【BL】嘘でもいいから愛したい

星見守灯也

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大事な人だから

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 カメラの映像をたどっていき、ミツキはいくらか離れた駅のカメラからもその男を見つけた。若い、二十代……いや、まだ十代後半だろう。カメラから隠そうともしていない顔に、火傷のような傷があった。

高咲たかさきセオ……」

 以前、テレビで見た時と同じところだ。昔、ソウタが火事から誰かを助けた話を思い出す。ひょっとしたらその時、行方がわからなくなっている奴ではないか?

 高咲セオの名前は名簿には登録されていない。記憶をなくす奇言カタラ、例えばヒナギの「捨てる」のようなものだろうとあたりをつけたが、そういう人物は出なかった。行方がわからない奇言カタラ持ちの中にもそれらしいものはない。チップをつけていない、つまり最初から認知されていない奇言カタラ持ちの可能性がある。

 ため息をひとつ。ヒナギが、過ちを反省し、やり直そうとしているのはわかっている。何年も共に仕事をしてきたのだ、そのくらいはわかる。そしてそれは、リツがいたからこそでもあると思う。リツが信じたから、ヒナギは応えようとしたのだ。

 きつく当たったのはヒナギへの怒りだけではない。自分がソウタを助けられなかった後悔、自分がソウタを手に入れられなかったことの悔しさをぶつけてしまった。そんな自分にこそ腹が立って、思わず舌打ちをした。

「くそ……」





 リツのスマホにきた電話は、見覚えのない番号だった。不審に思いつつもリツがスマホをとったのは、予感があったからだ。あの日、声をかけてきた謎の若い男。ソウタのことを知っている口ぶりだった。もしや今回もその話なのではないか。なにか悪いことが起きそうな気がして躊躇い、それでもなにか手掛かりがあるのではと通話を押した。

「……もしもし」
「やあ、リツさん。ソウタさんは元気?」

 思ったとおり、それはあの男の声だった。何も知らないような、いや、全て知っているのだろうか、軽い口調で聞く。

「今、どこにいるの?」
「……言わない」
「へえ。言わなきゃ【痛い】よ?」

 その瞬間、リツの体に痛みが起こった。胸を押し潰されるような、体の奥の太い血管が裂けるような激しい痛み。奇言カタラだ。すぐにそう思ったが、だからといって何も抵抗できない。

「ぐ……っ……」
「リッちゃん!? 【大丈夫】だ、【大丈夫】だからな!?」

 ソウタの奇言カタラで呼吸ができるほどに楽になる。それでも脈に合わせて痛みがおこる。慌てて心配してくるソウタを手で制して、スマホを握りなおし、男に答えた。歯を噛んでないと痛みにうめいてしまいそうだ。けれども、彼にソウタのことを話してはいけない気がした。

「ソウタさん、そこにいるんだ?」
「言わない」
「ふーん」





 男がそう呟いた後、玄関のチャイムが鳴った。まさか。リツは痛みに胸を抑えながら、ドアをにらんだ。

「こんにちはー」

 カチャンと音がして鍵が開けられ、火傷傷のある若い男――高咲セオは蹴るようにドアを開けた。横にいた鍵屋に声をかける。「じゃあ、キミは【痛み】で気絶でもしててね」。鍵屋ががっくりと倒れたのを一瞥して、土足で家の中に入ってくる。そこにいたソウタを見つけて、軽く手を挙げてみせた。

「やあ、ソウタさん。いたいた。よかった、心配してたんだよ。僕が迎えにきたからね」

 ソウタがひくりと引き攣ったように体を縮めた。逃げようとするが逃げられないというように。リツは必死で痛みに逆らって庇うように前に出た。こいつが電話の相手、そして……。

「……おまえがソウタさんを攫ったのか?」
「僕の気を引くために他の男のとこに行ったの? 最近、僕も忙しくてかまってあげられなかったから寂しかった? ごめんね。でも、ソウタさんも悪いんだよ」

 セオはリツのことなど見もせず。ソウタに話しかけてくる。ソウタは見るからに怯えている。あの男は痛みを起こす奇言カタラ持ちだ。それも高レベルの。ソウタもこの奇言カタラで痛めつけられたことがあったのだろう。おそらく、思い出すだけで動けなくなるほどに。リツはぎりっと歯噛みする。

「最近は拗ねて他の男の名前を呼ばなくなったから僕の愛が伝わったと思ってたんだけどね……でも腕を切るほどとは思わなかったよ。僕を助けるため火傷した、【痛かった】はずの大事な大事な手なのに……」

 その目は熱に浮かされたようにソウタを見つめていて、どこか正気ではなかった。まったく真実ではないことを真実だと言い張っているように聞こえた。どこから聞いてもおかしなことなのに、本人はそれが正しいと信じている。

「そういう人の心をもて遊ぶ悪い人にはお仕置きしないと。ね、嫌になるくらい【痛い】だろ?」

 ソウタが「ぐぁっ……!」と叫んで床に倒れ伏した。リツが掠れた喉で叫ぶ。

「……ふざけんな……っ……」
「邪魔するの? いいよ、恋人を助けにきたヒーローになってあげる。ソウタさん、僕と一緒に帰ろう?」
「ダメだ!」
「ほら、僕の邪魔すると【痛い】よー」
「……う、ぁ……っ……」

 理解し難い痛みにリツはその場に崩れ落ちた。頭痛や腹痛、切り傷とも違う、脳が勝手に痛いと叫んでいるような感覚。ソウタは自分も痛いだろうに、リツの背に手を当ててセオを見上げた。何を言っても何をしてもセオの機嫌次第で「痛く」されるのは嫌というほどわかっている。リツが痛いのだけはどうしても嫌だった。説得してやめる相手ではないのも知っていたが。

「セオ、やめてくれ。俺は戻るから……」

 ゆっくり立ち上がって、ソウタはセオのほうに向かう。セオはソウタがそうするのが分かっていたように、自分からそうするのを待っていたように手を広げて迎えた。「ああ、いい子だね。いつも素直ならすっごくかわいいのに」。

「ソウタさん、行ったらダメだ!」
「キミ、【痛い】だろ? 諦めなよ、僕の彼氏なんだから」

 リツはソウタの腕を取って止めようとする。彼が男のところに行ったとしても、事態が今よりマシになるとは思えない。

「キミにだって待ってる人がいるだろうに。その人を悲しませたくないでしょ?」

 ズキンと心臓が痛くなる。これはセオの奇言カタラのせいではない。無事に帰りたい、好きな人と会いたいと願ったのは、ソウタだって同じだったはずだ。この痛みのなかで、ずっと願っていたはずだ。リツは痛みによろめく足で立ち上がる。

「痛くない。ぼくの大事な人だ、これ以上苦しめるな!」
「苦しめてるのはキミだろう? ソウタさんは僕のこと好きだもんねえー?」
「リツ、もういいよ。わかってる。セオ、今行くから……」

 行かせまいと掴むリツの手を振り払って、ソウタはセオのところまでゆっくりと歩いて行く。リツが「大事だ」と言ってくれてよかった。忘れられたのかと思った、嫌われたのかと思ったけれど、そうではないのだ。リツだって、待っていたかったのだろう。だから、もういい。

「おかえり。やっぱり愛する人と一緒にいるのが幸せだからね。そうすれば【痛く】ない」
「ダメだ……」

 背を丸めてリツが痛みにえずく。痛すぎて胃の中のものが逆流してくる。こわばる手をソウタに伸ばすが届かない。
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