六華 snow crystal 8

なごみ

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陰湿な報復

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*茉理*

こんな事になるなんて思ってもみなかった。


ゲオルクはヨロヨロと起きあがり、ママに手を引かれてサッサと車に乗り込んだ。


ほら、彼はちゃんと歩けるじゃない。


先生の方がよほど重症だわ。


それなのに………




「茉理、車ニ乗ッテ。今ハ彼ノタメニモ、ゲオルクニハ逆ラワナイホウガイイ」


レオンが私の肩に手をおいて、車に乗るように促した。


「このまま眼を覚まさなかったらどうするの? 先生が死んじゃうかも知れないじゃない!」


気を失っている人を置き去りにするなんて。


「ソンナコト絶対ニアリマセン。彼ハスグニ目ヲ覚マシマス。茉理ガココニ残ルナラ、彼ハ間違イナク破滅サセラレマス」


確信しているかのように言い放つ、レオンの言葉に震える。


執念深いゲオルクはプライドの塊だ。先生は間違いなく破滅させられるだろう。


私がなんとかするしかないんだ。私の対応次第でゲオルクは、復讐を思い止《とど》まってくれるだろうか。


仕方なくレオンに言われるがまま、車に乗り込んだ。


アスファルトに横たわったままの先生を残し、車が動きだす。



先生は本当に眼を覚ますの?



不安と申し訳なさで涙が止まらなかった。






一ヶ月前、私をドイツへ連れ帰ろうとしたレオン。


先生の子を妊娠したので結婚すると、咄嗟についた嘘だったけれど、レオンは信じてくれたのではなかったの?


あまりにあっさり引き下がったことに、拍子抜けはしたけれど。


こんな事になるなら、あの時ドイツに連れていかれた方が良かった。


レオンは私のようすを探るためにママを帰国させたのね。
 


ーー先生、ごめんなさい。



茉理と関わったばっかりに。






「ウォーッ!  頭ガ割レソウニ痛イ。早ク病院ヘ急ゲ!!」


後部座席に横たわっているゲオルクが、大袈裟に喚き、ママがハンカチで額の汗を拭いてあげていた。


「ゲオルクさん、頑張って!すぐに病院に着きますからね」


殴られたゲオルクを間近で見ていたけれど、それほど強いパンチではなかった。


あれは絶対わざと転んだに違いない。


だけど、あんな時は先に手を出してしまったほうが悪いのだろう。


レオンが言っていた破滅させられるってどういう意味?


ゲオルクは先生をどうするつもりだろう。


法曹界を操って、無理やり犯罪者にしてしまうつもりなのか。



ーーそれとも殺し屋を雇うってこと?






運転手は救急病院ではなく、弁護士が指定した病院へ運んだ。


CTなどの検査を受け、軽い脳挫傷がみられるとのことで緊急入院となった。


あんなパンチで脳挫傷になるなんて、どれだけマヌケな転び方をしたのだろうと思う。多分、怪我は大したことがないに違いない。


弁護士を通して、医者に賄賂でも渡したのだろう。


ゲオルクの見舞いなど、死んでもしたくないけれど、今はそんなことを言ってられない。


上手く頼み込めば、先生への報復をやめてくれるかもしれないのだから。






特別室へ運び込まれたという、ゲオルクの部屋へ案内される。


ママとレオンと一緒にエレベーターに乗り込み、三階のフロアで降りた。


もう夜の十時を過ぎており、病棟の廊下は消灯されていてうす暗かった。


レオンとママの後に続き、やるせない気持ちで病室に向かう。


ゲオルクと同じ部屋の空気を吸うと考えただけで、ムカムカと吐き気をもよおす。


だけど、以前のような高飛車な態度は許されない。機嫌を損ねてしまったらアウトなのだ。


上手くやらなくてはいけない。





「呼バレルマデココデ待ッテイテクダサイ」


レオンがそう言って、先に部屋の中へ入っていった。


「いい?  茉理。こんなビッグチャンスは二度とやって来ないのよ。どうしてもゲオルクが嫌なら別れてもいいわ。でも結婚だけは必ずするの。ほんの少しの辛抱で、莫大な財産が手に入るんだから」


廊下で待たされている間、ママがヒソヒソと私の耳元でささやく。


財産に取り憑かれているママに、私の不安な気持ちなど理解できるわけもない。


先生はちゃんと目を覚まして無事に帰っただろうか。


数分間ドアの前で待たされたあと、レオンに呼ばれた。


広々とした特別室の奥のベッドにゲオルクがいた。


脳挫傷と診断されているのに点滴などはされてなく、すでに起き上がって食事をしていた。


どこから取り寄せたのか、豪華な幕の内弁当をパクついている。


やっぱり仮病だったのだ。




「ゲオルクさん、大丈夫ですか?  こんなひどい目に遭うなんて、本当になんてお詫びしていいのか、、」


ママがオロオロしたようすで、ゲオルクのそばに駆け寄った。


「茉理ト素敵ナディナーヲ楽シムハズダッタノニ、トンダ邪魔者ガ入リマシタ。アンナ医者ニハ永遠ニ消エテモライマショウ」


無表情につぶやいた、冷酷きわまりないゲオルクの言葉に震える。


「あ、あの、ゲオルクさん、今までひどいことを言って本当にごめんなさい。あのドクターは私の主治医で、これからも診てもらわないといけないの。許してやって頂けませんか? お願いしますっ!!」



こんなに卑屈になって頭を下げたのに……


「茉理ハ僕ノ大切ナ婚約者デスヨ。モット腕ノイイ医者ニ診テモラワナクテワネ」


冷たく言い放ち、フォークで突き刺しただし巻き卵を口に入れた。


「お願いです! 殴ったこと許してやってもらえませんか?」


「アノ医者ハ危険人物。茉理ハコレ以上カカワラナイ方ガイイ」


食べ物を口に入れたまま、モゴモゴと呟く。


流暢とは言えないけれど、さすがに優秀な家庭教師の元で語学を学んだだけのことはある。


ゲオルクの日本語力はなかなかのものだ。



「一体先生をどうつもりなんですか ⁉︎」



怒鳴りつけたくなる感情を抑えて訴えた。



「大丈夫。殺シタリシマセン。デモ賠償金ハ払ッテモライマス」


「ば、、賠償金って、いくら?」



「ソウデスネ。十億円クライカナァ。ハハハッ」


「真面目に答えてください!」


怪我などしていないのに、多額の賠償金をせしめようとするなんて。



「真面目デスヨ。十億デモ足リナイクライダ。明日ハ大事ナ商談ガ、フタツモアッタトイウノニ、アノ男ノセイデ台無シデス」


「だからって十億円なんて、ボッタクリでしょう!!」



そもそも、あなたが私に抱きついたりしたから、こんなことになったんじゃない。









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