六華 snow crystal 8

なごみ

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居場所を見つけられなくて

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*美穂*
 

統一感のあるスタイリッシュなリビングの高級インテリア。


アーバンスタイルというのであろうか。


シンプルでナチュラルな色使いに、知的センスが感じられる。


洗練されたお母様のファッションにも、共通するものがあった。


まるでお洒落な雑誌を見ているよう。


素敵にアレンジされた花々から香り立つ、清浄な空気までが、わたしを異物であるかのように萎縮させた。


みすぼらしい苦学生だとばかり思っていた聡太くんも、ここでは少しも違和感のないお坊っちゃまに見える。


育ちの悪いわたしだけが場違いな気がして、益々居心地が悪く、オドオドと視線が定まらなかった。



お母様は香り立つ四人分の紅茶をローテーブルにそっと置いた。


待ちあげただけで壊れてしまいそうな繊細なティーカップ。


わたしにはよく分からないけれど、どこかのブランドなのだろう。


「さっき焼いたばかりのスコーンなの。よかったら召し上がってね」


「あ、ありがとうございます」


お洒落な3段皿のタワーにスコーンのほか、フルーツやサンドイッチが並べられていた。


「美穂さんのご両親も札幌にお住まいでいらっしゃるの?」


いきなり両親のことを聞かれ、持ち上げたティーカップが震えた。


「あ、、い、いえ……」




やはりあんな環境で育てられた私は、常識のない世間知らずだった。


仕事や両親のことを聞かれるなど、当たり前のことなのに。


どう答えるべきかをなにも考えていなかった。


こんな立派なご両親に、母が十年も前に蒸発したまま音信不通だなどと、どうして言えよう。


「あら、じゃあ、ご出身はどちらなの? 」


「……あ、、あの」


いい歳をしてモジモジしている自分が情けなく、みっともないと自覚するものの、なんと答えて良いのか分からなくて泣きたくなる。


「美穂さんのご両親は離婚していて、一緒に暮らしていたお父さんが去年亡くなられたばかりなんだ」


聡太くんが見かねたのか、助け舟を出してくれた。



「まぁ、それは大変だったでしょう。お父様はまだお若かったでしょうに。ご病気だったの? お母様とはその後、お会いになったりはしないの?」


お母様の矢継ぎ早の質問に動揺しながらも、無言でわたしを見つめているお父様には、それ以上の恐怖を感じた。


わたしの素性はすっかり見抜かれているに違いない。


追い詰められ、開きなおった気持ちになり、何もかも話してしまったほうがずっと楽に思えた。


もし、結婚するようなことになれば、いずれバレてしまうのだ。


「……父は長いこと鬱病を患っていて、、あ、ある日、お酒を大量に飲んでしまっ」


「もう、いいよ! そんな話はやめよう。美穂さんはまだ立ち直ってないんだから、あまり悲しいことは思い出させないでもらいたいな」


聡太くんは何を思ってわたしの話を遮ったのだろう。何もかも正直にぶちまけられるのを恐れたのかもしれない。



話がしり切れとんぼになってしまい、重くなった空気をまぎらすかのように、聡太くんが目の前のスコーンをつまんだ。


「お母さんのスコーン懐かしいな。美穂さんも食べようよ。せっかく焼いてくれたんだから」


こんがりときれいに焼けているスコーンには、クリームと3種類のジャムが添えられていた。


「あ、はい、いただきます」


割ったスコーンにクリームとマーマレードを乗せ、ポロポロこぼさないように気をつけて口に運んだ。


サクッと焼けたスコーンは、とても美味しいものだったと思うけれど、正直、味わって食べている余裕などなかった。


一つ一つの所作を厳しい目で見られているような気がして、落ち着かないのだった。


「とにかく内定が取れて良かったじゃないか。三社も不採用だったから、次もダメだった時はなんて慰めていいものかと悩んでいたからな」


お父様が就活の話題にしてくれたので、ホッとした。



「本当だよ、、僕は何をやってもダメな奴なんだなって、ひどく落ち込んでしまってたから。内定が取れたのは美穂さんのおかげだな」


二つ目のスコーンにブルーベリージャムをつけながら、聡太くんはわたしに笑顔を向けた。


「まぁ、聡ちゃんったら、すっかり美穂さんに夢中なのね。ホホホッ」


オープンな明るい家庭の会話について行けず、微笑むことさえ難しかった。


聡太くんのご両親はとってもいい人だと思う……。


こんな人が義理の親になるのだとしたら、普通は喜ぶに違いない。



ーーー完璧すぎる。


確かに欠点の少ない聡太くんもそんな人だ。


お洒落とはほど遠い、潤一さんの実家を思い出した。


統一感などまるでない、様々な色が混在していた生活感にあふれたリビング。


耳の痛いことまでズケズケと、遠慮なく言っていた潤一さんのお母様の方が、わたしにはずっと気楽だった。


人間関係とは単純ではないのだと改めてそう思う。


いい人だからといって、必ずしも付き合いやすいわけではない。


わたしのような歪んだ性格の持ち主に、完璧すぎる聡太くんのご両親は、息苦しいほどのプレッシャーを与えた。



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