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陰湿な報復
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*茉理*
こんな事になるなんて思ってもみなかった。
ゲオルクはヨロヨロと起きあがり、ママに手を引かれてサッサと車に乗り込んだ。
ほら、彼はちゃんと歩けるじゃない。
先生の方がよほど重症だわ。
それなのに………
「茉理、車ニ乗ッテ。今ハ彼ノタメニモ、ゲオルクニハ逆ラワナイホウガイイ」
レオンが私の肩に手をおいて、車に乗るように促した。
「このまま眼を覚まさなかったらどうするの? 先生が死んじゃうかも知れないじゃない!」
気を失っている人を置き去りにするなんて。
「ソンナコト絶対ニアリマセン。彼ハスグニ目ヲ覚マシマス。茉理ガココニ残ルナラ、彼ハ間違イナク破滅サセラレマス」
確信しているかのように言い放つ、レオンの言葉に震える。
執念深いゲオルクはプライドの塊だ。先生は間違いなく破滅させられるだろう。
私がなんとかするしかないんだ。私の対応次第でゲオルクは、復讐を思い止《とど》まってくれるだろうか。
仕方なくレオンに言われるがまま、車に乗り込んだ。
アスファルトに横たわったままの先生を残し、車が動きだす。
先生は本当に眼を覚ますの?
不安と申し訳なさで涙が止まらなかった。
一ヶ月前、私をドイツへ連れ帰ろうとしたレオン。
先生の子を妊娠したので結婚すると、咄嗟についた嘘だったけれど、レオンは信じてくれたのではなかったの?
あまりにあっさり引き下がったことに、拍子抜けはしたけれど。
こんな事になるなら、あの時ドイツに連れていかれた方が良かった。
レオンは私のようすを探るためにママを帰国させたのね。
ーー先生、ごめんなさい。
茉理と関わったばっかりに。
「ウォーッ! 頭ガ割レソウニ痛イ。早ク病院ヘ急ゲ!!」
後部座席に横たわっているゲオルクが、大袈裟に喚き、ママがハンカチで額の汗を拭いてあげていた。
「ゲオルクさん、頑張って!すぐに病院に着きますからね」
殴られたゲオルクを間近で見ていたけれど、それほど強いパンチではなかった。
あれは絶対わざと転んだに違いない。
だけど、あんな時は先に手を出してしまったほうが悪いのだろう。
レオンが言っていた破滅させられるってどういう意味?
ゲオルクは先生をどうするつもりだろう。
法曹界を操って、無理やり犯罪者にしてしまうつもりなのか。
ーーそれとも殺し屋を雇うってこと?
運転手は救急病院ではなく、弁護士が指定した病院へ運んだ。
CTなどの検査を受け、軽い脳挫傷がみられるとのことで緊急入院となった。
あんなパンチで脳挫傷になるなんて、どれだけマヌケな転び方をしたのだろうと思う。多分、怪我は大したことがないに違いない。
弁護士を通して、医者に賄賂でも渡したのだろう。
ゲオルクの見舞いなど、死んでもしたくないけれど、今はそんなことを言ってられない。
上手く頼み込めば、先生への報復をやめてくれるかもしれないのだから。
特別室へ運び込まれたという、ゲオルクの部屋へ案内される。
ママとレオンと一緒にエレベーターに乗り込み、三階のフロアで降りた。
もう夜の十時を過ぎており、病棟の廊下は消灯されていてうす暗かった。
レオンとママの後に続き、やるせない気持ちで病室に向かう。
ゲオルクと同じ部屋の空気を吸うと考えただけで、ムカムカと吐き気をもよおす。
だけど、以前のような高飛車な態度は許されない。機嫌を損ねてしまったらアウトなのだ。
上手くやらなくてはいけない。
「呼バレルマデココデ待ッテイテクダサイ」
レオンがそう言って、先に部屋の中へ入っていった。
「いい? 茉理。こんなビッグチャンスは二度とやって来ないのよ。どうしてもゲオルクが嫌なら別れてもいいわ。でも結婚だけは必ずするの。ほんの少しの辛抱で、莫大な財産が手に入るんだから」
廊下で待たされている間、ママがヒソヒソと私の耳元でささやく。
財産に取り憑かれているママに、私の不安な気持ちなど理解できるわけもない。
先生はちゃんと目を覚まして無事に帰っただろうか。
数分間ドアの前で待たされたあと、レオンに呼ばれた。
広々とした特別室の奥のベッドにゲオルクがいた。
脳挫傷と診断されているのに点滴などはされてなく、すでに起き上がって食事をしていた。
どこから取り寄せたのか、豪華な幕の内弁当をパクついている。
やっぱり仮病だったのだ。
「ゲオルクさん、大丈夫ですか? こんなひどい目に遭うなんて、本当になんてお詫びしていいのか、、」
ママがオロオロしたようすで、ゲオルクのそばに駆け寄った。
「茉理ト素敵ナディナーヲ楽シムハズダッタノニ、トンダ邪魔者ガ入リマシタ。アンナ医者ニハ永遠ニ消エテモライマショウ」
無表情につぶやいた、冷酷きわまりないゲオルクの言葉に震える。
「あ、あの、ゲオルクさん、今までひどいことを言って本当にごめんなさい。あのドクターは私の主治医で、これからも診てもらわないといけないの。許してやって頂けませんか? お願いしますっ!!」
こんなに卑屈になって頭を下げたのに……
「茉理ハ僕ノ大切ナ婚約者デスヨ。モット腕ノイイ医者ニ診テモラワナクテワネ」
冷たく言い放ち、フォークで突き刺しただし巻き卵を口に入れた。
「お願いです! 殴ったこと許してやってもらえませんか?」
「アノ医者ハ危険人物。茉理ハコレ以上カカワラナイ方ガイイ」
食べ物を口に入れたまま、モゴモゴと呟く。
流暢とは言えないけれど、さすがに優秀な家庭教師の元で語学を学んだだけのことはある。
ゲオルクの日本語力はなかなかのものだ。
「一体先生をどうつもりなんですか ⁉︎」
怒鳴りつけたくなる感情を抑えて訴えた。
「大丈夫。殺シタリシマセン。デモ賠償金ハ払ッテモライマス」
「ば、、賠償金って、いくら?」
「ソウデスネ。十億円クライカナァ。ハハハッ」
「真面目に答えてください!」
怪我などしていないのに、多額の賠償金をせしめようとするなんて。
「真面目デスヨ。十億デモ足リナイクライダ。明日ハ大事ナ商談ガ、フタツモアッタトイウノニ、アノ男ノセイデ台無シデス」
「だからって十億円なんて、ボッタクリでしょう!!」
そもそも、あなたが私に抱きついたりしたから、こんなことになったんじゃない。
こんな事になるなんて思ってもみなかった。
ゲオルクはヨロヨロと起きあがり、ママに手を引かれてサッサと車に乗り込んだ。
ほら、彼はちゃんと歩けるじゃない。
先生の方がよほど重症だわ。
それなのに………
「茉理、車ニ乗ッテ。今ハ彼ノタメニモ、ゲオルクニハ逆ラワナイホウガイイ」
レオンが私の肩に手をおいて、車に乗るように促した。
「このまま眼を覚まさなかったらどうするの? 先生が死んじゃうかも知れないじゃない!」
気を失っている人を置き去りにするなんて。
「ソンナコト絶対ニアリマセン。彼ハスグニ目ヲ覚マシマス。茉理ガココニ残ルナラ、彼ハ間違イナク破滅サセラレマス」
確信しているかのように言い放つ、レオンの言葉に震える。
執念深いゲオルクはプライドの塊だ。先生は間違いなく破滅させられるだろう。
私がなんとかするしかないんだ。私の対応次第でゲオルクは、復讐を思い止《とど》まってくれるだろうか。
仕方なくレオンに言われるがまま、車に乗り込んだ。
アスファルトに横たわったままの先生を残し、車が動きだす。
先生は本当に眼を覚ますの?
不安と申し訳なさで涙が止まらなかった。
一ヶ月前、私をドイツへ連れ帰ろうとしたレオン。
先生の子を妊娠したので結婚すると、咄嗟についた嘘だったけれど、レオンは信じてくれたのではなかったの?
あまりにあっさり引き下がったことに、拍子抜けはしたけれど。
こんな事になるなら、あの時ドイツに連れていかれた方が良かった。
レオンは私のようすを探るためにママを帰国させたのね。
ーー先生、ごめんなさい。
茉理と関わったばっかりに。
「ウォーッ! 頭ガ割レソウニ痛イ。早ク病院ヘ急ゲ!!」
後部座席に横たわっているゲオルクが、大袈裟に喚き、ママがハンカチで額の汗を拭いてあげていた。
「ゲオルクさん、頑張って!すぐに病院に着きますからね」
殴られたゲオルクを間近で見ていたけれど、それほど強いパンチではなかった。
あれは絶対わざと転んだに違いない。
だけど、あんな時は先に手を出してしまったほうが悪いのだろう。
レオンが言っていた破滅させられるってどういう意味?
ゲオルクは先生をどうするつもりだろう。
法曹界を操って、無理やり犯罪者にしてしまうつもりなのか。
ーーそれとも殺し屋を雇うってこと?
運転手は救急病院ではなく、弁護士が指定した病院へ運んだ。
CTなどの検査を受け、軽い脳挫傷がみられるとのことで緊急入院となった。
あんなパンチで脳挫傷になるなんて、どれだけマヌケな転び方をしたのだろうと思う。多分、怪我は大したことがないに違いない。
弁護士を通して、医者に賄賂でも渡したのだろう。
ゲオルクの見舞いなど、死んでもしたくないけれど、今はそんなことを言ってられない。
上手く頼み込めば、先生への報復をやめてくれるかもしれないのだから。
特別室へ運び込まれたという、ゲオルクの部屋へ案内される。
ママとレオンと一緒にエレベーターに乗り込み、三階のフロアで降りた。
もう夜の十時を過ぎており、病棟の廊下は消灯されていてうす暗かった。
レオンとママの後に続き、やるせない気持ちで病室に向かう。
ゲオルクと同じ部屋の空気を吸うと考えただけで、ムカムカと吐き気をもよおす。
だけど、以前のような高飛車な態度は許されない。機嫌を損ねてしまったらアウトなのだ。
上手くやらなくてはいけない。
「呼バレルマデココデ待ッテイテクダサイ」
レオンがそう言って、先に部屋の中へ入っていった。
「いい? 茉理。こんなビッグチャンスは二度とやって来ないのよ。どうしてもゲオルクが嫌なら別れてもいいわ。でも結婚だけは必ずするの。ほんの少しの辛抱で、莫大な財産が手に入るんだから」
廊下で待たされている間、ママがヒソヒソと私の耳元でささやく。
財産に取り憑かれているママに、私の不安な気持ちなど理解できるわけもない。
先生はちゃんと目を覚まして無事に帰っただろうか。
数分間ドアの前で待たされたあと、レオンに呼ばれた。
広々とした特別室の奥のベッドにゲオルクがいた。
脳挫傷と診断されているのに点滴などはされてなく、すでに起き上がって食事をしていた。
どこから取り寄せたのか、豪華な幕の内弁当をパクついている。
やっぱり仮病だったのだ。
「ゲオルクさん、大丈夫ですか? こんなひどい目に遭うなんて、本当になんてお詫びしていいのか、、」
ママがオロオロしたようすで、ゲオルクのそばに駆け寄った。
「茉理ト素敵ナディナーヲ楽シムハズダッタノニ、トンダ邪魔者ガ入リマシタ。アンナ医者ニハ永遠ニ消エテモライマショウ」
無表情につぶやいた、冷酷きわまりないゲオルクの言葉に震える。
「あ、あの、ゲオルクさん、今までひどいことを言って本当にごめんなさい。あのドクターは私の主治医で、これからも診てもらわないといけないの。許してやって頂けませんか? お願いしますっ!!」
こんなに卑屈になって頭を下げたのに……
「茉理ハ僕ノ大切ナ婚約者デスヨ。モット腕ノイイ医者ニ診テモラワナクテワネ」
冷たく言い放ち、フォークで突き刺しただし巻き卵を口に入れた。
「お願いです! 殴ったこと許してやってもらえませんか?」
「アノ医者ハ危険人物。茉理ハコレ以上カカワラナイ方ガイイ」
食べ物を口に入れたまま、モゴモゴと呟く。
流暢とは言えないけれど、さすがに優秀な家庭教師の元で語学を学んだだけのことはある。
ゲオルクの日本語力はなかなかのものだ。
「一体先生をどうつもりなんですか ⁉︎」
怒鳴りつけたくなる感情を抑えて訴えた。
「大丈夫。殺シタリシマセン。デモ賠償金ハ払ッテモライマス」
「ば、、賠償金って、いくら?」
「ソウデスネ。十億円クライカナァ。ハハハッ」
「真面目に答えてください!」
怪我などしていないのに、多額の賠償金をせしめようとするなんて。
「真面目デスヨ。十億デモ足リナイクライダ。明日ハ大事ナ商談ガ、フタツモアッタトイウノニ、アノ男ノセイデ台無シデス」
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