26 / 55
第1章
残酷な結末
しおりを挟む
**有紀**
結局修二さんからは、なんの連絡もないまま、美冬のお誕生会はお開きとなった。
かわいそうな私を気遣ってか、両親はなにも言わなかった。
ぐずっていた美冬は抱っこするとすぐに眠ってしまい、今日はどっちの家に帰ればいいのかで迷った。
谷家に居座るのも苦痛だけれど、実家の両親に気を遣われるのはもっと嫌だった。
それに、どういう経緯で結婚になったのか、問い詰められたくなかったから。
「修二ったら、本当にどうしちゃったのかしら。有紀ちゃん、本当にごめんなさい」
帰りのタクシーの中で、お母様が何度も謝り続ける。
「も、もしかして、急なお仕事が入ったのかもしれないです。あまり気にしないでください」
気に病んでいるお母様にはそう言ってみたけれど、電話もかけられないほど忙しいはずはない。
だけど他にどう言っていいのかわからなかった。
「仮に仕事だったとしても、電話のひとつもよこせないほど仕事をしているわけはないだろう」
お母様以上に苛立っていたお父様が口をはさんだ。
「もしかして後遺症のせいかしら? 記憶障害が残っているのかもしれないわ」
お母様の憶測は少し希望を与えてくれた。
記憶障害などがあったら、今後の仕事や生活に差し障りはあるけれど、今はそんな理由があったほうが、まだ救われる気がした。
修二さん、一体どうしたいの?
知佳さんと別れる気はあるの?
もしかして、知佳さんとどこかへ逃げてしまったの?
よく眠れないまま、朝方4時頃ウトウト寝入り、美冬の声で目がさめた。
「まんま、、うまんま、」
時計を見ると、7時を過ぎていた。
不眠で気分は最悪だった。起きあがると頭重感と吐き気に襲われた。
よろよろと起きあがり、美冬のそばへ行く。
「美冬、おはよう。お腹すいた?」
「マンマ、、しゅいた」
「そうだね、お腹すいたね。美冬は本当に可愛いね」
この子さえいればそれで良かったじゃない。
………私は欲張りすぎたんだ。
お布団の上に、ちょこんとお座りしている美冬を抱きあげキスをした。
スタンドミラーに映った顔を見て、なお憂鬱になる。
昨夜、泣きすぎて目が腫れていた。
急いで着替え、抱っこした美冬と一階に降り、リビングのドアを開けた。
お父様がソファに腰掛け、新聞を読んでいた。
「おはようございます」
「おはよう……」
昨夜のことを気にしているのか、お父様は顔もあげずに、いつになく沈鬱に見えた。
抱っこしていた美冬を遊びコーナーのスペースへ降ろした。
「ご飯ができるまで、遊んでいてね」
美冬のまわりに積み木や絵本などをひろげ、エプロンのひもをむすびながら、慌ててキッチンへ駆け込む。
「すみません、寝坊してしまって、、」
お母様は茹でた野菜で、ナムルを作っていた。
「あら、なんだか、顔色がよくないわね。大丈夫?」
元気にふるまう余裕はなかった。わざとらしくて、よけいに痛く見えてしまいそう。
「……よく眠れなかったものですから」
「当たり前だわ。美冬は私が見てるから休んでいて。ひとり遊びができる子だから大丈夫よ」
「すみません。……じゃあ、お願いします」
気分がすぐれないというよりも、誰とも顔を合わせたくなかった。
お父様にまで気まずい思いをさせているようで。
修二さんのことは、本当に諦めたほうがいいような気がした。
私と美冬の幸せが、他の人を不幸にしてしまうのだとしたら。
知佳さんが修二さんと別れたいと思っているのならいいけれど。
明るく溌剌とした知佳さんからは、落ち込んだような様子は見受けられなかった。
まだ修二さんは知佳さんに、私と美冬のことは言えていないのだろう。
二階へあがり、ひとり寝室のベッドに倒れ込む。
ーーーどうしよう、
このまま修二さんから何も連絡がなかったら、……いつまでもこの家に居座るわけにもいかない。
既読されているのに、連絡をくれないのは何故?
修二さん、今どこにいるの?
眠くても寝られないままベッドに横たわっていると、色々な妄想に取り憑かれる。
確かにモテる人ではあったけれど、元々女癖が悪かったのだ。
いくら素敵な人だって、そんな人と結婚なんかして幸せになどなれるはずがない。
麗奈さんとすぐに離婚してしまったのも、もしかしたら修二さんの浮気が原因だったのだろうか。
私はいつのまにか修二さんを、美化しすぎていたのかもしれない。
修二さんと別れたら、今度はどこに住もうか?
両親は当てにはできないので、実家のそばで暮らす意味はあまりない。
それに家族からまた同情めいた目で見られたくもない。
忙しすぎる両親でも、時々美冬に会わせてあげたいと思うけれど。
沖縄に戻ろうか。
紗英たちがいれば、シングルマザーだって怖くはない。
だけど、あんなに祝福されて送り出されたというのに……今さら戻るというのもちょっと辛い。
気持ちはすっかりお別れムードになっていた。
だけど、本当に連絡がないままなの?
そんなに無責任な人ではなかったはずなのに……。
少しも眠れないまま、悲観に暮れて午前中を過ごした。
午後、美冬と段ボール製のままごとキッチンでしばらく遊ぶ。
組み立てるのがやや面倒だったけれど、とても可愛らしいキッチン。お母様がプレゼントしてくださった。
歩けない美冬にはまだ難しいけれど、おもちゃの果物やお野菜を切ったり、付属のお鍋をコンロにかけてかき混ぜたりと、中々本格的な遊びができる。
「ごっ!」
お座りしている美冬が、半分に切ったオモチャのリンゴを持ち上げて見せた。
「わぁ~ リンゴ上手に切れたね、美冬」
「じゃあ、このピーマンも切ってね。お願いしま~す」
マジックテープで引っ付けられているピーマンをわたす。
小さな手でオモチャの包丁を持ち、ピーマンをプツンと切る。
「わ~ すごい。はやく美冬が作ったお料理が食べたいなぁ」
こんな遊びを二時間近くもしていたら、疲れたのかあくびをし出した。
「もう眠くなったね。ねんねしようね」
おんぶして揺らしていると、五分もしないうちに眠ってしまった。
美冬の寝顔を見ながら一緒に横になっていたら、いつのまにかウトウトしていた。
" わんわん ” という、犬の鳴き声で目がさめた。
時計を見ると、午後3時を過ぎていた。
ーールパンの声だわ。
じゃあ、、それじゃあ、修二さんが戻って来たということ?
あんなに帰りを待っていたけれど、会うことが恐ろしく感じられ、美冬を連れてどこかへ逃げたくなった。
寝ている美冬を残し、落ち着かない気持ちで廊下へ出た。
誰の声も聞こえず、心配になって一階へ降りてみた。
リビングのドアに手をかけると、修二さんの声が聞こえた。
「美冬の誕生日、……僕はとても大切な人を亡くした」
……誰かが亡くなったんだ。だから、だから来られなかったのね。
「そう、だったら連絡をくれたらよかったじゃない。有紀ちゃんがどんなに惨めな気持ちであなたを待っていたか、想像もできなかったの? 知人に不幸があったから行けなくなったと言えば済んだことでしょう!」
お母様にしては珍しく、昂ぶった感情的な声が聞こえた。
「知人じゃない………身内だ」
身内…… 親戚ということ?
「これはどう言うこと? この人はいったい誰! 親に内緒で勝手に結婚なんかして。こんなことが有紀ちゃんに知れたらどうするつもり ⁉︎」
ーー勝手に結婚って、
どういうこと? そんな、、知佳さんはただの恋人じゃなかったってこと ⁉︎
「有紀ちゃんと美冬が入籍されているのか心配になって調べてみたのよ。そうしたら、こんな、、こんなことになっていたなんて。どこの誰とも知れない人と勝手に再婚なんかして、あまりにもひどすぎるわ!」
二階までは聞こえないように声をひそめてはいるものの、ヒステリックに責め立てるお母様の声が響いた。
そうだったんだ。
修二さん、もう、再婚していたのね。
だから、あんなに苦しんでいたの……。
つかんでいたドアノブをゆっくりと回した。
ソファに座り、うつむいて力なく話す修二さんが見えた。
「勝手に再婚したことは悪かったと思ってる。だけど説得している時間はなかったんだ。彼女には余命、、」
「ゆ、有紀ちゃん!」
お母様が目を見開いて、ソファから立ち上がった。
それからのことはよく覚えていない。なにを言ったのかさえ。
美冬の存在は修二さんを苦しめていた。
とにかく、もうここにはいられないことを悟り、二階へ駆け上がった。
追いかけて来た修二さんが、盛んになにかを説明しようとしていたけれど、耳に入らなかった。
美冬の着替えなどをやみくもにトートバッグへ詰め込んだ。
裏切られたという哀しみと恨めしさで、頭がどうにかなりそうだった。
懇願するお母様を振り切って、玄関を飛び出した。
追って来られることさえ腹立たしく、もう構わないでもらいたい。
なによ、嘘つき!
また人の結婚の邪魔をするところだった。
私と美冬のために、知佳さんを捨てるつもりだったの?
修二さんなんか、もう大っ嫌いよ!
最低!!
結局修二さんからは、なんの連絡もないまま、美冬のお誕生会はお開きとなった。
かわいそうな私を気遣ってか、両親はなにも言わなかった。
ぐずっていた美冬は抱っこするとすぐに眠ってしまい、今日はどっちの家に帰ればいいのかで迷った。
谷家に居座るのも苦痛だけれど、実家の両親に気を遣われるのはもっと嫌だった。
それに、どういう経緯で結婚になったのか、問い詰められたくなかったから。
「修二ったら、本当にどうしちゃったのかしら。有紀ちゃん、本当にごめんなさい」
帰りのタクシーの中で、お母様が何度も謝り続ける。
「も、もしかして、急なお仕事が入ったのかもしれないです。あまり気にしないでください」
気に病んでいるお母様にはそう言ってみたけれど、電話もかけられないほど忙しいはずはない。
だけど他にどう言っていいのかわからなかった。
「仮に仕事だったとしても、電話のひとつもよこせないほど仕事をしているわけはないだろう」
お母様以上に苛立っていたお父様が口をはさんだ。
「もしかして後遺症のせいかしら? 記憶障害が残っているのかもしれないわ」
お母様の憶測は少し希望を与えてくれた。
記憶障害などがあったら、今後の仕事や生活に差し障りはあるけれど、今はそんな理由があったほうが、まだ救われる気がした。
修二さん、一体どうしたいの?
知佳さんと別れる気はあるの?
もしかして、知佳さんとどこかへ逃げてしまったの?
よく眠れないまま、朝方4時頃ウトウト寝入り、美冬の声で目がさめた。
「まんま、、うまんま、」
時計を見ると、7時を過ぎていた。
不眠で気分は最悪だった。起きあがると頭重感と吐き気に襲われた。
よろよろと起きあがり、美冬のそばへ行く。
「美冬、おはよう。お腹すいた?」
「マンマ、、しゅいた」
「そうだね、お腹すいたね。美冬は本当に可愛いね」
この子さえいればそれで良かったじゃない。
………私は欲張りすぎたんだ。
お布団の上に、ちょこんとお座りしている美冬を抱きあげキスをした。
スタンドミラーに映った顔を見て、なお憂鬱になる。
昨夜、泣きすぎて目が腫れていた。
急いで着替え、抱っこした美冬と一階に降り、リビングのドアを開けた。
お父様がソファに腰掛け、新聞を読んでいた。
「おはようございます」
「おはよう……」
昨夜のことを気にしているのか、お父様は顔もあげずに、いつになく沈鬱に見えた。
抱っこしていた美冬を遊びコーナーのスペースへ降ろした。
「ご飯ができるまで、遊んでいてね」
美冬のまわりに積み木や絵本などをひろげ、エプロンのひもをむすびながら、慌ててキッチンへ駆け込む。
「すみません、寝坊してしまって、、」
お母様は茹でた野菜で、ナムルを作っていた。
「あら、なんだか、顔色がよくないわね。大丈夫?」
元気にふるまう余裕はなかった。わざとらしくて、よけいに痛く見えてしまいそう。
「……よく眠れなかったものですから」
「当たり前だわ。美冬は私が見てるから休んでいて。ひとり遊びができる子だから大丈夫よ」
「すみません。……じゃあ、お願いします」
気分がすぐれないというよりも、誰とも顔を合わせたくなかった。
お父様にまで気まずい思いをさせているようで。
修二さんのことは、本当に諦めたほうがいいような気がした。
私と美冬の幸せが、他の人を不幸にしてしまうのだとしたら。
知佳さんが修二さんと別れたいと思っているのならいいけれど。
明るく溌剌とした知佳さんからは、落ち込んだような様子は見受けられなかった。
まだ修二さんは知佳さんに、私と美冬のことは言えていないのだろう。
二階へあがり、ひとり寝室のベッドに倒れ込む。
ーーーどうしよう、
このまま修二さんから何も連絡がなかったら、……いつまでもこの家に居座るわけにもいかない。
既読されているのに、連絡をくれないのは何故?
修二さん、今どこにいるの?
眠くても寝られないままベッドに横たわっていると、色々な妄想に取り憑かれる。
確かにモテる人ではあったけれど、元々女癖が悪かったのだ。
いくら素敵な人だって、そんな人と結婚なんかして幸せになどなれるはずがない。
麗奈さんとすぐに離婚してしまったのも、もしかしたら修二さんの浮気が原因だったのだろうか。
私はいつのまにか修二さんを、美化しすぎていたのかもしれない。
修二さんと別れたら、今度はどこに住もうか?
両親は当てにはできないので、実家のそばで暮らす意味はあまりない。
それに家族からまた同情めいた目で見られたくもない。
忙しすぎる両親でも、時々美冬に会わせてあげたいと思うけれど。
沖縄に戻ろうか。
紗英たちがいれば、シングルマザーだって怖くはない。
だけど、あんなに祝福されて送り出されたというのに……今さら戻るというのもちょっと辛い。
気持ちはすっかりお別れムードになっていた。
だけど、本当に連絡がないままなの?
そんなに無責任な人ではなかったはずなのに……。
少しも眠れないまま、悲観に暮れて午前中を過ごした。
午後、美冬と段ボール製のままごとキッチンでしばらく遊ぶ。
組み立てるのがやや面倒だったけれど、とても可愛らしいキッチン。お母様がプレゼントしてくださった。
歩けない美冬にはまだ難しいけれど、おもちゃの果物やお野菜を切ったり、付属のお鍋をコンロにかけてかき混ぜたりと、中々本格的な遊びができる。
「ごっ!」
お座りしている美冬が、半分に切ったオモチャのリンゴを持ち上げて見せた。
「わぁ~ リンゴ上手に切れたね、美冬」
「じゃあ、このピーマンも切ってね。お願いしま~す」
マジックテープで引っ付けられているピーマンをわたす。
小さな手でオモチャの包丁を持ち、ピーマンをプツンと切る。
「わ~ すごい。はやく美冬が作ったお料理が食べたいなぁ」
こんな遊びを二時間近くもしていたら、疲れたのかあくびをし出した。
「もう眠くなったね。ねんねしようね」
おんぶして揺らしていると、五分もしないうちに眠ってしまった。
美冬の寝顔を見ながら一緒に横になっていたら、いつのまにかウトウトしていた。
" わんわん ” という、犬の鳴き声で目がさめた。
時計を見ると、午後3時を過ぎていた。
ーールパンの声だわ。
じゃあ、、それじゃあ、修二さんが戻って来たということ?
あんなに帰りを待っていたけれど、会うことが恐ろしく感じられ、美冬を連れてどこかへ逃げたくなった。
寝ている美冬を残し、落ち着かない気持ちで廊下へ出た。
誰の声も聞こえず、心配になって一階へ降りてみた。
リビングのドアに手をかけると、修二さんの声が聞こえた。
「美冬の誕生日、……僕はとても大切な人を亡くした」
……誰かが亡くなったんだ。だから、だから来られなかったのね。
「そう、だったら連絡をくれたらよかったじゃない。有紀ちゃんがどんなに惨めな気持ちであなたを待っていたか、想像もできなかったの? 知人に不幸があったから行けなくなったと言えば済んだことでしょう!」
お母様にしては珍しく、昂ぶった感情的な声が聞こえた。
「知人じゃない………身内だ」
身内…… 親戚ということ?
「これはどう言うこと? この人はいったい誰! 親に内緒で勝手に結婚なんかして。こんなことが有紀ちゃんに知れたらどうするつもり ⁉︎」
ーー勝手に結婚って、
どういうこと? そんな、、知佳さんはただの恋人じゃなかったってこと ⁉︎
「有紀ちゃんと美冬が入籍されているのか心配になって調べてみたのよ。そうしたら、こんな、、こんなことになっていたなんて。どこの誰とも知れない人と勝手に再婚なんかして、あまりにもひどすぎるわ!」
二階までは聞こえないように声をひそめてはいるものの、ヒステリックに責め立てるお母様の声が響いた。
そうだったんだ。
修二さん、もう、再婚していたのね。
だから、あんなに苦しんでいたの……。
つかんでいたドアノブをゆっくりと回した。
ソファに座り、うつむいて力なく話す修二さんが見えた。
「勝手に再婚したことは悪かったと思ってる。だけど説得している時間はなかったんだ。彼女には余命、、」
「ゆ、有紀ちゃん!」
お母様が目を見開いて、ソファから立ち上がった。
それからのことはよく覚えていない。なにを言ったのかさえ。
美冬の存在は修二さんを苦しめていた。
とにかく、もうここにはいられないことを悟り、二階へ駆け上がった。
追いかけて来た修二さんが、盛んになにかを説明しようとしていたけれど、耳に入らなかった。
美冬の着替えなどをやみくもにトートバッグへ詰め込んだ。
裏切られたという哀しみと恨めしさで、頭がどうにかなりそうだった。
懇願するお母様を振り切って、玄関を飛び出した。
追って来られることさえ腹立たしく、もう構わないでもらいたい。
なによ、嘘つき!
また人の結婚の邪魔をするところだった。
私と美冬のために、知佳さんを捨てるつもりだったの?
修二さんなんか、もう大っ嫌いよ!
最低!!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる