六華 snow crystal 5

なごみ

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第1章

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翌日、慌てて病院へ行くと、夏帆は昨日より少し元気に見えた。


朝食もほんの少し食べることが出来たらしい。


「おはよう。昨日より顔色がいいね」


「ええ、よく眠れたわ。やっぱり神経ブロックをしてもらうと楽ね。おトイレにだって部屋にあるから一人で行けたのよ。それが一番嬉しいわ」


「それはよかったね。歯磨きはまだだろう?」


「磨いたわ。修二さんは自分の仕事をしてね。一日中、こんなところに拘束しているのは嫌なの。私はまだまだ大丈夫だから」


夏帆は横たわったまま、力なく微笑んだ。


「夏帆、気分が悪くなかったら、遺産の相談をしてもいいかな。あれって、やっぱり僕が相続するのはおかしいだろう」


「どうして?  夫なのに何がおかしいの?」


「じゃあ、相続するのは僕だとして、何に使ったらいいのか相談しよう。そうじゃないと受け取れないな。それに僕よりも知佳さんのほうが長いこと、君の役に立っていたんじゃないのかい?」


「ええ、知佳に相談したこともあったわ。だけど彼女も頑なに断って、、」


確かに知佳さんは、そんなタイプだ。






ドアがノックされ、ボディソープやリネン類など載せたワゴンを押して、看護師たちが入って来た。


「清拭してもよろしいでしょうか? 」


水色のユニフォームに三角布を被った看護助手さんが、にこやかにたずねた。


「はい、お願いします」


夏帆はもうシャワーを浴びることも難しくなっていたから、そういったお世話も夫より同性のほうが気楽なのだろう。


パソコンを持ち込み、一応仕事はしているけれど、気持ちが落ち着かないうえに、中断されることも多くて能率は良くない。


今は決められた連載を少し書いているだけで、他の書きかけのものはすべて滞ったままだ。


だけど、今はそれでいいと思える。夏帆のことを何よりも優先してあげたい。






午後からは知佳さんと数人の友人たちが、お見舞いに来てくれた。


夏帆の調子がいつもより良かったから、病室は明るい笑いに包まれた。


「思ってたより元気で良かったわ。さすがは夏帆、しぶといわね。根性が違う、ウハハッ」


歯に衣着せぬ知佳さんは、そんなことを平気で言って笑っている。


「そうよ、知佳がさっさと逝けばいいのになんて思ってるから、意地でも長生きしてあげるの」


夏帆も負けずに言い返す。


夏帆との残り少ない時間を、みんなで笑って楽しんだ。


もしかして、今日が最期のお別れかも知れないと、誰もがそう思いながら……。








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