六華 snow crystal 5

なごみ

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第1章

アトリエで

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*修二*


午後、夏帆の家でパソコンに向かい、久しぶりに集中して原稿を書いていた僕に、母からの呼び出し。


重い気分で実家に向かう。


母が諦めきれないと思うのも無理はない。


有紀を騙していたとはいえ、夏帆は亡くなり、いま僕は独身なのだ。


まだ間にあうかも知れないと、僕も昨夜はそのつもりで有紀に会いに行った。


だけど、そこで目にしたショッキングな光景。


佐野の車から降りた有紀の、憂いを感じさせる後ろ姿を思い出す。


赤く光る車のテールランプが見えなくなるまで見送っていた。


有紀はまだ佐野のことが忘れられてはいないのだろう。


寂しげな有紀の立ち姿は、遠くからでも確認できた。


すっかり見切りをつけられた僕が、今さら復縁を迫ったところで鬱陶しいだけだろう。






午後三時のアフタヌーンティー。


母の手作りスコーンはとでも好きだったけれど、今は手を伸ばす気分になれない。


「あなたが行かないと言っても、私は行かせてもらうわ。このままじゃ後悔してもしきれないわよ。有紀ちゃんだって、もしかしたら待っているかも知れないのよ」


押し黙っている僕に、たたみかけるように母は話し続ける。


「とにかく一生このまま美冬に会えないなんて、とても我慢できないわ。ねぇ、早いほうがいいわ。今夜、夕食を終えたら行ってみない?」


思い立ったら、いてもたってもいられないように母はそわそわしだした。


「僕はご両親にお詫びをして、きちんと説明もしてきているんだよ。その上での有紀ちゃんの判断なんだ。しつこくすると怖がられるだろう」


「ご両親にしか謝ってないことが問題でしょう。だから有紀ちゃんは許せないんだわ。何度も何度も行って謝りなさい!  それだけのことをしたんだから。有紀ちゃんは優しい子よ、きっと許してくれるから」


……僕への気持ちが少しでも残っているなら、可能性はあるのかも知れない。


女性は一旦冷めたら早いと言う。いつまでも未練たらしい男とは違う。


今では佐野とも会っている有紀に、復縁を迫るのは惨めすぎた。


だけど母は、有紀から決定的なひと言を聞くまでは諦めないだろう。


ついに押し切られ、夕食後にまた藤沢家を訪問することになった。





夕方、知佳さんからLINEのメッセージが届く。


『今夜、会えないかしら?  修二さんに是非、会わせたい人がいるの』



知佳さんのお節介に閉口する。


お見合いの話は以前にも少ししていたけれど……。


夏帆が亡くなってまだ数週間しか経っていないというのに。


『今夜は用事があるんだ。いつも何かと気にかけてくれてありがとう』


返信をした後、すぐに電話が来た。


「珍しくお忙しいのね。お仕事の用事なの?」


少し嫌味っぽく話す、知佳さんの声がした。



「そうだな、僕にしては気ぜわしい一日になりそうだよ」



「お仕事で忙しいなら、いいことじゃない。帰りは遅くなりそう?」



「そんなに慌てて会わせたい人なのかい? いくらなんでも、まだお見合いをする気分にはなれないよ、申し訳ないけど」


「うーん、お見合いではないのよ。今はご実家なの?」


「そうだけど。近いうちにまた会おうよ。知佳さんが前に言っていたレストランの件で相談があるんだ」


「わかったわ、じゃあ、また電話するわね」


あまり流行らないかも知れないけれど、小さな洒落たレストランか、カフェもいいかと思った。


夏帆の絵を見てもらうことが、第一の目的だから。


だけど採算がとれないようでは、知佳さんの負担になる。


経営に関しては、父に相談するのも良いかも知れないが、最近は僕の素行の悪さから、ほぼ無視されている。


父が経営している、病院のロビーに飾ってもらうというのもいいかも知れない。






夕食を終え、僕の運転で母と藤沢家を訪問した。


お母さんは穏やかな対応で僕と母を迎えてくれたけれど、肝心の有紀は不在だった。


母が慇懃に頭を下げ、老舗の和菓子店から取り寄せた生菓子をおいて、藤沢家を出た。


「小さな子がいても相変わらずあちこち飛びまわっているのね、有紀ちゃんは。家でじっとなんかしていられないタイプなんだわ」


出鼻をくじかれてがっかりした母が、有紀の外出好きを非難した。


今日も佐野と会っているのだろうか。






母を自宅に送り届け、夏帆の家へ向かった。


玄関の門灯に明かりが灯されていた。


僕が消し忘れていたのだろうか。


それとも、知佳さんが来ているのか。


知佳さんにはこの家のスペアーキーを渡しているけれど、連絡もなしに訪ねて来たことはない。




玄関を開けるとリビングの方から女の子が駆けてきた。


「こんばんは。おかえりなさい!」


知佳さんの娘の未央ちゃんだった。


知佳さんに似て、ハキハキとした気の強そうな子だ。


キリリとした顔立ちの美少女なのに、男の子のようなショートカット。


服装もモスグリーンのセーターにジーンズという、地味な出で立ち。


フリフリのレースや、リボンのついた可愛らしいものは、絶対に来てくれないのだと知佳さんが嘆いていた。


性同一性障害だったらどうしようと、知佳さんはかなり真剣に思い悩んでいる。


「びっくりだな、未央ちゃんが遊びにきているなんて」


「未央、この家は大好きなの。でも夏帆ちゃんがいないからつまんない」


寂しげに未央ちゃんがつぶやいた。


後ろから知佳さんがあらわれた。


「ごめんなさい。勝手にあがりこんでしまって。電話しても繋がらないし、LINEは入れておいたんだけど、びっくりしたでしょう」


「運転中だったからね。別にいいよ、未央ちゃんの暇つぶしになるなら。この家使ってくれよ。夏帆も喜ぶだろう」


靴を脱ぎ、人懐っこい未央ちゃんと手をつないでリビングへ向かう。


リビングのとなりのアトリエで、絵を眺めている女性の後ろ姿が見えた。


振り向いた女性は胸に眠っている子供を抱っこしていた。


「有紀!」










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