六華 snow crystal 8

なごみ

文字の大きさ
29 / 69

レオンの告白

しおりを挟む
0.5カラットでも450万~ということは、3カラットなら軽く1000万を超えるだろう。


これがいいわ。これにしよう。


この指輪とマンションで、総額一億円近くになると思う。あのケチは本当に買ってくれるだろうか?   思惑どおりにいくとは到底思えない。


コンコンとドアをノックする音がして、ママが入って来た。


「おはよう。気分はどう?」


ママは今日も抜かりのないメイクに、華やかなワンピース姿。


娘の容態を心配して来ているわけではない。この結婚をなんとか成功させることに、ママは人生をかけていると言っても過言ではない。


「もうすっかり元気よ。さっきゲオルクさんのところへ行って来たわ。今日にも退院するって言ってたけど、気分が良くないみたいなの。大丈夫かしら?」


「そうなの?  ゲオルクさんはきっと食べ過ぎよ。ここへ入院して体重が5キロも増えたんですって。運動もせずに食べてばかりいるんですもの、太るに決まってるわ。あら、あなたどうしたの? そんなカタログなんか見て。珍しいわね」


「エンゲージリングを探していたの。ゲオルクさんが買ってくれるって言ったから」


「えーーっ、茉理!!  じゃあ、やっとその気になってくれたのね。我慢して待った甲斐があったわ~  ああ、これで本当にマンシュタイン家の一員になれるのね。夢のようだわ~」


結婚に前向きになった私に、ママは飛び上がらんばかりの喜びようだ。


ぬか喜びしているママの姿に、少し気がとがめた。だけど、娘を犠牲にして金持ちになろうなどと、企むママが間違ってるでしょ。





「ねえ、これなんかどう? シンプルで可愛いでしょ」


「どれどれ、見せてごらん。ゲオルクさん、本当に買ってくれるって言ったの?」


「そうよ、好きなのを選んでいいって。もっと大きいのがいいかしら」


ママにカタログを渡し、お気に入りのリングを指差した。


「……3カラットは大きすぎるわ。ちゃんと結婚してしまうまで、高価な物は控えたほうがいいわ。ゲオルクさんは意外と金銭には細かいの。浪費家と思われないようにしないと」


 ママはゲオルクの性格を把握していた。彼が高額なリングやマンションを買ってくれるとは思えない。


「ねぇ、ママ、もし一方的に婚約を解消されたら茉理は泣き寝入りなの? 慰謝料みたいなのは貰える?」


「どうしたの? なぜそんな事を聞くの? あなた何か企んでない?」


慰謝料の話をはじめた私に、ママは疑惑の目を向けた。


「たとえばの話よ。やっぱりこの3カラットのリングがいいなぁ。茉理、絶対にこれ買ってもらおうっと」


「茉理!  結婚したらもっと豪華なものがいくらでも買えるの。早まって欲を出すと破談になってしまうわよ。もっと子供らしくしてなさい!」


「はい、はーい!!  じゃあ、ゲオルクさんのところへ行ってくるね~~」






病室を出て、エレベーターで一階まで下がった。どの科の待合室も外来の患者がいっぱいだった。


すれ違う医療スタッフは慌ただしく、一様に早足で通りすぎる。


先生も今頃は忙しく働いているのだろう。もうゲオルクから賠償金の請求書を受け取っただろうか。


私と関わったこと、後悔しているだろうな。


駐車場のアスファルトの上に横たわったままの先生を、非情にも見捨てて来てしまったのだ。弁解する勇気すら持てず、電話はかけられなかった。


一億円が用意できたら、茉理はまた先生に会いに行けるけれど。


すっかり冷めたような顔をした、さっきのゲオルクを思い出す。


婚約が解消されて慰謝料がもらえたら、願ったり叶ったりだけど、そんなに上手くいくわけない。


どうすればいいんだろう。






薬局前の広いロビーに出ると、お薬や会計を待っている患者たちの中にレオンがいた。


長身でどこから見ても外人のレオンは、たくさんの待ち人の中で一際《ひときわ》目立っていた。


iPadを操作しているレオンに近づき、ポンと肩をたたいた。


「ウワッ! 驚イタ。茉理デシタカ。ドウシタノデスカ? 」


「退屈だからうろついていただけよ。レオンはこんな所で何してるの? 」


「ゲオルク氏ガ退院スルト言ウノデ、支払イヲ済マセテイルトコロデス」


「やっぱり退院するんだ。じゃあ、私たちもここには居なくてもいいのね。ヤッター!!」


「茉理、ゲオルク氏ハ先ホド、婚約ヲ解消スルカモ知レナイト言ッテマシタ」


え、もう?  早っ!!


私への愛は一気に冷めてしまったってわけね。あの人の愛なんて、所詮その程度のものだったのね。


「そう、それで? 婚約を解消されたらそれでおしまいって事? ねえ、慰謝料って貰える?」


「ソレハ難シイト思イマス。お母様ノ借金ガアリマスカラ。裁判シタトコロデ勝テル見込ミハナイ」


はぁ、やっぱり現実は厳しいよね。婚約を解消してもらえるだけで満足するべきなのだろうか。


「デモ、スキャンダルハ社名ヲ傷ツケマスカラネ。ソノ辺ヲ上手クヤレバ慰謝料ガモラエルカモシレマセン」


なるほど。


さすがレオンは頭がいいな。


だけど、、一体どうやって?






レオンが会計窓口で支払いを済ませ、院内のカフェでコーヒーでも飲まないかと誘ってくれた。


通りすがりの女性たちが、スラリとしたイケメンのレオンを振り返って見ていた。


レオンに彼女はいないのかなとふと思う。


私より七つ年上の二十五歳だ。


ママに連れられてドイツに行ったばかりの頃、言葉が通じなくて寂しい思いをしていた私を、いつも助けてくれたのがレオンだった。


その頃、ギムナジウムへ進んでいた彼は、日本語の勉強がしたいのだと言っていたけれど、幼い私でもレオンの優しさは十分過ぎるほど身に沁みた。


その後、スイスの寄宿舎に入れられたので、レオンと会う機会はなくなったけれど、兄弟のない私にとってレオンは本当に兄のような存在だった。


休暇でドイツの自宅に戻ったときは、真っ先にレオンの元へ駆けつけた。


だのに、それから何年かしてワイナリーの経営が上手くいかなくなり、倒産の危機に迫られた。


そんな時、浮上したのが私を見染めたゲオルクからの援助の手。マンシュタイングループと手を組めば、怖いものなど何もない。会社が傾くことは回避できるのだ。シュルツ氏をはじめ、一族の者、その他すべての職員たちが、私とゲオルクとの結婚を待ち望んだ。


レオンでさえも私を助けてはくれなかった。
頭脳明晰なレオンは、その頃すでにシュルツ氏から厚い信頼を寄せられていたのだ。



裏切られたようなショックを受け、私は浩輝くんと寄宿舎から逃亡したのだった。






まだ早めの午前中だったので、カフェはとても空いていた。


レオンとこんな風に差し向かいでコーヒーを飲むことに、少し緊張を覚えた。


もう無邪気な子どもだった頃の私ではない。


レオンは優しい人ではあるけれど、どちらかというと寡黙だ。


気軽に世間話をするようなタイプではない。


思った通り二人でコーヒーを飲んでいても会話がなく、気まずい空気が流れた。



「ねえ、レオンには彼女はいないの?」


苦し紛れに、さっき思いついたプライペートな内容に踏み込む。


「イマセン。ドウシタノデスカ? 急ニ」


「どうしてって、レオンだってさ、結婚してもいい歳じゃない。彼女がいたっておかしくないわ」


「僕ガ結婚シタイト思ッタ人ハモウスグ結婚シテシマウノデス」


「えーっ! そうなの?  じゃあ、失恋?」


わーー 、、   まずいこと聞いちゃった。


どうしよう。



「ソウ思ッテマシタ。デモ、モシカシタラソノ人ハ結婚シナイカモ知レマセン」


「え? なにそれ? どういうこと?」



「茉理、僕ト結婚シテクレマセンカ?」



う、嘘でしょう!!


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...