六華 snow crystal 8

なごみ

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ケチな婚約者

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*茉理*

「ゲオルクさん、おっはよ~!!」


食事の介助をサボり、朝食を終えた頃を見計らってゲオルクの病室を訪れた。


名女優にでもなったつもりで、満面の笑みを浮かべる。


「オオ! 僕ノ愛シイ人。ドウシタノデス? 気分ハ良クナッタノデスカ?  急ニ元気ニナリマシタネ」


私の突然の変化にゲオルクは不信の目を向けた。


今まで蛇のように毛嫌いし、それを隠そうともせずに振る舞ってきたのだから、疑われても仕方がない。


「まぁ、、開き直りというか、心境の変化ってやつね。  毎日ゲオルクさんと一緒にいたらなんだか慣れちゃった。もう結婚しても大丈夫な気がしてきたの」


レオンからの忠告で希望がわき、一気に元気になったような気がする。もともと楽天的で落ち込んだりするタイプではない。


 ずっと八方ふさがりの逃げ場のない中で戦ってきたけれど、今度は私がゲオルクをギャフンと言わせる番だわ。そう思うとそばにいることさえ、それほど苦痛に感じなかった。


「……ナルホド。元気ニナレテ良カッタ」


言葉とは裏腹に、ゲオルクはさほど嬉しそうではなく、むしろ失望しているように見えた。


やはりこのサディストは、嫌がる私をいたぶることに快感を覚えていたんだわ。







いつのまにか八月下旬となり、短い北海道の夏は終わりを迎えていた。


もうクーラーを使うこともなく、開け放たれた窓から入る風に秋の気配を感じた。


「今日のお加減はいかがですか? ゲオルクさんも随分と元気になられましたし、散歩にでも行きませんか? 涼しくて気持ちよさそうですよ」


おねだりリストを思い浮かべながら誘ってみた。


「モウ病院ニハ飽キタ。今日ニモ退院スルツモリデス。アノ野蛮人ノセイデ仕事ガ山積ミデスカラネ」


ゲオルクはまるでやり手の実業家のように、気取ったようすで薄くなった頭髪を撫であげた。


あなたなどいない方が仕事は上手くまわると思うけど。


「えー、そうなの? じゃあ、退院してもずっと仕事?  がっかり。ゲオルクさんと一緒に遊園地に行きたかったのに」


「ハハハ。子供ハ不邪気デ可愛イモノダナ。茉理、モットコッチへイラッシャイ」


そうか、小児性愛者であるこの人の前では、無邪気な子供らしさなどを演出してはいけないのだった。


仕方なくそばへ行き、ベッドに腰を下ろしていたゲオルクの隣に座った。




「ねえねえ、ゲオルクさ~ん、私たちって本当に婚約しているの?」


甘えた声でゲオルクの顔をのぞき込んだ。


「ソウデスヨ。茉理ノママガ許可ヲ出シテマス。ドイツへ戻ッタラスグニ結婚スルノデス」


いくら私が未成年者だからって、ママにそんな権利があるとは思えないけど。


「あのね、茉理ね、お友達からエンゲージリングを見せてって言われてるの。ねぇ、婚約してるのに茉理はリングを貰えないの?」


悲しげな顔をして、ゲオルクににじり寄った。


「モ、モチロンアゲマスヨ。デモ意外デスネ、今マデジュエリーナドニ興味ヲ示サナカッタデショウ?」


逃げまわることに必死だったのよ! 指輪どころの話じゃないでしょ。








「茉理だって普通の女の子よ。綺麗なものには興味があるわ。お友達にも自慢したいしね」


要求しなかったらくれないつもりだったのね。まったく大富豪のくせにどこまでケチなんだか。だから前の奥さんにも愛想をつかされたんだわ。お金以外の魅力などないのにケチだなんて最低でしょ。二度も離婚されているから、相当の慰謝料をふんだくられたのかも知れない。


「茉理ノ手ノ方ガ、ジュエリーヨリ数倍モ美シイ。指輪ナド余計ナモノデ飾ラナイ方ガ僕ハ好キデス」


そう言って私の手をつかんで見つめ、汗ばんだ手で撫でまわした。


物は言いようね、このドケチ!!


「あ、それからね。いま住んでいるアパートはとっても古くて狭いの。札幌は茉理の故郷でしょう。たまには帰省もしたいし、マンションを買っておいたほうがいいと思うんだけど……」


 婚約者があんなアパートに住んでいて平気なの?  愛人にでさえマンションを買ってあげる金持ちなんて沢山いるじゃない。




「毎月ノ管理費ナドヲ考エタラ、ホテルヲ利用シタ方ガズット経済的デスヨ」


さすがにゲオルクは計算高かった。


「そうかも知れないけど、日本にひとつも別荘がないなんて悲しすぎない? 茉理は大富豪と結婚できて羨ましいって言われているのに……。なんだか惨めだわ」


ため息を吐きながら失望感を示すと、プライドの高いゲオルクは少し考え込むようなそぶりをみせた。


「……マンション買ッテモイイ。アノ男カラセシメタ賠償金デ。投資ニナル良イ物件ヲ探シテミマショウ」


「ありがとう! さすがはゲオルクさん!! 茉理、本当に嬉しい。そのマンションは茉理の名義にしてくれるんでしょう?」


せっかく買ってもらっても、ゲオルクの名義では意味がない。


「ドウシタノデス?  急ニ物欲ノ塊ニナッテ。僕ハ金銭ナドニ興味ノナイ無垢ナ茉理ガ好キナノデス」


「お金に興味のない人なんている? 茉理だっていつまでも子供じゃないし」


開き直り、白けたように宙に目を向けた。あなたには財産以外の魅力などカケラもないのだと思い知らせてやりたい。


「……ナンダカ僕ガ思ッテイタ茉理トハ随分違ッテイタミタイダ。ガッカリデス」


ゲオルクはおもむろに不快感を示し、睨みつけるように窓の外をみつめた。



「そ、そんなこと言わないでよ。茉理、きっと良い奥さんになるからさ。婚約解消なんて絶対に、絶対にしないでね」


真剣な眼差しでゲオルクを見つめ、心にもないことを力説する。婚約は解消してほしいに決まってるけど、ただで棄てられたくない。なんとか一億円を取り戻したい。


「僕ハコレマデアナタノ母上ニ沢山ノ金ヲ貸シタ。ソシテ母上ハ投資ニ失敗シマシタ。アナタハソノ代償ナノデス」


冷ややかな口調でゲオルクは語った。


そんなことだろうと思ってた。ママはこれからだって私を利用して、贅の限りを尽くそうとしてるんだから。


「そうだったの? ごめんなさい。そういえばママはゲオルクさんの財産のことをとても知りたがってたわ。とにかく結婚だけはしておきなさいって。ねえ、教えて。ママには黙ってるからさ。ゲオルクさんの財産ってどれくらいなの? 」


物欲しげな顔でゲオルクの袖を引っ張り、猫なで声を出した。







「……茉理、僕ハチョット気分ガ良クナイ。一人ニシテ欲シイ」


「えー、大丈夫?  看護師さんを呼んだほうがいいわ」


ゲオルクのおデコに手を当て、心配顔でのぞき込んだ。


「少シ、横ニナッテイレバ治リマス」


ゲオルクは仏頂面のまま、仰向けにベッドに寝転んだ。


「分かったわ。じゃあ、お昼過ぎにでも来るからゆっくり休んでね」



冷たい視線で私を見つめたゲオルクに、ウインクをして特別室を出た。






レオンの言ったとおりだった。


ゲオルクは強欲でどこまでもケチな男。


財産に興味を示した途端、私への愛も冷めてしまったみたい。こんなに簡単なことだったなんてね。


それだけ彼のまわりには、金目当てのオンナが群がっているということか。





自分の病室に戻り、昨夜ママが眺めていた、ハリー・ウインストンのカタログを手にとる。


ママはジュエリーや高級バッグが大好きだ。
投資に失敗し、多額の借金のためにすべて失ってしまったのだ。


それを思うと可愛そうな気もするけれど、早くそんなものへの執着を捨て、庶民の感覚を取り戻して欲しい。そんなに贅沢がしたいなら、人に依存したりせず、自分の力ですればいい。


どんなエンゲージリングにしようかと、カタログをパラパラとめくる。



気品のある豪華さと、洗練されたデザインの数々。


こんな素敵な宝飾品を間近で見せられたら、世の多くの女性たちが、好きでもない富豪に嫁ぎたくなる気持ちもわからないではない。


だけど、どんなに豪華なジュエリーを手に入れたところで、いつまでも満足が続くわけもない。次から次へと欲望は限りがなく、女たちのくだらない見栄の張り合いが始まるのだろう。


シンプルでいて優美なデザインの大きなダイヤの指輪に目が止まった。


この大きさなら3カラットはあるだろうか?


ブリリアント・ラブ・エンゲージメント・リング。


洗練されたラウンド・ブリリアントカット・ダイヤモンド。アームには24個のラウンド・ダイヤモンドが配され、美しい輝きのラインを描いている。


17歳の私に3カラットものダイヤは似合わないかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。大切なのは値段だ。



先生がふんだくられた一億円を、必ず取り戻してみせるから。






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