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藤棚の下で
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6月11日 晴れ
「よっ、有紀!」
日勤の帰りに薬局に寄って出たところを、なんと、佐野さんに声をかけられた。
「佐野さん! どうしたの?」
「久しぶりに横田たちと一緒に飲みに行く約束したんだ。有紀も来ないか? たまには付き合えよ」
「うん……でも」
最後に会ったのはいつだったろう?
会わなくなって、まだ二ヶ月くらいなものだけれど、懐かしい笑顔を見て涙が出そうになる。
「あれっ? 佐野じゃないか、久しぶりだな。元気だったか?」
薬局から出て来た谷さんが、佐野さんを見て微笑んだ。
「あっ、谷さん、お久しぶりです。今日は横田たちに飲みに誘われて。よかったら谷さんも一緒に行きませんか?」
「う~ん、そうだなぁ。有紀ちゃんはどうする?」
「えっ、わたし、でも………」
あまりに思いがけなく佐野さんに出くわしたので、頭が混乱してしまった。胸がドキドキしている。もしかして顔まで赤くなっているかもしれない。
「有紀ちゃん? なんか困ってるみたいだな。悪いけど、僕たちはまた今度にするよ」
谷さんに強引に手を引かれた。病院で手など一度もつないだことなどなかったのに、どうして?
「じゃあ、佐野、またな! 有紀ちゃん、行こう」
後ろ髪を引かれる思いで、佐野さんに背を向け歩きだす。とても淋しく哀しい。
一ヶ月や二ヶ月で忘れられるわけないもの。でも忘れなきゃ、諦めるしかないんだから。
「なんだか急に元気がなくなっちゃったなぁ」
前方を見て運転している谷さんが、苦笑いをしながらポツリとつぶやいた。
確かに車が走り出してからかなり経ったかもしれない。
ずっと佐野さんのことが頭から離れてくれなくて無言のままだった。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考えごとしてたから……」
「ふ~ん、何を考えていたのか当ててみようか? 」
「えっ?」
「佐野のことだろ」
「谷さん!」
「ふふっ、佐野は鈍感だからなぁ。未だに気づいてないみたいだな、有紀ちゃんの気持ちに」
「………谷さんはいつから気づいてたの?」
「いつ頃かなぁ、去年の今頃かな?」
「そう。わたし、そんなに前から好きだったのかな……。佐野さんには今とっても好きな子がいて、事情があって別れちゃったんだけど、まだその子のことが忘れられなくて。わたしなんか全然相手にされてないの」
自分でそう言って、とても悲しい気分になる。
「そうかぁ、可哀想だけど、僕にとってはありがたいことだな。僕のことなら気にしなくていいよ。佐野のことが忘れられるまで待ってるから」
「……でも」
「焦らなくていい。ゆっくり待つよ。別に結婚も急いでるわけじゃないし。この間、紹介できたから見合いも勧められなくなってすごく助かってるんだ」
「……… 」
「ちょっと、降りようか。外の方が気持ちが良さそうだ」
夕暮れの外を見ると、夜桜を見たときの公園だった。
景観はすっかり変わって、今はベンチの日除けを兼ねた藤棚から、薄紫の花が満開に垂れさがっていた。
「桜もいいけど、藤の花もステキ」
ふたりでベンチに腰をおろし、藤棚を見あげた。
「6月の北海道は最高に気持ちがいいなぁ」
オレンジ色に燃えている夕焼けを見つめて谷さんが微笑んだ。
高台にある公園からは、遠く石狩湾が見え、太陽が海に沈んでいくところだった。
「やっぱり、わたしなんか待ってないで。谷さんにはもっとふさわしい人がたくさんいるんだもん」
「わかったよ。有紀ちゃんよりもっと好きな子ができたらそうする。それまで待っていてもいいかな?」
全く振り向いてくれない佐野さんから与えられた心の痛みを、無条件に愛してくれる谷さんに癒されているような気がして、涙が込み上げて来た。
「有紀ちゃん、大丈夫かい?」
「ご、ごめんなさい。なんか谷さんの前だとわたし、安心しちゃって。甘えてるのな?」
「甘えてくれよ、いくらでも。それくらいしかしてあげられないんだから」
「谷さん………」
藤棚の下で谷さんが抱きしめてくれた。
ずっと封じ込めていた失恋の痛手を、今になって思い出し、悲しみがよみがえった。
「よっ、有紀!」
日勤の帰りに薬局に寄って出たところを、なんと、佐野さんに声をかけられた。
「佐野さん! どうしたの?」
「久しぶりに横田たちと一緒に飲みに行く約束したんだ。有紀も来ないか? たまには付き合えよ」
「うん……でも」
最後に会ったのはいつだったろう?
会わなくなって、まだ二ヶ月くらいなものだけれど、懐かしい笑顔を見て涙が出そうになる。
「あれっ? 佐野じゃないか、久しぶりだな。元気だったか?」
薬局から出て来た谷さんが、佐野さんを見て微笑んだ。
「あっ、谷さん、お久しぶりです。今日は横田たちに飲みに誘われて。よかったら谷さんも一緒に行きませんか?」
「う~ん、そうだなぁ。有紀ちゃんはどうする?」
「えっ、わたし、でも………」
あまりに思いがけなく佐野さんに出くわしたので、頭が混乱してしまった。胸がドキドキしている。もしかして顔まで赤くなっているかもしれない。
「有紀ちゃん? なんか困ってるみたいだな。悪いけど、僕たちはまた今度にするよ」
谷さんに強引に手を引かれた。病院で手など一度もつないだことなどなかったのに、どうして?
「じゃあ、佐野、またな! 有紀ちゃん、行こう」
後ろ髪を引かれる思いで、佐野さんに背を向け歩きだす。とても淋しく哀しい。
一ヶ月や二ヶ月で忘れられるわけないもの。でも忘れなきゃ、諦めるしかないんだから。
「なんだか急に元気がなくなっちゃったなぁ」
前方を見て運転している谷さんが、苦笑いをしながらポツリとつぶやいた。
確かに車が走り出してからかなり経ったかもしれない。
ずっと佐野さんのことが頭から離れてくれなくて無言のままだった。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考えごとしてたから……」
「ふ~ん、何を考えていたのか当ててみようか? 」
「えっ?」
「佐野のことだろ」
「谷さん!」
「ふふっ、佐野は鈍感だからなぁ。未だに気づいてないみたいだな、有紀ちゃんの気持ちに」
「………谷さんはいつから気づいてたの?」
「いつ頃かなぁ、去年の今頃かな?」
「そう。わたし、そんなに前から好きだったのかな……。佐野さんには今とっても好きな子がいて、事情があって別れちゃったんだけど、まだその子のことが忘れられなくて。わたしなんか全然相手にされてないの」
自分でそう言って、とても悲しい気分になる。
「そうかぁ、可哀想だけど、僕にとってはありがたいことだな。僕のことなら気にしなくていいよ。佐野のことが忘れられるまで待ってるから」
「……でも」
「焦らなくていい。ゆっくり待つよ。別に結婚も急いでるわけじゃないし。この間、紹介できたから見合いも勧められなくなってすごく助かってるんだ」
「……… 」
「ちょっと、降りようか。外の方が気持ちが良さそうだ」
夕暮れの外を見ると、夜桜を見たときの公園だった。
景観はすっかり変わって、今はベンチの日除けを兼ねた藤棚から、薄紫の花が満開に垂れさがっていた。
「桜もいいけど、藤の花もステキ」
ふたりでベンチに腰をおろし、藤棚を見あげた。
「6月の北海道は最高に気持ちがいいなぁ」
オレンジ色に燃えている夕焼けを見つめて谷さんが微笑んだ。
高台にある公園からは、遠く石狩湾が見え、太陽が海に沈んでいくところだった。
「やっぱり、わたしなんか待ってないで。谷さんにはもっとふさわしい人がたくさんいるんだもん」
「わかったよ。有紀ちゃんよりもっと好きな子ができたらそうする。それまで待っていてもいいかな?」
全く振り向いてくれない佐野さんから与えられた心の痛みを、無条件に愛してくれる谷さんに癒されているような気がして、涙が込み上げて来た。
「有紀ちゃん、大丈夫かい?」
「ご、ごめんなさい。なんか谷さんの前だとわたし、安心しちゃって。甘えてるのな?」
「甘えてくれよ、いくらでも。それくらいしかしてあげられないんだから」
「谷さん………」
藤棚の下で谷さんが抱きしめてくれた。
ずっと封じ込めていた失恋の痛手を、今になって思い出し、悲しみがよみがえった。
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