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第1章
みじめな誕生会
しおりを挟む帰宅する修二さんと顔を合わせたくなくて、今日は美冬を連れて実家に帰ることにした。
夕方の5時過ぎに実家に戻り、父も母もまだ帰ってきていなかったので、夕食の準備を始める。
美冬を歩行器に座らせ、NHKの子供番組をつけた。
「美冬、ちょっと一人で遊んでいてね」
冷蔵庫の野菜室には根菜類しかなかった。
献立を考えるのも面倒で、肉を解凍してカレーを作ることにした。
実家には気のきいたスパイスなどないけれど、タマネギさえじっくり炒めたら、カレーはそこそこ美味しくなる。圧力鍋があるから早いし。
カレーのルーを割り入れる頃、仕事帰りの遥香が健人さんと連れだってリビングへ入ってきた。
「あら、お姉ちゃんいたの。わ~ いい匂い。今日はカレー? あ、美冬~~! テレビ見てたの? 本当に可愛いよね~ お姉ちゃんが産んだ子だなんて信じられない」
憎まれ口を叩いて、おもちゃをいじっていた美冬を抱き上げた。
「明日は一歳のお誕生日だねぇ。新しいパパはどんな人かな? 美冬にパパが出来るのがなによりのプレゼントだもんね~!」
遥香の無邪気な笑顔に気が重くなる。
私はまた家族をがっかりさせてしまうのだろうか……。
ステキな修二さんを家族に紹介できることが、一番の楽しみだったのに。
「健人さん、お腹すいたでしょう? もうすぐできるから待っててね。私もさっき着いたばかりなものだから」
手持ちぶさたなようすでソファに座っている健人さんに話しかけた。
「いつも突然ですみません。適当でいいですよ。うちはいつも簡単な夕食ですから」
健人さんの言いようが気に入らなかったのか、遥香が不満をもらす。
「簡単な夕食ってどういうこと? 私は仕事を終えてから毎日ヘトヘトになって作ってるのよ」
むくれた遥香は美冬を抱っこしたまま、健人さんの隣にどさりと腰をおろした。
「昨日は僕が作っただろう」
「買ってきたお惣菜を並べただけでしょ。作ったんじゃないわよ」
「簡単で美味しいのが一番って、君がいつも言っていることじゃないか」
健人さんはわがままな遥香との会話を楽しんでいるように見えた。
「すぐ、ああ言えばこう言うのよね。おしゃべり!」
「沈黙は金なんかじゃないって言ったのは君だろう。ハハハッ」
健人さんは負けずに言って笑った。口達者な遥香に負けてないなんて頼もしい。きっと頭の回転が速いのね。
「もういいわよ! それより、お姉ちゃん、明日着ていく服あるの? まさか、そんな格好で行くつもりじゃないよね?」
カレーを皿によそっていたら、遥香に突然そんなことを言われて慌てた。
「あ、そうか、忘れてた」
明日のお誕生会はホテルでのディナーだ。
いくら気のおけない身内といっても、それなりの服装をしないと、まわりが恥ずかしい思いをする。
「やっぱりね。お姉ちゃんはそういう事には昔から疎いから」
「ねえ、なにか貸してよ。これから洋服を買いになんて行けないわ」
テーブルに盛りつけたカレーを運ぶ。
「いいけど最近太ったんじゃない? まさか又ご懐妊じゃないでしょうね?」
遥香に腹部のあたりをジロジロ見られた。
「違うわよ、失礼ね。大きめのでいいわ。ゆったり着れそうなのをお願い。健人さん、お待たせ、カレーできました」
健人さんと遥香が洗面所で手を洗ってから食卓テーブルに着いた。
「楽してるとすぐ太るよね。早く仕事はじめたら? あ~ お腹ペコペコ、いただきま~す!」
言いたい放題のことを言いながら、遥香はカレーを食べ始めた。
「うん、美味しい! やっぱり有紀さんは料理上手だなぁ」
私への褒め言葉に気を悪くしたのか、遥香が健人さんを軽く肘で突いた。
「痛いって……ごめん、怒るなよ」
健人さんは優しく遥香をのぞき込んで、機嫌を窺った。
微笑ましいケンカしている二人が、羨ましくて仕方がなかった。
翌日の朝、遥香がニットのワンピースと可愛いファーのついた黒のコートを置いていってくれた。
両親も真っ直ぐにホテルへ向かうとのことで、いつもよりめかし込んで出勤した。
朝食後の後片付けを済ませ、玄関前に収集日の生ゴミを出して谷家へ向った。
午前10時過ぎに到着し、修二さんは当然のように家には居なかった。
「有紀ちゃん、これどうかしら。今日のために美冬に買っておいたのよ」
お母様がリボンのついた箱をテーブルの上に置いた。
リボンをほどいて箱をあけるとピンク色のシンプルなドレスに、お揃いのニットのカーディガンが入っていた。
「わぁ~ 可愛い! とっても素敵です」
シンプルながらも優しい色合いと、洗練されたデザイン。
箱にはBaby Diorの文字。
やはり高級ブランドは違うな。
この素敵なお洋服は、半年もしないうちに小さくなって着られなくなってしまうだろう。
美冬がどんなに可愛くても、私にはとても買えない。
「ありがとうございます。こんなにしていただいて」
恐縮してお母様に頭を下げた。
「あら、これくらいの事、どこの祖父母でもすることよ。長男の娘の朱莉にだってしてあげているんだから、気にしないで」
いま着せている西松屋で買ったベビー服が、ひどくみすぼらしく見えた。
孫にこんなセンスのない洋服なんか着せて、お母様はどんな風に感じてらっしゃるのだろう……。
お誕生会を兼ねた両家の顔合わせは、午後7時から。
抱っこした美冬とお母様と3人でタクシーに乗り、札幌駅そばの某ホテルへ向かった。
30分も前に着いたので、まだ来ている人はいなかった。
ロビーのソファに座って待っていたら、6時45分を過ぎて、うちの両親があたりを見まわしながらやって来た。
「お疲れのところ、ありがとうございます。まだうちの者が揃ってないのですが、中で待ちましょうね」
簡単なあいさつを交わしてレストランへ入り、席に着いた。
「この度はご縁がありまして。うちの修二のところへ有紀さんが来てくださることになって、主人も私もどんなに嬉しく思ってるか、言葉ではとても言えませんわ」
お母様の丁寧な挨拶に、少し気後れしたように父と母ががあいさつを返した。
「こちらこそ、、こんな子連れの出戻り娘ですが、よろしくお願いします」
いつもは不遜な父が、緊張した面持ちで挨拶をした。
「こんなに早くいい人が見つかって、私たちもとっても喜んでいるんですよ。やはりシングルマザーは大変ですから」
いつもは堂々としている母も、今日はひかえめに見えた。
私はまだ美冬を、修二さんの子供だと両親には打ち明けられていなかったから。
修二さんの人となりを理解させてから説明したかったのだ。
どんな人なのか分かりもしないうちに、子供ができた経緯など言いたくなかった。
「あ、あら、有紀ちゃん、まだ言ってなかったの? もう言ってもいいんじゃないかしら。いつまでも隠しておくっていうのも失礼だわ」
お母様は躊躇しながら、上目遣いで私をみつめた。
「で、でも、もうすぐ修二さんが来られると思いますから、それからでもいいですか?」
「そう、わかったわ。じゃあ、もう少し待ちましょうか。本当に遅いわね、なにしているのかしら」
お母様がレストランの出入り口をヤキモキしたように見つめた。
「有紀、なにか私たちに隠してるの?」
父と母が不安げに私を見つめる。
「隠すつもりはないの。でも、ちょっと言えなくて。修二さんもうすぐ来てくださるわ、ちょっと待っていて」
そんな話をしていたら、修二さんのお父様が入ってくるのが見えた。
「遅くなりまして、申し訳ありません。はじめまして。修二の父です。頼りのないドラ息子ですが、宜しくお願いします」
病院経営をされていることは両親にも伝えてはいたが、お父様はいかにも紳士然とした素敵なオーラを放っていた。
「いえいえ、こちらこそ、ふつつかな娘で申し訳ありません。末永くよろしくお願いします」
母は大袈裟に手ぶりをつけながら、頭を下げた。
次第に緊張もとけて和やかな雰囲気のなか、ボーイがやって来て、食事を運んでも良いかを尋ねた。
「修二は遅いわね。何をしているのかしら」
もう、7時半を過ぎていた。
時間を確認したお母様が苛立って、スマホを取り出した。
「あ、お母様、私が連絡してみます」
「そうね、お願い。今すぐに来てって伝えてちょうだい」
しばらくの間、呼び出し音を鳴らし続けた。
「たぶん、運転中なんだと思います。来られないなら電話をくれるはずですから」
「あまり慌てさせないほうがいいわ。事故でも起こしたら大変ですもの」
うちの母がお母様を気遣うように言った。
「そうね、きっと運転中なんだわ。もうすぐ来ると思います。いつもは遅れたりする子ではないのですが、本当にごめんなさい」
1時間を過ぎても、修二さんは現れなかった。
頂いた美冬への誕生日プレゼントを開けては、一人はしゃいでみたけれど、惨めで仕方がなかった。
キャビアも道産黒毛和牛のステーキも、どんな味だったのか全く覚えていない。
その後もニ度電話をしたけど、繋がらなかった。
もうデザートも食べ終え、みんな黙りこくったまま珈琲を飲んでいた。
「ふえっ、ふえっ、ふぎぁー!」
眠くなったのか機嫌の良かった美冬もとうとうぐずりだす。
修二さん、どうして?
美冬の誕生日は大丈夫って言っていたのに。
そんなに、そんなに知佳さんがいいの?
応援ありがとうございます!
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