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彼は知っていた
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ソウタは左手以外には大きな傷はなかった。ただ、時折ひどく苦しそうにする。状況からみて、何者かに監禁されていた可能性がある。精神的にきついのかもしれない。病院でひととおりの手の治療を終えて、ミツキの家に連れてきた。まだ事件にはなっていないけれど、警察として話を聞きたいからなどと言い訳を重ねて説得した。
ソウタをリツとの家には帰せなかったからだ。リツに近づいた若い男は、リツの家を知っている。それに、あの家にはもう、ヒナギの物がたくさん増えていたから今のソウタに見せたくはなかった。こんなことになる前に、もっと早く助けてやりたかった。そうすればリツだって……。
「ミツキくん?」
ミツキのベッドに座ったソウタは、不安そうにこちらを見てくる。四年間の記憶がないのだからそうだろう。それでも、ずいぶん長いことリツの家に帰っていなかったことはおぼろげにわかるらしい。ミツキは安心させようと彼の手に手を重ねた。
「よく帰ってきました。もう大丈夫です」
「うん……」
「すみません、ここでしばらく待っていてください。ここにいれば大丈夫ですから。おれは、ソウタさんに何があったか調べてきますので」
リツとヒナギのことは、彼が回復するまでは黙っていたほうがいいだろう。かと言って、いつなら言えるのかの見込みは全くなかったが。ソウタはもちろん、リツとヒナギにとってもきつい話になるだろう。できれば誰も傷つかずに済ませたいが、そんなことは絶対にないともわかっていた。
「……ああ、ありがとう。待ってるよ」
ミツキはリツの家の周辺のカメラを手当たり次第に調べ、謎の男の足取りを追うことにした。四年前と比べ、カメラの数が増えている。いくつも見ていった後、リツの家近くの駅のカメラにその人は映っていた。リツが言っていた服装と一致する。カメラなど気にせず歩いていくのを、繰り返してそこだけを再生する。
若い男だ。背は高いがリツやヒナギよりは低いか。ソウタよりは高いだろう。
「こいつか……」
その男は真っ直ぐに駅の中へと入っていく。その横顔がちらりと見えた時……ん、こいつどこかで見たことがあるな。どこでだ? ミツキは首を捻って記憶をたどってみる。画像を拡大すると、画像が荒くてわかりにくいが、これは……。
「……ミツキくん?」
翌日、ミツキの家のドアを開けたのはヒナギだった。待っていたソウタはベッドから立ちあがろうとして、しょげたようにまた力なく座ってしまった。ヒナギは袋を手に上がってきて、そっとソウタの横に座る。ヒナギの知るソウタはもっと朗らかでおしゃべりだったはずで、こんな痛々しい姿を見たくはなかった。
「ミツキさんは、ずっと調べものをしてる。ソウタさんがどこにいたか。食べ物を持っていって欲しいと言われて……」
「そうか。……ありがとう」
ソウタは肩を落とし、落胆を隠さなかった。「食べられそうですか?」。ヒナギは菓子パンの袋を開けて、その細くなった手に持たせた。甘いにおいが立ち上ってきた。ソウタは右手で受け取ったが、そのまま動かない。「……お願いします、食べてください」「うん」。ようやくパンを口にして、わずかに食べただけで砂を噛むような顔になる。
「ヒナくん、帰ってきてごめんな」
「……なんでそんな」
一瞬、なんのことか分からなかった。
「リッちゃんのこと」
ヒナギはソウタの表情を見て、彼がヒナギとの関係に気づいていることを知った。疑いではなく、確信を持って。誰も言うはずがない。リツはもちろん、ミツキだって今のソウタに教えようとは思わないだろう。悪意を持って隠していたわけではないが、嘘がバレた時のような気まずさがあった。
「なんで……」
「リッちゃんにティッシュ渡したから。ああ、いつもこうしてるんだろうなって思った」
「それは……」
ソウタから見れば、恋人が他人に取られたことになる。それなのに、ソウタはほっとしたように言う。
「リッちゃん一人だと部屋ん中ぐちゃぐちゃだろ? まともに生活できてるみたいで安心した」
やめてくれ。ソウタが帰ってきたらひどく怒られるとは思った、それも仕方ないと思っていた。でも、そんな諦めたように悲しまないでほしかった。それがどれだけ自分勝手かと自分自身に怒鳴り、そして彼を悲しませたことに胸が締め付けられる。覚悟しているなんてよく言えたものだ。
「リッちゃんが痩せてなくてよかった。ヒナくんのおかげだな」
「なんで怒らない!」
「だって……リッちゃん、ヒナくんのこと当たり前のように思ってるんだなあって」
ソウタは、すこしうらやましそうな声で言った。
「オレは、ソウタさんが帰ってきて、良かったと思ってます。本当です」
ソウタが帰ってくるのが怖かったけれど、だからと言ってどこかで死んでいればいいと願ったわけではない。リツと付き合ったのを後悔はしていない。けれどもソウタを悲しませたいと思ったわけではない。たとえ悲しませたとしても、ソウタを待ってやつれていたリツを助けたかっただけで。
「だからもし、リツが望むなら……」
「そんなことないよ。今、リッちゃんが好きなのはヒナくんだろ?」
そう言われて、それ以上何も言えなかった。ヒナギはソウタが帰ってきたら関係が元に戻るのではないかと恐れていた。それでもリツに好きだと言って欲しい、ヒナギを選んで欲しいと思っていたのを見透かされた気持ちだった。それ以上、何も言えなくなって、ヒナギはがっくりと項垂れる。
「最初から、俺、そんなに好かれてなかったんだろうなあ……だからすぐに忘れられた」
違うと言いたかった。そんなはずがない。ソウタがいなくなって憔悴しきったリツをずっと見ていたから。
ヒナギと付き合う前、彼は家にソウタと撮った写真を貼っていた。「ソウタさんはぼくの撮った写真を良いと言ってくれたんだ」と笑っていた。「もちろんダメなところはいろいろあるけど……良いところもあって、それを活かす場所があるって言った。人の写真、ポートレートとかじゃなくてスナップ写真とか記念写真とか、それは時に下手な写真に見られる時もあるけど、でも僕が撮ったそういう写真は人の表情を捉えてて素敵だって言われて……嬉しかった。ぼくでもできることがあるんだって思えた。写真を撮っても良いんだって。だからぼくはソウタのために写真を撮ってるんだ」。
「ソウタさんは、リツを助けた。そのリツにオレは救われた。だから、あなたがいないとダメなんです」
リツがヒナギを「捨てたものじゃない」と言ってくれたからヒナギはようやく良いものになれたのだ。リツがヒナギにそう言ったのは、ソウタが彼の良さを見つけてくれたからだろう。だから、ソウタはヒナギにとっても大事な人だ。
「……そうかあ。なあ、リッちゃんに、ちゃんと振って欲しい。そうしたら、別れられるから」
ソウタをリツとの家には帰せなかったからだ。リツに近づいた若い男は、リツの家を知っている。それに、あの家にはもう、ヒナギの物がたくさん増えていたから今のソウタに見せたくはなかった。こんなことになる前に、もっと早く助けてやりたかった。そうすればリツだって……。
「ミツキくん?」
ミツキのベッドに座ったソウタは、不安そうにこちらを見てくる。四年間の記憶がないのだからそうだろう。それでも、ずいぶん長いことリツの家に帰っていなかったことはおぼろげにわかるらしい。ミツキは安心させようと彼の手に手を重ねた。
「よく帰ってきました。もう大丈夫です」
「うん……」
「すみません、ここでしばらく待っていてください。ここにいれば大丈夫ですから。おれは、ソウタさんに何があったか調べてきますので」
リツとヒナギのことは、彼が回復するまでは黙っていたほうがいいだろう。かと言って、いつなら言えるのかの見込みは全くなかったが。ソウタはもちろん、リツとヒナギにとってもきつい話になるだろう。できれば誰も傷つかずに済ませたいが、そんなことは絶対にないともわかっていた。
「……ああ、ありがとう。待ってるよ」
ミツキはリツの家の周辺のカメラを手当たり次第に調べ、謎の男の足取りを追うことにした。四年前と比べ、カメラの数が増えている。いくつも見ていった後、リツの家近くの駅のカメラにその人は映っていた。リツが言っていた服装と一致する。カメラなど気にせず歩いていくのを、繰り返してそこだけを再生する。
若い男だ。背は高いがリツやヒナギよりは低いか。ソウタよりは高いだろう。
「こいつか……」
その男は真っ直ぐに駅の中へと入っていく。その横顔がちらりと見えた時……ん、こいつどこかで見たことがあるな。どこでだ? ミツキは首を捻って記憶をたどってみる。画像を拡大すると、画像が荒くてわかりにくいが、これは……。
「……ミツキくん?」
翌日、ミツキの家のドアを開けたのはヒナギだった。待っていたソウタはベッドから立ちあがろうとして、しょげたようにまた力なく座ってしまった。ヒナギは袋を手に上がってきて、そっとソウタの横に座る。ヒナギの知るソウタはもっと朗らかでおしゃべりだったはずで、こんな痛々しい姿を見たくはなかった。
「ミツキさんは、ずっと調べものをしてる。ソウタさんがどこにいたか。食べ物を持っていって欲しいと言われて……」
「そうか。……ありがとう」
ソウタは肩を落とし、落胆を隠さなかった。「食べられそうですか?」。ヒナギは菓子パンの袋を開けて、その細くなった手に持たせた。甘いにおいが立ち上ってきた。ソウタは右手で受け取ったが、そのまま動かない。「……お願いします、食べてください」「うん」。ようやくパンを口にして、わずかに食べただけで砂を噛むような顔になる。
「ヒナくん、帰ってきてごめんな」
「……なんでそんな」
一瞬、なんのことか分からなかった。
「リッちゃんのこと」
ヒナギはソウタの表情を見て、彼がヒナギとの関係に気づいていることを知った。疑いではなく、確信を持って。誰も言うはずがない。リツはもちろん、ミツキだって今のソウタに教えようとは思わないだろう。悪意を持って隠していたわけではないが、嘘がバレた時のような気まずさがあった。
「なんで……」
「リッちゃんにティッシュ渡したから。ああ、いつもこうしてるんだろうなって思った」
「それは……」
ソウタから見れば、恋人が他人に取られたことになる。それなのに、ソウタはほっとしたように言う。
「リッちゃん一人だと部屋ん中ぐちゃぐちゃだろ? まともに生活できてるみたいで安心した」
やめてくれ。ソウタが帰ってきたらひどく怒られるとは思った、それも仕方ないと思っていた。でも、そんな諦めたように悲しまないでほしかった。それがどれだけ自分勝手かと自分自身に怒鳴り、そして彼を悲しませたことに胸が締め付けられる。覚悟しているなんてよく言えたものだ。
「リッちゃんが痩せてなくてよかった。ヒナくんのおかげだな」
「なんで怒らない!」
「だって……リッちゃん、ヒナくんのこと当たり前のように思ってるんだなあって」
ソウタは、すこしうらやましそうな声で言った。
「オレは、ソウタさんが帰ってきて、良かったと思ってます。本当です」
ソウタが帰ってくるのが怖かったけれど、だからと言ってどこかで死んでいればいいと願ったわけではない。リツと付き合ったのを後悔はしていない。けれどもソウタを悲しませたいと思ったわけではない。たとえ悲しませたとしても、ソウタを待ってやつれていたリツを助けたかっただけで。
「だからもし、リツが望むなら……」
「そんなことないよ。今、リッちゃんが好きなのはヒナくんだろ?」
そう言われて、それ以上何も言えなかった。ヒナギはソウタが帰ってきたら関係が元に戻るのではないかと恐れていた。それでもリツに好きだと言って欲しい、ヒナギを選んで欲しいと思っていたのを見透かされた気持ちだった。それ以上、何も言えなくなって、ヒナギはがっくりと項垂れる。
「最初から、俺、そんなに好かれてなかったんだろうなあ……だからすぐに忘れられた」
違うと言いたかった。そんなはずがない。ソウタがいなくなって憔悴しきったリツをずっと見ていたから。
ヒナギと付き合う前、彼は家にソウタと撮った写真を貼っていた。「ソウタさんはぼくの撮った写真を良いと言ってくれたんだ」と笑っていた。「もちろんダメなところはいろいろあるけど……良いところもあって、それを活かす場所があるって言った。人の写真、ポートレートとかじゃなくてスナップ写真とか記念写真とか、それは時に下手な写真に見られる時もあるけど、でも僕が撮ったそういう写真は人の表情を捉えてて素敵だって言われて……嬉しかった。ぼくでもできることがあるんだって思えた。写真を撮っても良いんだって。だからぼくはソウタのために写真を撮ってるんだ」。
「ソウタさんは、リツを助けた。そのリツにオレは救われた。だから、あなたがいないとダメなんです」
リツがヒナギを「捨てたものじゃない」と言ってくれたからヒナギはようやく良いものになれたのだ。リツがヒナギにそう言ったのは、ソウタが彼の良さを見つけてくれたからだろう。だから、ソウタはヒナギにとっても大事な人だ。
「……そうかあ。なあ、リッちゃんに、ちゃんと振って欲しい。そうしたら、別れられるから」
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