勇者召喚に巻き込まれた(?)私、魔族の元で華咲かす

斑鳩 鳰

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7 side ニコル・ラウーラ

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''魔王様がいない''との報告を受けて、アレシュの部屋に行ってみれば、そこはもぬけの殻だった。
テラスにつながる窓は開けっぱなしで、机上の紙には一言''暗緑の森に行ってくる''とだけ。
私は額に青筋が浮かぶのを感じながら、風のせいで散らばった書類を集め始めた。

「あのクソ蜥蜴野郎め。帰ってきたら禿げ散らかすまで啄んでやるっ…!」

あれだけ、どこかに行くなら一言声をかけろと言っているのにどうしてアイツは懲りないのかしら!
ぶつくさと上司への不満をこぼしながら、開いたままの窓を閉めようとそちらに向かえば、丁度鴉が入ってきた。

手を差し出せば、鴉はその上に止まると同時に手紙に変わる。
開いてみると、そこには''暗緑の森に来い''と実に簡素に書かれていた。
私はその紙をグシャリと握りつぶした。

「失礼しますよ。
至急報告したいことが…って不在ですか。」

こんな手紙なんか無視だ、無視、と決め込んでいると、扉が開き、薄黄緑色の髪のエルフが入ってきた。

「おや、ニコル。
アレシュ知りません?」

穏やかな笑みを浮かべた彼、名前はイリディーネ。整った顔立ちや線の細い体は一見すると女性と見間違うほど。

「何かよからぬこと考えていません?」

「イイエ、ナニモ。
そ、それよりイリディーネもアレシュに用事?」

エスパーかよ、とは言わない。
優しげな笑みがすっと黒いものに変わったので、慌てて話題転換する。

「''も''と言うことは、あなたもですか?」

質問を質問で返された。
だが、気にしたら負けだ。イリディーネに口で敵うはずがない。

「私はアレシュがいないって報告を受けたからその確認に来たの。」

「またですか。困りましたね。」

マイペースな上司を持つと、部下は大変なのだ。
イリディーネの言葉に私は、うんうんと頷いた。

「よりによってこのタイミングでいなくなるなんて。」

「そんなに大事な用事なの?」

「ええ。
これを見てください。」

イリディーネから渡された紙にさっと目を通す。
そこには『クリュシュ王国で勇者召喚が成功した』という旨が書かれていた。

「これは本当なの?」

「紛うことなき事実です。
リャンが直接私に持ってきましたから。」

「…そう。」

私はひとつ大きなため息をついて、胸ポケットにその紙を仕舞った。

「ニコル?」

「丁度アレシュに呼び出されたところだから、行くついでに私が伝えてくるわ。」

先程グシャグシャにした手紙をイリディーネに見せれば、端正な顔立ちが少し歪んだ。

「またなんとも横暴な呼び出しですね。」

「本当そうよ。
帰ってきたら禿げ散らかすまで啄んでやろうと思って。」

「それは良い考えですね。
その時は是非私にも声かけてください。助太刀しますよ。」

「あら、嬉しいわ。
魔王様が玉座からずり下ろされるのもうすぐかもね。」

イリディーネと軽口を交えながら、詳細を確認する。

「それじゃあ、行ってくるわ。」

「よろしくお願いしますね。」

「【変化へんげ】」

テラスの手すりに飛び乗り、呪文を唱える。腕が翼に変わるのを感じながら、私はそこから飛び降りた。




「ここが『暗緑の森』のはずよね?」

答えてくれる者はいない。
私は森の上空でゆっくりと旋回する。
この森の中から確かにアレシュの魔力は感じるが、記憶の中の『暗緑の森』と違いすぎる。
見るもののテンションをごっそり削ぐ、薄暗い森はそこにはなく、碧々とした新緑の木々が生い茂っていた。

警戒を怠らないようにしながら、アレシュの魔力を辿る。
アレシュは森の中心部の洞窟の外にいた。
珍しく外出用のローブを着ていないことを不思議に思いながら、顔を伏せている彼に近づく。
態と羽を大袈裟に羽ばたかせ、彼の前に立つ。

「遅かったな。」

「遅かったな、じゃないわよっ!!
あれだけ、どこかに行くなら誰かに一言声かけろと言ってる…」

「うるさい。起きたらどうする。」

ガツンと文句を言ってやろうとしたのに、声を奪われ、私は口をパクパクと動かすだけだった。
アレシュを恨みこもった目で睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風である。
顔立ちが整っているせいで、そんな顔も絵になるのが無性に腹立つ。

怒りで体を震えさせながら、何気なくアレシュの視線を辿ってみれば、そこにはすよすよと寝息を立てる小さな子供がいた。

「……隠し子?」

「違う」

もう術が解除されているとは知らず、つい心の声が口から漏れた。アレシュは私の方を見ることなく、即座に否定した。

「この森で捨てられていたのを拾ったんだ。」

「えっ!?」

「うるさい」

魔物が蔓延るこの森にこんなに小さな子供が1人でいたというの?
アレシュのローブに包まれた小さな命は安心したようにぐっすり眠っている。
ローブから零れるまっすぐな髪は綺麗な亜麻色で、閉じた目を縁取るまつげは長く量が多い。桜色に色づいた頬や唇が、日焼けを知らない白い肌によく映える。

…可愛いなあ。あのふにふに頬っぺをつんつんしたい。

「ねぇ、私にも抱っこさせてよ。
それで今回のことはチャラにしてあげる。」

「…落とすなよ」

アレシュは渋々ながらも子供をそっと渡してくれた。


「はわぁぁぁぁ。
可愛いいいぃぃ。いい匂いするぅぅぅううう!!」

子供を起こさないように小声で心の内をさらけ出せば、アレシュが引いた目でこちらを見ていた。いいじゃない、可愛いんだから。

魔族は人間の10倍長く生きる。そのため、出生率が極端に低く、子供は重宝される。
子供が産まれたら街をあげてお祭りが開かれるぐらいだ。
私も200ウン十年と生きてきたけれど、これ程小さな子供を見たのは実に久しぶりだ。

嬉嬉として子供を抱えていると、私はあることに気づいた。

「アレシュ。
もしかしてこの子って人間の子供?」

「あぁ。」

「!!
どういうこと!?」

「さっき言っただろう。
捨てられていたのを拾ったと。
魔族だったら子供を捨てるなど絶対にしないだろ。」

それはそうだけど…。
私は再度子供を見つめる。ローブから出た腕は驚く程に細く、少しでも力をいれたら折れてしまいそうだ。

「…最初は殺すつもりだった。」

意識しないと聞こえないほどの小さな声だった。顔を上げれば、アレシュがそっぽ向いたままポツリポツリとこれまでの経緯を話し始めた。
私は子供の心地よい体温を感じながら、黙ってその話に耳を傾けた。


「白状薬も俺が持つ魔法も全てを使って、この子供が人間の間者出ないことを確認した。
だから、俺は、俺を頼ってくれたこの子供をどうしても守りたい。」

アレシュは優しく子供の頭を撫でた。
その慈愛に満ちた目に、私は何も言うことが出来なかった。

「それにな、シマリリスがこの子供に懐いてるんだ。」

「え?」

シマリリスと言えば、なかなか遭遇することの無い、珍しい魔物だ。
余程純粋無垢な心を持った人物でない限り、シマリリスが自ら姿を見せることは無い。

「そこに丸まっているだろ。
上位種だから、普通のものと色は違うけどな。」

子供の首元を見れば、ふわふわとした丸い小さな生き物がいた。

「そして、極めつけはこれだ。」

「わわっ。
なによ、ただの木の枝じゃない。」

アレシュに投げ渡されたのは、何の変哲もない木の枝だった。
どれだけ眺めても特別変わったところは見当たらない。

「子供がずっと持っていた。おそらく『森霊樹しんれいじゅ』の枝だ。」

「!!」

『森霊樹』またの名を『森の心臓』。
この世界では、森は緑の精霊が集まる一本の木から始まると言われている。その木こそ『森霊樹』であり、その枝を所持することは森からの寵愛を受けることと同義とされる。
まさか『森霊樹』が実在しているとは思わなかった。

「普通の木にしか見えないけどねぇ。」

「森の様子が変だとは思わなかったか?
やけに森が生き生きとしている。」

「それは思ったわ。
上から見ただけでも、『暗緑の森』が『新緑の森』になっていたもの。」

「しかもこの子供に会ってから魔物に遭遇していない。まあ、シマリリスは例外だが。」

「無意識に''威圧''でも放ってたんじゃないの?」

「確認したが、違った。
拾う前と、途中子供から離れた時は普通に魔物に遭遇したから、魔物が森からいなくなったわけではないだろう。」

「ふーん」

私はその時、古い書物の一説に、『森霊樹の使者は、白き毛皮を纏いし小さな魔物となって、秘密裏に森を巡視する』という記述があったのを思い出していた。
もしこの''白き毛皮を纏いし小さな魔物''がシマリリスを指し示すならば、色々と合点がいく。

「この枝をゴトベルに頼んで、腕輪にしてもらってくれ。」

「もしかしてその為だけに、私を呼んだとか言わないわよね?」

「?そうだが?」

すまし顔で言い放ったアレシュに呆れて言葉も出なかった。

「あのねぇ。私も暇じゃないんだけど。
誰かさんがすぐにフラフラと出ていくから、仕事は増えど、減りやしない。」

「まだ本調子でない子供を城につれて行くわけには行かないだろう。」

「それじゃあ、あなたはずっと看病でもしているつもりかしら?
勇者が召喚されたって大変な時に!」

つい皮肉めいた言葉遣いになってしまったがしょうがない。
人が心配しているにも関わらず、呑気な魔王様が悪い。

「…今なんて?」

「クリュシュ王国で勇者召喚が成功したのよ。」

イリディーネから預かった紙をアレシュに渡す。

「でも魔王退治に出発するのはだいぶ先になるそうよ。
訓練期間に加えて、召喚された勇者が協力する条件として人探しを要求したらしいの。」

「勇者は異世界から召喚するしかないのに、この世界に探し人がいるのか?」

「そこは私も不思議に思ったわ。
今リャンが詳しく調べているところよ。」

アレシュは暫し考えた後、立ち上がり、私の腕の中から子供を奪った。

「その子人間に返すの?」

「いや。
向こうが手放したんだ。返してやる筋合いはない。」

「それじゃあ、どうするの?」

「言葉が話せるようになるまでは、グウェンに預ける。」

グウェンは魔族領の郊外に住んでいる人間のおじいちゃんだ。薬学の心得もあるし、何かあってもすぐに対処出来るだろう。

「その後は?」

「…城に迎え入れる。」

「正気?」

「あぁ。この子と約束したしな。」

「殆どの者が可愛がってくれるとは思うけど、大丈夫なの?
人間は魔族よりはるかに脆いのちゃんと分かってる?」

人間は魔族に敵対心を抱いている。それならば、魔族もそうなのかと言われれば否だ。
魔族は人間を恨んではいないし、かと言って歓迎している訳でもない。

''''

この一言に尽きる。
確かに、人間を恨んでいるものもいる。だけど、それは愛する者を人間に殺されたとか何か人間に犯された過去があっての事だ。
向こうが攻め込んでくれば全力で対峙するが、自ら侵略することはない。
だから、この子が城に来たところで愛でる者はいても殺そうとする輩はいないだろう。
ましてや、寝顔の段階でこんなに可愛いのだから、起きてチョコチョコ動いていたら職場のアイドルになるに違いない。
うわ、めっちゃ見てみたいっ…!!

「分かっている。
何があっても俺が守るから大丈夫だ。」

めくるめく妄想に浸っていた意識が、アレシュの言葉で戻ってくる。
後ろ盾が魔王って最強装備じゃない。

「…それなら私からは何も言わないわ。」

寧ろ賛成ですっ!!私に癒しをっ!!
まぁ。流石に口には出さないけどね。

「この子名前は?」

「ない。
名付けられた覚えもないらしい。」

「じゃあ、アレシュがつけなさいよ。
貴方この子の親代わりになるんだから。」

「そうか。
…俺がつけてもいいのか。」

魔王様はどんな名前を子供につけるのかしら。
少しワクワクしながら、観察していると、さほど時間もかからずにアレシュは1つ頷いた。

「早いのね。」

「あぁ。すぐに浮かんだ。
この子の名前は''リヴ・フロル''にする。」

''リヴ・フロル生命の花''。アレシュにしては上出来じゃない。
私はついニヤニヤとアレシュを見つめてしまった。

「…何がおかしい。」

「なんでもないわ。
素敵な名前と思っただけよ。」

「この子には精一杯生きて欲しい。」

破壊の象徴''魔王''が人間の子供を育てるなんて、なんておかしな戯曲かしら。
それでも、私は魔王様がお人好しで、その地位のせいで数え切れないほど傷ついてきたのを知っているから、彼の心を癒す存在は単純に嬉しく思う。

「ふふふ。」

「なんだ、気味が悪い。」

「失礼ね!
とりあえず私は帰るわ。
じゃあね、リヴちゃん。また会いましょう。」

次会う時は起きた顔見れるかしら?
健やかに眠るリヴちゃんに一声かけて、私は翼を広げ、飛び立った。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
~おまけ~

「今日のアレシュはやけに饒舌じゃない。
何かあったの?」

「…そう言えば、白状薬入れた飯俺も食べたな。」

「…馬鹿なの?」

「…」
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