4 / 69
居場所を見つけられなくて
しおりを挟む
*美穂*
統一感のあるスタイリッシュなリビングの高級インテリア。
アーバンスタイルというのであろうか。
シンプルでナチュラルな色使いに、知的センスが感じられる。
洗練されたお母様のファッションにも、共通するものがあった。
まるでお洒落な雑誌を見ているよう。
素敵にアレンジされた花々から香り立つ、清浄な空気までが、わたしを異物であるかのように萎縮させた。
みすぼらしい苦学生だとばかり思っていた聡太くんも、ここでは少しも違和感のないお坊っちゃまに見える。
育ちの悪いわたしだけが場違いな気がして、益々居心地が悪く、オドオドと視線が定まらなかった。
お母様は香り立つ四人分の紅茶をローテーブルにそっと置いた。
待ちあげただけで壊れてしまいそうな繊細なティーカップ。
わたしにはよく分からないけれど、どこかのブランドなのだろう。
「さっき焼いたばかりのスコーンなの。よかったら召し上がってね」
「あ、ありがとうございます」
お洒落な3段皿のタワーにスコーンのほか、フルーツやサンドイッチが並べられていた。
「美穂さんのご両親も札幌にお住まいでいらっしゃるの?」
いきなり両親のことを聞かれ、持ち上げたティーカップが震えた。
「あ、、い、いえ……」
やはりあんな環境で育てられた私は、常識のない世間知らずだった。
仕事や両親のことを聞かれるなど、当たり前のことなのに。
どう答えるべきかをなにも考えていなかった。
こんな立派なご両親に、母が十年も前に蒸発したまま音信不通だなどと、どうして言えよう。
「あら、じゃあ、ご出身はどちらなの? 」
「……あ、、あの」
いい歳をしてモジモジしている自分が情けなく、みっともないと自覚するものの、なんと答えて良いのか分からなくて泣きたくなる。
「美穂さんのご両親は離婚していて、一緒に暮らしていたお父さんが去年亡くなられたばかりなんだ」
聡太くんが見かねたのか、助け舟を出してくれた。
「まぁ、それは大変だったでしょう。お父様はまだお若かったでしょうに。ご病気だったの? お母様とはその後、お会いになったりはしないの?」
お母様の矢継ぎ早の質問に動揺しながらも、無言でわたしを見つめているお父様には、それ以上の恐怖を感じた。
わたしの素性はすっかり見抜かれているに違いない。
追い詰められ、開きなおった気持ちになり、何もかも話してしまったほうがずっと楽に思えた。
もし、結婚するようなことになれば、いずれバレてしまうのだ。
「……父は長いこと鬱病を患っていて、、あ、ある日、お酒を大量に飲んでしまっ」
「もう、いいよ! そんな話はやめよう。美穂さんはまだ立ち直ってないんだから、あまり悲しいことは思い出させないでもらいたいな」
聡太くんは何を思ってわたしの話を遮ったのだろう。何もかも正直にぶちまけられるのを恐れたのかもしれない。
話がしり切れとんぼになってしまい、重くなった空気をまぎらすかのように、聡太くんが目の前のスコーンをつまんだ。
「お母さんのスコーン懐かしいな。美穂さんも食べようよ。せっかく焼いてくれたんだから」
こんがりときれいに焼けているスコーンには、クリームと3種類のジャムが添えられていた。
「あ、はい、いただきます」
割ったスコーンにクリームとマーマレードを乗せ、ポロポロこぼさないように気をつけて口に運んだ。
サクッと焼けたスコーンは、とても美味しいものだったと思うけれど、正直、味わって食べている余裕などなかった。
一つ一つの所作を厳しい目で見られているような気がして、落ち着かないのだった。
「とにかく内定が取れて良かったじゃないか。三社も不採用だったから、次もダメだった時はなんて慰めていいものかと悩んでいたからな」
お父様が就活の話題にしてくれたので、ホッとした。
「本当だよ、、僕は何をやってもダメな奴なんだなって、ひどく落ち込んでしまってたから。内定が取れたのは美穂さんのおかげだな」
二つ目のスコーンにブルーベリージャムをつけながら、聡太くんはわたしに笑顔を向けた。
「まぁ、聡ちゃんったら、すっかり美穂さんに夢中なのね。ホホホッ」
オープンな明るい家庭の会話について行けず、微笑むことさえ難しかった。
聡太くんのご両親はとってもいい人だと思う……。
こんな人が義理の親になるのだとしたら、普通は喜ぶに違いない。
ーーー完璧すぎる。
確かに欠点の少ない聡太くんもそんな人だ。
お洒落とはほど遠い、潤一さんの実家を思い出した。
統一感などまるでない、様々な色が混在していた生活感にあふれたリビング。
耳の痛いことまでズケズケと、遠慮なく言っていた潤一さんのお母様の方が、わたしにはずっと気楽だった。
人間関係とは単純ではないのだと改めてそう思う。
いい人だからといって、必ずしも付き合いやすいわけではない。
わたしのような歪んだ性格の持ち主に、完璧すぎる聡太くんのご両親は、息苦しいほどのプレッシャーを与えた。
統一感のあるスタイリッシュなリビングの高級インテリア。
アーバンスタイルというのであろうか。
シンプルでナチュラルな色使いに、知的センスが感じられる。
洗練されたお母様のファッションにも、共通するものがあった。
まるでお洒落な雑誌を見ているよう。
素敵にアレンジされた花々から香り立つ、清浄な空気までが、わたしを異物であるかのように萎縮させた。
みすぼらしい苦学生だとばかり思っていた聡太くんも、ここでは少しも違和感のないお坊っちゃまに見える。
育ちの悪いわたしだけが場違いな気がして、益々居心地が悪く、オドオドと視線が定まらなかった。
お母様は香り立つ四人分の紅茶をローテーブルにそっと置いた。
待ちあげただけで壊れてしまいそうな繊細なティーカップ。
わたしにはよく分からないけれど、どこかのブランドなのだろう。
「さっき焼いたばかりのスコーンなの。よかったら召し上がってね」
「あ、ありがとうございます」
お洒落な3段皿のタワーにスコーンのほか、フルーツやサンドイッチが並べられていた。
「美穂さんのご両親も札幌にお住まいでいらっしゃるの?」
いきなり両親のことを聞かれ、持ち上げたティーカップが震えた。
「あ、、い、いえ……」
やはりあんな環境で育てられた私は、常識のない世間知らずだった。
仕事や両親のことを聞かれるなど、当たり前のことなのに。
どう答えるべきかをなにも考えていなかった。
こんな立派なご両親に、母が十年も前に蒸発したまま音信不通だなどと、どうして言えよう。
「あら、じゃあ、ご出身はどちらなの? 」
「……あ、、あの」
いい歳をしてモジモジしている自分が情けなく、みっともないと自覚するものの、なんと答えて良いのか分からなくて泣きたくなる。
「美穂さんのご両親は離婚していて、一緒に暮らしていたお父さんが去年亡くなられたばかりなんだ」
聡太くんが見かねたのか、助け舟を出してくれた。
「まぁ、それは大変だったでしょう。お父様はまだお若かったでしょうに。ご病気だったの? お母様とはその後、お会いになったりはしないの?」
お母様の矢継ぎ早の質問に動揺しながらも、無言でわたしを見つめているお父様には、それ以上の恐怖を感じた。
わたしの素性はすっかり見抜かれているに違いない。
追い詰められ、開きなおった気持ちになり、何もかも話してしまったほうがずっと楽に思えた。
もし、結婚するようなことになれば、いずれバレてしまうのだ。
「……父は長いこと鬱病を患っていて、、あ、ある日、お酒を大量に飲んでしまっ」
「もう、いいよ! そんな話はやめよう。美穂さんはまだ立ち直ってないんだから、あまり悲しいことは思い出させないでもらいたいな」
聡太くんは何を思ってわたしの話を遮ったのだろう。何もかも正直にぶちまけられるのを恐れたのかもしれない。
話がしり切れとんぼになってしまい、重くなった空気をまぎらすかのように、聡太くんが目の前のスコーンをつまんだ。
「お母さんのスコーン懐かしいな。美穂さんも食べようよ。せっかく焼いてくれたんだから」
こんがりときれいに焼けているスコーンには、クリームと3種類のジャムが添えられていた。
「あ、はい、いただきます」
割ったスコーンにクリームとマーマレードを乗せ、ポロポロこぼさないように気をつけて口に運んだ。
サクッと焼けたスコーンは、とても美味しいものだったと思うけれど、正直、味わって食べている余裕などなかった。
一つ一つの所作を厳しい目で見られているような気がして、落ち着かないのだった。
「とにかく内定が取れて良かったじゃないか。三社も不採用だったから、次もダメだった時はなんて慰めていいものかと悩んでいたからな」
お父様が就活の話題にしてくれたので、ホッとした。
「本当だよ、、僕は何をやってもダメな奴なんだなって、ひどく落ち込んでしまってたから。内定が取れたのは美穂さんのおかげだな」
二つ目のスコーンにブルーベリージャムをつけながら、聡太くんはわたしに笑顔を向けた。
「まぁ、聡ちゃんったら、すっかり美穂さんに夢中なのね。ホホホッ」
オープンな明るい家庭の会話について行けず、微笑むことさえ難しかった。
聡太くんのご両親はとってもいい人だと思う……。
こんな人が義理の親になるのだとしたら、普通は喜ぶに違いない。
ーーー完璧すぎる。
確かに欠点の少ない聡太くんもそんな人だ。
お洒落とはほど遠い、潤一さんの実家を思い出した。
統一感などまるでない、様々な色が混在していた生活感にあふれたリビング。
耳の痛いことまでズケズケと、遠慮なく言っていた潤一さんのお母様の方が、わたしにはずっと気楽だった。
人間関係とは単純ではないのだと改めてそう思う。
いい人だからといって、必ずしも付き合いやすいわけではない。
わたしのような歪んだ性格の持ち主に、完璧すぎる聡太くんのご両親は、息苦しいほどのプレッシャーを与えた。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる