【BL】嘘でもいいから愛したい

星見守灯也

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帰ってきてほしかった

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 結局、容疑者は死亡のまま事件は終わりを迎えた。セオは火傷後の薄く残るソウタの左手を持っていた。セオの拘束から逃げる時、ソウタが自分で切り取った手だ。見つけられるまでに失血で死ななかったのは「大丈夫」と暗示をかけ続けていたからだろう。

「……セオが、好きだと言ったのは本当のことなんだろうね。少なくとも『嫌い』ではなかった」

 検査を受けた病院で、セオのことをヒナギから聞かされたソウタはぽつりと答える。さんざん痛めつけられたとはいえ、彼が死んで残ったのはつらさだけだった。

「セオにだって、何か別の道はあったはずなんだよ」

 それは被害者が加害者に同情的になる心理だろうとヒナギは思う。長く共にいたことで理屈ではなく情を寄せてしまう。だから、ヒナギは反論しなかった。たとえそうだとして、ヒナギは彼を許す気はなかったけれど、ソウタの傷を深くしたくはなかった。

「そうかもしれない。でも、ソウタさんが悪いわけじゃない。それについて、あなたが責任を感じることはないんだ」
「うん。ねえ、俺は全部忘れたら【大丈夫】だって思ったんだ。元に戻れるって。だから……忘れた」
「……ああ」

 ソウタはきっと「大丈夫」と自分に言い聞かせながら帰ってきたのだろう。そうして帰れば、何もなかったようにリツといられると思いたかったのだ。けれど、奇言カタラは現実まで変えることはできない。
「捨てられたと思ったよ。でも、リツは痛いのに助けようとしてくれた」

「うん」
「それで、帰って来ないで欲しいって思ってたわけじゃないのかもなって、思った」
「オレたちは、あなたがいなくて良いって思ってたわけじゃない」
 ヒナギが思わず声を荒げた。
「オレは……」

 それから、何かを言おうとして、やめる。そして言い直した。嘘はつきたくない。

「ごめんなさい。少しだけ、チャンスが来たことに喜んだ。あなたが帰ってきて、リツに振られることを恐れていた」

 そもそも毎週のようにリツの家に行ってたのは、リツを狙っていたからだろうと言われれば言い返せない。待てるだけ待ったのだというのはソウタからすればただの言い訳だろう。ソウタがいなくなって、一番得をしたのはヒナギだ。

「うん」
「それでも、帰ってきたら嬉しくて、セオに腹が立つんだ。だから……」
「うん、ありがとう。いっそ、ヒナくんが悪いヤツだったらよかったんだけどね」

 ソウタがない手を右手で覆う。

「リツに忘れられたと思ったけど。俺は、セオのことを『好き』だと言ってしまったから、仕方ないんだ」
「……それはソウタさんのせいじゃない」
「うん。だから、俺が痛かったのに、リツとヒナくんが幸せでいたのがひどいと思えても、それは君たちのせいじゃない。……待つのはつらいよ。そうだろう?」

 ゆっくりとソウタは瞬きをして、ヒナギを見上げた。誰が悪いわけでもないのだと。ヒナギだって、セオが一番悪いとわかっている。それでも、ソウタが痛い目に遭っているのに、リツが憔悴していたのに、自分だけが得をしたのはずるいような気がしてなんとも言えなかった。

「……ミツキくんは待ってたんだね」
「はい。ずっと待ってました」
「それを理由に好きだと思うのは、少し自分勝手かな」
「ミツキさんは、それでもいいと言うんだと思いますよ」






「そうか、ミツキはソウタさんのことが好きだったんだね」

 聴取を終えたミツキにリツがつぶやく。「嘘」を封じられた上でそう言ったのだから、それはミツキの真実だ。そう考えると、ずっと待っていたのも怒ったのも腑に落ちる。ずっと前から、ミツキはソウタのことが好きだった。それこそ、ソウタがリツと一緒にいた時から。

「……ああ」
「ソウタさんには幸せになってほしい。ぼくにはできなかったから」
「だけど。おれが待ってたからって、それで好きだとなるわけではないよ」

 セオがいくら好きだと言っても、したことはソウタを痛めつけるだけだったように。いくらソウタを待っていたからといって、好きになってくれというわけにはいかない。それはソウタが思って決めることだ。

「そうかな……ソウタさんも、ミツキのこと好きだと思うよ。だって……ミツキが来てから痛そうじゃなくなったから」

 どういうことだという目を向けると、リツはすこし嬉しげに言った。

「セオの奇言カタラで痛かったけど、あいつ、『好きな人といると痛くない』とも言ってたんだ。ぼくも、ヒナギくんが来てから痛みがやわらいだ。だから、きっと好きだよ。ミツキのこと、好きでいたいと思ってる。それは本当」







「傷は平気か?」
「うん、【大丈夫】だよ」
奇言カタラを使わないでください。本当に大丈夫かわからなくなる」
「ごめん」

 へらっと笑ったソウタに、ミツキが厳しい目を向けた。ミツキの部屋で、二人が隣り合う。検査と聴取を終え、とりあえずミツキの家に帰ってきた。帰ってきた。ここはソウタの家ではないけれど、帰って来れてよかったと思う。ソウタは窓の外を見る。はっきりした形の雲がいくのをみながら、ミツキを見ずに聞いた。

「ミツキくんはさ、俺のこと好きなの?」
「……まあ、そうだ」

 ソウタは目を伏せて、振り返らなかった。ミツキに背を向けたまま、青の濃い空を見上げていた。

「俺はリツが好きだったし、セオのことを好きだと言ってしまった。それで……誰かを好きって何なのか分からなくなった」

 もっと早く出会えてたら何かが変わっただろうかとミツキは思った。それは違う、おれはリツの恋人としてソウタを好きになったのだから。そんな仮定は無意味だ。好きなのは今ここにいる彼その人でしかない。

「……ミツキくんは待ってたんだね」
「ああ。待ってたよ」

 ソウタが振り返る。その目はすこし歪んでいるように見える。

「捨てないで。ずっと忘れないでいてくれるか?」

 すぐには答えられなかった。それが果たされなかった時、どれだけ傷ついたか知っていたから。彼は「助けて」とは言わなかった。そう叫んでも無駄なことだとわかってしまったのだ。だからこそ、今はその手を取りたいと思う。

「……俺は、ずっとリツが待っていてくれるって信じてた。でも、違った。先のことなんてわからないよ」
「そうだな。でも、『今は』そう思ってると約束できる」

 ソウタはよりひどく顔を歪めて、今にも泣きそうな声で告げる。

「ごめん、信じられない。でも……帰ってきたよ。帰って来れてよかった」
「帰ってきてくれてよかったと思うよ。生きていて、本当によかった」
「……うん。だから、嘘でもいいからミツキくんを愛したい。信じさせてほしい」

 胸が締め付けられるような声ですがる。嘘でもいい、か。今のソウタは、好きだ、愛してると言っても簡単に信じられないのだろう。それもそうだと思う。ミツキだって将来のことはわからない、保証できない。絶対に大丈夫、おれを信じてほしいとは言えなかった。
「おれはソウタさんが好きだよ。だから、たとえ今はわからなくても、おれが本当のことにする。それならいいかな?」
 そう答えれば、ソウタは目を細めて笑った。やっと心安らかになったように。
「……もう少し待って。俺から好きだと言えるまで」






「わあ、咲いてるなあ」

 三ヶ月後、ひまわり畑にて。ミツキやヒナギより背の高いひまわりが、大きな花を咲かせている。見まわせど見回せど一面の黄金色。四人はその迷路のような道を、汗を拭きながらゆっくりと進んでいく。先に行ったリツとヒナギの背中を見ながら、こっそりとソウタがミツキに笑いかける。

「リツとヒナくんとも友達でいられてよかった」
「……そうか」
「いい人たちだからね」
「そうかもな」

 リツとヒナギはソウタが帰ってきた祝いをしたいと言ってくれた。ソウタのほうも、リツとヒナギを祝いたいと言った。そうして、みんなでひまわり畑を見に行って泊まってこようという話になったのだ。

「ミツキさん、ソウタさん、こっちこっち!」

 先に行ったヒナギが手を振る。その横にしゃがむリツの手には大きなデジカメ。それに気づいて振り返ったソウタがそっとミツキの腕をとり引き寄せる。ソウタより背の高いミツキがよろけてソウタにもたれかかってしまう。シャッター音。

「ほら、よく撮れたよ」

 リツが駆け寄ってきてデジカメの画面を見せてきた。ソウタに腕を組まれ、慌てたミツキを、上から大きなひまわりが見下ろしていた。いい写真だと思う。ソウタの嬉しそうな表情が、ミツキの驚いたような期待するような表情がよく切り取られている。それを見ているとすこし恥ずかしくて、ミツキは心にもないことをうそぶく。

「おれの顔、こんな変なとこ撮って……」

 それを聞いて、ソウタがくすぐられたようにおかしげに笑った。

「でも俺、この写真、気に入ったよ」

 それから、こそっとミツキにささやいた。まだ好きとは言えないけれど、今言える本心を最大限に伝える。

「俺はミツキくんと一緒にいられるの、すごくありがたいなあって思うんだ」






(終)
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