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だいじなもの
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さて、そんなこんなでクリスマスだ。夕食の後、ショートケーキを食べたコウは、はやばやとふとんに入った。「早く寝ないとサンタさん来ないよ」とさんざんシガンに言われていたからだ。頭までかけぶとんをかぶって、ときどき外をのぞいてみる。そしてまだ来ていないとわかると、またふとんに潜るのだった。
「寝ろよ……」
もぞもぞとしている塊を見て、シガンが呆れたようにつぶやく。コウはもうシガンがいなくても眠れるようになったが、これではサンタも大変だ。
そう思ったとき、ユエンが音をたてず部屋に入っていった。ふとんの横にプレゼントを置き、なにもなかったような顔をして戻ってくる。空気さえ揺らがなかった。
「おい、おまえ……」
ユエンはにいっと笑った。コウがふとんから顔を出し、プレゼントに気づいた。喜んでそれを抱えあげると、起きあがってシガンのところまで見せにくる。
「サンタさんだ! ねえ、サンタさん来たよ! どこから来たの?」
「ん? 窓から来たよ。気づかなかったか?」
「気づかなかった。シガンは会ったの?」
「そうだな、挨拶くらいはするさ。ここに寝てるいい子がいるって教えたんだ」
表情を明るくしてコウはラッピングをはがしていく。出てきたバッグを肩にかけ、「アオのみたいだ」と笑った。どうだと自慢するようにシガンに見せると、くるくる回ってみせた。これは帰ってきたらアオも捕まって聞かされるんだろうな。
「やはりサンタクロースというのはいいものだ」
「おはよう。あけましておめでとう」
ある朝、コウが起きてくると、シガンが新年の挨拶をした。今日は元日だ。
「あけまして、おはよう?」
「えーっと、年が明けたから喜ぼうってやつだ」
「なんで? うれしいの?」
「なんでって……ううん。なんでだろなあ?」
年が変わったからといってなにが変わるわけでもない。それでもまた一年経ったかあという感慨と喜びとちょっとの寂しさを感じるのは年を重ねたからだろうか。
「人間は区切りをつけたがるものだ。これまでの悪いものをはらい、よいものが来るのを迎えいれる。それはこの国でも神を思う行為だろう?」
ユエンが現れてわかった顔で言う。「ん。たぶん、そういうことなんだろう」。シガンはよくわかっていないが話をあわせる。一年というのは気持ちを切り替えて新しいことを始めようとするのにちょうどいい区切りなんだろうと思う。
「まあいいさ、おぞうに食べるぞ。おモチ何個が食べる?」
「いっぱい」
「はいよ」
そうこうしているうちにアオが帰ってきて、みんなでおぞうにを食べる。甘めのすまし汁に鶏肉、青菜、かまぼこ。おモチは焼いた切りモチだ。
「アオさんとこ、おぞうにはなんで作る?」
「うん? あー……ウチはおぞうには作らんかったなあ……」
「そうなの?」
その横でコウがモチと格闘している。ぐにょんと伸びたモチが口元や手にくっついていた。醤油をつけて海苔で巻いてやったほうが食べやすかったかもしれない。一方のユエンは丸のみしていた。
「……二人ともおモチは初めて?」
「よく噛んで食べな」
アオがひと眠りしてから、近くの小さい神社に行く。小さいわりに人出はあって、こうじの甘酒をふるまっていた。興味津々、近づいていくコウをアオが止める。
「コウくん、甘酒は後で」
「うん」
「このお金を箱に入れて、『いい年になりますように』ってお願いするんだよ」
列に並びながら、貰った硬貨を握ったコウが聞いてくる。
「おみせやさん?」
「モノを買うわけじゃなくて……ええと、神さんにありがとうっていうお金かな」
「なんで、ありがとうっていうの?」
「ううんと……」
アオが首をひねる。そういう習慣だと思っていたから、疑ったことがなかった。シガンがちょっと身をかがめてコウを見る。神のことはよく知らないが、神を信じる人がなにを思って祈るかは少し心当たりがあった。
「そうだなあ。コウくんは、嬉しいとか悲しいとかいろいろ思うだろ?」
「うん」
「自分だけじゃどうにもならないこともいっぱいあるよな?」
「うん」
「その自分だけじゃうまくいかないところを神さまにお願いするんだ」
「……うん」
「それで、うまくいったのは自分だけのおかげじゃないからお礼を言うんだよ」
「なるほど。それがおまえにとっての神か」
にこにことしているユエン。コウはまだわからない顔をしていたが、シガンがその肩を叩いて進んだ列に戻す。横であいまいに笑いながら、アオは自分のぶんの小銭を見つめた。
「そうかあ。そうだよなあ……」
自分たちの番が来て、賽銭箱にお金を入れて鈴を鳴らし手を打った。コウはシガンとアオを見ながら同じように頭をさげた。ユエンは後ろで待っていた。「私は神に祈ることなどないからな」。
それからおみくじを引いて甘酒を飲んだ。暖かくて甘い匂いに冷えた体がほっと緩んでいった。「おみくじなんだった? ぼくは、転機が来る」「俺は、探せば出る? なんだろ。コウくんは?」「……てば……う」「待てば叶うか。いいじゃないか」「ユエンさんは?」「……時期を待て。ふむ、まあ、だいたいのことはそうだ」。
「寒いだろ、ほら」
帰り道、シガンは手を出してコウの手をとった。コウはシガンの手を握る。それからアオに向かって反対の手を差しだした。アオも手をとる。コウがぴょんと跳ねると両手を支えられて大きく揺れた。まるでブランコだ。
「ねえ、ユエンは?」
「うん? ……わかった、望むならばそうしよう」
ユエンに手を出されたアオは少し驚いて、そっとその手に触れる。柔らかく握りかえされた。ぶらぶらと揺らされる。「ユエンさん、楽しい?」「……そうだな、楽しそうなのを見るのはいい」。それから、ユエンが小さくもらした。
「私はちゃんと『神』をやれているだろうか」
そうか。ユエンはコウの神であろうとしているのだ。彼が彼自身ではどうしようもないことをどうにかしようとしているのだ。それはとても、重い役目に思えた。
「……大丈夫だよ。俺たちだっているし、ユエンさんだけがやらなくていいんだ」
ユエンが少し不満そうにアオを見あげる。
「いや……俺は、ユエンさんがいてくれてよかったと思ってるよ。それはホント」
「そうか。ならいい」
「あ、ひこうきぐも。まっすぐ」
年が明けてしばらく、シガンはコウを連れて「みなと」に行くことにした。「ほら、上着とってきて。ハンカチとティッシュも持って。あと五分だ。間にあわなかったら連れてかないぞー」「まって」「待たない」。
準備ができて店に向かう。コウはときどきなにかを気にして立ち止まるが、シガンがせっつくと急いでくれる。そしてまた立ち止まる。「あーもう……ほら、そろそろ行くよ」。シガンはコウの興味が切れたタイミングを見計らうのがうまくなってきた。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは、シガンくん。コウさんも一緒?」
「そう。こないだ遊んだのが楽しかったんだって」
ドアを開けるとアキツが迎えた。オクドさんが尻尾をたてて歩いていく。奥を探すとカゴメがいた。でもヒカルはどこにもいない。また会おうって約束したのに。
「それはよかった。ヒカルさんがね、これをコウさんにって」
アキツが背をかがめて大きなドングリを渡した。細長くて先がきゅっととがっているドングリだ。手のひらにころんと乗ったドングリに、コウは目をみはった。
「冬至祭に来れなかったでしょ。ヒカルさんが残念がって、プレゼントだって」
「これ、コウに?」
「そうよ」
胸がぎゅっとなって嬉しいと思った。ヒカルはコウのことを忘れていなかった。会えなかったけれど、それだけでよかった。また会ったときに「ありがとう」って言って、自分もなにかいいものを渡したかった。
それからコウは小あがりに座ってドングリで遊んだ。テーブルの上でコマのように回したり、細い先端を指に立ててみたりする。手のなかで転がしたり、両手を閉じてころころ揺らしてみたりもする。
「……ねえ、それ見せてよ」
横から女の子が手を出した。コウは嬉しかったからドングリを見せてあげることにした。きっと喜んで、「いいドングリだね」って言ってくれると思った。
そのとたん、女の子がドングリを奪い、床に落として踏みつけた。コウはなにがあったのかわからなかった。どんな顔をしたらいいのかわからないまま、殻が潰れて中身が出ているドングリを見おろしていた。
「ウズエ!」
カゴメが叫んだ。厨房からシガンと眼鏡の女が出てくる。
「チガヤさん、ウズエがひどいことした! コウのドングリ潰しちゃった!」
その言葉に、ドングリが潰れてしまったのだと理解できた。こわごわとしゃがんで拾いあげる。ぺちゃんこのドングリをぎゅっと手のなかに隠す。
「ちょっと落としちゃっただけでしょ! ドングリひとつでうるさい」
「わざとだったもん!」
「わざとじゃないって!」
「ウソつき! わたし見たから。いっつも人のもの壊してるじゃん、ひどいよ!」
はいはいと眼鏡の人、夏越《なごし》チガヤが二人に割って入る。シガンは鳥追《とりおい》ウズエの肩を叩いて、腰をかがめると顔をのぞきこんだ。
「ウズエさんは、ちょっとお茶飲んで話そうか?」
嫌そうにしたウズエだったが、シガンはその背を押して奥に向かった。ウズエの姿が見えなくなると、カゴメがじだんだを踏んだ。
「なんで、ウズエが悪いのに。力いっぱい踏みつけたじゃない」
「そっか。カゴメさんは見たんだ、わざと踏んだとこ。教えてくれてありがとね」
「そうだよ。なのに、なんで……」
「だけど、『ウソつきだ』なんて言ったら認めにくいよ。ウズエさんはアキツさんがお話しするからね」
「なんで、わたしばっかり怒られるの……」
泣きそうになってカゴメは口をとがらせた。チガヤはそっとその肩をなでる。
「怒ってないよ。優しく言ってあげよう? カゴメさんが間違ったときは私も優しくしたいもの」
それからチガヤはコウの前にしゃがんだ。コウはヒカルになんて言ったらいいんだろうと考えていた。ちゃんとしたドングリがないと、もう二度と会えない気がした。
「コウさん、ごめんね。悲しかったね」
「……うん」
「親切で見せてあげようとしたんでしょ? ありがとう」
「……うん」
「今回はうまくいかなかったけど、コウさんのせいじゃないからね。コウさんは悪くないよ。だから、嫌だって思ったら怒っていいの」
聞いているカゴメは不満そうに拳をにぎって、じっと床を見ていた。
「カゴメさんもコウさんのだいじなドングリ潰されて怒ったんだよね。ありがとう、コウさんのために怒ってくれて」
そうか。カゴメはコウのだいじなものをだいじだと思ってくれた。ヒカルに貰ったドングリはだいじなもので、それを壊されたからこんなに悲しいのだ。だいじという言葉が手で触れたようにわかった。だからカゴメはウズエに怒ったんだ。
「カゴメ、ありがと」
「いいよ、もう……」
コウは潰れたドングリを確かめるように触った。ヒカルがくれたドングリなのに。腹が痛くなって苦い感じで、目がじんわり熱くなって、とても悲しくて怒ってるのだけど、そんな言葉ではどうがんばっても言い表せないような気持ちがした。
ドングリをポケットにしまい、隅っこの壁に背をつけて座っていると、目の前にカゴメが立っていた。カゴメはまだ怒っていて怖いと思った。思わずコウの口が開く。
「ごめんね」
「……なにが?」
きつい声で返されて、それ以上コウはなにも言えない。
「ウズエは悪い子なの。ピアノに行きたくなくて、叩かれたってウソついたの。だからリコンしちゃったんだって。いつも人のもの壊して、わざとじゃないってウソつくの。わたし、ウズエ嫌い。でも、わたしが言いすぎだって言われる。おかしいよ」
誰かが怒っているのは嫌だ。たとえ自分に怒っているわけじゃなくても。
「……カゴメ、マンカラしない?」
「え、できるの?」
以前やったとき、ぜんぜんゲームにならなかったのを覚えていたようだ。
「できるよ。シガンとやるもん」
シガンとはいい勝負をするようになって、丸と豆の数を増やしても勝てるようになった。あくびをしているオクドさんを避けて、おはじきを出してくる。
「じゃんけんね」
カゴメの勝ちで先手。ひょいひょいとおはじきを動かす。続いてコウがおはじきをとった。最初はコウがうまくいっていたのに、追いあげられていき、ねばったが最後の最後でカゴメが勝った。コウは負けたけれど嫌ではなかった。楽しかった。カゴメは満足そうに大きく笑った。
「強くなったねー!」
「うん。ねえ、もう一回やろう?」
「いいよ」
おはじきを円のなかに戻す。そのむこうで、ウズエが奥から出てきた。コウは、元どおりのぷっくりしたドングリを返してほしいと思った。いいものを見せてあげようとしたコウの気持ちまで壊された気がしたから。
ウズエは隅でうつむいている。なんで泣きそうなんだろう。自分はこんなに悲しいのに、ウズエはちっとも痛くないなんてずるいと思った。コウも泣きたいのにひとりだけ泣いてるのは自分勝手だと思った。ウズエが悪いのに。
「気にしなくていいよ、あんなの」
「あ、うん……」
考えるだけで悲しいからウズエに近づきたくなかった。もう見せてあげない。絶対に見せてあげない。それなのに、ちらりとこっちを見た目が寂しそうに見えた。
「寝ろよ……」
もぞもぞとしている塊を見て、シガンが呆れたようにつぶやく。コウはもうシガンがいなくても眠れるようになったが、これではサンタも大変だ。
そう思ったとき、ユエンが音をたてず部屋に入っていった。ふとんの横にプレゼントを置き、なにもなかったような顔をして戻ってくる。空気さえ揺らがなかった。
「おい、おまえ……」
ユエンはにいっと笑った。コウがふとんから顔を出し、プレゼントに気づいた。喜んでそれを抱えあげると、起きあがってシガンのところまで見せにくる。
「サンタさんだ! ねえ、サンタさん来たよ! どこから来たの?」
「ん? 窓から来たよ。気づかなかったか?」
「気づかなかった。シガンは会ったの?」
「そうだな、挨拶くらいはするさ。ここに寝てるいい子がいるって教えたんだ」
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「やはりサンタクロースというのはいいものだ」
「おはよう。あけましておめでとう」
ある朝、コウが起きてくると、シガンが新年の挨拶をした。今日は元日だ。
「あけまして、おはよう?」
「えーっと、年が明けたから喜ぼうってやつだ」
「なんで? うれしいの?」
「なんでって……ううん。なんでだろなあ?」
年が変わったからといってなにが変わるわけでもない。それでもまた一年経ったかあという感慨と喜びとちょっとの寂しさを感じるのは年を重ねたからだろうか。
「人間は区切りをつけたがるものだ。これまでの悪いものをはらい、よいものが来るのを迎えいれる。それはこの国でも神を思う行為だろう?」
ユエンが現れてわかった顔で言う。「ん。たぶん、そういうことなんだろう」。シガンはよくわかっていないが話をあわせる。一年というのは気持ちを切り替えて新しいことを始めようとするのにちょうどいい区切りなんだろうと思う。
「まあいいさ、おぞうに食べるぞ。おモチ何個が食べる?」
「いっぱい」
「はいよ」
そうこうしているうちにアオが帰ってきて、みんなでおぞうにを食べる。甘めのすまし汁に鶏肉、青菜、かまぼこ。おモチは焼いた切りモチだ。
「アオさんとこ、おぞうにはなんで作る?」
「うん? あー……ウチはおぞうには作らんかったなあ……」
「そうなの?」
その横でコウがモチと格闘している。ぐにょんと伸びたモチが口元や手にくっついていた。醤油をつけて海苔で巻いてやったほうが食べやすかったかもしれない。一方のユエンは丸のみしていた。
「……二人ともおモチは初めて?」
「よく噛んで食べな」
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「コウくん、甘酒は後で」
「うん」
「このお金を箱に入れて、『いい年になりますように』ってお願いするんだよ」
列に並びながら、貰った硬貨を握ったコウが聞いてくる。
「おみせやさん?」
「モノを買うわけじゃなくて……ええと、神さんにありがとうっていうお金かな」
「なんで、ありがとうっていうの?」
「ううんと……」
アオが首をひねる。そういう習慣だと思っていたから、疑ったことがなかった。シガンがちょっと身をかがめてコウを見る。神のことはよく知らないが、神を信じる人がなにを思って祈るかは少し心当たりがあった。
「そうだなあ。コウくんは、嬉しいとか悲しいとかいろいろ思うだろ?」
「うん」
「自分だけじゃどうにもならないこともいっぱいあるよな?」
「うん」
「その自分だけじゃうまくいかないところを神さまにお願いするんだ」
「……うん」
「それで、うまくいったのは自分だけのおかげじゃないからお礼を言うんだよ」
「なるほど。それがおまえにとっての神か」
にこにことしているユエン。コウはまだわからない顔をしていたが、シガンがその肩を叩いて進んだ列に戻す。横であいまいに笑いながら、アオは自分のぶんの小銭を見つめた。
「そうかあ。そうだよなあ……」
自分たちの番が来て、賽銭箱にお金を入れて鈴を鳴らし手を打った。コウはシガンとアオを見ながら同じように頭をさげた。ユエンは後ろで待っていた。「私は神に祈ることなどないからな」。
それからおみくじを引いて甘酒を飲んだ。暖かくて甘い匂いに冷えた体がほっと緩んでいった。「おみくじなんだった? ぼくは、転機が来る」「俺は、探せば出る? なんだろ。コウくんは?」「……てば……う」「待てば叶うか。いいじゃないか」「ユエンさんは?」「……時期を待て。ふむ、まあ、だいたいのことはそうだ」。
「寒いだろ、ほら」
帰り道、シガンは手を出してコウの手をとった。コウはシガンの手を握る。それからアオに向かって反対の手を差しだした。アオも手をとる。コウがぴょんと跳ねると両手を支えられて大きく揺れた。まるでブランコだ。
「ねえ、ユエンは?」
「うん? ……わかった、望むならばそうしよう」
ユエンに手を出されたアオは少し驚いて、そっとその手に触れる。柔らかく握りかえされた。ぶらぶらと揺らされる。「ユエンさん、楽しい?」「……そうだな、楽しそうなのを見るのはいい」。それから、ユエンが小さくもらした。
「私はちゃんと『神』をやれているだろうか」
そうか。ユエンはコウの神であろうとしているのだ。彼が彼自身ではどうしようもないことをどうにかしようとしているのだ。それはとても、重い役目に思えた。
「……大丈夫だよ。俺たちだっているし、ユエンさんだけがやらなくていいんだ」
ユエンが少し不満そうにアオを見あげる。
「いや……俺は、ユエンさんがいてくれてよかったと思ってるよ。それはホント」
「そうか。ならいい」
「あ、ひこうきぐも。まっすぐ」
年が明けてしばらく、シガンはコウを連れて「みなと」に行くことにした。「ほら、上着とってきて。ハンカチとティッシュも持って。あと五分だ。間にあわなかったら連れてかないぞー」「まって」「待たない」。
準備ができて店に向かう。コウはときどきなにかを気にして立ち止まるが、シガンがせっつくと急いでくれる。そしてまた立ち止まる。「あーもう……ほら、そろそろ行くよ」。シガンはコウの興味が切れたタイミングを見計らうのがうまくなってきた。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは、シガンくん。コウさんも一緒?」
「そう。こないだ遊んだのが楽しかったんだって」
ドアを開けるとアキツが迎えた。オクドさんが尻尾をたてて歩いていく。奥を探すとカゴメがいた。でもヒカルはどこにもいない。また会おうって約束したのに。
「それはよかった。ヒカルさんがね、これをコウさんにって」
アキツが背をかがめて大きなドングリを渡した。細長くて先がきゅっととがっているドングリだ。手のひらにころんと乗ったドングリに、コウは目をみはった。
「冬至祭に来れなかったでしょ。ヒカルさんが残念がって、プレゼントだって」
「これ、コウに?」
「そうよ」
胸がぎゅっとなって嬉しいと思った。ヒカルはコウのことを忘れていなかった。会えなかったけれど、それだけでよかった。また会ったときに「ありがとう」って言って、自分もなにかいいものを渡したかった。
それからコウは小あがりに座ってドングリで遊んだ。テーブルの上でコマのように回したり、細い先端を指に立ててみたりする。手のなかで転がしたり、両手を閉じてころころ揺らしてみたりもする。
「……ねえ、それ見せてよ」
横から女の子が手を出した。コウは嬉しかったからドングリを見せてあげることにした。きっと喜んで、「いいドングリだね」って言ってくれると思った。
そのとたん、女の子がドングリを奪い、床に落として踏みつけた。コウはなにがあったのかわからなかった。どんな顔をしたらいいのかわからないまま、殻が潰れて中身が出ているドングリを見おろしていた。
「ウズエ!」
カゴメが叫んだ。厨房からシガンと眼鏡の女が出てくる。
「チガヤさん、ウズエがひどいことした! コウのドングリ潰しちゃった!」
その言葉に、ドングリが潰れてしまったのだと理解できた。こわごわとしゃがんで拾いあげる。ぺちゃんこのドングリをぎゅっと手のなかに隠す。
「ちょっと落としちゃっただけでしょ! ドングリひとつでうるさい」
「わざとだったもん!」
「わざとじゃないって!」
「ウソつき! わたし見たから。いっつも人のもの壊してるじゃん、ひどいよ!」
はいはいと眼鏡の人、夏越《なごし》チガヤが二人に割って入る。シガンは鳥追《とりおい》ウズエの肩を叩いて、腰をかがめると顔をのぞきこんだ。
「ウズエさんは、ちょっとお茶飲んで話そうか?」
嫌そうにしたウズエだったが、シガンはその背を押して奥に向かった。ウズエの姿が見えなくなると、カゴメがじだんだを踏んだ。
「なんで、ウズエが悪いのに。力いっぱい踏みつけたじゃない」
「そっか。カゴメさんは見たんだ、わざと踏んだとこ。教えてくれてありがとね」
「そうだよ。なのに、なんで……」
「だけど、『ウソつきだ』なんて言ったら認めにくいよ。ウズエさんはアキツさんがお話しするからね」
「なんで、わたしばっかり怒られるの……」
泣きそうになってカゴメは口をとがらせた。チガヤはそっとその肩をなでる。
「怒ってないよ。優しく言ってあげよう? カゴメさんが間違ったときは私も優しくしたいもの」
それからチガヤはコウの前にしゃがんだ。コウはヒカルになんて言ったらいいんだろうと考えていた。ちゃんとしたドングリがないと、もう二度と会えない気がした。
「コウさん、ごめんね。悲しかったね」
「……うん」
「親切で見せてあげようとしたんでしょ? ありがとう」
「……うん」
「今回はうまくいかなかったけど、コウさんのせいじゃないからね。コウさんは悪くないよ。だから、嫌だって思ったら怒っていいの」
聞いているカゴメは不満そうに拳をにぎって、じっと床を見ていた。
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そうか。カゴメはコウのだいじなものをだいじだと思ってくれた。ヒカルに貰ったドングリはだいじなもので、それを壊されたからこんなに悲しいのだ。だいじという言葉が手で触れたようにわかった。だからカゴメはウズエに怒ったんだ。
「カゴメ、ありがと」
「いいよ、もう……」
コウは潰れたドングリを確かめるように触った。ヒカルがくれたドングリなのに。腹が痛くなって苦い感じで、目がじんわり熱くなって、とても悲しくて怒ってるのだけど、そんな言葉ではどうがんばっても言い表せないような気持ちがした。
ドングリをポケットにしまい、隅っこの壁に背をつけて座っていると、目の前にカゴメが立っていた。カゴメはまだ怒っていて怖いと思った。思わずコウの口が開く。
「ごめんね」
「……なにが?」
きつい声で返されて、それ以上コウはなにも言えない。
「ウズエは悪い子なの。ピアノに行きたくなくて、叩かれたってウソついたの。だからリコンしちゃったんだって。いつも人のもの壊して、わざとじゃないってウソつくの。わたし、ウズエ嫌い。でも、わたしが言いすぎだって言われる。おかしいよ」
誰かが怒っているのは嫌だ。たとえ自分に怒っているわけじゃなくても。
「……カゴメ、マンカラしない?」
「え、できるの?」
以前やったとき、ぜんぜんゲームにならなかったのを覚えていたようだ。
「できるよ。シガンとやるもん」
シガンとはいい勝負をするようになって、丸と豆の数を増やしても勝てるようになった。あくびをしているオクドさんを避けて、おはじきを出してくる。
「じゃんけんね」
カゴメの勝ちで先手。ひょいひょいとおはじきを動かす。続いてコウがおはじきをとった。最初はコウがうまくいっていたのに、追いあげられていき、ねばったが最後の最後でカゴメが勝った。コウは負けたけれど嫌ではなかった。楽しかった。カゴメは満足そうに大きく笑った。
「強くなったねー!」
「うん。ねえ、もう一回やろう?」
「いいよ」
おはじきを円のなかに戻す。そのむこうで、ウズエが奥から出てきた。コウは、元どおりのぷっくりしたドングリを返してほしいと思った。いいものを見せてあげようとしたコウの気持ちまで壊された気がしたから。
ウズエは隅でうつむいている。なんで泣きそうなんだろう。自分はこんなに悲しいのに、ウズエはちっとも痛くないなんてずるいと思った。コウも泣きたいのにひとりだけ泣いてるのは自分勝手だと思った。ウズエが悪いのに。
「気にしなくていいよ、あんなの」
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