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茉理さんとの再会
しおりを挟むあっ!
あの子は、確か茉理って子だ。
咄嗟に立ち上がり、思わず声を出していた。
「あ、あの、すみません!!」
出入り口のドアを開け、出て行こうとしていた茉理さんが驚いたように振り返った。
「あれ? あーっ、あなたあの時の! 美穂さんの彼氏じゃん!」
人なつこいというか、馴れ馴れしくタメ口の彼女だったけれど、はち切れんばかりの明るい笑顔に少しホッとした。
「君は今、あの医師と一緒に住んでるのかい?」
僕はなにも考えずに、思いついたことを口にした。
「なによ、藪から棒に。それはプライベートなことでしょう。あなたに報告する義務ってある?」
確かに突然こんな質問をされたら、誰でも不愉快に思うだろう。
全てにおいて正直な彼女は、おもむろに不快感を示した。
「そうだね、ごめん。実は聞きたいのはそこじゃなくて、僕が知りたいのは美穂さんの居場所なんだ。なにか聞いてないかな?」
「あ、そういうこと。どーしちゃったの? もしかして美穂さんにフラれちゃったの?」
茉理って子はゴシップを楽しむかのように、ニタニタしながら僕を見た。
彼女の質問もプライベードなことだと思ったけれど、情報を提供してもらいたい側の僕に文句は言えなかった。
「…ちょっと色々あってね。彼女にどうしても会って謝りたいんだ。別にストーカーとかじゃないよ。もし、知っていたら教えてもらえないかな?」
「ふーん、まぁ、いいけど。じゃあ、家まで送ってよ。ドライブしながら話そう」
彼女は本当に美穂さんのことを知っているのだろうか。なんとなく騙されているような気もしたけれど、忙しい身でもないし、美穂さんについてどんな手がかりでも欲しかった。
「うーー、寒っ! めっちゃラッキー! 地下鉄駅まで歩くの寒くって」
茉理さんは助手席に乗り込むと、手を擦り合わせながら僕に微笑みかけた。
「あの医師から美穂さんのこと、なにか聞いているのかい?」
僕は返事を待ちきれなくて、すぐに本題に入った。
「せっかちね。あとでちゃんと教えてあげるったら。家は大通りの方だよ。よろしく~~」
すっかり彼女のペースだけれど、文句も言えず、アクセルを踏む。大通りのほうに向かう通りにハンドルを切った。
今夜は雪が降るかもしれない。道行く人も身を縮めながら帰路を急いているように見える。
母はもうアパートを出ただろうか。こんな寒い夜に釧路までまた列車に乗って帰るのだろうか。なんとも言えない重苦しい気分になりため息をつく。
茉理さんは美穂さんの話をするでもなく、窓の外を見ながら流行りの歌を口ずさんでいる。
早く話してくれないと、家に着いてしまうじゃないか。
「…美穂さんのこと本当に知ってるんだよね?」
しびれを切らしてまた同じ質問をした。
僕がせっかちなのではない。君が呑気なだけだと思った。
「もちろん知ってるよ~ ねぇ、ねぇ、どうして逃げられちゃったの? それを教えてくれたら教えてあげるぅ~ 」
茉理という子は茶化すように言って笑った。
「君は送ってくれたら教えるとさっき言ったじゃないか!」
思わずムッとして言い返した。
「わ~ 怒ると怖いんだぁ。だから美穂さんは逃げちゃったのね」
「そんなんじゃないよ。じゃあ、君はなんで未だにあの医師と付き合ってるんだよ。それに答えろよ」
こんな年下の女の子にナメられてる自分が情けなく、ついムキになる。
「あら、興味があるの? 別に私たち、やましいことはなんにもないよ。家事代行のバイトをしているだけ」
「単なる家事代行サービスじゃないだろ。援助交際みたいなものだ。学校にバレたら退学だな」
こんな女子高生に手を出すなんて、あの医師のやることはめちゃくちゃだ。
「そんなんじゃないって言ってるでしょ。先生はね、とっても警戒心が強くて、ビクビクしながら私を雇ってるのよ。あんな小心な人だと思わなかった。来年、開業するらしくてね、いま警察沙汰にでもなったら大変なんですって」
サバサバしたこの子が言うと、そんな気もしてくる。まだ深い関係ではないのかもしれない。
それにしても、あの若さで開業か。
やはり、彼はやり手なんだな。
二人がどんな関係なのかどうもよく分からないけれど、破天荒なこの女の子とあの医師は、似合っているように思える。
「美穂さんは真駒内の家でお母さんと一緒に暮らしてるって聞いたよ。自分を見捨てた母親の面倒なんか見て、あいつは救いようのないバカだって先生は言ってた。あなた、本当にストーカーとかしないよね? 」
茉理さんは少し疑ぐるような目で僕を見つめた。
美穂さんはやはり、あの幽霊屋敷にいたのか。母親は僕に嘘をついていたわけだな。
「ねえ、どうして美穂さんと別れちゃったの? もしかして浮気でもした?」
「浮気なんかするわけないだろ。…両親に結婚を反対されただけだよ。彼女はそれを気にして、、」
「ふーん、そうだったんだぁ。あなたは親には逆らえなかったわけだ。それじゃあ逃げられても仕方ないね。だってマザコン夫って最悪じゃん!」
勝手な憶測にムッとしたけれど、確かに僕はずっと親に逆らえなかったのだ。
そんな弱気な態度が美穂さんを不安にさせたのかも知れない。
「真駒内の家にいるって言うのは本当なんだね? 間違いないね?」
「先生はそう言ってたよ。家事代行を頼みに行ったのに、お母さんの面倒を見ないといけないからって断わられたんだって。それに介護の仕事もしているみたい」
お母さんはなんの病気なんだろう。確かにやせ細って健康的には見えなかったけれど。
美穂さんはあの医師から家事代行の依頼を受けていたのか。その誘いを断ったということが僕に希望を与えた。
「あ、そこの角を曲がったところで停めて」
茉理さんはそう言って、30mほど先の交差点を指差した。
交差点を左折したところで、のろのろと車の速度を緩めた。
「ここでいいわ。このマンションよ」
茉理さんはまだ建って間もない感じの、お洒落なデザーナーズマンションを指差した。
「送ってくれてありがとう!」
にこやかに手を振って彼女は助手席から降りた。
「美穂さんのこと教えてくれて、ありがとう。助かったよ」
彼女は僕にとってかなり異質だ。とても理解し合えるような仲にはなり得ないけれど、慣れてしまうとなんとなく、ずっと友人でいたくなるような不思議な魅力のある子だと思った。
今日は茉理さんに会えて本当にラッキーだった。
「ふふふっ、上手くいくといいね。じゃあ、頑張ってね~~」
冷やかされてバカにされている気がしないでもなかったけれど、彼女に悪意はないのだろう。
「君もちゃんとした彼氏を見つけたほうがいいよ」
マウントを取りたいとかではないけれど、僕としてはちょっと偉そうなことを言ってしまった。
「はいはーい!! 茉理は幸せになりまーす!じゃあね、バイバーイ!!」
茉理さんはそう言ってマンションの中へ消えていった。
美穂さんの住む真駒内へ今すぐ行こうと思ったけれど、茉理さんの話では介護の仕事も始めたと言っていた。
腕時計を見ると、まだ夕方の五時前だった。
今すぐ行っても仕事からはまだ帰ってないだろう。夕食を済ませた頃に行ったほうが、ゆっくり話せるはずだ。
一度自宅アパードに戻り、簡単な夕食をとってから出かけたほうがいいように思った。
アパートに戻り、出入り口に設置されている郵便受けを開けてみると、鍵は入ってなかった。と言うことは、母はまだ釧路に帰ってないということか。
腹立たしい気分でアパートの階段を登り、部屋のドアを開けた。
やはり、母はまだいるようで、玄関に女物の靴が二足並んでいた。
靴が二足?
不思議に思いながら靴を脱ぎドアを開けると、見知らぬ若い女性が母とキッチンで談笑していた。
「あら、聡ちゃん、意外と早かったのね」
母がさっきの諍いなど忘れたかのように陽気な声を出した。
「一体、どういう事だよ!!」
よく見ると来客は見知らぬ女性ではなかった。見覚えがあった。
あの写真の彼女だ。
呆然としている僕をまっすぐに見つめ、彼女はにこやかに挨拶をした。
「勝手にお邪魔してごめんなさい。磯村結衣です。はじめまして」
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