六華 snow crystal 5

なごみ

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第1章

夏帆の死

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*修二*


今朝、病室へ入ると夏帆は酸素マスクをしていた。


「夏帆! どうしたんだい、息苦しいの?」


日に日に弱ってはいたけれど、昨夜帰るときは、息苦しさなどは訴えていなかった。


「明け方からちょっと苦しくなったの。大丈夫よ。酸素してもらったら、だいぶ良くなったわ」


肩で深く息をしている夏帆は、少しも大丈夫には見えなかった。


すでに尿道カテーテルも挿入されて、ベッド柵に尿バッグが下げられていた。


肺には癌があるのだし、咳き込むことは多かったけれど。




夏帆、頼む、……まだ逝かないでくれ。



切実な思いで夏帆を見つめた。


もっと徐々に悪くなっていくのだと、なぜかそんな風に勝手に思い込んでいた。


突然、こんなに悪くなってしまうなんて。


少しも不思議なことではないのに、自分の身に降りかかると、これほど動揺するものなのか。




「修二さん、、本当にありがとう。こんなに幸せにしてもらって……」


目に涙をためてそう言った夏帆に、どんな言葉をかけていいのかわからない。


「夏帆、、お礼なんて言わないで。大丈夫だ、まだ頑張れるだろう」


毛布の中の夏帆の手を握りしめる。


僕は残酷なことを言っているのかもしれない。こんなに苦しんでいる夏帆に、自分の願望だけを押しつけて。



だけど、だけど、、


「結婚してくれるなんて思わなかった。よかった、修二さんに出会えて、、」



「夏帆、無理に話さなくていいから」


「ううん、…話したいの。もう話せなくなるんだもの、、もっと、…もっと話したいわ。……修二さんのタキシード、とっても素敵だった」


目を潤ませながら、夏帆はかすれた声で呟く。


「夏帆のウエディング姿だってとっても綺麗だったよ」



「あの小さなマンションで一緒に暮らせて、楽しかった……」


「また暮らそう、夏帆。今度はもっと広いマンションで、、」


なにを言っているのだろう、僕は。


こんな状況で、見え透いた嘘など言って。


だけど僕は " 今までありがとう ” なんて言葉をまだかけたくない。



君は本当にもう、逝ってしまおうとしているのか。





スルスルとスライドドアが開き、看護師が顔をだした。


「あの、ご家族の方、ちょっといいですか?」


手招きされ、ドクターから話があると告げられる。


夏帆のそばを離れたくなかったが、仕方なく看護師について行き、医師のいる部屋へ通される。


シャーカステンに胸部レントゲン写真がかざされ、その前に初老の医師が座っていた。




第一線の医療から離れている医師は、いかにも惰性で仕事をしているようで、やる気のなさがにじみ出ていた。


「肺がもう、これだけ白くなってるんでね、間違いなく今日中に逝きます。会わせたい人には早めに会わせてあげて」


マンネリした日常の流れのように、感情もなく淡々と語った。


「………。」


誠意もやる気もないこの医師に、今更なにを期待しても無駄だろう。






息苦しい夏帆を少しでも楽にさせてあげたいとは思うけれど、モルヒネや鎮静剤を使うと意識は低下する。


せめて知佳さんにだけは、意識のあるうちに会わせてあげたい。


知佳さんに電話をすると、" 保護者会で幼稚園に来ているけれど、すぐに向かう " と言ってくれた。


病室へもどり、夏帆の手を握った。


手はさっきより冷たくなっていた。チアノーゼで紫色になっている。


「夏帆、もうすぐ知佳さんが来てくれるから」


呼びかけに夏帆はうっすらと目を開けた。


「知佳? 午前中は忙しいのに大丈夫かな?」


「息苦しいだろう? 」



肺の機能がダメになっている今となっては、酸素量をあげたところで、苦しさはかわらない。


真綿で首を絞められているようなものなのか………。


何ひとつしてあげられずに、ただそばで見ているだけの辛さ。






30分ほどして、息を切らせた知佳さんが、部屋に飛び込んできた。


「夏帆、どうして?  昨日あんなに元気だったじゃない!」


余命は過ぎているけれど、知佳さんにとっても、夏帆の急変は意外だったのだろう。


「あ、知佳、…ごめんね、…何度も来させて」


「そんなこと、、何度だって、、何度だって来てあげるわよ」


いつもなら気丈な知佳さんも、苦しげな夏帆の姿にショックを受けたようだった。


「知佳がいてくれなかったら私、…もっと早く死んじゃってたわ。…本当に、本当に……ありがとう」


「なに言ってるの。まだダメよ!  みんなでクリスマスパーティしようねって、昨日言ったじゃないの」


「余命よりも…ずっと長く生きれたもの。……この半年は本当に…幸せだった。ご主人と未央ちゃんにも迷惑かけたわ、…よろしく伝えてね」


「私の方がずっと助けられてたわ。夏帆がいなかったら、どうなってたか知れないわ」


知佳さんはもうボロボロに泣いていた。


「よかった、…最期に会えて。……本当にありがとう」


「修二さん、……ありがとう」


喘ぎながらやっとそう言うと、夏帆は目を閉じた。


「夏帆、、」


夏帆は意識を失って、深い眠りに落ちていった。


少しは苦しみからも解放されたのだろうか。






それから数時間して、夏帆はとうとう息をひきとった。


下顎呼吸がチェーンストークスに変わった頃、さっきの医者が来て、夏帆が死ぬのを待っていた。


呼吸も止まり、ハートモニターがフラットになったのを確認すると、腕時計を見た。


「15時23分、ご臨終です」


最後まで淡々と機械的な医師だった。



「夏帆、夏帆っ! うわぁーーん!」


さっきからずっとシクシク泣いていた知佳さんが、夏帆の身体にすがりついた。


僕には誠意のないあの医師を責める資格もない。



ただただ後悔しかなかった。


なぜ僕は夏帆の言うままに家に帰ったりすることが出来たのか。


なぜ一晩中、夏帆のそばにいてやらなかったのか。


いくら有紀と美冬が僕にとって、かけがえのない存在だったとしても。




看護師だけは傷ついている僕たちに、優しい気遣いをみせてくれた。


「あ、あの、器具などを外して、綺麗にしてあげたいのですが、よろしいですか?」


まだあどけなさを感じる若いナースが、遠慮がちに言った。



「お願いします」


涙をふきながら知佳さんが頭を下げた。



昨日、あんなに元気だったのに。


このホスピスに来て、まだ数日しか経っていないのに。



他の患者だったら、少しも珍しく思わない急変なのに、なんの疑いもなく僕は………。



取り乱して見えた知佳さんは、僕よりもずっと冷静だった。


霊柩車の手配も葬儀屋への連絡もテキパキと済ませていた。



死亡診断書を受け取り、夏帆の実家へ向かった。


夕方になって、知佳さんが一旦家に戻った。


夜の7時を過ぎた頃、葬儀屋が来て、湯灌の儀が執り行われた。


夏帆は密葬にして欲しいと言っていたが、知佳さんが友人に知らせたようで、10名ほどが集まった。



湯灌の最中にスマホが鳴った。



ーー有紀からだった。


今日は美冬の誕生日で、ホテルでの顔合わせの日でもあったのだった。



美冬の誕生日が夏帆の命日。



もう嘘をつく気力もなければ、言い訳もしたくなかった。



呼び出し音が途切れるのを待ってから、スマホの電源を切った。



有紀ごめん………。





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