。


これは何度目のキスだっただろう。


修二さんとの過去のキスは不本意なものが多かった。


だけど、今夜のキスはなんてステキなの。


全身が炎になってとけてしまいそう。



もっと強く抱きしめて。



もう、二度と離さないで。


















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